23 ギルド会議3
「待て待て。そう焦るんじゃない。なぜ俺がわざわざお前たちを呼んだのかを考えてくれ。その意味がわからん奴を呼んだつもりはないぞ」
暗に、お前たちはアホじゃないよな? と伝えるヴィルヘルム。
その言葉に頭を冷やした各ギルドの長たちが現状を正しく理解する。
「……つまりダンジョンマスターが討伐されずに、世間に受け入れられる下地作りですか」
コルネリアの推測は正しいが、いずれのギルドも慈善事業で運営しているわけではない。明確な利益がなければ協力などしないだろう。
逆に言うと、この場に集められたギルドには、それがあるという意味だ。
「ほう? では薬師ギルドにも利益があると言うので?」
「少なくとも俺が呼んだ三つのギルドに対してはそう思っているぞ。そっちの婆は知らんけどな」
「こっちはこっちで考えているからね。気にしないでおくれ」
あくまで明かすつもりがないクラリッサの口を割らせるのを諦め、話を進めることを決めるヴィルヘルム。
「確認するが商人ギルドは言わんでもわかるよな?」
「そうですね。ダンジョン産のアイテムが安定して手に入るなら、その流通を掌握できるだけでも大きな利益が見込めます」
商人ギルドとは、その名の通り商人たちが所属するギルドだ。
主な仕事は職人ギルドや冒険者ギルドから商品を仕入れ、所属する商人へと卸している卸売業である。
その他にも取引内容を契約書にまとめたり、値段が付けにくい地方特産の交易品の意図的な釣り上げや値崩れを防いだり等、数あるギルドでも最も契約に厳しく、そして経済に関わっているギルドだ。
今回の件においても、ダンジョンから得られた品々は商人ギルドが仲介して他所の都市へと流通することになるため、莫大な利益となるのは間違いない。
「そんなものは子供でもわかるでしょう。それで、薬師ギルドにどのような利点があると言うので?」
「うむ、簡単な話だ。ダンジョンから得られるポーションは高品質だが、例え王都の薬師ギルドでも製法は解明できていない」
「当たり前ですよ。長い歴史の中でも完璧なポーションを作れた者など過去に存在しません……お待ちを」
「気付いたか?」
クラウスの表情に理解の色が浮かぶのと、ヴィルヘルムの凶悪顔が笑みに歪むのは同時だった。
そう、ダンジョンが高品質のライフポーションを作れるならば、その作り方をダンジョンマスターから教えて貰うことも可能かも知れないと考えたのだ。
もちろん、知ったからといってすぐには生産できないだろう。
だが数年後、十年後を見据えれば非常に魅力的な話である。
「なるほど製法ですか。もしギルドでダンジョン産ポーションと遜色ない品質のものが作れるようになれば……」
「だから言っただろう、努力しろってな」
薬師ギルドでは傷を癒すライフポーションの生産を行っている。
作られたポーションは冒険者はもちろん、街を守る衛兵や、領主が抱える騎士団の他、傭兵ギルド、そして平民すらも買い求めるほど需要があった。
ただひとつ問題点があるとすれば、それは効果が低いことだ。
ケガをした貴族からは、もっと良いポーションは作れないのか! などと無茶を言われては頭を下げるしかなかった。
そんな日々も、もうすぐ終わるかも知れない。
「たしかに、これは薬師ギルドにとっても有益のようですねぇ。なにより私が先んじて、その製法を得られるというのも嬉しい話です。ぐふふ」
頭の中で未来の栄光へと思いを馳せるクラウスは、先ほどまでの不機嫌さをすっかり消し飛ばしていた。
もはや協力を断っても、クラウスのほうから無理やり関与してくるだろう。
「最後になったが職人ギルドも……」
「わかっている。そこにある道具はどれも知らない、目新しい物ばかりだ。素材もダンジョンで得られるなら職人たちは喜んで協力するだろう」
職人ギルドは都市の内外に関わらず、職人たちを保護するギルドだ。
なぜ保護するのかと言えば、職人たちは誰もが商売下手だからである。放っておけば安く買い叩かれてしまい、やがては廃業してしまう。
そうなる前に職人を守るため、ギルドが代行して取引を一手に担っている。
また、他にも弟子の斡旋や、職種が異なる職人と顔を繋いで依頼された商品の共同製作を企画したりと……要するに雑用が主な仕事だ。
「婆さんは……話す気はないんだよな」
「いずれわかるさ。楽しみにしといで」
魔術師ギルドは、魔術師だけが所属できるギルドだ。
