8 冒険者ギルドの乱
セインブレイド王国東部に位置する王国七大都市のひとつ。
国境都市ローライン……その冒険者ギルドにゲオルクはいた。
通された応接室に同行しているのは予定通り、ユリウスとヨハンのみだ。
女子二人は街に到着すると即座に解散しており、それっきりである。
本当に日暮れまでに間に合うのかは不明だが、どちらにせよゲオルクの仕事は報告するだけだ。
もし間に合わずとも、それはそれで仕方ないだろう。
「ずいぶんと遅かったなゲオルク」
ゲオルクたちの正面、テーブルを挟んだ向かい側に座る男が声をかける。
この街で冒険者を束ねているギルドマスターで、名前をヴィルヘルムという元冒険者だ。職員となってから今の地位にまで独力で出世した傑物である。
ゲオルクに負けず劣らずの体躯に加え、凶悪な強面とスキンヘッドのせいで子供に怯えられ、彼を知らない者からは山賊に間違われるのが悩みだ。
「ああ、色々あってな」
「それで、わざわざ俺に直接じゃなきゃ報告できんことがあるんだろ?」
通常ならギルドの受付に報告するだけで終わるが、今回は重要な話があるからとギルドマスターに面会を申し込んでいたのだ。
「とりあえず、こいつを見てくれ」
用意していた品々をゲオルクはテーブルに置いて行く。
見慣れない服や布、瓶に移し替えられたシャンプーやボディソープ、歯ブラシといった物は、まだヴィルヘルムにも理解できる範囲だ。
だが三色のポーションとなると、もうお手上げである。
「なあゲオルク、こいつはいったいなんだってんだ?」
「例のダンジョンから手に入れた物だ」
「なんだと! これ全部か!?」
「ああ、だが……もっと信じられんような出来事があった」
「……よしわかった、話してみろ」
心の準備は整ったとばかりに促すヴィルヘルム。
そうしてゲオルクが語ったダンジョンマスターの少女アルマとの邂逅は、荒唐無稽だと吐き捨てられるようなものであった。
もしこれがヴィルヘルムの信用するゲオルクの言葉でなければ、禁薬に手を出した狂人か、あるいはギルドを陥れようとする詐欺師だと決めつけただろう。
「……本気で言ってんだよな?」
「こっちの二人も証人だ」
「お前らはユリウスとヨハンか。たしか、お前に頼んだ駆け出しは三人だったはずだが、あとの二人はどうしたんだ?」
「なにか急用のようでな。必要なら後で聞いてくれ」
「いや、お前がそこまで言うんだ。マジなんだろうが……」
「先に俺の意見を言わせて貰えるなら、ダンジョンマスターを信用できずともポーションの取引が行えるよう、まずは一定の関係を続けるべきだと思う」
「ぬう、しかしな……」
もし事実だとすれば、とんでもない発見だった。
ダンジョン産ポーションの継続的な入手に加え、新ポーションの存在。さらには日用品ですら珍しい物ばかりである。
だが、そんな物はおまけでしかない。
もっとも肝心なのはダンジョンマスターがもたらした情報だ。
恐怖をエネルギーにしてダンジョンが成長している、などという話は王都のダンジョン研究所ですら掴んでいないとヴィルヘルムは予想する。
まだ他にも秘密があるなら、今後のダンジョン攻略において重要な足掛かりとなるだろう。
しかし、ダンジョンマスターの言葉を信じられるかは別だ。
一連の出来事がすべて人間を陥れるための罠である可能性は否定できない。
ならばギルドマスターとしての決断は……。
「そうだな、まずダンジョンに改めて調査隊を派遣しよう。そして可能ならそのダンジョンマスターを捕縛し、ポーション供給の協力をさせる」
「……そうなるか」
情報は精査しなければならないが、仮にすべて虚言であったとしてもポーション等のアイテムを生産させるだけで大きな利益が見込める。
ならばギルドが総力を挙げて、ダンジョンマスターとダンジョンを完全に支配下に置いてしまえば余計な危険を背負うこともない。
これは冒険者ギルドにとって、ごく自然な判断である。
そしてこの展開をゲオルクは少なからず予想していた。
まったく信用できないと討伐隊を送り込むよりはマシな展開だが、実行されれば関係修復は困難となるだろう。
無邪気な少女の笑顔を思い浮かべ、ゲオルクは内心で舌打ちをする。
「ま、待って! なにもそこまで……!」
「ヨハン、ギルドマスターが決めたことだ。それにまだ捕縛を優先するわけではないのだろう?」
「それは状況次第だがな」
「あのお嬢ちゃんがどう扱われるかは、調査隊がどう判断するかで、それはお嬢ちゃんがどうにかすべき問題だ。俺らは冒険者なのだからな」
「でも……」
ヨハンが憤り、沈黙を保つユリウスもどこか不満げに俯く。
