12 闇鴉族2
「……驚かせてごめん。私の名前は夜美。それで、君が雇ってくれたの?」
凛とした声に、はっとする。
いつまでもみっともなく屈んでいられない。
こほんと咳ばらいをしつつ立ち上がったボクは、改めて夜美と名乗った女の子を目にする。
まず見た目の年齢は十五歳くらいで身長は当然ボクより高く、たぶんクーちゃんより少し上くらいだ。
まっすぐにボクを見つめる切れ長の目からは、驚かせてしまった申し訳なさからか気遣うような視線が感じられる。
腰の辺りにまで届く長い濡羽色の髪と、紅い和服が日本人を思わせるけど、それを否定するように夜美さんの背後で闇を固めたような翼が広げられていた。
まさしく闇鴉族の名を冠するに相応しい黒翼だ。
ただし、翼はボクから見て右側だけみたいだ。
欠けてしまったみたいに、もう片方が見当たらない。ナンデモニウムも飛べないって言っていたけど、これが理由なのかな?
……黙ってじろじろ見ているのも失礼なので、とりあえず自己紹介しよう。
「えっと、ボクはアルマと言います。このダンジョンの主です」
「やっぱり君がそうなんだ? じゃあ、これからよろしくねアルマ」
「は、はい、よろしくお願いします……」
なんだかドキドキしながらもボクは夜美さんと握手を交わした。
妙に心臓の鼓動が早く聞こえる。どうしてだろう……?
「ねえアルマ」
「あ、はい! なんですか夜美さん?」
「わかっていると思うけど、私は……もう飛べないんだ。それなのに、どうして雇ってくれたの?」
「飛べるかどうかって関係あるんですか?」
ボクが求めているのは人柄とか、手先の器用さだからね。
だけど夜美さんの中では違ったみたいで、ちょっと驚いた顔で固まっている。
よくわからないけど、あまりのんびりしているヒマもない。
「早速なんですけど、夜美さんにお願いしたいお仕事があるんです。まずは色々と説明したいので付いて来てもらっていいですか?」
「うん、わかった」
急な話にも関わらず夜美さんはすぐに意識を切り替えてくれたのか、柔らかい笑みを浮かべて頷く。
それを見たボクは、また妙なドキドキを感じながら、邪魔しないようにと上で待っているアルヴィトのところへ向かった。
「ヴァルハラについては以上ですね」
「まさか人間に味方しているなんて、思わなかったよ。でも私も他のダンジョンより、ここのほうが好みかな」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです」
ヴァルハラの現状について説明するために、各階層を歩き回りながらボクは夜美さんに今までの出来事を話した。
その途中、巡回中のホットドッグたちに襲われたり、夜美さんが柴犬をわしゃわしゃするのに夢中になったりしたけど、ヴァルハラの『人間の味方をする』という方針に賛成してくれたよ。
まあ、初めからナンデモニウムに、人間に敵対心を持っていない魔族を探して貰っていたから、あまり心配はしていなかったけど、思ったより乗り気なのは嬉しい誤算だったね!
元々、夜美さんは争い事があまり得意じゃないから、戦わなくて済むなら一番だという考え方らしい。
村への支援の件も、それとなく聞いたら興味を持ってくれたので、夜美さんなら安心して任せられそうだ。
より詳しい話をするために、ボクたちは第三階層の冒険者ギルドへ向かう。
今のところ支援の話はゲオルクを中心として動いているから、一緒に話し合ったほうが早いからね。
「それにしても……こんなに良い装備を新人の私が貰って本当にいいの?」
夜美さんは身に着けている黒いセーラー服を見下ろして、胸元の紅いスカーフを手で弄ったかと思えば、くるりと軽やかに回った。その勢いでロングスカートがふわりと踊り、黒いタイツと編み上げショートブーツに覆われた細い足首がちらりと窺える。
「気に入ってくれたみたいでなによりです。それは装備と言いますか、夜美さんに似合いそうな服を用意しただけなので、イヤでしたら他のを用意しますけど」
「ううん……とっても嬉しい。ありがと、アルマ」
「い、いえいえ、とんでもないです! こちらこそ、ありがとうと言いますか!」
「ふふっ、どうしてアルマがお礼を言うの?」
なんだか夜美さんは今まで雇ってきた魔族や人間のアルバイトさんたち、ギルドの人たちとも違った親しげな雰囲気があって……妙にドキッとさせてくる。
例えるなら、同学年の仲が良い女子と話しているみたいだ。
……変に敬われるよりも話しやすいけど、ちょっとまだ慣れない。
ちなみに黒いセーラー服はアルヴィトが見立てたものだ。
彼女はボクから受け継いだ地球の知識と、機械としての計算能力を活用して、様々なもののデザインを担当していたりする。
まあデザイン担当と言っても、どういう形がいいのか悩んだりした時にアドバイスをお願いするだけで、普段はボクの好みと独断でやっているんだけど……今回はとても素晴らしい仕事をしてくれたと絶賛しちゃうね。
アルヴィトによると、あくまでボクの好みに合わせた結果らしいけど、ボクは和服のイメージが強くて黒いセーラー服なんてまったく思い浮かばなかったよ。
あとは夜美さんが刀とか持ってくれたら、すごくカッコいいと思う。
だって黒い片翼だからね!
