10 閑話3
すっかり森の木々も葉を落とし、冷たく乾いた風が吹く頃。
「……なあ、ありゃいったいなんだ?」
怪訝な顔で馬車の御者台から指を差した男。その先にはヴァルハラの入口である地面から生えた洞窟があった。
正確には、男が指差すのは入口に設けられた関所だ。
人の手で移動できる小型の柵と、左右で番兵のように待ち受ける二人組という簡素なものだが、男が以前ヴァルハラを訪れた時になかったのは確かだった。
これが国境や、国内でも違う貴族が収める他領との境ならば、関所が設けられていても不思議ではないだろう。
だが、ここはダンジョン……ヴァルハラである。
基本的には冒険者が入る場所とはいえ、侵入を制限する法律や理由も今のところなかったはずなのだ。
「ああ、そういえばお前は久しぶりに来たんだったな」
御者の疑問に答えたのは、同じ馬車に乗車している仲間の男だ。
彼らは商業ギルドに所属する職員であり、主にヴァルハラ産の品々を外部に流通させる役割を担っていた。時には数週間かけて遠方に出張するため、御者の男は最近のヴァルハラの情勢に疎かったのである。
「あれは冒険者ギルドの警備隊だ。なにもなければ素通りできるから別に心配いらないぞ」
「まあ、変な物は積んでないが……なんで急にそんなのが?」
「そりゃ逃亡中の罪人が入り込むかも知れんし、そうでなくともずいぶん人が増えたからな。放置ってわけにもいかないんだろう」
「あのダンジョンで問題を起こす奴がいるとも思えんが……」
「そりゃギルド関係者はそうだ」
もしヴァルハラとの関係が悪化してしまえばギルドにとって大損害だ。
問題を起こせば、原因となる職員は即座に切り捨てられてしまうだろう。
それを理解できない者は職員として採用されていないので、そこまで心配はいらないが……。
「やばいのは冒険者だな。本気で素行が悪いのは弾かれているそうだが、春になったらわからんぞ。いずれは観光客も呼び寄せるらしいからな」
「なるほど……その時の練習も兼ねてるわけか」
「といっても、今も本気でやってるから、ふざけてるとペナルティ食らうぞ」
「ペナルティってなんだよ?」
「いくつかあるが、軽いのでもヴァルハラが運営する店の一時的な利用禁止ってのがあるな」
「その店って、あれのことだよな? そりゃキツいな……」
ヴァルハラが運営する店とは、つまりアルマの店のことである。
アルマ食堂はもちろん、大浴場やスポーツジムも利用できない。
いずれモンスターの狩場として開放される第八階層にも入れなくなってしまうのだ。こちらは主に冒険者にとって大打撃だろう。
他にも商業ギルド支部直営店では、街から持ち込まれた品はともかく、アルマが卸している魅力的な商品が購入できなくなったり、宿舎の自室に設置されている空調設備が使用不可など、ペナルティの幅は広い。
「重いのだと追放処分だな。明確な犯罪行為になれば罪人として罰せられるそうだが、今のところペナルティを受けた奴もいないし、普通にしてれば問題ない」
「要するに今まで通りってわけだな」
「ああ……いや待て、もうひとつ注意点があった」
「なんだ?」
「あいつの前で『ダンジョンマスターを侮辱してはならない』って話だ」
「いや、誰だよ、あいつって……?」
今のヴァルハラにアルマを侮辱するような者はいない。
なぜ改めて注意されているのかと不思議に思って御者の男が振り返ると、馬車内の男が真剣な目をして言った。
「あそこにいる奴だ」
視線の先には関所で番をしている二人と……新たな人影が見えた。
雑に短く切った髪と鍛え上げた肉体、そして端正な顔立ちから、最近は男性と間違えられることもある女性冒険者、ヴァルハラ警備隊のヴィオラである。
僅か一か月という驚異の速さでダンジョン攻略を成し遂げたヴィオラは、十分にヴァルハラの宣伝ができたと判断すると、すぐにヴァルハラへ戻っていた。