二人が納得できない気持ちも、そしてヴィルヘルムの決断も、ゲオルクは痛いほど理解できる。
ただ実際にアルマと会って話した者でなければ、その人畜無害な性質を実感できないのだ。
どうにかアルマの有用性を示し、問答無用で討伐されない方向へ話を持っていくのが、今のゲオルクには精一杯だった。
そう、ゲオルクだけならば……。
――コンッ、コンッ、コンッ。
その軽いノックの音にゲオルクは口元を緩める。
時刻は日没より少し前……間に合ったのだ。
「誰だ?」
「失礼します。遅くなって申し訳ありません。私はノーラと……」
「……リーゼロッテ」
そう答えながら入室した二人に、ヴィルヘルムは眉をひそめる。
これほど重大な調査結果の報告だ。本来ならゲオルクと共に訪れて然るべきところを、遅れてやって来たのだから当然の反応だろう。
半ば軽視された形のヴィルヘルムの心中は穏やかではないが、別行動をゲオルクが許可していたため、ひとまず矛を収めた。
「今までなにをしていた? いったいなんの用だ?」
「ええと、ゲオルクさん。話はどこまで進みましたか?」
「調査隊を送り、場合によってはお嬢ちゃんを捕縛する可能性がある」
「なるほど、では準備をして正解でしたね」
「……間に合った」
「だから、お前らはなにをしに来たと言っているんだが?」
一介の冒険者にここまで無視されては沽券に関わると、ヴィルヘルムは青筋を浮かべて怒りを露にした。
恐ろしい山賊顔が、より恐ろしく歪む。
応接室の空気は張り詰め、慣れていたゲオルクは表情を変えずに事の成り行きを見守っていたが、ユリウスは一筋の冷や汗を流し、ヨハンなど青褪めていた。
さらに怒気は室内に留まらず、階下のロビーにいた感覚が鋭い冒険者を竦ませるものだったが……それを最も間近で受けていた少女二人は微塵も動じていない。
それどころかノーラは毅然と向かい合い、諭すように告げるのだ。
「無礼は承知ですが、私にも立場がありましたので……どこに目や耳があるかわかりませんから」
「……どういう意味だ?」
その問いに、ノーラは右手を掲げるように前へ出す。
彼女の細い指には、五枚の花弁を象る紋章が刻まれた指輪が輝いている。
「それは春告草の花の紋章……まさか!?」
「私の名はノーラ。春と生命を司る女神フローラの信徒にして、聖女モニカ様より手ずから教えを受ける者です」
「な、なにっ! 聖女モニカ様だと!?」
聖女とは、四つある神殿でそれぞれ最上位に君臨する、女神に最も近しいとされる四人の乙女を意味する。
その内のひとりから教えを受けるとは、つまり聖女と強い繋がりを持った使徒を意味しており、言わば神殿の代行者だ。
間違っても一介の冒険者などと侮っていい身分ではなく、たかだか都市ひとつに影響力を持つだけのギルドマスターよりも上位の存在である。
だがこれはノーラからしても、あまり取りたくない手段であった。
身分を明かせば神殿の代表者として振る舞わなければならず、特に今回のように公式の場で下手にへりくだった態度を取れば、それは良くも悪くも神殿の意志として受け取られ、揚げ足を取るように付け入る輩もいるのだ。
安易に謝罪することすら許されないほど、その地位に圧し掛かる責任は重い。
そうして場が困惑に包まれていると、続けてリーゼロッテが一歩出る。今度はなにを言い出すのかと、視線が集中したのは自然な流れだろう。
「……リーゼロッテ。アレクシスの弟子」
「アレクシス? ……ま、まさか大賢者アレクシスか!?」
大賢者アレクシス。
その名は魔術師のみならず、冒険者はもちろん平民すら知る英雄だ。
詳しく知られていないものの、たしかに愛弟子の噂はあった。講義を受けただけで弟子を自称する者たちではなく、たったひとりだけ直々に師事している魔術師がいると。
身分こそ単なる魔術師だが、その権威は大陸全土に通用する大賢者。その弟子となれば、やはり一介のギルドマスターより尊重される存在だろう。
そんな二人の少女が、続けて宣言する。
「私がダンジョンマスター、アルマさんは虚偽を述べていないと保証します」
「……わたしがアルマちゃんは天使って証明する」
「な、なんだとっ!?」
「そういうことだったか……」
「マジかよ!?」
「えええぇぇぇ!?」
突然の展開、いきなりの暴露、急なぶっちゃけにヴィルヘルムは元より、同じパーティであったゲオルク、ユリウス、ヨハンでさえアゴが外れんばかりに驚愕するのだった。
「あの、リーゼロッテさん? 打ち合わせと少し違う気が……」
「……ふんす」
こっそりノーラもまた、事前の段取りとは異なるリーゼロッテの突飛な発言に驚いていたのだが、それはご愛嬌である。




