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30 惨劇1

もっと短くなるはずが、どんどん長くなってしまいました。

 夜美たち『戦闘部隊』が勝利していた頃、ヴァルハラの第一階層にあるアトラクションエリアでは、ひとつの惨劇が起きていた。


「ひぎゃああああああ……!」

「おごぉほっ!」

「ま、まて! まてまてあべし!」


 彼らは神殿騎士に成りすました闇ギルドの刺客たちだ。

 ヴァルハラに毒を撒くため、各階層に十人ずつのグループで別れた内のひとつなのだが、ご覧の有り様である。


 ひとりは延々と走るジェットコースターから降りられず。

 ひとりは白い兎が振り回す人参に鳩尾を突かれ。

 ひとりは犬に足を引かれて転倒する。


 神殿騎士の偽者だと見抜いたアルヴィトの指示によって、今のヴァルハラは臨戦態勢だ。

 どこか主に似た穏やかな雰囲気は幻のように消え去り、侵入者への強い敵意に満ちている。


 そんな中で第一階層の守護を任されたのは、ぶっ飛び兎とホットドッグだった。

 十二羽と百匹という圧倒的な数は、裏社会で暗躍する刺客であろうと関係ない。どんな腕自慢でも数の暴力を前にすれば、成す術なくボコボコにされるのだ。

 実は一対一でも勝てるのでフルボッコだ。


 ちなみにジェットコースターに逃げ込んだ者は、ホットドッグの一匹が操作盤を弄って無限走行モードに突入させた。

 猛スピードでレールの上を走り続けるため、降りようにも降りられず、ただただ絶叫が右から左へと流れていく。エネルギーもぐんぐん回収されている。


「……ちっ、いつまで遊んでやがる!」


 見た目は犬と兎のモンスターに翻弄される醜態を晒す刺客たちに、このグループのリーダーを任された男が憤る。

 こんな有り様では、他の階層に向かった仲間に笑われてしまう。


 いや……笑われるくらいで済めばいい。

 闇ギルドにとって裏切り者と足手まといは等しく、粛清されるか切り捨てられるかの違いしかないのだ。


「そもそも、なんでモンスターが襲って来やがるんだ?」


 ヴァルハラのモンスターは人間を襲わないはずであった。

 だからこそギルドは金になると目をつけたのであり、もし襲うのならギルドの者たちが先に犠牲者となっていなければ不自然だ。

 となるとモンスターは、自分たちだけを狙っている。


「神殿と敵対する気か……いや、まさかバレたのか?」


 そう考えれば途中まで案内していた警備隊のヴィオラが、さっさと離れたのにも納得できる。

 内側から攻め落とすつもりが、まんまと敵地に誘い込まれてしまったのだ。


 また、神殿騎士を装ったのも裏目に出た。

 これが冒険者として訪れていたなら今回は諦め、ほとぼりが冷めた頃、なに食わぬ顔で再びダンジョンに侵入し、仕切り直すこともできただろう。


 だが神殿騎士を偽ったと露見したなら話は変わる。

 神殿に関わる詐欺行為は大罪だ。

 本物が動き出せば闇ギルドも身動きが取り難くなり、再び侵入する機会を失ってしまう。


 そうなれば作戦を中止するしかないが、依頼者は貴族であるため簡単には放棄できない。

 なおかつ、今まで作戦に投じた費用と労力も無視できなかった。

 なんらかの形で回収できなければ、これまで関わった者たちが黙っていないだろう。

 もはや組織としての闇ギルドが、瓦解するかどうかの瀬戸際である。


 誰にも制限されずにダンジョン内を自由に行動できると踏んで、わざわざ神殿騎士に扮したというのに……因果応報と言うべきか、今では刺客たちの行動を制限する枷と化していた。