もうそれだけでアルマポイント一万点だよ!
「ねえアルマ」
「なんですか?」
「その、そんなに私の翼が気になるの?」
つい気になって見過ぎてしまったみたいだ。ここは素直に謝ろう。
「ごめんなさい。すごくカッコよくて……」
「え……かっこいい?」
「カッコよくないですか?」
「でも片方しか……」
「そうですね。すごく、カッコいいです」
ボクが褒めると、なぜか夜美さんは理解できないといった様子だ。
「でも飛べないのに……」
「さっきも言ってましたけど、飛べないとダメなんですか?」
「だって私は闇鴉族だから……」
思い詰めた顔で嘆くように言う夜美さん。
どうやら夜美さんの種族が関係しているみたいだ。
やっぱり翼があるからには、飛べないとカッコ悪いイメージがあるのかな?
だけどボクにとって、夜美さんが飛べるかどうかは関係ないことに変わりはないわけで……。
「えっと、ボクは夜美さんが飛べなくても気にしませんし、片翼もカッコいいと思いますけど、あまり見られたくなければ見ないようにがんばります」
「……ううん、アルマならいいよ」
「そ、そうですか?」
「うん」
さっきまでの沈んだ表情を一転させて微笑むと、なぜかボクの頭を撫でて優しい目をする夜美さん。
まるで弟か妹を褒めるお姉ちゃんみたいだ。
ボクもなんだか、ちょっとだけ嬉しくなっちゃうのが少し照れる。
それから夜美さんが上機嫌のまま、ボクたちはギルド支部へと入る。
滞りなくゲオルクと顔合わせも済ませて、細かい打ち合わせをしたんだけど、最初から乗り気だった夜美さんが、さらにやる気を見せて積極的にあれこれ提案してくれた。
領主さんからの手紙には、村に届ける物資として長期保存が可能な食料と、モンスターの再襲撃に備える建築資材をボクが提供し、輸送隊の護衛として冒険者ギルドから戦力を出すように指示されている。
それ以外にも、必要な物があると判断したらゲオルクの裁量で決めても構わないと書かれていたので、その追加分を夜美さんは考えたようだ。
「この時期に食糧庫を荒らされた村の人たちは、精神的な負担が大きいです」
「それは夜美のお嬢ちゃんが言う通りだな。いつ支援が届くかもわからない状況では、今日の食事すら節約して苦しい思いをしているだろう」
「空腹の上に不安が続くのは、あまり良くない状況になります」
具体的には、盗賊みたいに他の村から食べ物を奪おうとしたり、同じ村内でも奪い合いの争いが発生したりするそうだ。
そうした二次災害を抑える意図もあって、領主さんは迅速に被害に遭った村すべてを支援しようとしているわけだね。
「だから単に食料を送り届けるだけじゃなくて、炊き出しをしたいと思います」
「たしかに、ひとまず腹が膨れれば落ち着かせられるか……となると、物資を提供してくれるお嬢ちゃん次第になるわけだが?」
「ボクはもちろんオーケーですよ! やりましょう炊き出し!」
それで村の人も喜ぶなら安いものだし、なによりせっかく夜美さんが提案してくれたんだからね。
まあボクはエネルギーで生成するだけで、実際に動くのは夜美さんとギルドの人たちだけども。
「そうなるとメニューはなにがいいですか?」
「量が必要になるから、あまり凝ったのは大変かな。ねえアルマ、簡単にたくさん作れるような料理ってある?」
「むー、やっぱり定番なのはアレですね」
「難しく考えなくても、豆のスープにパンか芋ひとつ付くだけでも十分だぞ?」
「うえぇー? ゲオルクさん、それはさすがに……」
一般的な炊き出しがそうだとしても、これはヴァルハラの炊き出しだ。どうせなら村の人たちだって、おいしい物を食べたいはずだよね。
出発まで時間があるし、色々と考えてみよう。
黒髪黒セーラー黒タイツ編み上げブーツのキャラが出したかったのです。
刀も持たせたいです。
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