32 アルマ
「お前は……違うのです。アルマ様じゃないのです」
「うーん、信じてもらえないとは思っていたけど、どう説明すればいいかなぁ」
自らをアルマと称した白い少女は、警戒心が敵意にまで膨れ上がったすずの射抜くような視線を受けても、まったく意に介さない。
それどころか、鼻先でひらひらと舞い踊る雪を楽しむかのように微笑み、微塵も危機感が見られなかった。
あまりに呑気な態度で、アルマではなく別人だとわかっていても、どこか釈然としないすずは気後れしてしまう。
果たして、本当に偽者なのか、攻撃してもいいのだろうかと。
そこで正体については棚上げし、白い少女が姿を見せた意図を探ろうと決めた。
「お前が何者なのかは、今はどうでもいいのです。なにが目的なのです?」
「それはもちろん、黒巫狐ちゃんに会いに来たんだよ」
「……すずに?」
「そう、私のこと知っておいて欲しかったからね」
語り始めようとした白い少女は、ふと視線を宙に彷徨わせた。
「たぶん見てるんでしょ? 別に構わないけど、このことは秘密にしておいてね」
誰もいない空間に向かって話しかける白い少女。
これに反応したのは、認識阻害型観察機で監視していたアルヴィトだった。
わざわざ釘を刺すということは、会ってもいないはずのアルヴィトの存在まで把握していることを意味する。
いったい、どこまで知っているのか。
白い少女の話が重要なものと認定したアルヴィトは、一字一句違わず記録しなければと動揺を抑える。
「じゃあ最初から説明しよっか」
始まりは、白い少女が発生した時。
およそ一年ほど前の話だった。
まだ名前も無い、新たに生まれた浅い洞窟のようなダンジョンで、白い少女は目覚めた。
生まれたてとはいえ、ダンジョンの主は知識を与えられている。
自分が何者なのか?
自分が存在する理由とは?
そういった知識も、最初から備わっていた。
もしもこれが普通のダンジョンの主であれば、人間を苦しめるためにモンスターを作り、侵入者からエネルギーを回収し、ダンジョンを拡張することが使命だ。
なんの疑問も抱かず、その通りに行動しただろう。
しかし、彼女に与えられた役目は――――。
『すべてのダンジョンを統括する、冬の聖女となれ』
――――冬の聖女。
その名が示している通り、冬の女神に仕える聖女である。
ここで重要なのは、まだ彼女は冬の聖女ではなく、これから冬の聖女を目指す候補だった。
言わば、聖女の資格を持ったダンジョンの主――――それが『アルマ』だ。
「あっ、ダンジョンが冬の女神様が生み出した、人間たちへの試練っていうのは、もちろん知ってるよね?」
当たり前のように話す白い少女に、すずは軽く頷く。
代々、冬の聖女を補佐してきた由緒ある狐人族の巫狐が知らないはずがなかった。
これはアルヴィトも、事前にアルマから聞かされていたので、彼女たちの中では常識である。
「まあ、それで私も聖女やんなきゃなーって感じだったんだけど、めんどくさいから、ちょっとズルしたんだよね」
「……面倒」
聖女の扱いがぞんざいで、すずは思わず繰り返してしまうが、白い少女は気にせず続ける。
「だから私は、いっそエネルギーを使って『代わりに聖女をやってくれる人』を作ってみたら……こうなっちゃった」
「どうなったのです?」
「私の体が乗っ取られたの」
その際、ついでに面白い物や、おいしい料理の知識を持っているように……そう念じた結果、たしかに異世界の知識を持ったナニカが生まれた。
ただし白い少女の意識は、内側に深く押し込められて……。
「うーん、乗っ取られたというより、エネルギーが足りなくて体を用意できなかったから、その代用にされた感じかな? まあ罰みたいなもんだね」
聖女の役目を放棄したも同然なので、そこは白い少女も納得していた。
「それから私は、もうひとりの私の中から、ずっと見ていたってわけ」
「つまり……二重人格なのです?」
「近いけど、どうだろう。私が本体で、憑依されている状態って言ったほうが正しいかも?」
モンスターの中には、人間に憑依するタイプがいる。
もっとも、肉体を操るのではなく、負の感情を煽って狂暴的な性格に変えたり、同士討ちさせるくらいが関の山だろう。
それも呪われたとして神殿に駆け込めば、すぐに祓われる程度のものだ。
「まあ、別にもう気にしてないんだけどね。あの子はちゃんと代わりに聖女やってくれてるし、色々と見ていて面白いから」
始めこそ戸惑った白い少女も、人間を味方に引き入れて膨大なエネルギーを得ている現状は、愉快で気に入っていた。
感覚を共有しているため、異世界の料理を味わえるのもご満悦である。
「だったら、アルマ様は冬の聖女ではなく、お前が本物だとでも言うのです?」
もしそうだったら……。
すずは様々な感情が胸に渦巻くのを感じて、目を伏せてしまう。
……しかし。
