1 ヴァルハラの日常(表)1
ここから2章です。
大陸西部に位置するセインブレイド王国。
その隣国、紅樹帝国ガランベルンとの境界近くにある国境都市ローラインからのんびり歩いて丸一日。馬車なら半日くらいの距離の森に、ボクのダンジョンテーマパーク『ヴァルハラ』はひっそりと存在しているらしい。
この名前は知る人ぞ知るダンジョンで、一般人は元より他領の貴族すら把握していない。
だけど、どこからか完璧なライフポーションが市場に流通していると噂になっているとかで、その出元を探る動きが活発になりつつあるという。
下手に隠して暴かれるより、先に公表したほうが印象が良いとかで、世間一般にボクのダンジョンをお披露目する時が近付いていた。
……まあ、ヴァルハラの外だとボクに特別できることは皆無なので、いつも通りに過ごすしかないんだけどね。
今日も今日とて、ボクは朝食の準備を終えてから、まだすやすや寝ているリーゼロッテちゃん……もとい、リゼちゃんを起こしに行くのだった。
「リゼちゃん、もう朝ですよ」
「……もうちょっと」
よくわからない道具や紙束で散らかった部屋に入ると、すっかり愛用のパンダパーカーが馴染んでいるリゼちゃんは、もぞもぞとベッドの上でうごめいていた。
なんだかパンダの子供がころころ転がっている光景を思い出す。
そんな子パンダなリゼちゃんは、これでも大賢者と呼ばれるすごい魔術師の弟子だとかで、実は天才魔術師少女なのである。
その事実を打ち明けられたボクの感想は――――『あ、やっぱり』だった。
だって、あんなに大きな箱を小さくできる魔術が一般的だったら、危険物とかもたくさん密輸できちゃうし、ダンジョン攻略だって楽だと思う。
ただ、どうして急に話してくれたのかは教えてくれなかった。
なにかしら心境の変化があったのは確かなようで、少しだけ……ほんのちょっとだけ、リゼちゃんは活発というか、より積極的になっている。
名前もリーゼロッテちゃんではなく、愛称のリゼちゃんで呼んで欲しいとお願いされたくらいだ。
愛称だけは前からあったらしい。誰かに付けられたのかな?
そんなわけで、ボクとリゼちゃんの仲良し度は以前にも増して深まり、もはや親友を通り越して家族も同然なレベルまで達しているのだ。
でもリゼちゃん……姉を自称するなら、せめてボクのお世話が必要ない程度には自立しないと。最近のボクは妹どころかお母さんの気分だよ?
「そろそろ本当に起きてくださいよ、リゼちゃ~ん!」
「……時間延長で」
「せっかくの朝ご飯が冷めちゃいますね」
「……おきた」
「はい、おはようございます」
無事に食欲が睡眠欲に打ち勝ったようだ。のそのそとベッドから這い出る。
むにゃむにゃと寝ぼけ眼を擦っていたのも束の間で、ご飯を前にしたら三割増しでシャキッとして、トーストとベーコンエッグに齧りついた。
もう最近お決まりとなりつつある光景だ。
毎日よく食べているからか、以前よりもリゼちゃんの肉付きが……血色が良くなっている気がする。ま、まあ元がやせ気味だったからね。
よく食べるのは健康な証拠だし、食べすぎなければ良いことだ。
「……今日もアルマちゃんのご飯はおいしい」
「ありがとうございます。でもそろそろ冷たいさっぱり系のメニューも考えないとですね」
この世界は不思議なことに、どこに行っても四季があるみたいで、今まさにヴァルハラは夏に突入している。
窓からは強めの日が差し込んでいるし、外に出ればじりじりとした熱気に包まれるだろう。
この部屋は空調が利いているから涼しいけど、一歩も出たくなくなるね。
ちなみにヴァルハラ内だったら地形も天候もエネルギーで自由自在なので、どれだけ太陽が本気を出しても本来なら関係ないんだけど……今はそうもいかない。
というのもヴァルハラは現在、外の気温と同期しているからだ。
前から思ってたんだけど、冷たいものは暑い日に食べるとおいしい。暖かいものは寒い日に食べるとおいしい。
なのにヴァルハラは常に快適空間で、どっち付かずの状態だった。
これではいけないよね?
そこでリゼちゃんと考えた結果が『大自然にお任せシステム』だ。
これは文字通り、気温だけではなく天気も同期されるので、外で雨が降ればヴァルハラでも雨が降り、台風になるとヴァルハラでも台風になる。あまりにも酷い時はボクのほうで抑えるけどね。
突然の仕様変更でみんなに反対されないか心配だったけど、意外とすんなり受け入れてくれたから安心したよ。
どうやら季節感が狂わなくていいとか、色々と利点があると納得してくれたらしい。まあ、すでに昼と夜を同期させていて今さら感あったのかも。
暑かったり雨が降ったりで不便はあるけど、四季ってそういうものだ。その苦労を楽しめる余裕を持ってこそ、楽しく生きるコツじゃないだろうか?