 とはいえ彼らは闇ギルドでも末端の刺客。

 自身の命と天秤にかけたら、答えは決まっている。


「こうなったら仕方ねえ、外の奴らと合流する!」


 などと言い訳を残し、身を翻して駆け出すリーダーの男。

 あくまで確実に作戦を遂行するための転進であり、逃げているわけではない。


 これには他の刺客たちも我先に、元来た道を引き返し始めた。

 中には気絶した者や、足をケガして走れない者、ジェットコースターから降りられない者もいたが、誰もが見捨てて逃げていく。

 足手まといは切り捨てられる運命だ。


 そうこうして、どうにか犬と兎を振り切った刺客たちはアトラクションエリアを抜け、パーキングエリアまで戻ってきた。

 出口まで、あと少し……。


「み、見えた!」


 地上に続くゲートを目にした刺客たちは、良かったと、これで助かると安心した。安心してしまった。

 ダンジョンとは気を抜いた時こそが、最も恐ろしいというのに……。


 最後の関門とばかりに、先回りしていた犬の群れが出口の前で一塊となって陣取っている。

 正確な数まで把握できないが、もし数えていたら百匹いることがわかっただろう。

 対して、この場にいる刺客たちは残り七人。

 圧倒的に不利な状況だ。


 しかし、ここまで来たら押し通るしかない。

 刺客たちは言葉を交わさずに意思を統一し、それぞれの武器を構えて駆ける。


(せめて一匹だけでも、切り刻んでやらぁ!)


 作戦を台無しにされた恨みもあって、憂さ晴らしにリーダーは小さな犬を標的にナイフを向ける。

 だが、その刃が届くよりも前に……。


「うおわぁ!」

「な、なんだ!?」

「ぎゃあっ、熱い熱い熱い!」


 突如として熱風が刺客たちを襲い、たまらず後退してしまう。

 誰かが爆弾でも投げたのかと錯覚するほどの熱の正体は、目の前に群がる犬から発せられていた。


 まるで一匹一匹が燃え盛っているかのような熱量であり、赤い輝きを放つと徐々にどろどろと溶け、ひとつの橙色をした熱塊になってしまう。


「なんなんだ、この犬っころは……」


 モンスターであることは理解しているが、こんな種類は知識になかった。

 さっきまでは突進や噛みつく程度の攻撃しかして来なかったため、下級のザコだと深く気にしていなかったが、今になって得体の知れないモンスターに恐れを抱いたのだ。


 やがてマグマが冷えて固まるように、蒸気を漂わせる黒いナニカが、刺客たちの前でずしりと脚を踏み鳴らす。

 それは相変わらず犬の形をしているが、首が三つあり、立ち上がれば十メートル近い巨体だ。

 それぞれの口からは吐息のように炎が吹き出し、赤熱した鉄を思わせる瞳が刺客たちを睨みつける。


「バケモノ……」


 誰かが喘ぐように呟いた。

 その返事なのか、百匹のホットドッグが融合した三つ首の魔犬が、重なる咆哮をあげる。


 ――――バオオオオオオオッ!!


