3 ヴァルハラの日常(表)3
お風呂事情はさておき、ボクたちは訓練所の中央へ到着する。
そこに集まっている三十人の若手冒険者たち。
男女混合で、年齢層にも少しバラつきがあった。多くは十代中盤で、ひとり二十歳を越えていそうな大人も混ざっている。
一応みんな若手という扱いらしい。
一般的に、冒険者になる時期は十代中盤までだという。
これは他のギルドでも似たようなもので、大人になってから下っ端扱いされるのはプライドの関係で受け入れられない人が多いから、若いうちに見習いを経験させる暗黙の了解なのだとか。
だから二十歳を越えたら完全に出遅れだ。
もはや珍しい部類だけど、各ギルドとしては本人が希望して、熱意と技術さえあれば例え何歳であっても受け入れはする。
ただ若者だらけの中で、周囲からちょっと浮いていた。
ゲオルクはその辺りを気にせず、平等に扱っているのでボクも気にしない。
それに少し事情があるみたいだから、冒険者ギルドの仕事は冒険者ギルドに任せて、ボクはダンジョンの主としての仕事に集中するだけだ。
「よし、全員揃ってるな?」
支部長ゲオルクの登場に、若手冒険者たちは気を引き締め……っていう感じじゃないね。なんかヒソヒソ話してる。なんだろう?
よくわからないけど、ボクはボクの仕事だ。
「ゲオルクさん、調子が悪いゴーレムはどこですか?」
「ああ、それなら……」
『――――』
「もうワンダ君も来てたんですね。おはようございます」
暗灰色のロングコートに三角帽子と赤銅色のマフラーが特徴的な透明人間、魔族のワンダ君がゴーレムたちを引き連れていた。
誰も魔族の登場に驚かないのは、すでに見知った姿だからだ。
これまで地上で道作りに従事していたワンダ君だけど、獣除けの防護柵や排水溝まで完備した辺りで完成としたので、任せる仕事がなくなってしまった。初めから道作りのために雇ったからね。
だからって契約解除するつもりもないので、ゴーレムへの指示に慣れたワンダ君には冒険者の訓練に付き合って貰っていたのだ。
ギルド側からしてもモンスターと実戦形式で訓練できるのは非常に貴重な経験だったそうで、快く受け入れてくれた。
さすがに紹介した時は驚かれたけど、最初の何度かはボクが一緒にいたから、みんなもちょっとずつ慣れて、今ではすっかりお馴染みである。
最近はちょっと服装が暑そうだけど、ワンダ君の種族は気温差に耐性があるそうなので、よほど極端じゃなければ気にならないらしい。
「このゴーレムですか? ちょっと見てみますね」
動きがぎこちない一体に手を触れて確認してみる。
このゴーレムたちは土木工事用ではなく、訓練用に作った特別製だ。具体的には五千エネほど注いで作ったアイアンゴーレム……通称『五千ゴーレム』である。
エネルギー量だけで見ればヌマネコちゃんの半分だけど、マネキンのように人間そっくりの体形で全身にフルプレートアーマーを装着し、手には剣や槍などの武器を装備できるから弱いとは言い切れない。
実際にゲオルクが試合したところ、一体だけならともかく、数体が武装して攻めて来たら押さえ切れない強さと断言していた。
あの大斧を軽々と振れるゲオルクのお墨付きなので間違いないだろう。
「どうやら中の関節が壊れているみたいですね」
「直せるか?」
「もう直りましたよ」
モンスターは放っておいても、ダンジョンに満ちるエネルギーを吸収して勝手に直るけど、訓練で使い続けていたから完全に直る前にまた破損して……と繰り返したみたいだ。
それもボクが直接エネルギーを注ぎ込めば、あっという間に完全修復する。
「わざわざ悪いな」
「このくらい平気ですよ。でも、ここまで壊せるなんてずいぶん頑張った人がいるんですね?」
「ああ、そのゴーレムはたしかヨハンだったな」
「え、そうなの? ヨハン?」
集まっている冒険者の中では最年少であるヨハンに声をかける。背も一回り低いから見つけるのは簡単だ。ボクよりは高いけど。
「あ、うん、一応そうなんだ……」
謙遜しているのかヨハンは曖昧に答える。
「ゲオルクさん、もしかしてヨハンって強いんですか?」
「強いかどうかは判断が難しいな。単純な身体能力で言えばヨハンはまだ発展途上だ。だが戦い方や状況次第では、どんなに強大なモンスターでも勝てる。そういう意味で言えばヨハンは視野が広くて動き方が上手い」
「つまり強いんですね! すごい!」
「い、いや、そんなことは……」
照れるヨハンだけど、この年齢で『五千ゴーレム』に勝てるのは十分すごい。
この調子なら試しに作ったけど危ないので封印した『一万ゴーレム』に勝てる日も遠くないのではないだろうか。
「えっと、それでアルマに――」
「アルマ様」
「おっとぉ?」
なにか言いかけていたヨハンを遮って、幼くもしっかりした声と共に、ボクの背中にトンッと軽い衝撃が走る。
すぐに離れてくれたので振り返ると、そこにはヴァルハラで唯一ボクより背丈の低い少女が立っている。今のは背中に体当たりされたのかな?
