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2 ヴァルハラの日常(表)2

 ボクは冒険者ギルド支部に顔を出す予定があったので、ギルド支部が集中する第三階層まではリゼちゃんと一緒に向かう。

 この階層は中央を貫く大通りを挟んで、左右に五つのギルド支部とそれぞれの宿舎、さらに食堂や浴場といった建物が連なっている。


 ほんの二週間前まで冒険者ギルド支部以外は手付かずだったけど、今ではこのヴァルハラで最も多くの人が滞在しているエリアだ。

 まあ半分以上はリゼちゃんがフォローしてくれたおかげだけどね。


「じゃあリゼちゃん、また後で」

「……ん、行ってくる」


 途中で別れてリゼちゃんは魔術ギルド支部へ、ボクは冒険者ギルド支部へと足を向ける。

 外観はちょっとした城塞みたいで、数百人は軽く収容できる宿舎と、その同数が一度に使える訓練所、その他諸々の施設が内包された場所だ。

 わかりやすく例えるなら、学校がグラウンドも含めて丸々ひとつ、冒険者ギルドの支部として使用されている感じかな?

 これは他のギルド支部も同じ広さなので、見て回るだけでも一苦労だ。


 さすがに毎日ギルド支部に通うのは大変なので、ボクは必要な時にだけ顔を出すことにしている。

 もし問題が発生すれば連絡してくれる手筈だから今のところ支障はない。

 むしろ放っておいても大丈夫そうだけど、そこまで横着したらダンジョンの主として失格だ。しっかり自分の目で視察しないとね。


「こんにちはー。アルマですけど支部長いますか?」

「お待ちしておりましたダンジョンマスター殿。最上階へどうぞ」


 エントランスで受付のお姉さんに許可を貰ってから奥へ進む。

 本当は黙って通っても顔パスで大丈夫みたいだけど、ボクは別にギルドの偉い人ってわけでもないし、なんだか偉ぶってるみたいでイヤだから声をかけている。


 ちなみに冒険者ギルド支部は四階建てだ。素直に階段なんて上っていたらボクの足の筋肉が大変なことになってしまう。

 そこで勝手に設置したエレベーターの出番である。

 設計図には書かれてなかったけど、必要だと思って付け足してみたところ、職員さんたちからも楽になったと大好評だった。

 もちろん他のギルド支部にも取り付けてある。ちょっとしたサービスだ。決してボクの足のためじゃないよ。ホントだよ。


「おはようございまーす。入りますねー」


 もはや勝手知ったるギルド支部で、ここだけは遠慮せず、返事を待たずに支部長室へ入る。


「お嬢ちゃんか、待ってたぞ」


 そこではゲオルクが難しい顔で書類を睨んでいた。

 なにを隠そう、冒険者ギルド支部長とはゲオルクのことだからね。


 例のギルマスに同行していた職員四人も、この支部長の座を狙っていたみたいだけど、ゲオルクもそろそろ年齢が年齢で第一線を退く頃合いだったのと、実績や周囲からの信頼も厚いなどの理由から抜擢されたらしい。

