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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第二章 街での邂逅
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第二十六話 酒場のような情報屋




 倒木を跳び越えると、眼前には整備された美しい道が広がった。折れた枝や、無造作に伸び切った木々は見当たらない。

 ユニが黙秘する少女を担ぎ、拘束した為後ろに倒れそうになるのをアリゼが阻止するべく支える。ユニとアリゼで少女を挟むような体勢で、二人は情報の街に向かっていた。

 なんだか安心して進めるなとアリゼは嬉しく思う。たった数十分で終えた依頼だが、想像以上に達成感で満ちていた。無論、精神的に辛い事もあったのだが、その対象である彼は「コイツ魔物じゃなかったらヤッベェよな」と呑気に欠伸をしている。



「でも一人しか住んでないって言ってたし、あの……巨人、みたいなものの本当の姿がこの子でしょ?」


「俺的にはトカゲ面の化けモンに見えたけどな」



 「二人で見えたものが違うんだ」とアリゼは驚いた。「じゃあ、この子って」



「魔物というより、知らず知らずの内に能力使ってる醒者(ヘジター)ってところじゃねえか?」



 何気なく言ったユニの言葉にアリゼはドキッとした。彼の後ろ姿しか見えないが、一体どんな気持ちで言ったのだろうとアリゼはユニの顔を窺いたくなった。何も言えず、アリゼが黙っていると「うお、もう日が沈みそう」とユニが足を早く進め始めた。

 頭に、情報の街に出没するという殺人鬼の存在がチラつく。夜、三日に一度程度、誰かが襲われる。情報屋のレミテイルが教えてくれた情報は少なかったが、それでも危険性を認識するには充分だった。



「おしっ」



 森を抜けて、ユニとアリゼは刻一刻と夜に近付く空を見上げた。まだ太陽が完全に沈んでいないようで、空は赤々と燃え盛っていた。



「走るか?」



 ふとユニが独り言のように呟いた。

 ユニも今は早く街に戻る一心なんだろう、アリゼも「急ごう」と少女の背中越しにユニも押した。

 「あ、危ないっての!」ユニが慌てて姿勢を整える。「いきなり押すなよな」



「あはは、ごめん」


「ったく……走るぞ。街に戻ったら宿とって、どうすっかなー」



 ユニの声を合図に、アリゼはペースを合わせて走り出した。戻ったらかとアリゼは興味深かった情報の街を思い浮かべる。ああ、そういえば正式名称はラミレスだっけ。領主の名前かな。じゃなくて、明日は良い買い物が出来ると良いなぁ。アリゼの心の恐怖を、明日への期待が塗り替えてくれた。気づかぬ内に安心したアリゼは、意気揚々と、ユニ達の背を押した。




*



 傭兵に足止めを食らいながらも関所を抜け、なんとか夕方の内に街の中へ入る事が出来た。関所で検問を続けていた傭兵達は「もう暗くなる。危ないから関所に泊まっていきなさい」と気遣ってくれたが、不思議と早く情報の街に戻りたかったアリゼ達は丁寧に断った。

 街に入ってすぐ、アリゼは目を疑った。人を二、三人見かける程度で通りはとても静かだったからだ。ユニも「やっぱ危ないんだな」と納得したように頷いた。



「と、とりあえず宿?どうする?」


「うーん、関所に泊まるべきだったな……」



 あからさまにユニは後悔している。情けない事言わないでと返したかったが、同意せざるを得ない。通りを歩く人は鎧やら盾やらと、身を守る何かを身に付けていた。縄で縛られた少女を背負っているだけならまだしも、ほぼ丸腰のアリゼ達のような人々は既に歩いていなかった。