……なんて偉そうなことを言いながら、涼しい室内でごろごろするだけなのは公然の秘密である。
「……アルマちゃん、今日の予定は?」
「あー、そういえば冒険者ギルドに顔を出さないとでした……」
他にも予定があるのを思い出して、ごろごろタイムはおしまいだった。
のんびりできるのは、きちんと仕事をした者への報酬だから仕方がない。
「思えば、もうすぐ一か月になるんですよね」
振り返るとボクがダンジョンの主になって一か月が経過しようとしていた。
各ギルドの人たちがヴァルハラへやって来て、ギルド支部の運営が開始した日からだと、だいたい二週間くらいかな。
安定してエネルギーが回収できるようになったおかげで、今では計測装置のメーターが一千万を軽く超えてしまった。
ちょくちょく各種ポーションを生産したり、新しい施設、階層を追加していたにも関わらず増える一方で焦る。爆発したりしないよね?
例えば、こうしてボクとリゼちゃんがのんびり過ごしている部屋も、実は以前の第一階層の最奥にあった時とは大きく異なる。
ここはリゼちゃんの要望もあって新しく作った第十階層で、プライベートエリア兼、魔術研究アトリエ兼、ボクのダンジョン作り用の秘密基地だ。
なんか色々と兼任しているけど、つまりはボクの私室を第一階層から移しただけとも言える。まあリゼちゃん用に施設は増えたけれど。
ちなみに部屋はボクとリゼちゃんで別々になった。
理由は……本人の名誉のために深く語らないでおこう。
それと中は部屋が増えただけで基本そのままだけど、外観は大きく変わった。
窓から外を覗けば、そこに広がるのは庭の観葉植物たちと、一面のオーシャンビューである。
まあ真水だから海というより湖みたいなものだけどね。ちなみに溺れないよう深さは一メートルほどしかない。……巨大なプールだこれ。
広さだけは尋常ではなく、青空と偽海の境界である水平線が見えるので、言われなければダンジョン内とは誰も気付けないだろう。
そしてボクたちが寝泊まりしているのは、そんな偽海にポツンと浮かぶ島だ。
島といっても白いブロックを積み上げた人工的な建物で、観葉植物は生えているけど無人島のような自然らしさはない。
どちらかといえば水面から突き出た白い塔かな? 高さはだいたい十メートルほどあって、それが四本立っている。
中央塔がボクのお仕事用になっていて、天蓋付きの頂上は集会ができるくらいの広場が設けられており、等間隔で植えられた植物が生い茂っている。
その内部には無意味に広い会議室や、謎の地下指令室なんかも用意してみたんだけど、こっちを使う予定はまだない。趣味で作っただけである。
頂上部から空中にかかった渡り廊下で繋がる先には、他に三本の塔が立つ。
まずボクたちの寝泊まりする住居塔。
ここは塔の上に家を建てている形で、他の塔もそうだけど安全用の柵がしっかりと外縁部を覆っている。仮に落ちたとしても、さらに下側には安全ネットを張っているので危険はないはずだ。
次にリゼちゃんのアトリエ塔。
丸々ひとつの塔をすべて彼女のためだけに建てたのだ。大まかな構造はボクが聞いた通りに作ったけど、細かい備品などはリゼちゃんが用意していたので、実のところ内部がどうなっているのかボクも知らない。
危ないから勝手に入らないようにって言われているからね。
あとなんかレクリエーション塔。
遊び専用で作ってみたけど、これも今のところ使い道がなかったりする。
正直、思い付きで作るだけ作った感がある。ほとんど趣味で建てたようなものだからね。別に塔である必要なんてないし……あまり深く気にしないでおこう。
つまりはそれだけ無駄遣いしても、まだまだエネルギーは余りに余っていて、次になにを作ろうか悩んでしまうほどだというわけなのだ。贅沢な悩みだね。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「……ん」
出かける支度を終えたボクとリゼちゃんは、中央塔から天へ向かって伸びる長いエレベーターに乗り込む。
これは唯一、この第十階層と上の階層を繋げる道だ。他の人が乗ろうとすると門番ゴーレムに止められる仕組みになっているのでボクたち専用である。
透明な筒の中を上昇するエレベーターから偽海を眺めつつ、リゼちゃんと一緒に仕事場へ向かうのも、最近お決まりとなりつつある。
乗客はたったの二人。三十秒ほどで到着する快適な通勤だ。日本の満員電車とは天国と地獄ほどの差があると思う。
「ところでリゼちゃんの予定は?」
「……魔術師ギルドに行く」
いつもならボクを手伝ってくれるけど、たまに今回のように魔術師ギルドに用事があって別行動する日もある。
詳しくは知らないけど、魔術関係の研究をしているみたいだ。
最近はアトリエに残ることもあるし、色々と頑張っているらしい。ボクも負けていられないね。
今日も一日がんばろう!