 ホットドッグを普通に数えると百匹しかいない。

 でもアルマは百一匹いると答える。

 目には見えないが、そこにいるのだと。


 別名を、ケルベロス。

 隠された百一匹目のホットドッグは、他のホットドッグすべてが結集し、変貌した姿であった。


 この姿を見てしまったら最後、扉は閉ざされる。

 なぜならケルベロスはヴァルハラの番犬。

 主人から許可を得られない限り。

 扉は決して、開かれない。


「あ……ああっ……!」


 恐怖に身を竦ませるリーダーは、魔犬の遠吠えに意識を手放し、深い闇の奥底に落ちていった。

 後に残されたのは戦う気満々で変身したのに、勝手に気絶した敵に、くぅーんと不満げに鳴いたケルベロスだけである。











 ヴァルハラ第二階層・地底湖エリア。

 ここにも同じく、十人の刺客たちが工作を施そうと侵入しているのだが……。


 すでに全員、地面に倒れていた。


 ある者は全身を氷に覆われて。

 ある者は服を焼き焦がして。

 ある者は生気を失って。


 まともな姿でいる者はひとりとしていない。

 なぜなら、彼らは多種多様な魔術を受けていたのだ。これをアルマ風にわかりやすく表現するとすれば、全員が状態異常である。

 ぴくりとも動かないため屍のようだが、ぎりぎりセーフだ。


「……終わり」


 そんな魔術を放った張本人であるリーゼロッテは、少しすっきりしたように構えていた愛用の杖を下ろす。

 表情もどこか満足気で、むふーと鼻息を荒くする。


「……次は、手加減しない」


 刺客たちが聞いていたら、ここまでやっておいて、まだ上があるのかと絶望していたことだろう。

 幸か不幸か、誰もが意識を飛ばしていたので聞く者はいなかった。


 さて、普段は割と大人しいリーゼロッテだが、なぜこんなにも苛烈に魔術を行使したか……それはもちろん、ヴァルハラに害を為そうとしたからだ。

 ヴァルハラとはアルマそのもの。


 つまり、愛しのアルマを害するも同然であり、そんな輩は最初の一撃で素粒子に還すつもりだった。

 だが、アルマ本人がそこまで望まないとリーゼロッテを諭した者がいたので、できるだけ抑えた結果……ご覧の有様である。


『ふむ……魔術の制御は完璧のようじゃのう』


 地底湖の水面から白く大きなクジラが顔を覗かせる。白鯨族(モカディック)のアレクシスだ。

 彼が止めていなければ、この場で十人もの命が失われていただろう。

 もっとも、アレクシスが止めたのはアルマの性格を考慮しただけであって、刺客たちを思ってのことではない。

 むしろ心情的にはリーゼロッテに近かったりするのだが、そこは年の功というもので若者を指導したのである。


「……ねえ」

『なにか用かのう?』

「……どうして、おじいちゃんは、ここにいるの?」

『うむ、それは儂が――――』


 いつもの調子で尋ねられたので、つい普通に返してしまったアレクシスは、ふと言葉を途切れさせる。

 まだ正体を明かしていなかったはずだ、と。


 返答に詰まったものの、じーっとあどけない瞳に見つめられて観念する。

 アレクシスは、自身が人間たちの間で『大賢者』と呼ばれており――――。


 同時にリーゼロッテの師匠……すなわち育ての親であることを認めた。


『なぜ、わかったのかのう?』

「……?」


 一方でリーゼロッテは、隠しているつもりだったの? と言いたげに首をこてんと傾げて不思議そうだ。

 そもそも名前が同じアレクシスだとアルマの紹介から知っていたし、口調にしても魔力にしても、本人そのままだ。

 そう指摘すると……。


『なるほどのう。無意識に隠匿の魔術を見破ったようじゃな』

「……隠匿?」

『それはまた次の機会じゃな』


 実は魔術によって、大賢者と白鯨族(モカディック)のアレクシスが別の者であるように誤魔化していたのだ。

 しかし、リーゼロッテに通じなかったのは、本人も知らないうちに無効化していたことに他ならない。

 愛弟子の成長に喜ばしくもあり、まだ隠しておきたかったので残念でもある、複雑な心境のアレクシスだった。


『それにしても、あまり驚いておらんのう』

「……おじいちゃんの秘密に、納得したから」

『ふむ――――』


 アレクシスは考え込むように軽く頷いて、水面を勢いよく波立たせた。

 本人にとっては僅かな動きでも、全長十五メートル超えの巨体では周囲への影響も激しい。


 冷たい水を浴びせてはいけないと、アレクシスは白いクジラから、威厳ある老人の姿へと変わる。

 その変化は肉体が端のほうから反物を広げたように鮮やかな帯状となり、湖面をしゅるしゅると飛んで、陸地で再集結するという不思議な光景であった。

 アルマがいたら、リンゴの皮むきみたい、と感想を口にしていただろう。


「まだ儂を、おじいちゃんと呼んでくれる、か」


 老人姿のアレクシスが、感慨深く呟いた。

 魔術を用いてまで魔族としての正体を隠しておきたかった理由……それは、リーゼロッテがどのような反応をして、どのような感情を向けられるか、まるで未知数だったからだ。


 ――――そもそもアレクシスが大賢者として、リーゼロッテを弟子に迎え入れたのは、ただの身代わりにするつもりだった。


 それは五年前。すでに大賢者の呼び声も高く、多くの魔術師から師と仰がれていたアレクシス。

 だが、本人は弟子など興味はなく、なにより魔族という正体が暴かれては面倒だと感じていた。

 かといって人間との関係を断ち切るには、まだ未練を抱えていたのだ。


