表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第二章 街での邂逅
30/35

第二十七話 路地裏の音


 今回、中間辺り注意です。あまり酷くないですが、一応です。





 情報屋は賑やかな雰囲気とは打って変わって、不穏な騒がしさに包まれた。あちらこちらからリオンという名の少年を気遣う言葉が行き交う。



「ごめんなさい皆さん」



 パトリシアはいつもとは違ったはっきりとした口調で言った。



「騒がしくして、申し訳ありません。確かに心配ですが、私達が自分で解決するので大丈夫です」



 彼女の凛とした言葉が響き渡り、情報屋にいた冒険者達は口を閉じる。

 「大丈夫だよ、レオ」レオンの小さな背中を、パトリシアは彼女を安心させるかのように優しくさすった。「私が行くから」

 さっとレオンの顔が青くなる。



「いや!行っちゃダメ!!!」



 パトリシアの服を力一杯掴み「離さないから!」とレオンは叫んだ。アリゼとユニは呆然と見つめる事しか出来ず、唇を固く結んだ。

 この状況でも誰も外に行こうとしないのは、この街に潜む殺人鬼の存在が大きいのだろう。アリゼは詳しくその事件を知らないが、きっと名のある冒険者か誰かが殺されてしまったとか、そんなところではないか?

 アリゼはハッとして、自分が無意識にシルトルの事を考えていた事に胸が締め付けられた。違う、今は違うと頭を振り、最善の方法を見つけようと必死に考えた。



「嫌だ、もう放っとこうよ!」



 まるで別人のようにパトリシアに泣きつくレオンは、また大きな声を上げた。



「私もう嫌だ!怖いの!」


「落ち着いて、レオ」



 ぎゅうっとパトリシアは取り乱すレオンを抱き締める。外は怖かったんだろうな、とアリゼはレオンを見つめた。



「リオンなんて、放っておけば良いんだよ!」



 レオンはリオンが嫌いなのか、とんでもない事を言った。ぎょっとしたのは、アリゼだけではなかった。



「レオ!それは言うな!」



 パトリシアがレオの両腕を掴み、震える声を発した。かなり強い力を込められているのだろう、辛そうなレオンは一度口を閉じて「ごめんなさい」と謝った。



「謝るならリオンに、だ。さてレオン、そろそろ放してくれないか?」



 首を縦に振ると、パトリシアは立ち上がろうとする。だが、レオンは掴んだ手を放さない。



「レオン」


「嫌、絶対に行かせない」



 パトリシアは険しい表情でレオンを睨む。レオンも負けじとパトリシアの事を睨んだ。

 駄目だ、姉妹で喧嘩は駄目だ。

 アリゼは本能のようにそう感じ、二人の喧嘩という関係を作らせたくなかった。



「トリッシュさん」


「なんだい、アリゼ」


「私が、リオン君を探しに行きます」



 「はあ!?」批判的な言葉を真っ先に飛ばしたのはユニだ。「おい。アリゼやめとけって」


 ユニは当然のようにアリゼを制止した。アリゼ自身、危険だとは分かっている。分かってはいるが、消えたリオンの事が心配で心配で堪らなかった。



「もし行くなら、俺の方が良いに決まってる」



 ユニは頭を今日怪我したばかりだ。アリゼは「それは駄目だよ」と首を横に振った。



「私がリオン君を探してくる。だからトリッシュさんはレオンちゃんをお願い」



 外に出ようとしたアリゼの腕を、ユニが掴む。



「駄目だ、行かせない」


「嫌、私が行く」


「駄目だ!!」


「私が行くの!」



 「アリゼ、お前……ッ」ユニは顔を歪めた。「あのなあ、危ないって事分かんないのか!?」


 威圧に気圧されるが「分かるよ」と呟いた。勿論怖くて行きたくないが、自分の意思で行く人なんていないに決まっている。誰が危険を冒してまで知らない子供を助けるのだろうか。レオンを(なだ)めるパトリシアは無理で、怪我をしているユニも無理だ。ここで動けるのは自分だけだろう。



「私には、醒石があるんだから平気だよ」


「そういう事じゃなくてだな」



 この間にも、リオンが危険に晒されているかもしれない。一瞬迷うも、アリゼは密かに持ち歩いていた「黄色」の醒石を握った。時間が勿体ないと思ったアリゼの頭に、ある映像が浮かび上がる。それはある男性が、人を気絶させている映像だった。これだ、とアリゼはユニの腕を振り払った。力不足で出来るかどうかは分からないが、醒石を使えば何とかやれそうだった。それに、こう言ってはなんだが、ユニは結構頑丈だから、大丈夫だと思いたい。力の加減は考えて。