多くの人間が暮らしている都市部において魔術は不可欠であり、その需要は常に絶えない。
一方で求められる能力を満たす魔術師の数は少なく、かといって研鑽を積もうとしても生活が苦しければ、修行どころではないだろう。
魔術ギルドは、そんな半人前の魔術師たちへ仕事を斡旋していた。魔術を必要とする作業は、金を稼ぐと同時に訓練する機会にもなるのだ。
各地を放浪する者も多く、住所不定の魔術師同士が交流できる数少ない場としても機能している。
そんな魔術ギルドの長が会議に参加した理由は不明だったが、少なくともクラリッサが協力するために現れたのは間違いないとヴィルヘルムは考えた。
「では商人ギルド、薬師ギルド、職人ギルド、魔術ギルドはダンジョンの保護に協力するってことでいいな?」
「そうですね。具体的な内容は詰める必要がありますが、商人ギルドはその方向性で合意します」
「こちらも文句はありませんねぇ」
「同じく」
「ああ、こっちもそれで構わないよ」
「よっしゃ! こうなりゃ話は早い。早速だが頼みがあってな……」
味方に引き込んだとあって、すぐにヴィルヘルムはダンジョンマスターのアルマが求めている生贄……もとい、エネルギー源である恐怖について語る。
できる限り多くの人間を招きたいが、現状では公にできない。
そこで冒険者だけではなく、各ギルドからも人員を派遣して貰えればエネルギー確保も容易になり、より多くのポーションや資源が得られるのだ。
もっとも、そのためには恐怖を引き出すためのアトラクション体験が必須となるので、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられるのは確定だろう。
そんなヴィルヘルムの説明に青褪める面々だが、すでに冒険者が試してケガ人すら出ていないと知れば、幾分か安心する。
この世界に、まだトラウマという概念は存在しなかった。
「まあそんなわけで、ダンジョンには冒険者ギルドの支部を設立する予定だ」
「支部ですか……それは私たちのギルドも可能なのですか?」
「そこはダンジョンマスター殿に聞いてみないことにはな」
「そ、それもそうですね」
まだアルマを知らないコルネリアは意気消沈する。
彼女もギルドマスターと言えど、その身は非力な一般人だ。モンスターを統べる邪悪なダンジョンマスターに面と向かって交渉する勇気が湧かない。
同様にクラウスとケヴィンも逡巡し、顔を見合わせる。
こういう時、やはり頼りになるのは……。
「ヴィルヘルム殿、申し訳ありませんが仲介を頼んでも?」
「それは別に構わないが……そうだな。いっそこの場にいるギルドはまとめて支部を作る許可を貰うとするか?」
結果的に人が多く集まればヴィルヘルムとしても文句はないのだ。
普段はライバル関係であったとしても、これに関しては協力を惜しまない。
「それはいいですねぇ! ぜひとも頼みたいです!」
「こちらも頼もう」
「ちょいとヴィル坊、もちろん魔術師ギルドも含まれているんだろうね?」
「ダンジョンマスター殿への貢献はして貰うことになるぞ?」
「構わないよ。最近はちょいと覇気が足りない若造が増えたからね。ここらで気合を入れるとするよ」
「ひでぇな」
当初とは打って変わり、会議室に和やかな雰囲気が漂い始めた。
ここにいるのはライバルではなく協力者。そんな考えが無意識のうちに警戒と対抗心を和らげているのだ。
難航すると思われた説得はスムーズに進み、残る議題はひとつだけとなった。
ヴィルヘルムは最後に、ダンジョン内に建設するギルド支部は宿泊できる施設と訓練所を併設すると説明する。
いずれは、より多くの人々がダンジョンに滞在してエネルギー確保に貢献し、大量のポーション供給が期待できるという計画だった……が。
「え、ちょっと待ってください。宿が無償で提供されるのですか? 食事も?」
「そうだが……なにか問題あるか?」
「問題も大問題じゃないですか! 経済が滞ってしまいますよ!」
コルネリアの悲鳴にいまいちピンと来ないヴィルヘルムだったが、商人ギルドならば彼女でなくとも、その危険性を察せただろう。
多くの人間が街ではなくダンジョンに滞在する。
これ自体はまだ容認できたが、そこで一切お金を落とさないのは問題だった。
「いいですか? そのダンジョンの宿泊料が無償になってしまえば、本来なら食料や物資を仕入れて街に回るはずだったお金が、まったく動かなくなってしまうんですよ! これがどういう意味かわかりませんか!?」