 悩んだ末に思い付いたのは、魔術師をひとりだけ育て上げて、その者に対応を任せることだった。

 これならば大勢の相手をしなくてもよくなり、もし万が一にも魔族と悟られようが、ひとりだけなら対処できると見越してのものだ。


 多少、時間はかかったとしても数十年程度。

 千年を生きるアレクシスからすれば、大した労力でもなく、その後は煩わしさから解放されると思えば楽なものである。


 ただし、そこにひとつだけ誤算が生じた。

 リーゼロッテは天才だったのだ。


 ひとつ魔術の理論『幻理』を教えれば、十を理解する。

 一般的な魔術師が十年かかる道を、一年で辿り着く。

 なにより貪欲なまでに知識を求める尽きない好奇心。


 これはアレクシスの予想を遥かに上回っており、気付けば自分でも驚くほどリーゼロッテへの期待は大きく膨らんでいた。


 この子は、どこまで魔術師として大成するだろうか……。


 まるで本当の孫を見るような感覚に、子供どころか妻も持たないアレクシスは若干の戸惑いを隠せないが、少女からおじいちゃんと呼ばれると、どこか心地よさを感じていた。


 そんなある日、リーゼロッテが出奔する。

 というより家出した。


 幸い足取りはすぐに掴めたものの、なぜ出ていったのかがわからず、無理に連れ戻すのはためらわれる。

 ひとまず様子見をしようと決めた矢先に、ある人物から連絡が届いた。


 数少ない人間の友であり、リーゼロッテが滞在する国境都市ローラインの魔術師ギルドの長……クラリッサだ。

 連絡そのものは構わないが、その手段が手紙などではなく、長距離通信の魔術だったのが気になる。


 これは一種の魔道具に近く、燃費の悪さから使用するには火急の用件に限るようなものを使ったのだ。

 となれば、近場のダンジョンより強大なモンスターが溢れたのだろうか。


 魔族であるアレクシスだが、どこのダンジョンにも雇われていないフリーの身であれば、時には人間の味方もする。

 戦乱に身を投じる心の準備をしてから、アレクシスが通信に応じれば……。


『……久しぶり、おじいちゃん』


 なんと相手はリーゼロッテであった。

 彼女はアルマのために、大賢者の弟子という身分を使う、その許可を得ようとしていたのだ。


 アレクシスからすれば、そんなもの気にせず使って構わなかったが、引き換えに家出の理由を尋ねたことで、ようやく彼女が抱えていた苦悩を知るに至った。


 どうしたものかと悩んだのも束の間で、その後も何度か連絡を取り合っている内に、様々な情報が入って来る。


 ヴァルハラなるダンジョンで楽しく暮らしていること。

 アルマという無二の友を得られたこと。

 そして今では、アレクシスが手を差し伸べる間もなく、リーゼロッテが出奔する原因となった悩みすら解決していた。


 ならば帰ってくるのかと思えば、そのままヴァルハラに残りたいという。

 いったい彼女に、どのような心境の変化があったというのか。


 これは折を見て、様子を確認しなければのう……。


 などと考えるアレクシスに、もはやリーゼロッテを自身の身代わりにする気はなくなっていた。

 あるのは、ただ少女の成長をゆっくり見守りたいという想いだけである。


 そんなタイミングだった。

 アルマに雇われ……大賢者ではなく、魔族の白鯨族(モカディック)としてヴァルハラを訪れることになったのは。


 もし魔族と知られて、二度と『おじいちゃん』と呼んでくれなくなってしまったら、もうアレクシスは立ち直れない。

 故に、まだ正体を隠しておきたかったのだが……。


「……だって、おじいちゃんは、おじいちゃんだから」


 噓偽りのないリーゼロッテの本心から紡がれる言葉に、アレクシスは杞憂であったと思い知らされて、内心でほっとしていた。


 そう、魔族だろうと、人間ではなかろうと関係ない。

 リーゼロッテにとっては目の前の老人こそが、自分を拾って育ててくれた恩人なのだ。

 そんな意識の裏には、自分は人間だと主張するダンジョンの主が、いつか語ってくれた言葉がある。


『だからボクは思うんです。大切なのは自分がどうするのか、だって』


 大賢者の弟子という立場から逃げるのをやめたように、今のリーゼロッテは心のまま、まさしく自然体でアレクシスを受け入れていた。


 白くて大きい魚でも関係ない。

 おじいちゃんは、おじいちゃんだ。

 これまでも、これからも変わらない。

 それがリーゼロッテの心に浮かんだ素直な気持ちである。


「……ずっと、ここにいるの?」

「いや、儂は一時的に雇われただけでな。向こうのダンジョンの主との『戦争』が終わればお役御免じゃろう」

「……だったらアルマちゃんにお願いする」

「む?」


 せっかく、おじいちゃんのほうから来てくれたのだから、このまま一緒にいてくれたら嬉しい。

 などと言われては、おじいちゃんも嫌とは言えないのである。


「……あと隠匿の魔術も教えて」

「しょうがないのう」


 言葉とは裏腹に、目尻を下げて講義を始めるアレクシス。

 地面に横たわる刺客たちなど、とっくに意識から抜け落ちているようだ。

 偉大なる大賢者も、孫にはとことん甘かった。

「惨劇(笑)」にするか迷いました。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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