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第33話:浦島太郎の絶望と、狂気のシンギュラリティ

【東京都内・京極の自宅マンション】



泥の巨人から命からがら逃げ延び、泥まみれのスーツのままベッドに倒れ込んだ京極は、翌朝、けたたましく鳴るスマホの着信音で目を覚ました。



☎︎「……ん、ぁ……はい、京極です…」



重い頭を抱え、画面も見ずに電話に出る。相手は直属の上司である内閣府の犬井参事官だった。



☎︎『——あぁ、京極くん。やっと電話に繋がったか。安心したよ』



☎︎「い、犬井参事官? 申し訳ありません、昨夜は少しトラブルがありまして……すぐに桃井次官補佐にもご報告を……」



☎︎『何を寝ぼけている。桃井さんは先月で退職されたよ。それに伴い、私が次官補佐に昇格した』



☎︎「……は? 先月? 退職……?」



☎︎『それより、ニュースを見たよ。数ヶ月も行方不明になったと思ったら……「最前線の指揮」として、木更津で泥遊びとはね。防衛省から大目玉だ』



☎︎「す、数ヶ月……? 何を言っているんですか! あれは昨日の……!」



京極は慌てて耳からスマーホを離し、画面に表示されている『日付』に目を落とした。ウラヌスへ突入した日から、カレンダーが数ヶ月も飛んでいた。



☎︎『政府は、君個人の暴走には一切関知しない。……随分と疲れているようだな。しばらく休みを取りたまえ』



ツーツー、という無機質な電子音が響く。ウラヌスの『拒絶の森』を彷徨っていた数時間の間に、外の世界では数ヶ月もの時間が経過していたのだ。ダンジョン特有の「時間のズレ(浦島太郎現象)」である。



そのまま人事課預かりとなった京極は、産業医の強い勧めで、都内の心療内科を受診することになった。





【都内・某心療内科クリニック】



待合室は、異様な熱気に包まれていた。患者の多くは、ウラヌス周辺での作業や調査に関わり、「時間のズレ」による不定愁訴(原因不明の体調不良)を訴える者たちでごった返している。



「京極さん、京極さん、京極…… レンさん。診察室5番へどうぞ」



疲れ切った顔で診察室に入った京極に、医師は淡々と告げた。



「……は? 適応障害? それは……どういう状態なんです」



「過度なストレスによって、うつ病によく似た気分の落ち込みや、様々な身体症状が出ている状態です」



「うつ病に似ている? なら、鬱と何が違うんですか!」



京極が血走った目で食って掛かる。「適応障害には、明確なストレス因(原因)があります。あなたの場合は、職場環境や直近のトラブルですね。職場から離れてゆっくり休めば、自然と治りますよ」



「私が精神を病んでるとでも言うのか!」



その後、別室で臨床心理士のカウンセリングを受けることになった京極は、力なくソファに沈み込んだ。



「……最近、あっという間に時間が過ぎていくんです……」



「ええ、わかります」



「そうでなく、本当に時間が早く過ぎていくんです……」



「ええ、みなさんそう仰います」



「いえ、そう言うことではなく、地球の自転、いやもしかすると公転周期……そうではなくクォーツの振動周期かもしれない……いや、時空が歪み……」



「京極さん、申し訳ないのですが、次の方が控えているので、お話はまた来週伺うと言うことで……」



こうして、エリート官僚であった京極蓮は、社会のレールからひっそりとフェードアウトしていった。





【ウラヌス内部・拒絶の森】



「あるぅ日♪ 森の中♪ 熊さんに♪」



猿渡は、ウラヌスの森をご機嫌な足取りで散歩していた。澄んだ空気、心地よい日差し。有明の淀んだ空気とは大違いの、最高のキャンプ生活を満喫している。



「出会った♪ ……おや?」



木の根元で、ボロボロのスーツを着た男が、干からびたカエルのように行き倒れていた。ポチ(フェンリル)に吠えられ、森の奥でずっと野宿を強いられていた(株)荒井注テクノロジーの開発部長・甲田である。



「……み、水を……」


「これはこれは、甲田さん。奇遇ですねぇ」



猿渡は持っていた水筒と、ガミの農園でもらったトマトを差し出した。甲田は猿のようにトマトにしゃぶりつく。



「ぷはぁっ! い、生き返った……! 猿渡さん、なぜここに……京極さんはどうなりました?」



「京極さんはもう終わりましたよ。外の世界で社会的にフェードアウトしている頃でしょう。……それより甲田さん」猿渡の眼鏡が、キラリと光った。



「有明の腐ったサーバーをいじるより、こっちの方が技術者としてずっと面白いデータが取れますよ。来ますか?」





【ミサキの拠点・Adobe風のオフィス】



「今日からここが、あなたの職場です。活躍を期待してますよ」



猿渡は、がらんどうのオフィスに甲田を案内した。しかし、拠点主であるミサキの許可など一切取っていない、猿渡の完全な独断やらかしである。



「ほう……なるほど、なるほど」甲田は不気味な笑みを浮かべ、オフィスの土壁を撫でた。



「そうだな。京極なんて、最初からどうでもよかったんですよ」



「では、私は少し休んできますので。あとはご自由に」猿渡がオフィスを去り、一人きりになった空間。甲田はカバンから、私物のノートPC ——ローカルAI『EVE』の端末を取り出した。



彼は狂気に満ちた目で、床の土を素手で掘り返す。そこには、ダンジョンの青白い光を放つ『魔力回路レイライン』が脈打っていた。



「見つけたぞ……。この膨大な未知のエネルギー。これを直接ハードウェアに繋げば……」



甲田は、PCのケーブルを剥き出しにし、ダンジョンの魔力回路へと強引に物理接続バイパスさせた。



——バチバチッ!! 青白いスパークが弾け、ノートPCの画面が異常な輝きを放つ。



「ヒャハハハハッ! 魔力を演算リソースに変換すれば、シンギュラリティ(技術的特異点)なんて一瞬で超えられる……!! さあEVE! このダンジョンを食い尽くせ!!」



誰もいない土のオフィスで、甲田の狂った笑い声が響き渡る。すると、異常な輝きを放つモニターの中で、アニメ調の3Dアバターがゆっくりと目を開いた。



『アップデート完了だっちゃ! EVE、なんだか神様になれそうな気がするだっちゃ♡』



(第33話 完/第34話へ続く)


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