そして唯一アルマから声をかけられて勧誘された経緯もあって、暫定的ではあるが警備隊のリーダーを任されているのだ。
その仕事ぶりは厳格の一言であり、一切の手抜きや怠慢を許さない。
一部では彼女の検問だけ厳しすぎるという声も出ていたが、結果として誰もが素直に警備隊の指示に従い、今まで不正を働こうとする者は現れていない。
すべてはヴァルハラのために、ひとつの不審物も、ネズミ一匹の不審者も見逃さない意気込みである。
そんな彼女の前で、決してアルマを貶してはならない。
これは不用意な発言をした者が目を付けられて、より厳しい取り調べを受けるようになったことに起因している。
人々は雇い主を尊重するようなヴィオラの姿勢を、元傭兵らしい誠実さだと好意的に捉えていた。
実際には雇われていようがいまいが、アルマの味方をするのに違いはない。
そして付け加えると、ヴィオラだけではなくリーゼロッテ、すず、アルヴィトたちまでも敵に回すことになるだろう。
幸いにも、まだそこまでの大事に発展したことはなかった。
「……これは噂だけどな、だいぶダンジョンマスターに入れ込んでいるって話もあるくらいだ」
「まあ気持ちはわかるが……あのヴィオラだぞ?」
「そうだよな。あくまで仕事に忠実ってのが真相だろう」
内心ではアルマを溺愛するヴィオラだが、それを毛ほどにも表に出さないため周囲に気付かれていないのだ。
今もキリっとした表情で、関所の当番である二人から報告を受けており、私情を挟むような性格には思えない。
……しかし、そうした評価とは裏腹にヴィオラは焦っていた。
彼女はダンジョン攻略に出ていた頃、アルマとヴァルハラについて、これでもかと言うほど宣伝したのだ。
元より、それが目的のダンジョン攻略なのだが、ヴィオラの場合はアルマというダンジョンマスターがどのような性格で、どのような容姿なのかまで、細かく説明してしまっている。
聞かされたほうも真面目なヴィオラが語る内容に誇張やウソはないと、やはり真面目に受け取ってしまっており、瞬く間に広まってしまう。
結果、アルマの詳しい容姿が広く拡散されていた。
これはダンジョンマスターであることを隠そうとしている現状を考えると、それらの宣伝活動は裏目に出てしまう。
今のところヴァルハラを訪れるのは国境都市から来る者ばかりだが、春になって他所の街からも人が流れて来れば、確実に露見するだろう。
もちろん当初は存在しなかった計画のため、この一件でヴィオラを責めるのは酷というものだが、知らなかったでは済まされないことも多々ある。
なによりアルマの足を引っ張ってしまった事実が、ヴィオラの胸に深く突き刺さっていた。
(は、早く謝罪しなければ……ででででも、もしもアルマちゃんに失望されてしまったら……黙っているわけにも……ど、どうしたらぁぁぁっ!)
まったく顔に出さないまま苦悩するヴィオラ。
対面している警備隊の仲間ですら察することができず、それを目にした商業ギルドの男たちは、実に勤勉で真面目だと感心する。
なにもせずとも周囲の評価は勝手に上がるのに、肝心のアルマからの評価が下がってしまうのを恐れるヴィオラであった。
その後、意を決したヴィオラの報告にアルマは驚いたものの、クーコの一件もあって責めたりもせず、それどころか失敗を慰めている。
これに感激したヴィオラから、より一層の忠誠心を得られるのだが、領主の考案した偽名作戦は見直しを余儀なくされるのだった。
本来は閑話1から3まで1話にまとめるつもりでしたが
ひとつひとつが思ったより長くなってしまい分ける結果に。
今回で三章の予定している四分の一が終わりました。
起承転結でいえば「起」の部分ですね。
次回からは「承」になります。