「ううん、それは違うかな」
白い少女から否定の言葉が飛び出た。
「さっきも言ったけど、あの子は聖女として私が作ったんだよ。ちょっと余計なことを考えたせいで、他の要素も混ざっちゃったけどね」
冬の聖女に求められるのは、雪のように汚れなき魂を持っていることだ。
無垢で、無邪気で、純真でなければならない。
それを知っていたからこそ、白い少女は自分には務まらないと、始めから諦めていた。
かといって聖女をエネルギーで作り出すというのも、本来であれば荒唐無稽で不可能である。
できるとすれば、あらかじめ資格を持っている魂を導き、聖女の体を与えるくらいだろう。
当然そんな魂など、そうそう見つからない。
――――だが、それに該当する者が異世界にいた。
その『少年』の魂は、紛れもなく清廉であり、冬の聖女の資格を有していた。
となれば、話は変わる。
白い少女が願った通り、異世界から魂は導かれ、彼女に代わって聖女を務める異世界の知識を持つ少女――――『アルマ』が作られたのだ。
「私が完全に消えなかったのは、たぶんダンジョンの主としての役割だけは、私に残ったからかな」
アルマは聖女。
白い少女はダンジョンの主。
二つの魂が、それぞれ別の役割を担っていた。
体は共有しているため、どちらでも互いが持つ権能を扱えるが、本来の性能を発揮するのは、やはり本人である。
「だからダンジョンの主は私だし、アルマっていうのも私なんだけど、聖女はあの子で間違いないよ」
「……なのです」
どこまで信じていいのか、すずには判断できそうになかったが、ただ白い少女の言葉に説得力のようなものを感じていた。
アルヴィトもまた、それは真実だと推測する。
なぜアルマに記憶がなかったのか。
その理由は、白い少女によって必要な異世界の知識だけを引き継がされて、自我を再構築されたからだと考えられるのだ。
アルヴィトが作られた時も、同じく知識は持っていたが、過去の記憶などはなかったことから信憑性がある仮説だった。
「なんとなくは、わかったのです。お前はアルマ様じゃないです。でも、もうひとりのアルマ様なのです」
「私が本物なんだけど、まあ黒巫狐ちゃんにとっては、それでいいかもね」
そうなると、すずにはひとつの疑問が浮かび上がる。
「……なんで今さらなのです?」
「そりゃ私だって早く表に出たかったよ!」
ずっと……それこそ初めからアルマの行動を見ていた白い少女は、今までにどれだけ声を上げたかったかと、目に涙を浮かべて訴え始めた。
「あっさり人間に正体をバラしたり! 残り少ないエネルギーを変な乗り物を作るのに使ったり! もう! 私がどんなにハラハラしたことか!」
一歩間違えれば死んでいたという白い少女。
まともなダンジョンの主からすれば、当初のアルマの計画は自殺行為そのものだったのだ。
「……まあ結果を見れば上手くいってるから、あまり文句は言えないけどね。今後は私からもアドバイスするつもりだよ」
「できるのです?」
「お酒を飲んでくれたらね」
今になって彼女が表に出てこれたのは、アルマが酔い潰れたのが一因であると睨んでいた。
「ただ眠っただけだとダメだから、酔って完全に意識を飛ばすのが鍵っぽいんだよね。たぶん今ごろは、私が見ている光景を夢だと感じているんじゃないかな?」
「アルマ様、お酒を飲んだのです?」
「おいしかったよ」
にへらっと、だらしない笑顔で感想を口にする白い少女に、すずはアルマ本人と会話している気分にさせられてしまう。
あくまで目の前にいるのはアルマ様ではないと、意識を切り換えて、耳と尻尾をピンと立てる。
「アルマ様に伝えておくのです」
「それなんだけど、私のことは秘密にして欲しいんだよ」
さっきアドバイスするといったばかりで、なにを言っているんだと、すずは胡乱な目を向ける。
「そんな目で見ないでよ。ただ、あの子が私のことを知ったら、きっと気を遣っちゃうんだよね。優しいからさ。あまりお酒をがばがば飲まれても困るし。だから信頼できる相手にだけ教えておきたかったんだ」
「話す相手はこっちで決めていいのです?」
「構わないけど、あの白巫狐ちゃんはダメだよ」
「頭から除外しているのです」
これにはアルヴィトも無言で頷いた。
うっかり機密情報を漏らした件を、三人は忘れていないのだ。
「さて、それじゃあ納得してくれたみたいだし、そろそろ移動しようか」
「どこへ行くのです?」
「もうひとり、挨拶しておきたい相手がいるからね」
他に誰が、と考え込む間にも、すたすた歩いて行ってしまう白い少女。
すずは彼女を、ひとまず主君であるアルマの親類縁者としてヴァルハラの身内に認定し、とことこ付いて行くことにした。
向かう先は第四階層。
アルマの同類が、そこにいるという。
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