 困って道の真ん中に暫く突っ立っていると「やあ、少年少女!」とあの自信に満ちた張りのある声が聞こえた。

 アリゼは下げた眉が上がり、頬が緩むのが分かった。支えていた少女の背から両手を離し、後ろを振り返って「トリッシュさん!!」と女性の名前を呼んだ。



「やあアリゼ!おかえり……っとと」



 にこやかに片手を上げたパトリシアは、ユニの背から落ちた少女を受け止めた。



「ご、ごめんユニ!」


「おいおい……うん。トリッシュ、ありがとう」



 呆れ顔でアリゼとパトリシアへ身体の向きを変えたユニは頭を下げた。

 「良いさ」と少女を見つめていたトリッシュは顔を上げ「この子が魔物かい?」と核心をつく質問を繰り出した。



「えっ!?」


「はっ!?」



 アリゼとユニはほぼ同時に素っ頓狂な声を上げた。二人を交互に見たパトリシアは微笑を浮かべた。



「だって君達が手ぶらで帰ってくるわけないじゃないか。だから、この子が証拠かと思ったのさ」



 パトリシアひ少女を軽々抱き上げると「さ、行こっか」と街の中心部へ歩き出した。

 まるでその場にいたみたいだとアリゼは思った。特に行く宛てのないユニと顔を見合わせ、無言で二人はパトリシアの後に続く。


 「それにしても、君達ー」ユニとアリゼが両隣に来た時に彼女は空を眺めた。「もう危ないじゃないか」



「は、はい」


「命は大事にって言ったの、覚えてなかったのかい?お姉さんは悲しいぞ」


「……すみません」


「まぁ、良っかあ。ちょうど良いタイミングで二人を見つけれたわけだし。」



 パトリシアは不器用に片目を瞑った。



「あっ本当にありがとうございます。私達どこに行こうか迷ってて」


「迷うというか、全く行く場所がなかったんですよ」



 アリゼとユニが口々に言い、パトリシアは黙って頷いた。

 パトリシアには姉妹(きょうだい)が三人いる。昔は仲が良かったが、今は全員と仲が良いとは言い切れない状態だった。なんとかして仲を取り繕いたかったが為に変化を取り入れたが、余計に仲を悪化させてしまった。

 アリゼとユニを見ると、大切な妹の二人が楽しげに話す様子を思い浮かべて悲しくなる。しかし、実際にそのような関係に戻れたら、さぞ良いだろう。アリゼとユニのお陰できっかけは出来たとパトリシアは考えを一つにまとめる。

 彼女達には、敬意を払うべきだな。



「アリゼ、ユニトレイア」



 パトリシアに名を呼ばれ、アリゼは彼女を見た。凛々しい表情で堂々と歩くパトリシアは辺りが暗い事も原因だろうが、喫茶店で会った時より大人びて見える。



「お疲れ様、ほんっと大変だったね」



 森から連れ出した少女を器用に片手で担ぎ直し、アリゼ、ユニの順にパトリシアは頭を撫で「あっ」といきなり手を引っ込めた。



「ユニトレイア、怪我してるじゃないか!」


「あっ、いやこれくらい平気ですよ」


「うーん、駄目だ!戻ったら怪我の具合を見てあげよう!!」



 溌剌(はつらつ)としたパトリシアは、何故か興奮気味に話し続けている。ユニは頬を掻き「いやぁ」とこちらも何故か照れているようだった。



「どうしたの」


 「いやぁ、ちょっとくすぐったくて」ユニは満更でもなさそうに鼻の下をこすった。そこでようやくアリゼは彼の照れに納得がいった。愛称ではなく、しっかり名前を呼ばれた事に対して喜んでいるらしい。パトリシアがユニの名を愛称から変化させた事に、ユニ自身は特に気にも留めていないようで、アリゼも深く考えるのをやめた。



「良いじゃない、良かったね」



 ユニは素直に笑った。

 村でも、冒険者や旅人以外はユニの事を愛称で呼んでいた。出会ったばかりの頃、愛称というだけあってユニは「気軽で良いぜ」と長々と語ったが、それでもやはり名前は全体が好きに違いない。



「ユニトレイア、ね」


「おう」


「私もそう呼ぼっかな」


「……いや、今のままで良い」


「今の間は?」


「だってアリゼから呼ばれてもなんか嬉しさが、というより有難味がない」



 ユニは片方だけ口角を上げ、ニヤリと笑ってみせた。彼の冗談はやはり胸が痛い。心に刺さってくる。


 特に意味のない会話を続けた二人よりパトリシアは一歩前に出る。無言だったパトリシアが「さあ、着いたよ」と立ち止まった場所は「四の情報屋」だった。

 もう少女を差し出すのかとアリゼは驚く。



「アリゼに、会わせたい子がいるんだよね」



 独り言のように、誰に言うともなく、パトリシアは呟いた。えっ、とアリゼが驚く間もなく、彼女は自分の家に帰るかのように情報屋の扉を気軽に開けた。パトリシアは「ただいまぁ!」と挨拶を放ち、アリゼとユニに「中に入っておいで」と合図を送った。

