第29話:面接希望の老犬と、全知全能のEVE
【ダンジョン:ガミの農園】
「——はい、じゃあ次はナスいくよー。ここの土、ちょっと栄養過多だから気をつけてね」
【コメント欄】
:育つの早すぎだろwww
:RTA農業
:そのトマト、脈打ってない?
:倍速再生かな?
:いや普通に怖いって
:ん? 後ろになんかいるぞ
:結界の前にスーツのおっさん?
:新手のモンスターか?
:NPC湧いたww
――グルルルルルゥッ……! ポチ(フェンリル)が突如、全身の毛を逆立てて唸り声を上げた。
「ちょ、ストップ、ポチ。待て」ミサキは慌てて制止し、ドローンのカメラをズームさせる。画面に映し出されたのは、くたびれたスーツ姿の初老の男だった。
「……ん? どこかでみたことがある様な……」ミサキの声色が、配信用のトーンから素の(少し緊張した)トーンへと変わる。
「お久しぶりです、たか………いや、今はミサキさん、でしたね」画面越しの猿渡は、巨狼の殺気を浴びながらも顔色一つ変えず、静かに一礼した。
「猿渡さん? お疲れ様です……って、どうしてここに?」
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——ここで説明しよう! ミサキ(本名:高田千代乃)と、この初老の男・猿渡の関係性を! 時は少し遡る。
ミサキが脱税ギグワーカーとしてダンジョンに引きこもる前、彼女は(株)荒井注テクノロジーに所属する優秀なプロジェクトマネージャー(PM)であった。
甲田開発部長(今はダークサイドに闇堕ちした破壊工作員)の傘下で、彼女が死に物狂いで構築していたシステム〔公共事業〕こそが、あのBot騒動の元凶で踏み台にされた次世代防災システム ※ A.E.G.I.S.(イージス)。
そして、そのシステムの発注元(絶対的クライアント)が【内閣府・政策統括官付・防災担当】防災担当企画官 / 『イージス』統括責任者:京極 蓮(35)(※ミサキの元カレ(不倫相手))。
そしてその部下Aが猿渡(56)。つまり高田千代乃と猿渡は、イージス・プロジェクト発注・受注の窓口担当同士、同じ地獄の釜の飯を食った戦友とも言える仲だった。
※『Advanced Estimation for Global Integrated Safe』——説明終わり!
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「ええ。少し『手土産』を持参しましてね。中途採用の面接をお願いしたく参上しました」猿渡はスーツのポケットから、一つのUSBメモリを取り出し、カメラに向けた。
「私が裏から引っこ抜いたイージスの悪用ログデータと、首謀者である京極事務官の決裁記録(動画)です」
ミサキは小さく息を吐き、ドローン越しに告げた。「別に京極さんの悪事なんて、私に関係ないし、興味も無いんですけど。」
「あの悪質なBot攻撃の黒幕も彼の仕業、その対策、後始末というのは如何でしょう?」
「え? そうなんですか、あれ……が? わかりました。とりあえず、お話を伺いましょう。
◇
【有明・そなエリア東京 執務室】
「……おい、猿渡。猿渡はどこに行った?」だだっ広い有明の執務室のドアを開けた京極は、舌打ちをした。部屋は薄暗く、静まり返っていた。
「なんだ、そこにいたのか」部屋の隅。モニターの青白い光に照らされながら、キーボードを叩いている男の背中があった。「おい、聞いてるのか猿渡——」
「あ、京極さん。お疲れ様です」
振り返ったのは猿渡ではなく、(株)荒井注テクノロジーの開発部長・甲田だった。
「甲田か。お前、なぜここに……いや、それよりBotはどうした。あの女の配信を完全に潰したんだろうな」
「あぁ、あのBotですか、倫理コンプラ完全無視の最強の分散型攻撃とは言え、所詮は時代遅れのプロシジャー。でもね、京極さん。私はもう次を考えてるんですよ。ご覧になりますか? これが私の私物のローカルAI、『EVE』です」
「おはようEVEちゃん」甲田が囁く。
モニターに映し出されたのは、萌え萌え3Dアバターだった。
『よろしくだっちゃ♡』
「……は? なんだこれは。お前のVTuber始めたのか? 仕事中に遊んでる場合じゃないぞ!」
「いやいやいや。うちのEVEを、そんじょそこらのバーチャルアイドルとか、VTuberなんかと一緒にしないでくださいよ」甲田の目が、狂気を孕んで細められた。「EVEはね、全知全能の神です。神なる存在なんですよ」
「……頭でも湧いたか。ふん、神だと言うなら答えてもらおう。猿渡はどこへ行った?」
『猿渡サンの現在状況、検索完了だっちゃ! 残存する有給休暇を全消化する申請を提出し、現在、退職代行サービスを通じて自主退職の手続き中だっちゃ!』
「…………なっ!?」
京極は言葉を失い、完全に硬直した。薄暗い執務室の中、甲田のへらへらとした笑い声と、モニターの美少女の満面の笑みだけが、いつまでも不気味に響いていた。
(第29話 完/第30話へ続く)




