勝手にしやがれ
……………
江馬の『幻惑魔術結界』が発動した際、皿間は混乱に乗じてジャムとイマをエントランスホールの入口へ引き込んだ。
ジャムは困惑しつつも皿間の『計画通りだ』という言葉に連れられて外に出る。
『外』に出ると皿間は意識が朦朧としているイマに肩を貸しすぐに移動するよう指示する。
「ホラ、行くぞ」
無感動なその言葉に、ジャムは更に疑念を抱き質問する。彼の革ジャンの中の背がじっとりと濡れる感覚がある。
「お、おい、江馬達はどうするんだよ? あいつら、まだ戦っているんだぞ……?」
皿間は吐き捨てるように言う。
「増援だよ、増援。ここから『誠実組』に行って増援貰うんだよ、サッサとしねえと江馬がやられるぜ?」
だが、ジャムはその言葉への疑念を募らせる。
「いや……でも、そんな……そんなに長い時間は耐えられねえよ。も、戻らないと」
皿間が振り返り怒声をジャムにぶつける。
「うるっせンだよ……! グチグチグチグチと。江馬のヤツなんざ、勝っても負けても終わりなんだよ! 迷宮でどれだけ強くなろうと、先行してた『放課後ダンジョンクラブ』だのに力負けする。外でも『誠実組』の組織力と政治力にはかなわない……! アイツは組の仕事受けて、ピンハネやら待遇に憤って、組の金持ち逃げした時点で『終わり』なんだよ! それくらい見りゃわかるだろ、バカがッ!」
ジャムが震えた声で言う。
「お前……おれたちを裏切って……? 組に話を通すっていうから、おれは……お前について行ったのに……!」
皿間は嘲るような笑いを浮かべて言う。
「『おれたち』……? ハッ。お前も立派な裏切者さ。お前は俺が行っていた組への『話を通す工作』をきちんとやってくれた。……迷宮に入った奴の驚異的な身体能力の披露、俺が副官として【デスクロウズ】を操っている事……おかげで組は信じてくれたよ……! 利益を支払えば『江馬以外は』許してくれるってなァ……ハッハッハッハ!」
ジャムは後ずさる。それを見て、皿間に担がれていたイマが意識を取り戻し、ジャムに怒りをにじませて話始める。
「今更戻ろうってのか? ……テメエは裏切り者だ……。たとえ今戻ったとて、江馬の奴らは良くてボロボロ、悪くて敗北……。30分もしないうちに俺たちが呼びつけた『誠実組』がそっちに雪崩れ込むぜ……? 目に見えた死をお前は選べるタマか?」
ジャムはその凄味と事実に喉を鳴らし、焦る。
――ヤクザに殺される……? 皿間の側につかなければ……。あの人間を人間とも思わねえ、『追い込み』を掛けてくる誠実組が……?
ジャムは以前【デスクロウズ】として組の仕事を受けた時の記憶がよみがえる。
――『仕事』として処理されて行く『下手打ち』の奴ら……。同じく下手をうった『八木』は今頃コンクリ詰めのドラム缶と共に阿嘉霧湾の海底……。連帯責任として生きたウジ虫だのを耳やら口に突っ込まれる拷問……。ヤミーがクスリに走ったのも、あの時の傷が原因だ……。仲間たちが皆、苦しんだ……そうだ……仲間たちが……!
ジャムは忌まわしき記憶に震えながら、滴る汗をそのままに、振り返って路地裏の行き止まりに開いた迷宮の入り口へ向かう。
「おれたちは仲間を裏切らねえ……!」
ジャムにそう吐き捨てられた皿間は「ペッ」と反吐を吐き、イマと共に走って『誠実組』事務所へと走っていった。
―――――
『ドガァアアアアアアアアアアアアアン!』
爆発により瀕死状態だった重吾は死亡状態となる。
金田、稲葉さん、矢本らも20~30の大ダメージを受けた。
ジャムはそのまま三本を拘束魔術で縛りつけつつ、稲葉さんに向けタックル。突き飛ばされた稲葉さんは倒れ、瀕死となる。
ヤミーの復活術が放たれ、江馬が起き上がる。
ヤミーヘ靖穂と國山先生の反転回復魔術ほとばしる。
が、倒れかけるヤミーに、稲葉さんを倒したジャムがすぐに駆け寄り、担ぎ上げて叫ぶ。
「に、逃げるぞッ!」
ジャムのその言葉に江馬は即座に状況不利を判断。興奮した様子のヤマに指令を飛ばす。
「ヤマ、潮時だッ! 逃げるぞ!」
江馬はそう叫びながら國山先生と靖穂の方に突進。ジャム、ヤマがその突撃に続く。國山先生は予知によりその攻撃を防ぐ方法、そして彼らの逃亡を防ぐ方法がない事を悟る。
――どのみち、奴らは逃げおおせる……? それならッ……!
彼女はその判断により靖穂を庇い、デスクロウズ三人の突撃を避ける。彼女は被害を抑える方法を選び取ったのだ。
江馬は叫ぶ。
「あばよ、クソッタレ!」
――敗北を知らねえ、お坊ちゃんめ……! だが、おれたちの負けだ……。さぁ、俺たちはどこまで生き残れるか……。行こうか……!
江馬はそう考えながら、ジャケットを風になびかせ爽やかな笑顔と共に迷宮の入口へと入っていく。
ヤマ、ジャム、ヤミーらも同時に脱出を果たす。
彼が十数日ぶりに見る空の色は青く、覚えているものよりもずっと明るかった。
そして、その空の下、路地の少し開けた場所には何人ものヤクザの若衆が既に立っていた。
江馬はそれらを見て笑う。
「ヤマ……ジャム……ヤミー……。コイツ等全員ぶっ飛ばしたあとはよ……『誠実組』、特攻掛けようぜ……?」
ヤミーは江馬の今までにない無謀な提案に対してジャムに担がれながら笑う。
「ケケケケ……そりゃいい。……行けるとこまで行けば……皿間とイマのバカも考え直すさ……」
ヤマも息を整えながらニヤリと笑う。
「燃料置いて来ちまったなァ……。残念だぜ……全員燃やしてェのによ……へへへ」
ジャムも覚悟を決め笑みを浮かべて訊く。
「これが終われば、きっとまた全員で笑えるんだな……」
全員が答える。
『あたりまえだッ!』
デスクロウズはそのまま若衆の軍団に突撃していった。
その日の阿嘉霧市三須香町、裏路地は流血沙汰と事件の絶えぬ、凶日となった。
だが、そのことが大多数の人々の耳に触れることはほとんどなく、街はいつも通りの日を粛々と過ごすだけだった。




