22 ギルド会議2
冒険者ギルドの会議室。
そこは数十人が一堂に会せる広さがあり、つい先日の会議でも使用されたばかりの場所だったが、今この部屋に集まっているのは以前と異なる面々である。
冒険者ギルドのヴィルヘルムを始めとした、各ギルドの長たちだ。
幹部たち数人もそれぞれ付き添っており、広いにも関わらずどこかピリピリとした空気の中で顔を突き合わせている。
各ギルドはライバル関係も同然なのだから、当然の結果だろう。
しかも今回は冒険者ギルドから重大な話があると、詳しい理由も説明されずに集められたのだから、少しばかり不満が漏れてもおかしくはない。
「これで揃ったな。まあ予定外の参加はあったが……」
ヴィルヘルムの視線は魔術師ギルドの長、クラリッサに向けられていた。
魔術師の証であるローブを纏った老婆は呼んでもいないのに、どこからか噂を聞きつけて来たのである。
本人が参加したいと言うのであれば断る理由もなく、むしろ拒めば後ろめたい理由でもあるのかと邪推されるため、ひとまず受け入れる他なかった。
「ではヴィルヘルム殿、そろそろ説明していただけませんか?」
商人ギルドの長、コルネリアは知的に眼鏡を光らせて注意深く観察している。彼女は若くしてギルドマスターの地位に就任したエリートだ。
「たしかに。あまり時間を無駄にされては困りますなぁ。こちらは冒険者ギルドと違って忙しいのですよ?」
薬師ギルドの長、クラウスは嫌味を言いつつ贅肉を揺らして嘲笑う。その肥満体に相応しく強欲な性格の彼は、金儲けに繋がるかどうかを重視する。
「……この面子を呼んだんだ。よほどの話なんだろう?」
職人ギルドの長、ケヴィンは静かだが力強い意志が込められた声で尋ねた。常に冷静で実直な男であるが、もし下らない話で呼んだとあれば激怒するだろう。
「ふん……」
唯一、クラリッサだけが黙って成り行きを見ていたのは、すべて把握しているからだろうとヴィルヘルムは推測した。
そうでなければ、この老婆はもっと口うるさく問い詰めるはずだ。
「ではまず、こいつを見てくれ」
ヴィルヘルムが広いテーブルに取り出したのは、ポーションや日用品の数々。つまりアルマのダンジョンから持ち帰った品々である。
見慣れない衣服も目を引いたが、特に澄んだ色合いをしたダンジョン産ポーションが並ぶ光景は壮観で、その希少性や価値もあってギルドマスターたちの意識が引き締まる。
「こいつは見てわかる通り、すべてダンジョンから得られた物だ」
「攻略されたのですか?」
「いいや、そうじゃない。こいつは貰ったんだ。ダンジョンマスターに」
「……え?」
反応は三者三様だった。
コルネリアは深く言葉の意味を読み取ろうと努力し、クラウスはおかしな者を見る目をヴィルヘルムに向け、ケヴィンは黙り込む。
誰もが信じていないのは明白である。
「いくらでも説明するつもりだが……おい婆さん。せっかく来たんだ、そろそろ目的くらい教えてくれないか?」
「なんだい、あたしに説明させようってのかい?」
「そのほうが話が早いだろ。それとも終わるまで待っているつもりか?」
「ま、それもそうだね」
面倒そうにクラリッサは疑いの表情を浮かべる三人へ声をかける。
「お前たち、ヴィル坊はおかしくもなってなければ嘘もついちゃいないよ」
「ヴィル坊はやめてくれって言ってるだろ」
「ふん、あたしからすりゃ、いつまで経っても鼻タレ小僧だよ」
二人が古くからの知り合いであると窺わせる会話だったが、今はそれ以上に気になる情報へと関心が向けられる。
「お、お待ちくださいクラリッサ殿……まさか信じるというのですか?」
「あたしは信じるんじゃない、知っているんだよコルネリア嬢。つい数日前にダンジョンの調査だとかで、このヴィル坊が出かけて行ったのも。大量のポーションやらなにやらを持ち帰ったのも。他にも色々とね」
「どこで知ったんだ……恐ろしい婆さんだよ、まったく」
「あんたがまだまだ青いってことさ」
肩をすくめるヴィルヘルムに、くつくつと笑うクラリッサ。
だが、周囲の面々はそれどころではない。これが事実であれば、ダンジョンマスターが人間の敵であるという常識が覆ってしまう。
「詳しくお聞かせ願えますか?」
「もちろんだ。まず最初は単なる新発見のダンジョン調査だったんだが……」
ようやく聞いて貰える態勢に入ったと見たヴィルヘルムは、事の始まりから説明を始める。
五人の冒険者が調査に入った若いダンジョン。そこで出会ったアルマという人間の姿をした無害なダンジョンマスター。そして彼女の抱える事情。
やがて同盟関係を結んだ話に及び、今後もポーションなどを提供してくれると口にした時である。
「なんですとぉ!? そ、それはどういうことですっ!?」
泡を食って立ち上がったのは薬師ギルドのクラウスだ。
想定外の出来事と、金の匂いがしたために様子を見ていたのだが、ダンジョン産ポーションが手に入ると聞いては黙っていられない。
薬師ギルドにとって調合したポーションの売り上げは一番の収入源だ。低品質でありながら高値で売れ続けるのは、他にポーションが存在しないからであり、もし新たに入手できる方法が確立されれば利益は大きく下がるだろう。
まして、それがダンジョン産となれば死活問題だ。
「どうもなにも、薬師ギルドだけに頼らずとも良くなったという話だ」
「ふ、ふざけるんじゃありませんよ! そんな話が認められますか!?」
「認めずとも、なにも変わらんぞ」
冷たく突き放すヴィルヘルムだが、これには理由がある。
実のところ、この街の冒険者ギルドは斜陽の時期にあった。
かつては多くのダンジョンを攻略していた冒険者も、今では小さく安全なダンジョンばかり潜っており、危険なダンジョンが半ば放置されているのだ。
誰でも命は惜しい。何百人もの命が失われたダンジョンなど誰も行きたがらないのが現状である。
ギルドとしても強制できないため容認せざるを得ないのだが……そうなると冒険者の地位が揺らいでしまう。
我々はきちんと仕事をしているのに冒険者ギルドはなにをしているのか?