「あ、すずちゃん、もうあっちはいいんですか?」
「もう終わったのです」
表情を変えないまま抑揚の少ない声で話すのは、黒髪を尻尾のようにちょこんと後ろで結んだ少女……すずちゃんだ。
漆黒と臙脂色に染められた和服は、袖が広い着物のような巫女装束のようなデザインだけど、本人いわく地元の衣装だという。
そして頭の上には二つのふさふさした狐の耳と、腰の辺りからもふもふ尻尾がぴょこんと生えている。
もう誰でも察せるように、すずちゃんは人間じゃなくて狐人族という魔族だ。
この子は一週間ほど前にふらりとヴァルハラに現れて、いきなりボクに雇って欲しいと売り込みに来たのである。
最初は戸惑ったけど、すずちゃんは普段から耳と尻尾を隠して街に出向いたりと人間社会に慣れているようだし、なにより彼女だけの技術を持っていた。
「薬師ギルドの人は、なにか言ってませんでしたか?」
「もっとわかりやすくって言われたです。理不尽なのです」
小さく見えても魔族のすずちゃんはポーションの調合ができるのだ。
もちろんエネルギーなんて使わない。様々な素材や、専用の器具を使っての調合なので、教われば人間でもポーション調合が可能になるという。
そこで薬師ギルドからライフポーションの調合方法を教えて欲しいと頼まれて困っていたボクは、渡りに船と雇ったわけである。
だけど残念ながら、この一週間ずっと指導していたにも関わらず、薬師ギルドは完璧なライフポーション精製に成功していない。
よっぽど難しいんだろうけど、その辺りは最初に了承して貰った話だし、すずちゃんに文句を言うのは筋違いだ。
「すみません……ボクからも注意しておくので、どうにか根気よく教えてあげてくれませんか?」
「あ、アルマ様は悪くないのです。次はもっとがんばるですっ」
思わずボクが謝ると、すずちゃんが慌てたように両手と尻尾をぶんぶん振る。
その姿は小動物のようで、なんだか微笑ましい。
初めて会った時から妙に懐っこい性格もあって、当初はいきなり魔族がやって来て驚いてばかりだったボクも、すっかり心を許してしまった。
あとできれば、その尻尾に触ってみたいと視線が釣られてしまいそうになる。
「よろしくお願いしますね。……ところで、もう今日は終わったならボクと一緒にヴァルハラを見て回りませんか?」
「はい、一緒に行くです」
ボクが手を差し出すと、すずちゃんはこくりと頷いて手を繋いでくれる。
「そういうわけですのでゲオルクさん、今日はもう行きますね!」
「行くのです」
「お、おお……まあ、こっちの用件は終わってるから構わんが」
「ワンダ君も、また後で」
『――――』
「ぁ……」
そうしてボクとすずちゃんは冒険者ギルド支部を後にした。
誰か忘れている気がしたけど、大したことじゃないと思うからいいよね。