「あー、いや、ちょっと待ってくれ……」
自身が運営するギルド関係ならば感覚で把握できたが、さすがに都市全体の経済となったらヴィルヘルムも頭が追い付かない。
とにかく規模が大きすぎて想像できず、消費者の立場から『金を使わずに済むんだから良いんじゃないか?』などと考えてしまうのだ。
これはクラウスとケヴィンも似たような状況で目を白黒させ、唯一クラリッサだけは年の功なのか落ち着いている。
「もっと噛み砕いて言えば、商品が売れなくなるんです。この街で経営しているお店の売り上げが、大きく下がるわけです。住民が遠い別の都市へ移り住んでしまうと考えたほうがイメージしやすいでしょうか」
「いや、それくらいなら今までもあっただろう?」
「規模が違うでしょう! 十人や二十人ならともかく、ヴィルヘルム殿の計画であれば初期でも百人以上……そのダンジョンの規模であれば、いずれは数千人が街からいなくなるも同然です! その人たちが一日にどれだけお金を使うか知っていますか!? 毎月どれだけお金が動くか計算しましたか!?」
バンバンとテーブルを叩くコルネリアの剣幕に押され、強面であるヴィルヘルムが借りて来た猫のように丸くなってしまう。
正直な話、まだ完全に理解はしていないヴィルヘルムだったが、このままではマズいということは直感でわかった。
元冒険者は、こういう時の直感を大事にする。
「それじゃあ、どうすればいい?」
「もちろんダンジョンマスターには有償にするよう頼んでください。そして得られたお金で街から食料なり日用品なり購入して貰うんです」
「ダンジョンマスター殿は自分で食料も道具も作れてしまうんだが……わざわざそんな手間をかけてくれるか怪しいぞ」
「ダメでしたら、とにかく街にお金が還元されれば構いません。なにか欲しがるようなものはないのですか?」
「難しいが検討してみよう」
あるとすればエネルギーくらいだと、ヴィルヘルムはつい先日も似たような難問に頭を悩ませたのを思い出す。
もし本当にアルマが欲しがる物が存在すれば心を繋ぎ止められるだろうが、残念ながら同じ結論へ辿り着いた。
「もっと言えば税金も支払ってくれれば文句ありませんね」
「……ダンジョンマスターに税を払わせるのか?」
これには黙って聞いていたケヴィンも首をかしげてしまう。
ダンジョンマスターとは人類の敵であり、つまりは侵略者である。
過去に税を支払うよう要求した事例はもちろん、実際に支払ってくれた例もあるはずがない。
「た、たしかに変な話ですけど、ダンジョンの位置は王国の領土内ですから払うのが当然ですし、なにより今後を考えれば信用にも関わります」
「それもそうか……わかった。俺から伝えるとしよう」
いずれは王家の耳にも入ることを思い、ヴィルヘルムはひとまず税を支払わせるという方向で納得する。
問題は、どのくらいの税を、どのような方法で収めるのかだ。
都市外にあるダンジョンでは、都市内と同様の税率では不自然であり、かといって地方の農村のように収穫物等の現物での支払いが許可されるのか。
早いうちに領主と相談しなければならなかった。
「まあ、まだこれといった活動もしていないからな。まずはギルド支部を設立して正式に運営が始まってからの話だろう」
「早めに準備するに越したことはありませんよ。とにかくダンジョンマスターを怒らせないためにも、先にお知らせしておくべきではないですか?」
「それはその通りだが……」
「話が拗れてポーションの製法を聞き出せなくなっては困りますねぇ。しっかりと頼みましたよ?」
「ああもう、わかったわかった」
二人が必要以上にダンジョンマスターを恐れていると察してヴィルヘルムはてきとうに返事をする。
もしアルマが可憐で無垢な少女だと知ったら、どれだけ驚くのだろうか。
そんなイタズラ心からヴィルヘルムは敢えて二人にアルマの容姿を教えないままで放置し、クラリッサからは無言で『だからお前はヴィル坊なんだよ』という視線を送られるのだった。
その後、ヴィルヘルムはアルマ宛の手紙をひとりの少女へ託した。
彼女がギルドに先んじて、ひとりでダンジョンへ向かうと把握していたため、会議の結果や、各ギルド支部の設立に関して伝えるためだ。
そして手紙は、その日のうちにアルマの元へと届けられる。




