31 惨劇2
ヴァルハラ第一階層、第二階層に闇ギルドの刺客が侵入し、惨劇が起きたのと同じく第三階層……ギルド支部が集まる大通りでも、同様の騒ぎとなっていた。
とはいえ、ここにはヴィオラを始めとして数多くの警備隊、冒険者、そして魔術師が滞在している。
大半が若手ではあっても、やはり数の力は圧倒的だ。
加えて訓練用のゴーレムを指揮するワンダも混ざっている。主に盾としての参戦だが、並みの刃では歯が立たない壁の存在は大きく、用意したポーションの出番がないほどだった。
一方で、素性がバレたと察した刺客たち。
奇襲されたところから始まった戦いは、さすがは闇ギルドというべきか、どうにか膠着状態にまで持ち込んでいた。
だが、ここが関の山と見切りを付けて、一部の者は逃走を始めている。
同じ組織だからか、考えることは似るらしい。
その結果、置いていかれた刺客たちは隙を突かれ、最後は命乞いをしながら捕縛されてしまう。
味方に裏切られた形であり、いくら悪名高い闇ギルドでも堪ったものではないだろう。
しかし、彼らは幸運な部類でもあった。
なぜなら先に逃げた者たちは、第一階層でケルベロスと遭遇してしまい、おかわりが来たと喜ぶ魔犬の相手をするハメになるのだから。
こうして第三階層も、無事に守られた。
誰もが笑顔で健闘を称え合い、ケガ人がひとりも出なかったことを喜ぶ……そんな光景を、複数の認識阻害型観察機が捉えていた。
ヴァルハラ第十階層の中央塔、その地下にある指令室。
無重力空間に浮かぶかのようにふわふわしている球体ボディに、太いコードで接続されたアルヴィトは、この場にいながらヴァルハラ内のあらゆる状況を把握していた。
彼女の目となるのは各所に設置された固定の監視カメラと、羽虫より小さな認識阻害型観察機である。
刺客たちの動きも手に取るようにわかるため、事前に指示を出しておけば、例え若手冒険者たちだけであっても勝利は容易いはずだ。
実際、順調に戦果を挙げていく各階層の守護者たちだったが……アルヴィトは素っ気ないため息を零した。
彼女にとって、これは不満に値するのだ。
人間が眼球でモニタを監視するのとは異なり、カメラから送られる映像データを直接、頭脳に入れて感覚的に認識できるアルヴィトだからこそ、気付ける些細な被害……。
そう、各所で行われた戦闘によって、床のタイルや建物に傷が付き、ヒビ割れてしまったのだ。
これは由々しき事態である。
元々アルマは、不埒な輩にヴァルハラを荒らされたくないから、わざわざ敵ダンジョンのモンスターを外で迎撃しているのだ。
いくら戦場に出られず、活躍の場を欲していた者が多かったとはいえ、敵を引き入れた以上は損害なく撃退できなければ、アルマに顔向けできない。
(せめて、マスターアルマが目覚める前に終わらせましょう)
酔いつぶれた二人の少女の居場所は第六階層。
領主代行であるイリスの館にある一室だ。
この館にはイリスの個人的な護衛が詰めている他、エレベーターは第五階層までしか動かない設定になっているため、絶対に安全が確保されている。
故に、指示を出す合間を縫って、アルマのだらしない寝顔を堪能していたアルヴィトは……その異状に誰よりも早く気付いた。
「マスターアルマが――――消えた?」
認識阻害型観察機が捉えた光景には、一緒に眠るイリスの姿だけが残され、いつの間にかアルマだけが忽然といなくなっていたのだ。
これが通常の固定カメラ、人間の目視であれば、起きてトイレにでも行ったのだろうと考えたかも知れない。
「検証中……精査完了……結論、不可解」
映像データを脳内で繰り返し、何度も調べ直した答えは『あり得ない』の一言。
まず、アルマを観察していたカメラは認識阻害型観察機であり、もし移動したなら自動的に追尾するはずである。
本人が嫌がって逃げた、という線もない。
なぜなら、アルマは認識阻害型観察機の存在を知っていたにも関わらず、自身の近くを飛び回っていたのに気付いていなかったからだ。
加えてアルヴィトが目を離した隙に、という可能性も皆無である。
同時に複数の状況をコントロールしているため、リソースの割合こそ変動しているが、常にアルマへ向ける意識は欠かしていなかった。
人間で例えれば、それはモニタを注視して微動だにしないも同義だろう。
つまり、目の前で監視していたに等しいアルマは。
ある瞬間から、消失したことになる。
「捜索開始……」
原因究明を打ち切ったアルヴィトは、すぐにアルマの現在位置を探し始め……数秒後に発見する。
その場所とは――――。
――――ヴァルハラ第五階層。
ここは魔族用の宿舎や、モンスター用の寝床の他、湖面に浮かぶようにして和風旅館『狐楼閣』が建っている。
朱色の大橋で繋がるその豪奢な建物には、冒険者たちどころか他のギルドの者ですらも立ち入ったことのある人間はいない。
ただ、ひとり……ヴァルハラに避難している村人の少女、エルマだけは別だ。
きっかけは迷い込んだも同然だが、狐楼閣の主であるクーコに気に入られ、反対にエルマもクーコを慕っているため頻繁に……ほぼ毎日のように訪れていた。
しかし、今日この時だけは自宅から出ないように、エルマはきつく親から注意されてしまう。
(どうして外に出たらダメなんだろ?)
