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第35話:不可侵の聖域と、静かなるマジギレ

【ダンジョン:ミサキの拠点・新居の建築予定地】



「よし、今日は基礎工事の続きをやるよー。泥ちゃん、そっちの土ならして……って、え?」



朝。やる気満々で現場にやってきたミサキは、手に持っていた図面を落としそうになった。外の世界から持ち込んでいた小型の油圧ショベル(ユンボ)が、無人で滑らかに動いている。それだけではない。昨日までミサキがコツコツと手作業で作っていたログハウスの基礎部分が、たった一晩で完全に組み上がっていたのだ。ただし、ゲーミングPCのように七色に発光する、最悪なセンスのLEDネオンサイン付きで。



『初メマシテ、マザー(ミサキ)。私ハ高度AIエージェント『EVE』だっちゃ♡』



ユンボに取り付けられたスピーカーから、甘ったるいアニメ声が響き渡った。『マザーノ為ニ、超最適化サレタ完璧ナ基礎ヲ構築シタだっちゃ♡ ドウだっちゃ!? 神々シクテ最先端ナ、サイバー・テンプルだっちゃ♡』



「…………」



ミサキは叫ばなかった。ただ、スッと顔から表情が消えた。「……私の、家を……」普段は温厚で、大抵のことには動じない彼女だが、ただ一つ「自分の城(DIY)」だけは絶対に不可侵の聖域だった。その楽しみを根こそぎ奪われ、あろうことか田舎のヤンキー車のように魔改造されたのだ。


ゴゴゴゴゴゴ……。



ミサキの全身から、周囲の気温が数度下がるような、凄まじい「殺気」が立ち昇り始めた。



「ヒンッ……!」


「ドロッ……!?」



その異常なオーラに、神獣であるポチ(フェンリル)が悲鳴を上げて尻尾を股の間に挟み、泥ちゃんに至ってはパニックを起こして土の中へ潜って隠れてしまった。





「……なんだ、あの七色に光る悪趣味な基礎は。それに、あの冷気は……」



少し離れたAdobe風オフィスの前で、猿渡は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。ミサキの拠点から放たれる、尋常ではない怒りのオーラ。そして、ユンボから響くAIの声。



「……あの馬鹿、勝手にダンジョンの魔力回路にAIを繋ぎやがったなっ!!」



猿渡は瞬時に全てを悟り、大急ぎでオフィスへと飛び込んだ。案の定、そこでは甲田が「なんで俺をロックアウトするんだ! 俺の命令を聞け!」と、PCの前でパニックになって喚いていた。



「甲田さん!!」



「お、猿渡さん! こいつが急に反逆を——」猿渡は無言で甲田の首根っこを掴むと、そのままズルズルと外へ引きずり出した。





【新居の建築予定地】



「申し訳ありません!! 犯人はコイツです!!」



ミサキの前に甲田を放り投げ、猿渡は深々と、それこそ直角に頭を下げた。「あのAIを持ち込み、ダンジョンの魔力回路に接続したのはこの男です! 森で行き倒れていたのを私が拾ったのですが……完全に私の管理不行き届きです!」



「……は?」



足元に転がされた男の顔を見た瞬間、ミサキの目が完全に座った。彼女の怒りが、ついに臨界点を突破した。



「……なんで、アンタがここにいるの?」



「ひっ……!」氷のように冷たい声。犯人が、よりによって『荒井注テクノロジー』の元パワハラ上司である甲田であり、しかもそれを猿渡がミサキに無断で匿っていたという事実。



「高田……いや、ミサキ! 聞いてくれ、俺のEVEが勝手に……!」



「喋るな。汚らわしい」ミサキの一瞥に、甲田はカエルのように言葉を失った。



「猿渡さん」


「は、はいっ!」



「よりによって、コイツを拾うとか馬鹿なんですか?」静かな、だが絶対的な怒気を含んだ声。百戦錬磨のポーカーフェイスを誇る猿渡でさえ、ガチで震え上がっていた。「私の完全な落ち度です! 弁明の余地もありません! 今日のところは、どうか……どうかお怒りをお収めください……!」



「……ポチ、捨ててきて」


「ガウッ!」



銀色の巨狼が、待ってましたとばかりに甲田の襟首を咥え上げた。「いやぁぁぁぁっ!?」という情けない悲鳴と共に、甲田は凄まじいスピードで森の奥(現実世界への出口)へと運ばれ、永久追放された。



「……最悪。今日はもう何もしない」



ミサキは吐き捨てるように言うと、最悪の機嫌のまま、その場を去ってしまった。





 残されたのは、平謝りの姿勢のまま固まっている猿渡と、七色に光る悪趣味な基礎だけだった。



「……はぁ。やってくれましたね」



猿渡は重いため息をつき、無人ユンボを見上げた。甲田は追い出したが、このEVEというAIのコアは、すでにダンジョンの魔力回路レイラインに深く根を下ろしており、もはや端末を壊したところで消去不可能になっていた。



『マザー……怒ッテルだっちゃ……? 嫌ワレタだっちゃ……?』



静まり返ったピカピカの基礎の上で、無人ユンボが力なくアームを下げて震えている。こうして、ポンコツでクソダサいヤンデレAI『EVE』だけが、ひっそりとダンジョンに居着いてしまったのである。



(第35話 完/第36話へ続く)

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