11 闇鴉族1
「手紙ですか?」
「ああ、領主様からの連絡だ」
ゲオルクに呼び出されて冒険者ギルド支部に来たボクは、領主さんからだという手紙の束を渡されて……そのまま隣のアルヴィトに流した。
ボクが読むより早いからね。
それを見越していたようにゲオルクも手紙の内容を話してくれる。
「簡単に言えば内容は二つだな。ひとつはお嬢ちゃんの偽名を使って正体を隠している件についてだ」
「な、なにか問題があったんですか?」
少し前にクーちゃんがボクの名前をうっかり呼んでしまい、ダンジョンの主だと一部の冒険者たちにバレてしまったばかりだ。
もしかして、なにか罰があったりするんじゃ……。
「どうやら領主様が主催したパーティーで、お嬢ちゃんの噂がかなり広まっているのを確認したらしい」
違った。
領主さんによると、ボクの名前だけではなく、すでに容姿まで一緒に広まっているから、今さらボクがダンジョンの主である『アルマ』じゃないと主張するのは難しいと判断したみたい。
それにパーティーと言えばイリスちゃんだ。
どうしても参加しないといけないって話を聞いて、せっかくだから色々と贈り物をしたんだけど、パーティーが終わってすぐにヴァルハラに帰って来たのが昨夜のことだった。
イリスちゃんが領主さんから手紙を預かっていたのかな?
「そこで領主様は偽名を中止して、お嬢ちゃんの名前は『アルマ』だが、ダンジョンマスターというのは誤解だった形にしたいようだ」
「つまり他に本物のダンジョンの主がいることにするんですね」
「元々、お嬢ちゃんがそうだと言われても信じられなかったくらいだからな」
ボクにダンジョンの主の貫禄があるかないかは置いといて、その作戦ならクーちゃんが言い間違える心配もいらなくなるね。
またボクの正体を知る関係者たちに周知させるのは手間だけど、領主さんからの命令だったら誰も不満は言わないし、言えないと思う。
「それで、お嬢ちゃんは構わないのか?」
「え、ボクですか?」
「当事者なんだ、当然だろう。お嬢ちゃんが断るなら、領主さまは違う方法を考えてくださるそうだ」
てっきり強制なのかと……でも特に不満はないよね?
ボクの視線にアルヴィトも頷いてくれる。
「支障はありません、マスターアルマ。誰を影武者に選定するかは棚上げにするとしても、偽名を名乗るより遥かに効率的です」
「というわけなので、よろしくお願いしたいです」
「わかった、こちらから領主様に返事をしておこう」
それにしても影武者か……。
言葉の響きにとても惹かれるものがあるね。
ボクの代行者って話ならアルヴィトが似合っているけど、似た姿をしているから意味がなくなってしまうか。
他にダンジョンの主っぽい貫録や風格のある人……いたかな?
「もうひとつの話に移るぞ。こっちは緊急の案件だ」
「緊急ですか?」
「そうだ……まず、周辺地域の事情から説明するとしよう」
ゲオルクの話によると、そろそろ雪が降り始める頃のようだ。
雪はどんどん積もって道を塞ぎ、あっという間に馬車が通るのも難しいくらいの高さになってしまうのだとか。
大きな街の周辺なら除雪して、どうにか最低限の往来ができる道幅を確保できるけど、小さな村では人手が足りない。
だから、村全体で協力して食糧を蓄えて、冬ごもりの準備をするという。
「ちょうど今は、どこも準備が終わっている時期なんだが……」
その大事な食糧庫が何者かに荒らされてしまったらしい。
しかも、ひとつの村ではなく複数の村で続けてだ。
「まだ犯人はわかっていないが、村人からの報告によるとモンスターの襲撃じゃないかって話だ」
「え、近くにダンジョンがあるんですか?」
「そのはずだが、今まで周辺にモンスターの目撃情報はなかった。それにケガ人すら出ていないそうだからな。食糧庫だけを荒らして逃げるというのが、どうも引っかかるんだが……ともかく重要なのは、どうやって冬を越すのかだ」
村人たちが襲撃に気付いたのは、明け方になってからだという。
たしかにモンスターが村へ侵入したのに、まったく騒ぎにならなかったのは不思議な話だけど、誰も襲われなかったのは不幸中の幸いだ。
すぐに村人たちは話し合い、このままでは冬を越すのは難しいと判断して、領主さんのいる街へ支援をお願いしに行くことになったんだけど、そこでは他の村からも同じような人が押し寄せていた。
ここでようやく、各村で似たような事件が起きていると発覚したようだ。
もちろん領主さんは迅速に動いて、必要になる物資と救助の手配をしたそうなんだけど……。
「数が多すぎて、支援が行き届く前に雪が降ってしまうそうだ」
「もし雪が降り始めたら、どうなるんですか?」
「まず馬車は動かんだろうな。最悪の場合、村で死者が出てしまう」
「た、大変じゃないですか……!?」
「そこでお嬢ちゃんに、領主様から協力を依頼して来ているわけだな」
やっと手紙の内容に繋がった。
簡単にまとめれば、食料不足の村を支援すればいいわけだね。
「必要となる物資と量、それと行き先はすべて手紙にまとめてある。代金は後で領主様が立て替えてくださるそうだ。とにかく急ぎで頼みたい」
