33 聖女光臨
……ヴァルハラ第四階層。
春の神殿を建設する予定のエリアだが、神殿側の建設計画が遅れており、未だに草原ばかりが広がっている。
寒空の下にありながらも、色鮮やかな花が咲き乱れる光景は楽園のようで、初めて訪れる者は放心することも珍しくない。
そんな階層にも、闇ギルドの刺客はのこのこやって来る。
もう末路は語るまでもなさそうだが、このグループには他の階層と違い、今回の作戦を指揮する者……ボスとでも言うべき男が参加していた。ひと味違うかもしれない。
ボスは闇ギルドが裏切り者の貴族から仕入れたヴァルハラの情報を持っている。
その情報には、各階層の傾向も含まれていた。
例えば第一階層は訓練用の施設だとか、第三階層はギルド支部が集まっているなど、そういった各階層がどのような場所なのかまで把握済みだった。
わざわざ五つのグループを分けて侵入したのも、このダンジョンが『全五階層』だと聞かされていたからだ。
そして、第四階層に領主の娘が滞在する館があることまでわかってしまえば、ボスが自身を第四階層のグループに割り振るのは必然であった。
なにせ領主の娘を捕らえる功績は大きい。
闇ギルド内での地位を上げるためにも、他の刺客たちに横取りさせるわけにはいかない……。
そんな欲をかいた思惑が裏目に出るとは、まだ想像もしていなかっただろう。
――――この日、最後の惨劇は、刺客たちが広大な草原を警戒しながら進んでいたところから始まった。
ダンジョンとは思えない景色の中、二人一組となって一列に並んで向かうのは、足元の草原に走る一本の道を辿った先にある、小さな村めいた家屋群だ。
なぜ、こんなところに村が?
あそこに領主の娘がいるのか?
そもそも人が暮らしているのか?
先頭を行くボスの脳裏に、いくつも疑問が湧き上がる。貴族から入手した情報にはなかった。
とはいえボスに、それを責める気はない。
これは他の階層も同様だが、貴族は実際にダンジョンを目の当たりにしたわけではなく、とある夜会で領主が明かした話を情報源としているためだ。
多少の差異など、折り込み済みである。
そもそも、ここはダンジョン内部。
地上では不可思議な法則であっても、そのダンジョンでは常識であり、絶対のルールが敷かれていることなど珍しくない。
それを知るボスは戸惑う配下たちに指示を出し、勝手な行動を取らないよう牽制する。
「落ち着け。俺たちは神殿騎士として来ているんだ。堂々としていろ。オドオドするな」
「お、おう、わかってる」
まるで素人も同然のようなやり取りに、ボスは舌打ちしそうになるが、チームワークを崩さないためにもグッと堪える。
人間社会では陰に隠れて暗躍し、騎士や貴族すらも欺く恐ろしい闇ギルドの精鋭も、ダンジョンでは幼子のようだった。
これは闇ギルド側の失策だろう。
ダンジョンは冒険者の領分である。身分を偽るため知識こそ頭に叩き込んでいるが、実際に挑む者は少なかったのだ。
つまり初めてのダンジョン……それも侵入者への敵意全開で、肌をぴりぴりと焦がすような雰囲気に、いつしか呑まれてしまっていたのだ。
今の配下たちには澄み切った青空すらも、色褪せて見えているだろう。
あまり良くない流れだとボスは感じつつ、今さら引き返せないと覚悟を決めて、まずは村を調べようと見据える。
――――すると、道の途中に女が立っていた。
いつの間に……とボスは目を見開いて警戒するが、わかりやすく人間が登場したことで、配下たちは揃って安堵してしまう。
加えて、その女の格好が興味をそそる。
動きやすさと解放感を意識したような薄手の衣服に、深いスリットが入った扇情的なスカートは、酒場で見かける踊り子を思わせたからだ。
服の上からでも、はっきりとわかる胸の膨らみも注目の的である。
だが、それ以上に目を引くのは、その美貌だ。
美しさと愛らしさを兼ねた、大人の女と未成熟な少女の狭間にある絶妙なバランスを保っている。
にっこりと春の陽気のように明るく暖かい笑顔を浮かべ、それを彩るパステルピンクの柔らかな髪が風に揺れると、甘い香りが男たちの鼻孔をくすぐる。
場所が夜の街角だったら……などと低俗な妄想に浸る配下を無視して、ただひとり硬い表情を崩さないボスは、魅惑の女に話しかける。
「なにもの――――」
「ごきげんよう!」
「っ! ……ごきげんよう」
何者かと問おうとしたボスは、とても元気のいい挨拶をされて面食らった。
まるで地方に赴き、明るくかわいいと評判の田舎娘と出会ったような感覚で、自然と空気が和む。
(だが神殿騎士の扮装は上手くいっているようだな)
そう判断したボスは、努めて平静を装うと、ひとまず情報収集に入った。
「いくつか聞きたいのだが、君はあの村の者か?」
「いえ、私は冒険者ギルドを通して来たので違いますよ」
冒険者だというには、少なからず違和感のある格好だったが、ここが普通のダンジョンではないことを考慮すれば些細な問題だった。
「あ、さては疑ってますね? ギルドでモニモニっていう冒険者について聞けばわかりますよ」
「モニモニ?」
「私です!」
少々変わった名前だが、それ以上に彼女は変わり者らしく調子が狂ってしまう。