 「馬鹿アリゼ!」と怒鳴るユニの気持ちは痛い程分かる。でも、私はリオン君を放っておけないよ。「ごめんね」と謝り、アリゼは彼の顎に掌底打ちを放った。映像で見たように、手の平で顎を殴った。

 「ぐっ」と苦しげな声を上げ、ユニは背中から床に倒れた。近くのパトリシアとレオンだけではなく、その行為を見ていた人々からも悲鳴に近い声が上がる。パトリシアは信じられないと言いたげに口を



「アリゼ、君は何を」


「私がリオン君を探しに行きます」



 また、そう繰り返した。

 ごめん、ごめんねユニ。

 きっと、今の自分は泣きそうな顔をしているのだろう。我慢しないと、泣きそうだった。パトリシアは眉を下げて、アリゼから顔を逸らした。



「なんで、そこまでして」



 アリゼ自身もよく分からなかった。ただ、リオンを助けようという思いでいっぱいだった。会った時から、なんとなく気に掛けてしまうのは感じていたが——



「……分かりません。でも、誰かが行かなくちゃいけないんです。今回は私がたまたま行くだけです。あの、こんな事を言ってはなんですが、ユニをよろしくお願いします」



 トリッシュの服を掴んだまま離さないレオンを横目に、アリゼは情報屋の扉を開けた。アリゼの頭の中には、リオンに対する不安以外も渦巻いていた。もしかしたら——いや、なんとなく嫌な予感はする。情報屋の内部にいた冒険者達から口々に上がる声を無視して、アリゼは扉を閉め、先の見えない暗闇を駆けた。







*







 夜の情報の街は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。家々から灯る蝋燭の火と、窓から漏れ出した室内の明かり以外は全てが暗黒だ。だが、幸い今日は満月のようで、雲に隠れない限りは明るい。暗闇の中だと目に見えない化け物に襲われるかのような恐怖が肌を纏い、自然と前に進む気力を奪い取ってゆく。

 アリゼは壁を伝いながらなるべく音を立てないように抜き足で歩いた。

 リオンの行きそうなところなんて、分かる筈がなかった為、適当に進む事しか出来ない。光を持ってこれば良かったなとアリゼは後悔した。それに、戻ったらユニにたくさん叱られるだろう。最悪、もう一緒に話せなくなるかもしれない。アリゼの良心が先程の行動を責める。「ごめんなさい」現実から目を離すように目を閉じると、不意に金属音が聞こえた。



 ちゃりん。



 胸の辺りに手を添え、アリゼは立ち止まる。

 今の音はなんだろうとアリゼは辺りに視線を巡らせた。暫く進んだところで、右方向からちゃりんとまた音がした。


 右だ!

 アリゼはリオンが近くにいると思い、音を見失わないように耳を澄ました。少し気持ちが楽になって、足が自然と駆け足になる。



 ちゃりん。



 音が少し大きくなった。

 音の先を見ると、路地裏に続いている。明かりのあった通りより薄気味悪くなって足が竦んだが、首を振ってゆっくり歩いた。

 もう音がしない。目を細めて前に進むと、「四の情報屋」があった通りとはまた違う通りに出た。



「あれ」



 見た事もない場所に戸惑い、通りを横断するように歩いた。

 音の聞こえた路地裏とは対称の位置にあった路地裏が、やけに目に入った。アリゼは妙に気になり、そっと覗き込む。雲が月を隠して、辺りが暗くなる。路地裏がまた一段階怖さを上げた。

 すると、その路地裏で何かが動いた気がした。えっ、とアリゼは目を凝らす。見間違いだったかなと、アリゼは壁伝いで路地というものの口に足を踏み入れた。

 何かが、いる。







 丁度良いタイミングで、月が雲から抜け出した。

 目の前に月明かりが灯る。そこで、月の光に照らされて見えたものに、アリゼは小さな悲鳴を上げた。


 それは、人間だろうか。

 いや、人間だったものだろうか。


 目の前に広がっているのは、あまりに現実味のない光景だった。頭と身体が引き離された人間にと(おびただ)しい血の量に、アリゼは目を離したくて(たま)らなかったが、全身が全く動かなかった。

