21 ギルド会議1
アルマが見えない放浪者を雇っていた頃。
ダンジョンからちょっと離れた国境都市ローラインの冒険者ギルドでは、幹部以上を集めた会議が行われていた。
議題はもちろん、ダンジョンテーマパーク『ヴァルハラ』についてである。
「――――以上が、我々が調査した結果だ。細かいことは資料を見てくれ」
初老ながら筋骨隆々のギルドマスター、ヴィルヘルムが締め括り、集められた面々は息を飲んで手元の書類を見つめていた。
そこにはダンジョン内の様子や新たなポーションの種類と効能、アルマから得られたダンジョンの新事実などが細かに記されている。
知識を有する者であれば思わず唸ってしまう内容だ。
「ここにいる者なら事の重大性を理解しただろう。そこで冒険者ギルドは正式にダンジョンマスター殿と同盟を結ぶことにした。このダンジョンは今後、攻略対象から外される。間違ってもアホに教えるんじゃないぞ」
冒険者の中には、目先の手柄や利益を求めて予想もできない行動で周囲に迷惑をかけるアホが一定数いる。
そういった事例は明るみとなった時点で厳罰に処されると何度も告知しているのだが、言っても聞かないからアホなのであり、不名誉な引退劇は後を絶たない。
ギルドにとっても恥さらしであるため、慎重な対応が求められるのだ。
「一般への公表もしばらく控えるぞ。まだ信用が薄い段階では危ういからな。まずはできるだけ味方や賛同者を増やすことに専念する」
「ですがギルマス、どのように味方を増やすのですか?」
「その点に関しては、このポーションが役に立つ」
ヴィルヘルムの策はこうだ。
まず近隣にある冒険者ギルド……特にあと少しでダンジョンを攻略できるが、苦戦しているところへ、このポーションを提供する。
ダンジョン攻略最大の山場とは、ダンジョンマスターが待ち構える最深部だとされている。そこに全モンスターが投入され、守りを固められるからだ。
だが高品質なポーションを十個も持ち込めば、よほどの無能でなければ力押しで攻略できるだろう。
鉄塊のような武器を振り回す屈強な戦士が、例え目が潰れようと腕が千切れようとも、即座に回復して突き進んで来るのだから、相手をするダンジョンマスターからすれば悪夢でしかない。
そうして無事に攻略できたとなれば、まずポーションを提供したヴィルヘルムに感謝しつつ、どうやって数を揃えたのかと探りを入れるのは容易に予想できる。
今後も安定して手に入るなら、どこの冒険者ギルドでも食い付いて当然だ。
そこで満を持してアルマという存在を打ち明け、彼女のおかげで攻略できたも同然であると理解すれば、まず間違いなく今後のためにも協力してくれるだろう。
この手法でいくつかの近隣都市を味方に引き込めれば、他を説得するのも楽になる算段であった。
「ポーションは各種五十個ある。まずは四か所に十個ずつだな。残りは半分を領主様に献上する」
「先に味方を増やすのでは?」
「そうしたいのは山々だが、お膝元で隠し通すのは無理だ。なんとかダンジョンマスター殿の有用性を説明して、ひとまず様子見するよう説得する。それと他のところは……まあ手が回らんから仕方ないな」
「では内密に、ということですね」
「うむ」
方針を理解し始めた職員に、ヴィルヘルムはにやりと笑いながら頷く。
はっきりと口にしなかったが、他領の貴族どころか、王家に対しても可能な限り情報が届くのを遅らせる腹積もりなのだ。
彼らは本気で地盤作りを進める計画を練っていた。
「それと、他のギルドからも何人か集めて説明するつもりだ」
「と言いますと商人ギルド、薬師ギルド、職人ギルド辺りでしょうか」
「そうだな。傭兵ギルドは関わりが薄く、魔術師ギルドに至っては興味がなければ話も聞かんからな。向こうから口出しするまで放っておいていい」
「薬師ギルドがうるさそうですね」
「今まで散々こっちの足元を見てきたのだ、文句は言わせんさ。それよりも肝心なのはダンジョンマスター殿だ」
ここまでは冒険者ギルドとしての方針を決める会議だったが、ここからはダンジョンマスターの対応策を検討するものへと移行する。
というのも……。
「今のところダンジョンマスター殿は協力的だが、いつ考えを変えるかもわからん状況だ。これは他所から勧誘される危険性を想定している」
今後は多くの人間がアルマのダンジョンを訪れるようになるだろう。
そうなれば必然、自分たちの陣営に招き入れたいと考える者が現れては、あの手この手で勧誘しようと躍起になるのは目に見えていた。
同盟を結んでいられるのは、アルマとヴィルヘルムが互いに支え合える対等の関係だからである。
