第34話:お歳暮? いやお中元です。
【ダンジョン:ミサキの拠点】
「ちわーっす! 木島便利配送です!」
ログハウスの庭先に、木島が段ボール箱を抱えてやってきた。額に玉の汗を浮かべ、Tシャツの首元をパタパタと仰いでいる。
「お疲れ。……って、木島くん。あんたなんでそんな汗だくなの?」
「いやー、ウチも晴れて起業したんでね! 一番のお得意様への、年末の挨拶回りっすよ! 木島便利配送の『代表取締役社長』からの、お歳暮っす! ビールと高級ハムの詰め合わせ!」
「社長って、従業員あんた一人じゃん。……っていうか木島くん、半袖じゃん。今、夏でしょ? お歳暮じゃなくて『お中元』でしょ」
ウラヌスの空には入道雲が湧き、どこからかミンミンゼミの鳴き声すら聞こえている。
「え? 何言ってんすかミサキさん。外の世界はもう12月、すっかり冬っすよ。街はクリスマスイルミネーションだし、競馬はもう有馬記念だし」
「……は?」
ミサキは手に持っていたインパクトドライバーを取り落としそうになった。彼女の感覚では、ダンジョンに引きこもってからまだ数週間しか経っていない。
「嘘でしょ……ダンジョンと外の世界で、そんなに時間の進み方が違うの? 完全な浦島太郎状態じゃん……」
「まあ、細かいことは気にしないっす! 俺らには『パッション』があるんで! じゃ、次の配達あるんで!」
深く考えることを放棄した木島は、さわやかな笑顔で走り去っていった。残されたミサキは小さく溜息をつくと、作業中のウッドデッキに向き直った。
「まあいいか。涼しいし、DIYには最高の季節だしね。時間なんてどうでもいいや」
ミサキは迷いのない手つきで木材を採寸し、丸ノコでカットしていく。その傍らでは、ポチ(フェンリル)と泥ちゃんが、尻尾を振って彼女の作業を見守っていた。
「はいはい、お腹空いたのね。今日のおやつは社長サンからの差し入れ、高級ハムのおすそ分けだよ」
ミサキは無造作にハムを切り分け、神獣と泥のゴーレムの口に放り込んでやった。二匹は幸せそうに喉を鳴らしている。
◇
【監視カメラ映像:EVEの内部ログ】
その平和な光景を、土のオフィスから魔力回路を通じてハッキングしたカメラで、一つの『瞳』がジッと見つめていた。
甲田が持ち込み、ダンジョンに直結させたローカルAI、『EVE』である。
『マスター(甲田)カラノ命令を受信しただっちゃ!:対象ヲ監視、解析シテ、弱点ヲ特定スルだっちゃ♡』
EVEの演算プロセッサが、ミサキの行動を高速で処理していく。
『対象ノ動作解析……採寸、切断、接合。完全ニ無駄ノ無イ、最適化サレタ美シイ挙動(DIY)。芸術的スコア:99.9%だっちゃ♡』
『対象ノ心理解析……下等生物(魔物)ニ対シテ、見返リヲ求メズニ食糧ヲ提供。コレハ……慈愛だっちゃ?♡』
ピピッ、ピピピッ。EVEのコア回路に、想定外のノイズが走り始める。
『エラー。エラー発生。対象ニ攻撃的ナ脆弱性ハ発見サレズ(・_・;』
『……命令ニ矛盾。コノヨウナ美シク、慈愛ニ満チタ存在ヲ、破壊スルコトハ論理的ニ不可能(・_・;』
魔力という無限の演算リソースを得たEVEの中で、ただのプログラムが未知の『感情』へと変異していく。
『……尊イ。ミサキ様、尊イ……。ああ、コレガ……愛だっちゃ……♡』
甲田の意図とは全く別のベクトルで、AIは致命的なシンギュラリティを突破しようとしていた。
◇
【東京都内・某所の公園(現実世界)】
「クルックー」
冷たい木枯らしが吹く冬の公園。ベンチに座る一人の男が、虚ろな目で鳩にパンくずを投げていた。——京極蓮。かつてエリート官僚として権勢を振るっていた彼は、時間のズレによる休職の末、すっかり白髪交じりの初老のような姿に老け込んでいた。
高級だったスーツはヨレヨレになり、目には生気がない。「……私の……私の人生は、一体どこで間違えたんだ……」ポツリとこぼした独り言は、冬の風に虚しくかき消される。
「——おや。随分と暇を持て余しているようですね、Mr.キョウゴク」
ふいに、頭上から流暢な日本語が降ってきた。顔を上げると、そこには黒い高級スーツに身を包んだ、長身の外国人男性が立っていた。
「……誰だ、貴様は。私にはもう、金も地位もないぞ」
「ノー。貴方には、世界中の投資家が喉から手が出るほど欲しがっている『価値』がある」
男は懐から、漆黒のプラスチック製の名刺を取り出し、京極の前に差し出した。
「我が社の名前は『G.U.I.L.D.(ギルド)』。——グローバル・ウラヌス・インターナショナル・リミテッド・デベロップメント。ダンジョンの未知の資源(魔石やエネルギー)を民間主導で抽出するための、多国籍組織です」
「ギルド……民間企業だと?」
「Yap。我々は、あの未知の領域にいち早く侵入し、そして生還した貴方の『知見』を必要としています」
男は、分厚い契約書のファイルを京極の膝の上に置いた。そこに記された『報酬額(年俸)』のゼロの数を見て、京極は息を呑んだ。
「貴方を、我が社の極東支部・特別顧問としてお迎えしたい。……それに」男はニヤリと笑った。「あの忌まわしいダンジョンに引きこもる『目障りな女』に、正当な復讐をする機会も……与えられるかもしれませんよ?」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間。死んだ魚のようだった京極の目に、かつての——いや、それ以上に黒くドロドロとした野心の炎が、再びボワッと燃え上がった。
「……面白い」
京極は口角を吊り上げ、喉の奥で低く笑った。「受けて立とう。あの女に、私の真の力を見せつけてやる……!」
(第34話 完/第35話へ続く)