 本人としては少しだけ現場での仕事に未練があったようだけど、最終的には納得して引き受けたと聞いている。


「どうかしました?」

「ああ、借りている訓練用ゴーレムの調子が悪くてな。修理を頼めるか?」

「いいですよ。すぐにやりましょうか?」

「いや、訓練はこの後だ。先にいくつか連絡を済ませよう」


 そう言って、てきぱきと資料を取り出して話を進めるゲオルク。

 報告といっても堅苦しいものじゃなくて、内容は支部にいる冒険者たちからのお願いだとか、各種施設に不満は出てないかとか、そういった声の確認だね。

 住み心地の良いダンジョン作りは、ボクの目標のひとつだ。


「やはり多いのは料理と酒だな」

「料理は今も教えている最中ですし、ボクが作るのは夜だけがいいです」


 第三階層には毎日みんなのお腹を満たしている大きな食堂が建っている。

 そこでは朝から晩まで、職人ギルドが連れてきた料理人さんたちが厨房に入っているけど、ここで問題となったのがボクの料理だった。


 二週間前……つまり支部の運営が始まったばかりの頃のこと。

 ボクは歓迎会として各ギルドの人たちを集めて、たくさんの料理をエネルギーで生成して振る舞ったのだ。


 そのメニューは各種サンドイッチ、スパゲッティ、ハンバーグ、ステーキ、からあげ、ピザ、グラタン、コロッケ、アイスクリームなどなど。

 とにかく思い付いたものを片っ端から出したので、自分でもちょっと張り切り過ぎたと反省してしまう内容だった。


 歓迎会というお祝いから特別感を出したかったのと、リゼちゃんやノーラさんたちにおいしいものを食べさせたいと張り切ったのが失敗だったかも……。

 まあ実際に二人はもちろん、みんな喜んで食べてくれたので歓迎会そのものは大成功ではあったんだけど。


 ――――結果、普通の料理では満足できなくなって不満が続出したらしい。

 そんなことボクに言われても困るけど、その料理を提供したのはボクなので無視もできない。

 ただ職人ギルドの料理人さんの腕が悪いとかじゃなくて、単純にレシピの問題だったから、ひとまずボクからレシピと一部の食材、調理器具を提供したよ。

 これには料理人さんたちも大喜びで、みんなもおいしい料理を食べられるようになったから一件落着……とはならなかった。


 どうやら料理のクオリティに差があるらしく、今でもボクの料理を食べたいという声が止まないのだ

 そこで仕方なく、ボクは夜限定で『アルマ食堂』を開業していたりする。

 文字通り、ボクが料理を提供する食堂だ。


「朝も昼も食堂で料理を作ってたらボクはダンジョンの主じゃなくて、食堂の主になってしまいます。転職はダメです。認められません」

「となると職人ギルドに努力して貰うしかないな」

「まだまだレシピは教えてありますし、もっと上達するので、それまで待ってください。料理人さんたちも頑張っているんですよ」


 そもそもアルマ食堂のメニューはすべて割高で、そう気軽に食べられない価格設定にしてあるのに、なぜか毎日のように満員御礼だった。

 みんなどれだけ食に飢えているというのか。まあボクもおいしいものを食べたいから、あまり人のことは言えないけど。


「あとお酒はダメです。ボクは出せませんし、出したくもありません」

「やはり無理か……」

「前から要望が多いのは知ってますけど、ダメなものはダメなんです。大人しく商人ギルド支部から購入してください」


 ちょっとしょんぼりしたゲオルクだけど、これは絶対に拒否するよ。

 現状、このヴァルハラにおいて酒類は商人ギルド支部が外部から持ち込んで販売している分しか飲めない。


 それは需要があるのだから、ボクは口出ししないよ。

 でも、ただでさえおいしい料理を作れるボクがお酒を生成したら、どれだけの美酒が誕生するのか? なんていう酒の席での話が盛り上がってしまったらしく、こうした陳情が後を絶たないのだとか。

 だからこそボクは断固として拒否する。


「ボクはお酒が大嫌いですからね。諦めてください」

「前から聞きたかったんだが、なにをそこまで嫌うんだ?」

「匂いもですけど、お酒に酔った人が苦手なんです」


 きちんと節度を持って飲むならいいと思う。

 少しくらいなら、むしろ健康に良いって話も聞いたことがあるからね。


「ぐでんぐでんに酔って他人に絡んだり、吐いたりで近寄りたくありません。もちろん息抜きは必要なので禁止とまでは言いませんけど、だからってボクが作るのはダメですよ。もし本当に美酒なんて作れちゃったら大変なことになります」