エルマにとって、ここはダンジョンであってもクーコが支配する領域である。モンスターに襲われる心配などないと、露ほども警戒していない。
天気もよく、日差しの暖かい窓際でクーコと一緒にお菓子を食べたら、きっと楽しい。
もふもふの尻尾にくすぐられたりしたら、もっと楽しい。
そんな空想に浸り、こっそり抜け出すのは時間の問題だったのだろう。
いつものように第五階層に降り立つと、エルマは軽い足取りで狐楼閣への道を駆けていく。
そして、ふとした違和感に足を止めた。
「あれ、誰もいない?」
道中で見かける建物や牧場らしき場所では、いつも誰かしらの姿があった。
それは動物であったり、コートとマフラーに帽子で顔を隠した人たちだったりと、普通の人間ではないものが大半だったが、ダンジョンなのでエルマも深く気にしなかった。
ただ今は、そうした姿がまったく見つけられず、あまりに静かで不気味だ。
「おい――――するぞ!」
「――――ああ、――――こっちだ」
微かに後ろのほうから声が聞こえて、エルマはほっと安心すると、そちらへ向かってゆっくりと歩き出す。
自分以外の誰かがいるのを確認したかったのだ。
声がしたのはエルマもこの第五階層へ来るのに使った、階層間を移動するエレベーターの付近だった。
白い外套に肩当て、手甲といった装備を身に着けた男たちが、なにやら話し合っている。
(冒険者の人たちかな……)
ヴァルハラには冒険者が多く滞在している。
武器や防具を常に着けているところしか見ていないエルマは、その外見から判断するのだが……。
(なんか……こわい)
根拠はなかった。
ただ、揃って同じ格好をしている無機質さや、服装はしっかりしているのに態度が粗暴だとか、そうした細かい疑問が無意識に警鐘を鳴らしていたのだ。
まるで村を襲ったワーウルフを前にした時のように、エルマは息を呑む。
(クーコ様にお知らせしないと……!)
慌てて踵を返し、敬愛する白狐の主の元へ向かおうとしたのがマズかった。
パタパタという小さな足音に続き、背後から複数の足音が聞こえるのだ。
(追ってきてる!?)
やっぱり悪い人たちだと確信めいた予感を得て、エルマは足音を隠さず一心不乱に駆ける。
大橋までは、そう遠くない。
狐楼閣まで辿り着ければ、助けてくれる。
絶対に、間に合う。
そんな甘い予想は、あっけなく崩された。
「え、あ……あれ……?」
大橋の前で、先回りした男たちが待ち受けていたのだ。
立ち止まってしまうも、後ろから迫る足音に、逃げ場が失われたことをエルマは理解する。
そして、なによりも……奇妙な光景が目の前にあった。
なぜか『エルマが怪しい男たちに包囲されて立ち往生している』……そんな危機的状況を、当のエルマは見ていた。
「わたしが、もうひとり?」
自分そっくりな少女は、あたかも怯えているように震えてうずくまるが、本物のエルマは包囲の外側でぼぅっと突っ立っており、男たちは見向きもしない。
ふと気付けば、周囲は薄い霧で覆われていた。
なにが起きているのかは、わからなかった。
でも誰の仕業なのかは、わかっていた。
(こんなことができるのは……!)
期待に目を輝かせて大橋を見れば、いま降り立ったかのように、白狐の主が男たちを見据えていた。
極東に伝わる意匠をあしらった、蒼白の衣に身を包んだ振舞は貴人のようで、しかし薄い霧さえも纏う神秘的な様相は人ならざる気配を漂わせており、支配者としての真の姿を肌で感じ取ったエルマは身震いする。
「すごい」
村育ちの少女の言葉では、他に褒め称える表現が見つからなかった。
だが、取り繕った知識より、込められた真摯なる思いにこそ喜んだのか、ふっと不敵な笑みをエルマへ向けてくれる。
「………っ!」
直後、今度こそエルマは言葉が出なかった。
ただただ感激に震えて、顔が熱くなるのを感じてしまう。
(わたしは、きっとクーコ様にお仕えするために、ここに来たんだ!)
