12 ダンスダンスダンス
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最近夢見が悪い。お泊まり会の後からだわ。やっぱり、悪魔と寝ると健康に悪影響なのね。嫌な夢をよく見るんだけど、起きると何が嫌だったのかも覚えていないのよ。ストレスだわ。
でも、今日はそんなストレスを発散するのにもってこいのイベントがある。それは年に2回春と秋の仮面舞踏会だ。舞踏会は旧神殿を使って行われるの。
旧神殿は屋根と壁が無くなっていて、普段は簡易な屋根と囲いで閉ざされているんだけど、仮面舞踏会の日はその簡易屋根が取り外されて神話の場面が描かれたタイルの広場が現れる。広場の真ん中に神像があり、創造神ベルゼアスと従属神が金や宝石で飾られ輝いている。
周りには沢山のランプが設置され、月や星が輝く頃、皆が集まりお祭りが始まる。この日犯した犯罪を神は決して許さないという伝説があり、泥棒や人攫いがこの日に起こることはないと言われていて、貴族たちも護衛を付けずに参加するのよ。
私も楽しみにしていて、近くまで送ってもらって会場には一人で入る。ここでは皆が初対面。知り合いが居ても初対面のフリをして踊るのが慣わし。簡単な振り付けはすぐに覚えられるから仮装した小さい子供も踊っていてとても可愛い。
ただ、このお祭りで踊るのは未婚の男女と決まっているので、大人たちは踊りを見物するか、屋台を出して商売をしているかのどちらかだ。
今日の私は花をイメージした仮装だ。黒い髪にピンクの濃淡の小花が沢山ついた飾りを付けて、同じくピンクの濃淡でグラデーションになったドレス。踊るとスカートと沢山ついたフリルがふんわり広がりなんとも夢心地。顔にはまさに仮面舞踏会という感じの赤い仮面をつけている。靴には魔法をかけてもらい動いた後に光の軌跡が残っては消える。
ここで、ゲームではマデリーンが未来の騎士団長に出会ったりするのよね。この頃はアルス王子付きの騎士で王子についてここに来て別行動して……
……つまり、いる……そう、未来の騎士団長がここにいるのはアルスを送ってきたわけで、マデリーンが騎士団長と会ってるなら、余ってるアルスは……
「はじめまして。美しい花の姫君。」
出た!!
「は、はじめまして……。」
ここではみんな初対面。挨拶は必ずはじめまして……それが、第二の悪魔、アルス第3王子でも。
大胆にも、その仮装は創造神ベルゼアス。黒い詰襟のローブに青く輝く薄衣を羽織り、角度によって色の変わる宝石をあしらった銀のネックレスを付けている。頭上には金と銀で出来たサークレット、耳には独特な形のイヤリングが黒く光っている。
髪の色と長さが違うのと青い仮面をつけていること以外は、まさに絵本に出てくるベルゼアス。
これ、怒られないのかな?色々と。
「似合うかな?割と気合を入れたんだけど。」
少し照れたように笑うアルスはこの間とは違い、ゲームのアルス王子を思わせる。
「あ、えーっと、よくお似合いです。」
「ありがとう。姫君。どうか一曲お相手を」
「あ、はい。」
私は断るのが面倒なので素直にダンスの誘いを受けた。ダンスと言っても男女が向かい合って一歩進んで一歩下がってお互い右手を出して、絡ませて右回りに一周、後ろ向きで反対周り、手を離して向き合ってお辞儀、というのが一連の動作。基本はこれをずっと繰り返すだけでOK。慣れてきたらその中に色々ひねりを入れたり、回る回数を増やしたりと勝手にアレンジする。単純なダンスだけれど、仮装した男女は煌びやかでとても絵になる。
林檎酒やワインのソーダ割りと言ったアルコール度数の低いお酒が無料で振る舞われるので、ほろ酔いの若い男女がクルクル回って笑い合い、結構な確率で暗がりに消えていくのだ。いや、私は消えませんけどね。
「新しい恋を探してここに来たんだ。そうしたら花の妖精がいた。」
「妖精ではベルゼアス様のお相手は務まりませんわね。」
「そんな事はないよ。妖精の姫だからね。」
爽やかな笑顔。あのニタァとは全然違う。そう言いながら右手を差し出す。私もそれに応えて手を握る。クルクル回るダンス。ローブと青い薄衣がふわふわと揺れて私の花の衣装に混じる。このダンスの困ったところは終わるタイミングが難しいこと。相手は王子様な上に人外だ。できれば穏便に終わって次の相手を誘って欲しいのだけれど、なかなか終わる気配がない。