口さがない他ギルドから、そんな風に存在意義を問われるほどだ。
そして数年前……。
立場の悪くなった冒険者ギルドに追い打ちをかけるように、薬師ギルドは一方的に通達する。
『もう冒険者ギルドにポーションを卸すのは終わりにします。結果を出さない者にポーションを売っても意味がありませんからねぇ。それならば他に困っている方々に売ったほうが世のためになるでしょう?』
それが当時、すでに薬師ギルドの長であったクラウスが吐いた言葉である。
もちろん、そんな話は容認できないと抗議すれば……。
『そうですねぇ……今後も努力するのでしたら特別に卸してさしあげたいところですが、こちらも商売なのですよ。昔から決まっている卸値などではなく、通常価格での購入であれば検討しましょう。そのほうがあなた方も気が引き締まっていいのでは?』
要するにポーションの値上げである。足元を見ているのは明らかだ。
その後も冒険者ギルドは抗議を続けるも、最終的に『嫌なら買わなければいいでしょう?』と吐き捨てられては言い返せない……。
だが割高になったポーションを購入し続けて数年後の現在、すでに両者の立場は完全に逆転していた。
「うちの冒険者の命に関わるんだ。より良い物を求めてなにが悪い? 嫌なら努力してもっと効果が高いポーションを作ったらどうだ?」
「ぐぐぐ、な、なんという横暴な……!」
今以上に品質を上げる技術など存在しないのだから、まっとうな薬師ギルドであっても同じ反応だろう。
だが高品質のポーションが開発されていれば、冒険者たちも命を落とす危険性が減り、より危険なダンジョンにだって挑めるのだから、文句を言われる筋合いはないとヴィルヘルムは無視する。
「その辺にしときなヴィル坊。いつまで経っても話が進まないよ」
これがちょっとした意趣返しを兼ねていたのはクラリッサも見抜いており、長々と付き合わされては堪らないと軽く嗜める。
「ああ、そうだな。実際のところ数が足りんから、薬師ギルドには引き続きポーションを卸して貰うつもりだ。もちろん以前の価格でな」
「ぐっ……仕方ありませんねぇ」
これ以上は騒いでも無意味。どころか他のギルドマスターからも睨まれそうな予感がして、ひとまず退いたクラウスだったが、その目は少しも諦めていない。
もう一波乱あるかと想像し、ヴィルヘルムは溜息を吐くのだった。
「そろそろいいですか? 先に確認したいのですが、ポーションを渡したのはダンジョンマスターの罠という可能性はないのでしょうか?」
「それに関しては冒険者ギルドが責任を持って保証する。説明はできんが、信用できる理由があるからな」
「ヴィル坊、それじゃコルネリア嬢は納得しやしないよ」
クラリッサの言う通り、商人ギルドの長としてコルネリアは容易に信用したりなどせず、疑いの目を眼鏡の奥で光らせていた。
「いや、そうは言ってもだな……」
「安心しな。あたしから話は通しておいた」
「は?」
「なんなら、あたしの口から言ってやろうかね」
「ま、まあ婆さんがいいってんなら頼みたいが……本当なのか?」
「もちろんさ」
「さっきから何の話ですか?」
話に付いて行けない三人のギルドマスターを代表してコルネリアが尋ねる。
クラウスは未だ冷静ではなく、寡黙なケヴィンに至っては口出しする気もなさそうだったからだ。
「じゃあ、あたしから話せるところまで話すとしよう。今回のダンジョンマスターの件にはね……『春の神殿』が関わっているのさ」
「女神フローラ様のですか!?」
「神殿ですと!?」
「ふむ……」
これにはクラウスとケヴィンまでも反応する。
神殿とダンジョンの関係を一言で表すなら光と影だろう。
女神の威光の下でモンスター殲滅を掲げる神殿は、ダンジョンマスターとは決して相容れない、まさしく対極の存在だ。
「それともうひとつ……『大賢者』のお墨付きだよ」
「……も、もし虚偽であれば、ただでは済みませんよ!?」
「心配はいらないよ。すべて事実だからね。ただまあ、まだ公表されてはいないから、あまり大きな声で言うんじゃないよ? それこそタダでは済まないからね」
ごくり、という小さな音が、静まり返った会議室では大きく聞こえた。
「そんなわけだからダンジョンマスターが人間に罠を仕掛けたなんて疑わなくていいのさ。まあ、なにか裏があるって勘繰るのは勝手だけどね。それよりも、もっと話し合うべきことがあるんじゃないかい?」
ここに至って、ようやく悟る。
ダンジョンの脅威は人類の存亡に関わるが、ダンジョンから得られる恩恵もまた人類の発展に欠かせず、その利益は計り知れない。
上手く立ち回れば巨万の富を築き上げられるだろう。
ギルドマスターたちの目の色が変わった。