もし他所がダンジョン存続に貢献できるのであれば、いつかは見限られて手の平をくるりと返されてしまうと危惧したのだ。
「幸いにも、うちのギルドが最初に発見したからな。まだ猶予がある。今のうちにダンジョンマスター殿の心を繋ぎ止めなくてはならん」
「具体的には?」
「うむ……まあ、常套手段だが人間関係だな。物では釣れんだろう」
事実アルマが執着するような品物をギルドが用意することは難しい。
なにせ自分で作り出せるどころか、例え欲しがる物があったとしても、ギルドに用意できる程度の物など商人や貴族でも調達できてしまう。
だからこそ確実であり、唯一無二の物が望ましいのだ。
「仲の良い友人や、あるいは恋人でもできれば話は早いんだがな」
「あのギルマス、これは確認ですがダンジョンマスターが情で……しかも人間のために融通したりするのでしょうか?」
「資料にも書かれているだろう。ダンジョンマスターとは言っても、性格は普通の少女とさほど変わらん」
「なるほど……しかし、そう都合よく相手が見つかるでしょうか」
「友人のほうは、いるにはいるんだがな」
「それは?」
「詳しくは言えんが、うちの管轄ではないのだ。惜しいがどうしようもない」
言葉を濁したのは、それがノーラとリーゼロッテだからだ。
この二人ならばアルマを繋ぎ止める役目としては十分に思えるほど、ヴィルヘルムは仲の良い様子を目にしている。
特にリーゼロッテは溺愛と呼べるほどアルマにべったりであり、アルマもまたリーゼロッテを受け入れていた。
だが彼女たちは聖女の教え子、大賢者の弟子という肩書きを持ち、冒険者として登録しているものの、本分は別といったところだ。
二人をアテにできないのは歯痒いが、まだ勝算があった。
「どうやら初めにダンジョンを訪れたパーティなら、全員がそれなりに良好な関係を築けているようだ」
「たしかユリウスがいるんでしたね。彼なら適任では?」
「いや、あいつに興味はなさそうだったな。本人にも聞いたが同じ意見だ」
この街では、それなりにイケメンの冒険者として名が通っているユリウスだったが、肝心のアルマは彼に対して反応が薄かった。
それどころかアトラクションに乗せて絶叫する様を楽しんでいた点から、ユリウス自身は完全に脈ナシだと答えている。
「では誰が……」
「実はな、ヨハンがダンジョンマスター殿から、なにかのお祝いだとかで贈り物を受け取ったんだが……それが懐中時計でな」
「そ、それは本当ですか!?」
「間違いない。俺もヨハンから見せて貰ったからな」
彼らが驚いているのは、懐中時計が非常に高価な品だからだ。
歯車を用いた時計は一般的になりつつあったが、それは城や神殿といった場所に取り付けられている大型の物ばかりで、地方の田舎では日時計が現役である。
そして近年開発された、小さくて持ち運びできる最新式の時計……それこそが話題の懐中時計だった。
懐に忍ばせておいた懐中時計を、ふと取り出して眺めるのがお洒落であるとして貴族の間で流行っており、よく針が狂ってしまう質の悪い品ですら飛ぶように売れている。
だがアルマの贈った懐中時計は精巧な造りで、素人のヨハンやヴィルヘルムの目で見ても、そこらの貧乏貴族が持つ粗悪品より高価であるとわかった。
そんな代物をアルマは、なぜヨハンに渡したのか……。
「聞けばダンジョンマスター殿は、ヨハンに対してだけ口調が砕けて親し気になるという」
「ということは……」
「うむ、ほぼ間違いないと見ていいだろう。先だってヨハンに確認したが、周りから口出しされるのは不満そうだったが、方針そのものは受けてくれた」
「おおっ! では彼を中心とすれば期待できますね!」
もちろん勘違いである。
アルマが懐中時計を渡したのは単なる記念品として贈呈したに過ぎず、高価である認識も、ヨハンへの好意もない。友人としてならばともかく、恋心など欠片も微塵も介在しないのだ。
そうとは知らず、ヨハン少年の背に大きな期待が無駄に寄せられるのだった。
「しかしダンジョンから離れていては、関係を深めるどころか疎遠になってしまうのではないでしょうか?」
「そこもちゃんと考えているぞ。ダンジョンに建設予定のギルド支部だが、そこにヨハンを送る。名目上は新人冒険者の訓練としてな」
「なるほど。ギルド側は、その過程でヨハンがダンジョンマスターと交流する機会を設ければいいわけですね」
「その通りだ。これは極秘の計画となるだろう。……そうだな、今後は周囲に気取られんよう『キズナ作戦』と称する。それとヨハンがカギとなるからな。支援は惜しむなよ」
「はい! 具体的にはどうしましょうか?」
「そうだな、まずは――」
明後日の方角へ向かって会議は続く……。