 作れちゃったらというより、ボクは月霊酒(ソーマ)を作れる。

 ポーションの一種みたいで飲んだことはないけど、きっと危険物だと直感できる代物だ。アルコール依存症とかになって、ダメ人間を量産しかねない。


「まあ無理強いはできんな。今は置いといて訓練所に行くか」

「そうですね。……今はってなんですか? 未来もありませんよ? ちょっと?」


 聞こえないフリをして、すたすたと歩いて行ってしまうゲオルク。

 なんと、あのゲオルクさえもお酒の魅力には抗えないのか。これは他の人たちも思った以上に執着していそうだ。

 改めてボクがノーアルコールを掲げることを決めた瞬間だった。







 冒険者ギルド支部の裏手側は、学校のグラウンド以上の広さがある。

 ここは整地されて小石ひとつない土が剥き出しになった地面や、常に手入れされた状態を保てる芝生エリア、休憩できる給水所に開閉式の屋根などなど、それなりに設備が整えられた訓練所だ。


 その中央辺り、屋根の下で影になったところに多くの人が集まっている。

 国境都市ローラインから派遣された若手冒険者たちだ。


 冒険者に限らず、ギルドに入って間もない新人を『若手』と呼ぶらしい。

 この訓練所で一定の成果を出せるようになったら卒業して、その後は他のダンジョンへ攻略に向かわせる予定になっている。

 もちろんライフポーションを潤沢に持たされて、可能な限り活躍できるよう支援されるから危険はないと思う。


 これはボクとヴァルハラが有用であると人々に示し、人間たちの味方であると証明する計画の一端なのだそうだ。

 冒険者ギルドが主導なので、ボクは訓練所の建設とポーションの提供くらいしかできないけどね。

 もちろん冒険者たちからしても、ここでの訓練がダンジョンを攻略できる足掛かりとなるのだから、やる気は十分といった様子だ。


「それにしても暑いですね……」


 今日は白いワンピースと涼しい恰好をしているのに、それでも少し暑い。

 見上げれば偽物の太陽が、雲ひとつない青空でギラギラと輝いている。本物の空を投影しているから、ヴァルハラの外でも同じくらいの熱気だ。

 今のところ熱中症になる人は出ていないけど、ヴァルハラを出たら逃げ場なんてないはず……。

 もし外に出られる日が来るとしても、夏が終わってからがいいな。


「お嬢ちゃんは暑いのが苦手なのか? この先ずっとこんなものだが……」

「うぇー、……こんなに暑くてみなさんは平気なんですか?」

「慣れているからな。それに影に入れば大分マシになるだろう」


 言われてみると……日向に比べて日陰はぐっと涼しくなる。

 それに湿気によるジメッとした暑さがないから、風が吹けば心地いい。


「でも訓練所は広いので歩いているだけでローストされそうですね。これ訓練できるんですか?」

「ダンジョンが外と同じ気候になるとは思ってもいなかったからな。ギルド支部も設計図より大きくなった。どれも予想外だ」

「そ、そうでしたね……」


 どちらもボクのせいだった。

 気候はもちろん、ギルド支部も全体的に大きく作ったり、訓練所も当初の倍近くまで広げてしまっている。土地が余りに余っていたので。


「ああ、お嬢ちゃんを責めてるわけじゃない。むしろ感謝している。これだけ立派なギルドは王都くらいなものだ」

「だ、だいじょうぶですか? 無理して熱中症にならないでくださいよ?」

「建物の中は涼しい風が吹く魔道具もあるし、ここにも水場まで用意してくれたんだ。そこまで心配しなくとも問題ない」

「あれは本当なら、お湯も出せるようにしたかったんですけどね」


 今では簡単な水飲み場となっているけど、汗を流せる簡易のシャワー室とかも付けようとしたら、魔術師ギルドから待ったの声がかかったのだ。

 なんでも、そう簡単にお湯を使えるようにされては見習い魔術師たちの稼ぎがなくなってしまうのだとか。