 情報屋のフリッツに喧嘩を売るが如く去った場所で気まずかったが、夜の暗闇が、得体の知れない恐怖が勝る。アリゼは「マジかよー」と嫌がるユニの腕を引きながら情報屋の中に足を踏み入れた。

 すると、アリゼの目に驚きの場景が飛び込んできた。

 パトリシアに連れられて入った情報屋は、昼頃来た時も確かに賑やかだった——賑やかだったが、今は五月蝿いと言っても良い程、人が密集して彼方此方(あちらこちら)から声が上がっている。どうやら人以外にも机や椅子が増えているようだった。ユニが小声で「本格的な酒場みてェ」と言ったのは無理もないだろう、アリゼも同じ気持ちだった。



「さあ、早くおいで!」



 入り口で立ち竦むアリゼとユニを、少女を椅子に下ろしたパトリシアが手招きした。

 パトリシア達のいる机に移動する間、周りの冒険者達がこちらを見ている気がして、背中が丸くなった。



「さあ、座って座って!」



 言われるがままパトリシアに座らされた机にはアリゼとユニ、少女とパトリシアを除いて見た事のない四人が座っていた。ふとアリゼはおや、と思い隣に座ったパトリシアに尋ねた。



「あの、トリッシュさん」


「ん?」


「レオンちゃんとリオン君は……」



 「ああ」パトリシアは目を細めた。「ちょっとリオンと喧嘩してね。今はレオン……レオが探しに行ってるよ。私は来るなと脅されちゃったからね」


「危なく、ないですか?」


「んー?二人は大丈夫だと思うけどね。でも、うん、怖いかな。いなくなっちゃったら嫌だし、もう会えないってのも嫌だ。二人とも頑固だから、来るなってレオにも釘を打たれちゃったよ。お姉さん、ちょっと悲しいかな」



 そう言って、初めてパトリシアは視線を逸らした。彼女から話を進んで止めようとする雰囲気を一度も感じた事がなかった為、アリゼは口を(つぐ)む。そしてレオとはレオンの事かと思考を変えた。

 口を閉じたアリゼに続くかのように、ユニが身を乗り出した。



「トリッシュさん、探した方が良いですって」


「いや、私はやめておく。半殺しはもう懲り懲りなんだ。本当に危険だったら行くけど、レオは人探しがすっごく得意だからね。私が出る幕じゃあないよ」


「リオンって怒るとそんなに怖いんですか?」


「ああ!すっごく怖いさ!もう阿修羅って感じさぁ!怖いよぉ、あの子程怖い子は中々見ない」



 悲しげな表情から一転し、くくっとパトリシアは喉を鳴らした。



「ああ、そうだ。ユニトレイア、数を見せてごらん?」



 情けなく頬に手を当てたパトリシアは不意に立ち上がり、アリゼの隣、彼女から見て二つ目の椅子に座るユニの後ろに立った。



「平気なんですけどね」


「いやいや、小さな怪我が大きな怪我の原因にもなり得るんだ」


「それ、アリゼも同じ事言ってましたよ」


「やっぱりかい?当たり前の事だからねえ!」



 二人は意気投合した友人のように談笑を続けた。アリゼは自分以外と楽しそうに話すユニを久々に見た気がして、胸の奥が暖かくなったのを感じた。

 これが母性心かなんて冗談で思ってみる。いや、姉心の方が良さげかな。もしくは妹心とか、良いかも。アリゼがそんな事を呑気に考えていると「あの」と向かいに座っていた男性が声を掛けてきた。