ボスが戸惑いを隠せないでいると、今度はモニモニが人懐っこい笑みで問いかけた。
「みなさんは格好からすると、もしかして神殿の方でしょうか?」
「それは……」
「その通り! よくわかったね、お嬢さん!」
ボスの言葉を遮って、お調子者の配下がずいっと前へ出てきた。
好みの女性と見れば、誰彼構わず口説くような男である。こんな状況でも……いや、こんな状況だからこそ、敢えて普段通りに行動したのだろう。
それをボスも理解し、この場を任せる。
「俺たちはこのダンジョンの調査に来たんだ。もし危険だったら大変だからね」
「そんな、危険なんてありませんよ?」
「もちろん聞いているさ。でも残念ながら納得しない人もいるんだ。だから君さえよければ案内してくれないかな?」
まるでナンパしているようにしか聞こえないが、さりげなく情報収集まで兼ねた誘導に、ボスはにやりとほくそ笑む。
お調子者の狙いは、領主の娘の居場所を聞き出すつもりだ。
仮に案内を断られたとしても、簡単な質問なら答えてくれるだろう。そして重要人物が滞在する場所を尋ねたとしても、会話の流れは自然である。変に疑われる心配もないだろう。
「ええ、構いませんよ」
「ホント? ありがとう! いやー助かるよ。あ、俺はハンスっていうんだ。よろしくね!」
「ええ、こちらこそ」
さらっと偽名で名乗ったのに対し、モニモニは恭しく一礼する。
その洗練された所作は、踊り子のような格好と、冒険者という肩書きからはかけ離れていた。
おそらく相手が神殿騎士だからと、知っている限りの礼を尽くしたのだろう。
そう納得したボスは、ボロが出る前に案内させようと偉そうな神殿騎士を装って促す。
「早速だが、あの村を案内して貰おう……」
「その前にみなさんは、どちらの神殿の方でしょうか?」
「……なに?」
なぜ急に、そんなことを気にするのか。
後ろ暗い部分があるため、核心を突くような質問にボスは思わず眉をひそめてしまう。
それが機嫌を損ねたように映ったのか、モニモニは申し訳なさそうに謝罪する。
「ああ、すみません。つい気になってしまいまして」
「まあまあ隊長、ここは抑えて。モニモニさん、俺たちは見ての通りだよ」
自称ハンスは取り繕うように、白い外套に刺繍された春告草の花の紋章を見せつける。
これを身に着けて許されるのは、春の神殿から正式に認められた者だけだ。
もし偽ったとなれば……重い罰は免れない。
「見覚えがありますが、どちらの紋章でしょう?」
「まあ、わからなくても仕方ないか。こいつは春の神殿を表す紋章だよ」
「ということは、みなさんは」
「そう! 俺たちは春の神殿の……」
「偽者ですね」
――――ズドンッ!
重く低い轟音と共に、地面が揺れた気がした。
雷が落ちたのかと錯覚するほどの衝撃であり、状況は不明だが、瞬時に警戒態勢へと意識を切り替えるボスと配下たち。
だが、自称ハンスだけは微動だにしない。
ぼんやりと突っ立っている背を見て、ボスが鋭く咎めようと口を開いた時……言葉は出なかった。
ゆっくりと、切り倒された樹木のように、自称ハンスが直立したまま真横に倒れたからだ。
その奥に、笑みを浮かべたモニモニの姿が見える。
(……さっき、この女はなんと言った?)
突然のできごとで頭から抜け落ちていたが、たしかに彼女は糾弾したのだ。
春の神殿の騎士だという自称ハンスを、偽者と。
とはいえ、彼女がなにをしたのか。
そもそも、なぜ偽者だとわかるのか。
答え合わせとでも言うように、モニモニが両手を前で組むと、そこに一筋の陽光が差した。
光は粒となり、粒は線となり、ひとつの形を象っていく。
「もし、夏か秋、あるいは冬の神殿と答えたのであれば、私も関わったりはしませんでした」
祈りの手に掴まれた光は、一振りの大剣となり、その切っ先を天へ向ける。
同時に、真逆の大地にも刃先が突き刺さった。
「ですが、春の神殿を騙られては見過ごす道理はありませんね?」
柔らかな笑顔の裏に秘められた真意に全身を射抜かれ、ボスは縮み上がった。
後方の配下に至っては、信じられないといった様子で顔色が青ざめ、歯の根が合わずにガチガチと音を鳴らす。
「き、貴様は……!」
「申し遅れました。改めまして、私は春の女神フローラ様より『聖女』の使命を賜ったモニカと言います。あ、これは私の神器です。お見知りおきを」
モニカがぐるりと振り回すのは双刃の大剣。
一本の剣身だけではなく、掴んだ柄の反対側からも水面に映る鏡像のように剣身が伸びて、二振りの大剣を繋ぎ合わせた異質な形状をしていた。
それこそは四人の聖女が持つ神器のひとつ。
『荘厳なりし神域を奏でる聖剣』である。
「では、覚悟はよろしいですね?」
柔らかな笑みからは想像もできない、有無を言わせぬ殺気を受けて、ボスは己の不幸を呪うしかなかった。
本当は今回で襲撃を終わらせるつもりでしたが長くなってしまいました。
たぶん次で諸々の騒動が終わり、三章エピローグに入ります。
残り二話くらいでしょうか。(キャラ紹介を含めたら三話)
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