さながら騎士が、生涯の主君に出会えた奇跡を喜ぶように誓いを立てる。
少女エルマの運命は、八歳にして定まった。
だがそれは本人にとっても、そして周囲にとっても、きっと良い方向へ向かうものだろう。
「格好つけ過ぎなのです」
エルマの窮地を救うクーコの活躍を、すずは離れた場所から眺めつつ、呆れたように一刀両断する。
元より危険など一切なかったのだ。
村からエルマが抜け出し、闇ギルドの刺客と鉢合わせする可能性は、事前にアルヴィトから伝えられており、クーコとすずは即座に動けるよう準備していた。
その気なら、エルマが見つかるよりも先に、刺客たちを沈黙させられただろう。
ただヴァルハラ内の戦闘は、すべて撮影されていると明かされて、クーコが準備に手間取ってしまったのだ。
後でアルマが鑑賞するならばと、気合いを入れるのは、すずも理解できる感情だが、それで出遅れたり、敵を見逃しては元も子もない。
現にすずは、この階層に隠れ潜んでいた刺客を三人、引きずり出しては昏倒させて、足下に転がしている。
敵は全部で十人。エルマを追っていたのが七人だったとは、クーコは気付きもしなかった。
今も得意気に、満面のドヤ顔で幻影術を放っている。
「まあ、あの術は時間をかけただけはあるのです」
幻影術とは本来、壁や大岩、建物といった『動かない物』の幻を作り出す。
なぜなら複雑に動く生き物……それも人間のように表情まで変えるとなると、一気に難易度が跳ね上がるからだ。
狐人族が幻影術を得意とする魔族とはいえ、すずでも困難な技だろう。
もちろんクーコなら、なおさら無理だ。
通常時の彼女は、動かない岩を再現するだけでも精一杯で、エルマの幻を作り出し、なおかつ本物のエルマを隠すなど不可能である。
それを可能にしたのが事前の準備だった。
辺りを包み込む『霧』の展開。
これも幻影術のひとつだが、この霧そのものは特に効果はない。ちょっと視界が悪くなる程度だろう。
しかし他の幻影術と組み合わせれば、視界を欺く霧が、幻を真実であるように見せるのだ。
つまり幻の効果を引き上げる結界……それがクーコの用意した『幻惑の霧』だ。
時間と手間をかけるだけあって、クーコが作り出した幻は真に迫る。
もはや刺客たちは、知らずに猛獣の口へ入り込んだ獲物も同然と言えた。
次第に現実と幻の区別もつかなくなり、精神が壊れてしまうが、そうなる前にクーコの魔力が尽きるだろうと、すずは推測する。
ちなみに、すずが幻影術を使う場合は動く生き物ではなく、自身を中心として周辺環境そのものの幻を作り出す。
本人は高速移動しつつ攻撃をするのに、周囲はすべて幻で、迂闊に動けば偽装されたトラップに引っかかり大惨事に……というタイプだ。
だが本人いわく、『幻影術を使うより直接、攻撃したほうが早いのです』ということで、基本的に出番はないのだった。
どこまでも合理的なすずに対し、刹那的なクーコの無駄が多いやり方は、歯痒さを感じさせる。
「まったく、さっさと終わらせて欲しいのです」
「いいんじゃない? あいつら敵でしょ?」
――――瞬間、すずは獣の如く機敏な動きで飛び退いた。
距離にして五メートルは跳躍しただろう。
それと同時に、宙で身を翻しながら、その声が誰のものだったかに気付き、遅れて警戒を解く。
(声を聞くまで、まったく気配がなかったのです……)
いつから背後に立っていたのか、すずが着地すると、ぱちぱち手を鳴らすのは雪のように白い少女。
「あはは、すごいすごい。猫みたい」
「アルマ様……どうしてここに?」
「ん? ちょっと様子見に来ただけだよ」
妙な感覚に、すずは尻尾の毛を逆立てる。
まるで幻影術にかかったような違和感があり、しかし魔術を受けた気配を感じられず、なぜこんなにも敬愛する主君に対して身構えているのか、わからずにいた。
そして『様子見に来た』という言葉も、おかしいことに気付く。
「アルマ様が自分から危険な場所に……しかもヌマネコを連れずに来るなんて、あり得ないのです」
「えー、私ってそんな情けない評価なの?」
「お前は、誰なのです?」
すずの感覚では、もう白い少女は別人に思えてならなかった。
だというのに自身の観察眼が、目の前の少女はアルマで間違いないと判定を下している。
故に理解できず、すずは攻撃すべきか悩み、行動に移せない。
(いったい、誰なのです……?)
ここまで困惑するのは、すずがヴァルハラを訪れて初めての経験だろう。
もしアルマが目撃していたら『え、すずちゃんが戸惑ってる!?』などとレアな一面を見て感激していたかも知れない。
しかし――――白い少女は。
「私は、ううん、私こそが『アルマ』だよ。黒巫狐ちゃん」
やはり別人そのものの言葉で、アルマだと語るのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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