 地面に転がった頭のない人間から覗く断面は、まるでアリゼが来るのを待っていたかのように、路地裏の入り口に向いていた。見てはいけないものだとは分かった。が、何故か目を逸らす事が出来ない。

 月光が雲に隠され、たちまち辺りはまた闇に溶け込んだ。



「——うっ」



 アリゼは込み上げてきた吐き気と涙を必死に(こら)えた。何とかして吐き気を抑える事に成功したが、既に溢れた涙を止めることが出来なかった。噴き出した汗は止まらず、足の震えが更に酷くなって本能が危険を悟る。

 逃げなきゃ。

 真っ白になった頭に浮かんだただ一つの答えに従って、アリゼは必死で足を動かすが、()り足となって中々後ろに進めない。荒い息を吐きながら、目に溜まる滴を払い、アリゼは今まで味わった事のない「人間」の恐怖から逃れようとした。


 だが、その判断は少し遅かったのかもしれない。

 必死にその場から去ろうとするアリゼの後ろから、



「オイ、あんた。大丈夫か?」



と低い声が突然放られる。


 びくんと肩が揺れた。この状況を見た後ろの人物はどう思うのか。アリゼは反射的に「助けて」と言おうとしたが、首筋に何かが当てられた事に気付く。

 後ろの人物の行動を理解して、一瞬で背筋が凍った。



「見ちゃったか?」



 背中側から放たれたのは抜けているような、伸び伸びとした声だ。少なからず、今この状況では考えられない程落ち着いている。

 怖いとアリゼは思った。身体中の血液が熱く駆け巡り、跳ね上がる心臓を更に加速させた。口が渇いて、呼吸がしにくい。



「人来ねえ筈なのによォ……何でだ?それにまだ色々終わってねえっての」



 声の主は呆れたように溜め息を吐いた。まるでアリゼの存在を忘れているかのように、自由に言葉を吐き続けている。

 後ろに立つ人物は、声と口調から男性だと分かった。そして、この路地裏で人を手に掛けた者だという事も。今この街を(おびや)かす殺人鬼か、それを利用して偶々人を殺めたただの人かは判断出来ない。とにかく、自分が危険な場所に立っている為、逃げる方法を考えるべきだろう。

 だが、それが出来る程アリゼの肝は据わっていなかった。カラカラの口に残る少量の唾液を飲み込み、その場に立ち竦む。



「オイ、お前」



 不意に後ろの男性がアリゼに話し掛けてきた。何か返事を、と思ったが声が出ない。



「聞こえてるか?」



 聞こえている、聞こえているのに空気を吐く事に精一杯だ。



「もしかしてさァ、無視か?」



 違う、違う。

 心の中で何度も返事をしているのに、全く声を出せない。筋肉が硬直し、足の震えが止まらない。きっと頭の中はまだこの状況を理解し切れていないのだ、あまりに現実離れし過ぎていて、凡人の自分の頭では処理出来ないのだ。



「そ、の」



 アリゼは震えた声を何とか絞り出した。

 「はぁ」と男性がつまらなそうに鼻を鳴らす。「まだ、殺し足りなかったんだよな」



 それを聞いて、異常だと思った。駄目だ、私はここで死ぬんだとアリゼは固く目を瞑った。


 喉元に当てられた冷たいもの。それが危険なものであるのは、見えなくても分かる。それが肌に触れ、ゾクゾクとした寒気が背中を這い、全身の産毛が逆立った。

 怖い、やめてというアリゼの心の叫びはその人物には届かなかった。僅かに痛みが走り、もう終わりだと溜まった涙を流してすぐ「あぁ!?」と後ろから激昂したような声が下りてきた。



「……お前、『黒い』な?」



 男性が言うのと同時に、首筋から冷たいものが離される。もう死ぬ、と諦めていたアリゼの膝がガクンと折れて、その場に座り込んでしまった。

 黒い、とは。服装が?