回る回る。星と月とランタンの光。皆んなのドレスやアクセサリーもキラキラ光る。楽隊の音楽がテンポの速いものになる。なんだか良い匂いがしてきてお酒を飲んだわけでもないのに酔ったよう。私は夢見心地で、綺麗な創造神にリードされるまま何度も何度もリングになる。
アルスがやっと踊るのを辞めてくれた時にはへとへとで目が回ってクラクラしていた。
「大丈夫?少し踊りすぎたね。向こうで休もうか。」
私は、うんうんと頷いた。うまく歩けなくて、ふらふらしていたら、いつのまにか浮き上がっていた。これは楽で良いわと目を閉じる。
旧神殿の周りには沢山の暗がりスポットがある。彼方の木陰、こちらの茂み、でも先客が多い。もう何人ものカップルができて華やかなダンスホールから二人きりの空間へ移動していた。
私達は会場から随分歩いた吾妻屋にたどり着いた。座らされて、飲み物までテーブルに置かれる。
ああ、そう言えばこういう時のために王族専用の休憩室みたいなものがこの国にはたくさんあるのよね。飲み物も用意されていたのだろう。王子手ずから入れてくれたものは赤い綺麗な液体だった。
「水分を補給しないとね。飲んでごらん。君のために特別に用意したんだよ。」
綺麗な顔。枯れ草色の髪と吸い込まれそうな青い瞳。ぼんやりした頭で目の前に突き出されたグラスに口をつける。そのまま角度をつけられて口の中に甘い液体が流し込まれる。
「良い子だね。さて、いくつか質問するから素直に答えるんだよ。」
私はこくんと頷く。もうどうでも良かった。とにかく疲れている。
「何故、閣下が君に執着するのか知っている?」
私は首を横振る。知らない。覚えている頃にはすでに執着されていた。多分、答えは思い出した時期よりもう少し過去だと思う。
「そうか。残念。じゃあ、今生で何故君はリンダなのかな?普通に考えれば君がマデリーンで閣下がアルスでハッピーエンドじゃないか。君がリンダである必要があったのかな?」
うーん。確かにそうだわ。どうして悪魔さんは私をヒロインにしなかったのか……
「名前……かも」
「名前?」
「リンダって名前、何度も私の名前だったの。覚えてる一番古い記憶もリンダだったわ。」
「そうか。最初の名前がリンダなのかもしれないね。しかし、度し難いな。馬鹿なのか?まあ、いいか。そうだな、閣下のことで何か知っている事を教えて。」
悪魔さんことで知ってることってSMプレイしようとしてた変態だったことくらい?
「SM好き。」
アルスはニヤニヤ笑った。
「そうか、もうそんな事してるんだね。閣下のSM好きは有名だよ。かわいそうに、酷い目に遭ってるんだろうね。君を救ってあげる。」
アルスは私を抱きしめた。
「僕では君を閣下から攫う事はできない。君は閣下の望む通り閣下を受け入れるんだよ。そして、閣下が魔界に行っていない間、君はリンダではなくマデリーンだ。マデリーンはアルスと結ばれるべき。そうだろう?」
マデリーンとアルス、そうね。私の推しカップルだもの……私は頷いた。
「良い子だね。可愛いマデリーン。合言葉を決めておこう。閣下は魔界だよと言ったら君はリンダからマデリーンに変わる。マデリーンはアルスと婚約している。良いね?」
アルスの蒼い青い瞳が紫になって赤くなる。赤は好き、わたしに似合う色。私は頷く。
「ふふ、本当に良い子だ。君のこと実は私も気に入ってたんだよ。閣下を虜にした美しい姫君。僕のマデリーン。」
僕って言う一人称、仲良くなるとアルスは私から僕に変える。好感度アップしたのね!
「はい、アルス様……」
「前から触ってみたかったんだ。君の髪は不思議な色だね。黒いのに、日に当たると赤くなる。それに君の唇は良い色だね。吸い付いて欲しいといっているみたい。それから君の胸。大きいね。柔らかそうだ。触るから拒んじゃダメだよ。」
私は頷く。
「リンダはベルゼと結ばれて子供を産むだろう。マデリーンはアルスと結ばれて子供を産む。リンダとマデリーンは別人だ。良いね?」
私は頷く。それはそうよ。リンダとマデリーンは別人。あれ?でも、私は?私はどっちなの??リンダ?マデリーン?桜?いいえいいえ、私の本当の名前は……