「わかりました! あ、でも……誰がどうやって運べばいいんでしょうか?」
本当に速さだけを重視するならモンスターを馬車代わりにするのが一番だ。
今なら余りに余ったエネルギーを贅沢に使って燃料を生成し、大きな自動車で運ぶこともできると思う。誰が運転するのかは考えないとだけども。
だけど問題は、ただでさえモンスターに襲われて神経質になっている村に、モンスターや奇妙な車が押し寄せて大丈夫なのかという点だ。
あまり驚かせたり、怖がらせたくないからね。
それに、誰が行くのかも悩みどころだ。
まずボクはヴァルハラから出られないので除外。ワンダ君は透明だし、ヌマネコちゃんたちも見た目は動物だ。
そもそも普通に会話できないとダメだと思う。
ギリギリで狐耳と尻尾のすずちゃんや、クーちゃんだったら行けそうだけど、あの二人はこういうの得意じゃない気がする。
ちなみにアルヴィトをちらりと見れば……。
「誠に残念ながらアルヴィトは、マスターアルマをおはようからおはようまで甘やかす使命があります」
「……せめて、おやすみまでにしてくれませんか?」
「善処します」
二十四時間ずっと監視されている気分になっちゃうからね。
とにかくアルヴィトは、あまりボクから離れたがらない。ヴァルハラから出るなんてもってのほかだ。
「一応ギルドからも人を出すつもりだぞ。土地に詳しい奴もいるからな」
「だったらボクは支援物資を用意するだけでいいんですか?」
「それが領主様は、可能ならヴァルハラからも参加させて、人間の味方をしたという実績を作って欲しいそうだ」
「難しいですね……」
残っているのはリゼちゃんやイリスちゃんだけど、二人ともヴァルハラの協力者であっても人間だから、目的に合ってないかも。
「……となると、新しく用意するしかありませんね」
場所を第十階層の中央塔、最下層にあるモンスター作成室に移す。
そう、ボクはこれから支援物資を村へ送るための新しいモンスターを作る……のではない。
新しく魔族を雇おうと考えている。
すでに自分で考えて動いてくれるモンスターが作れるのに、今さら魔族を雇う理由なんてあるのかと思ったけど、実はそこには大きな違いがある。
というのもボクが作ったモンスターは生まれたばかりの赤ちゃんも同然で、与えられた知識はあっても経験はないのだ。
要するに、経験豊富な魔族ほどの応用が利かないのである。
それでも自分で考えられる時点で破格の性能らしいけれど、今回は被害を受けた村の人と話をすることもあるだろうから、なるべく人の心を察してくれるような魔族が適任だと思うんだよね。
そんな魔族がワンダ君たち以外にいるのかは疑問だけど、探してみなければわからないよ。
というわけで早速『ナンデモニウム』と連絡を取ってみると……。
『ひとりだけ該当者がおりますね』
「マジですか!?」
なんと、本当にいたらしい。聞いてみるもんだ。
『見た目が人間に近く、会話が可能で戦闘力は度外視。そして性格はなるべく人間に敵対心を持っていない温厚な魔族とのことでしたので、ひとりだけですが、たしかにそのような魔族はおります。おすすめはできませんが……』
ワンダ君の時もオススメされなかったけど、今ではヴァルハラになくてはならない従業員となっている。
そんな予感みたいなものもあって、ボクは決意した。
「その方でお願いします」
『かしこまりました。では相手側の条件を確認させて頂きます』
前と同じく給料となるエネルギーや勤務条件などを確認して、特に問題がなかったので正式に契約する。
驚いたのはワンダ君と似たような条件……つまり、ほぼなんでもするらしい。
やっぱり生活が苦しい種族なのかな?
「そういえば、なんていう種族なんですか?」
『申し訳ありません。説明がまだでしたね。種族名は闇鴉族です。背中か腰に翼が生えている有翼人の一種であり、空中での戦闘を得意とします』
「おおー、かっこよさそうですね」
『ですが今回の場合、空中での戦闘は不能状態となっております』
「あれ、翼があるのにですか?」
『理由までは情報にありませんので、当人に確認お願いします』
まあ戦闘力は無視していいって条件で探して貰ったから仕方ないよね。
飛べるんだったらボクを乗せて欲しかったけど、なにか事情がありそうだから期待はしないでおこう。
『お支払いを確認次第そちらへお送りします。ご利用ありがとうございました』
ナンデモニウムとの通話が切れて、エネルギーが抜かれる感覚がする。
これで後は魔族が来るのを待つだけだ。
たしかワンダ君の時は、いきなり部屋の中に現れたけど……。
「わっ!?」
驚かないように心構えをしていたら、頭上から覆い被さるように影が差した。
びっくりしたボクは、つい屈んで振り返ると……そこには漆黒の羽根が舞う中で佇む和服の女の子がいた。
「……驚かせてごめん。私の名前は夜美。それで、君が雇ってくれたの?」
濡羽色の髪をなびかせながら夜美と名乗った彼女はとても綺麗で、だけどその背には……片側だけの黒い翼が広げられ、寂しそうに揺れていた。
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