「オイ馬鹿座んな!……クソッ、黒いのは禁止だったな。そうか、だからか、ツイてねェ」



 へたり込んだアリゼの頭上から声を降らせ、声の主は「はぁぁぁ」とやけに長い溜め息を吐いた。

 もし、もし後ろの男性が、殺人鬼だったら。アリゼは死の危機を脱した頭をフル稼働させた。普通だったら深く考えなくても分かるような事だったが、息をするのでさえ必死な今のアリゼは集中して考えないと、その考えに辿り着けなかった。



——後ろを、後ろを振り向かなきゃ。



 顔を見て仕舞えば、後ろの男性は捕まり、二度と人を殺さなくなる。結果的に、この情報の街に安心が戻ってくるのだ。理由は全く分からないが、男性は自分を殺す事を止めた。

 なら、チャンスだ。

 自分が少し勇気を振り絞るだけで、この街は元に戻る。昼の賑やかな様子は、夜も続くだろう。アリゼは行き着いた考えが間違いではないと思いたかった。考えに行き着くのは簡単だが、行動に移すのはとても難しい。ましてや普通ではない人間相手の顔を見た瞬間に殺されてもおかしくはない。

 でも。痙攣する拳を握り締め、アリゼは意を決して後ろを振り返った。



「っ誰ですか!!」



 予想以上に大きな声を上げたアリゼの後ろには、誰もいなかった。あれ?と思うのと同時に、じわじわと目から涙が溢れる。



「ほらよ」



 一瞬だけ安堵したのが馬鹿らしい。先程の声の主が、苛立ちをぶつけるようにアリゼの背を蹴った。



「んぐ!?」



 背中に受けた衝撃で、前のめりに転んでしまった。じんわりとした痛みが、背中を中心に広がって行く。

 「もう戻ってくんな」男性は苛立ちを隠せない、早口の声で言った。



「お前は運が良かったんだよ。今までの奴とはワケが違う。だからよ、もし今振り返ったりここに戻ってきたりしたら、次こそは」



 ちゃりん、と一度金属の音がして男性の足音がすぐ後ろで止まった。

 「……必ず殺す」男性の声がアリゼの耳元で聞こえた途端、強い風が吹いた。後ろに流されそうになり、慌てて踏ん張りを利かせた。


 すぐにその風は止んだが、血の匂いと纏わり付く嫌な気配は嘘のように消えた。

 ふっと本気で安心出来るとアリゼは声を抑えて泣いた。我慢していた恐怖が涙として流れてくるようだった。腰は抜けていないようで、何とか壁伝いで立ち上がる事が出来、やっとの思いでその場を離れた。


 今いた路地裏を決して振り返らないようにして、悲しくないのに止まらない涙を服で拭いながらアリゼは夜の街を歩いた。静かで誰もいない街の様子が、今は安心した。

 早くリオンを見つけて戻ろうと涙を払ったところで、ある家の前で(うずくま)る彼を見つけた。足を包んで丸くなっているリオンに涙を見せまいと涙をゴシゴシ拭い、アリゼは「リオン君」と声を掛ける。



「ひっ、だ、誰!?」



 案の定驚きながら、リオンは顔を上げた。そしてアリゼだと分かると「お姉さん、喫茶店で会った人?」とリオンは恐る恐る尋ねた。



「うん、そうだよ。アリゼ、って言うの」


「アリゼ、さん」



 泣いた事で変に言葉が詰まる。アリゼは「んんっ」と咳払いをして誤魔化した。



「どうしてここに?」


「どうしてって、リオン君を探しに来たんだよ」



 リオンの丸い目が、更に大きくなる。一度会っただけで探すのは確かに不自然かもしれない、驚くのも無理はないだろう。だがリオンは笑顔を浮かべ、(おもむろ)に立ち上がった。



「きっと、トリッシュ達だよね。ごめんねアリゼさん、迷惑かけて」



 見た目は可愛らしいのに、言葉遣いが丁寧で大人びている。アリゼも笑顔を返して、また目元を擦った。



「ううん、良いよ。それよりも早く戻ろう?早く二人のお姉ちゃんを安心させてあげよ?」



 どことなく腑に落ちない顔でリオンは頷いた。アリゼは「よし」と頭を撫でると、リオンの小さな手を引き、大分離れてしまった「四の情報屋」に向かって歩き出した。


 私は街を脅かす殺人鬼相手に、何も出来なかった。泣いて終わってしまった。たまたま運が良かっただけで、殺されて当たり前の状況だったのに。どうしてリオンをこんなにも心配に思ったのだろう、他の事が考えられないくらい一貫したのは、今回が初めてかもしれない。

 アリゼはこの晩決意した。怖いものから逃げないくらい強くなって、いつか困った誰かを守れるような人になろう。自分より他人の事を守れるような、そんな立派な人物になろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