 前にリゼちゃんから公衆浴場と魔術師の関係について聞いたけど、きっとそういうことだろう。

 便利になるのは素晴らしいことだけど、それで仕事を奪ってしまうのはボクとしても本意じゃないし、遺恨は残したくない。


 ただヴァルハラでは大浴場を開放している。お湯も使い放題だ。

 普通の水道から温水を出すのは中止にしても、こっちは衛生上の観念からも譲れなかった。


 なので相談役のリゼちゃんを交えて話し合った結果、ヴァルハラ側で管理運営する『大浴場』と、魔術ギルド側の『公衆浴場』の二つの設立で合意した。

 大浴場はとにかく広いし、あらゆる点において豪華だけど、その代わり入場料金は割高になる。

 一方で魔術ギルドの公衆浴場は従来通り魔術によってお湯を張るため、営業時間が決まっているなど全体的なサービスレベルは低いけれど料金は安い。

 どちらを選ぶかは、利用者次第というわけだ。


 ちょっと面白かったのは、大浴場の利用者は女性が多く、公衆浴場の利用者は男性が多かったことかな。

 利用した人によれば、大浴場は一度入ったら他の公衆浴場が使えないと言い切るくらい良かったらしい。


 というのもサウナやジェットバス、岩盤浴、電気風呂、温水プール、マッサージ機、ドライヤー等々。あらゆる設備に加えてトリートメントやコンディショナーなどが一通り揃っているし、ソフトドリンクが一本サービスで貰えるのだ。

 肩コリが治った、肌がツルツルになった、髪がさらさらになった、一日の疲れをリフレッシュできるなどなど、好評の声が多く聞こえております。


 そんな癒しを仕事終わりに求める女性に対して、男どもは仕事を終えると公衆浴場で身綺麗にしたらアルマ食堂に赴き、お腹一杯になるまで注文する。

 つまり公衆浴場で節約して、その分おいしい物をたくさん食べるのだ。

 どちらを優先するかが如実に表れて、ボクとしても興味深い結果だった。


 まあ中にはアルマ食堂にも行かないでお酒を楽しんだり、お金に余裕がある人はどちらも楽しんだりと、現状でも様々な楽しみ方があるようだ。

 こうなると更なるサービスを提供してみたくなるけど、人手不足が解消されてない現状では厳しい。

 アルマ食堂と大浴場でも、受付や清掃などは各ギルドから希望者をアルバイトとして雇って、どうにか運営している状況だからね。

 それはそれで助かっているし、なぜか仕事内容が好評だけど、もっと専門的で難しい仕事も任せられる人材が欲しいのだ。

 そんな風にボクが思い悩んでいたからか、ゲオルクが勘違いしたように励ましてくれる。


「いつでも水が使えるだけでもありがたいことだ。お湯が出なくとも問題ない」

「水分補給も大事ですけど、汗臭いまま出歩かれても困りますよ」

「……そこは徹底させておこう」


 一日一回は必ずお風呂に入るよう全ギルドに通達してある。

 というのも、極僅かだけど面倒臭がって怠ける人がいるからだ。

 衛生的にも悪いけど周囲からの評判も最悪なので、お風呂に入るのはヴァルハラの義務としている。

 それでも一日に一回でも入ればいいという解釈から、運動して大汗をかいたまま出歩くような剛の者が出てしまう。


 というか実際に、一度だけそういう人物がアルマ食堂に現れたのだ。

 それは若手冒険者のひとりで、本人はまったく気にならないんだろうけど、ボクはちょっと耐えられそうになかった。


 いっそ冒険者を出禁にしようか本気で悩んだけど、すぐに他の冒険者たちが連行してきちんと注意してくれたようで二度目はなかった。

 長くダンジョンに潜るのなら頼もしい強靭さではあるけど、ここでは素直に文化的な暮らしをして欲しい。

いつも誤字報告ありがとうございます。

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