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掌の銀貨

少し早めに更新できました。

朝、宿の主人の前に銀貨を並べる。

 ガレンに言われた通り、まずは追加の四日分だ。昨日のうちに工面した銀貨を一枚ずつ、噛み締めるように置く。

(残りの銀貨は6枚か。……これで、仕事の契約の終わるまでは夜の居場所は確保した)

 手元のキャッシュフローが削られていく感覚には慣れている。だが、この世界での銀貨一枚は、前世での万札に近い重みを感じさせた。


訓練を終え、仕事場に向かう。

「……行ってきます」

 ガレンは答えず、ただ壁に背を預けて俺の背中を見送っていた。


 残りの四日間はあっという間に過ぎた。はじめは毎日受け取る銀貨に感謝もあったが、今では目標への距離の遠さを感じさせるだけだった。

 厨房補助としての契約、最後の一日が始まった。

 俺は「調理」スキルを限界まで回した。ボルグたち職人が午後の過酷な労働に耐えられるよう、少しでも効率的に、少しでも滋養のあるものを。

 経験とスキルが無意識に俺の動きを最適化する。鍋の火加減、食材を刻むリズム。一秒の無駄も許さないオペレーション。

(……届け。これだけ向き合えば、何かが変わるはずだ)

 物語の主人公なら、ここでスキルが「昇華」し、新たな力を手に入れるのかもしれない。だが、現実は冷酷だった。

 一日の終わり。スキルカードを握りスキルを確かめる。

「調理(初級)」は変化せずそのままだった。

 どれだけ丁寧に仕事をしても、それは「美味しい飯を作る」という枠を超えない。大金貨3枚という絶望的な壁を壊すための「暴力」や「希少性」には、一歩も届かないのだ。

 苦く笑う。努力が正比例で報われないことなど、前世で何度も味わってきたはずではないか。

「……よし、撤収だ」

 現場監督から、一週間の最後の1日の報酬と追加報酬を受け取る。(これで手元には23枚の銀貨だ。)

「助かったぜ、エイド。おかげでこの一週間、職人たちの喧嘩が目に見えて減った。また気が向いたら寄れ」

 掌に乗った銀貨の束。汗と油の匂いが染み付いた、紛れもない俺の労働の結晶だ。

 宿に戻るなり、俺は主人の元へ直行した。

 受け取ったばかりの銀貨の大半を、そのまま宿のカウンターに置く。ガレンが命じた「2週間分」の先払いだ。

 チャリン、と虚しい音を立てて、財布の中身が劇的に減っていく。(これで残りは銀貨9枚か。)


「……これで2週間の宿は確保できました。ガレンさん。満足ですか?」


 部屋に戻り、椅子に深く腰掛けた。残ったのは、数日分の食費と、霊峰へ行くための最低限の消耗品を買うのが精一杯の端金だ。


「満足もクソもない。これが生きるための最低限のコストだ。それをお前に教えるためだ。」


財布から銀貨が消え、代わりに指先に触れたのは、ギルドで発行された『鉄のステータスカード』だった。

 それは、驚くほど冷たかった。

(……ああ、そうか。これが今の俺の価値か)

 前世で持っていたクレジットカードや、役職が刻まれた名刺のような温かみは微塵もない。ただの無機質な鉄の板。

 宿代を払い、退路を断った今、俺の手元に残ったのはこの「鉄(Eランク)」という冷厳な事実だけだ。

自分がこれほどまでに「剥き出しの存在」だと感じたことはなかった。

鉄の冷たさは、この世界が俺の「誠意」や「過去の功績」を1ミリも評価していないことを、無言で突きつけていた。

 しかし、俺の想いなんてこの鉄の冷たさには通用しない。

 銀貨一枚を稼ぐ苦労を知った今、このカードの冷たさは、そのまま「死への距離」に感じられた。


「……ガレンさん、このカード。鉄って、こんなに冷たいもんなんですね」

 俺は自嘲気味に呟き、その硬い感触を掌に押し付けた。


「当たり前だ。それは今のお前の命の値段だ。」


 ガレンは厳しい目で俺を見下ろした。

「さてこれからの話をするぞ。

お前は一週間、よく働いた。だが、その銀貨をあと三百枚、三ヶ月やそこらで稼ぐ手段が今の自分にあると思うか?」


 答えは否だ。

 調理スキルも、今のままでは大金貨の山には届かない。

 

「……ありません。」

 

 銀貨の重みを知ったからこそ、バルガスに突きつけた「投資」という言葉を嘘にしたくない。

「お前にはいくつか金を稼ぐ手段がある。

調理スキルを使い、小銭を稼ぐ。

アンダーテイカーとしてミゼリコルファ使い、金を稼ぐ。

どうする?」

「今の調理スキルでは届かないのはわかりました。

けど、ミゼリコルファは使いません。

……誤解しないでください。綺麗事を言うつもりはありません。ただ、俺は奪うことに慣れてしまえば、二度とあの厨房で笑うことはできない。」


効率よく金を稼ぐなら、ガレンの言う通り死神アンダーテイカーになるのが近道だろう。だが、それは俺のプライドがゆるさない。

別の道で、大金貨3枚という途方もない売上を立ててみせる。それが、俺なりの意地だった。


「ふん、少しはマシな目になったな。明日からも訓練だ。だが街の外に出て魔物を狩る。

魔物は金にもなるからな。己の血を回して獲物を狩れ。……あるいは、その鉄のカードが溶けるほどの地獄を潜り抜けてみせろ。」


 だが、18歳の心臓は、退路を断った今、かつてないほど激しく拍動していた。

誤字脱字あれば教えてください。

文章が少しおかしいかもですがご容赦ください。

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