「えっと……私ですか?」


「はい、そうです。貴方です」



 アリゼに背を向けていた男性は、にこりと微笑した。六十代くらいだろうか、もしくはもっと若いかもしれない。

 目元に皺を刻ませた男性は「貴方、アリゼさんというのですか?」と首を傾げた。



「えっ、ま、まあ」


「おっと、失礼。私はグリーンと申します、しがない旅人でございます」



 握手を求められ、慣れない年配の人物の接し方に困る。ユニに助けを求めようとしたが、パトリシアさんとの会話に夢中だった。

 どうしよう。

 アリゼは戸惑ったが、とりあえず手を握り返した。グリーンと名乗った男性は「どうも」とまた微笑んだ。



「私には貴方くらいの娘がいましてね。いえ義理の娘なんですけど、少し思い出してしまいました」


「私と同い年ですか?良いですね」


「でしょう?もう可愛くて可愛くて」



 何となく複雑だとアリゼは思った。男性は本当に嬉しそうに娘の良さを語っている。アリゼはこのままじゃあ話が進まないなと話を切り出した。



「あのあどけない顔立ちと大人びた口調、あれが良いと言いますか、ええ」


「あ、あの」



 おずおずと話を遮ったアリゼを見、グリーンはハッとして「すみません」と謝った。



「いえいえ、良いんですけど!娘さん可愛らしいですし!でも……私に何か用事があるんですか?」



 あまり良くない切り出し方だったが、この際仕方がない。グリーンは真面目な表情を作り、



「ええ、二点程」



と姿勢を正し、机に両肘を立てた。

 アリゼは身構えてしまうが、彼は「いえ、気楽に聞いてください」と首を振った。



「まず一つよろしいですか?」


「はい」



 グリーンは自身の隣に座らされている、拘束された少女を一瞥した。



「この子は?」



 説明してなかった、とアリゼは今更気付く。



「私達、魔物退治に行ってまして」


「ふむ」


「それでその子が魔物に化けていたので、連れてきました」



 「はっはっ」グリーンは可笑しそうに笑った。「なるほど、この子がですか?」



「信じてもらえないかもですけど」


「いえ、信じますよ。貴方達、あれでしょう?ここで暫く話題が持ちきりだった少年達って。あの依頼受けたんですよね、森の魔物退治」



 ふむ、とグリーンは一度大きく頷く。アリゼは自分達の事が噂されていたのが信じられなかった。驚きの表情を隠せないアリゼに、グリーンは続けた。



「素晴らしいです。ありがとうございました」


「へっ!?」



 いきなり言われたお礼に、アリゼは腑抜けた声を上げてしまう。

 あれはフリッツの依頼だった筈だ。まるで嫌がらせのように受けた依頼なのに、何故グリーンはお礼を言うのか。



「いえっ、た、頼ませた事ですし」


「それでもあそこは一応観光で使われてましてね。森の中心部に遊び場がありましてね、それがまた楽しくて。だから感謝しています。ありがとう」



 照れと焦りでアリゼの言葉は途切れ途切れになった。恥ずかしい、追い討ちの如くお礼を重ねないでほしい。

 前髪を弄り、目線を落としていたアリゼは「あ、あの二つ目は?」と話を変えるべく訊き返す。



「ええ、こちらの方が重要でしてね。そちらのパトリシアさんに頼まれましてーー」



 チラリとグリーンが視線を送ると、ユニと話していたパトリシアは視線だけを彼に遣った。



「ヨハン、ほら」



 グリーンは後ろを振り返り、アリゼ達が来る前まで話していた人物を空いていた椅子に座らせた。ヨハンと呼ばれた青年の黒髪に、アリゼは目を奪われる。



「コイツ、ヨハンって言うんです。娘の友達なんですけど」


「どうも、こんばんは」



 ヨハンは怠そうに頭を下げた。その時、ヨハンの真っ直ぐな黒髪が綺麗に流れた。

 この世の中、黒髪は珍しい。ほとんどが色々な色であるのに対し、何も混ざらない純粋な黒は中々目にかかれなかった。

 どことなく見た事のある髪から目を離せず、アリゼは「こんばんは」と上の空で返す。



「ヨハン」


「はぁい」



 アリゼを気にする事なく、ヨハンは頭を掻き「アリゼ、って名前なんですよね」と言った。



「はい」


「そうですか」



 何が言いたいのだろう、ヨハンは何か言いたげに爪を噛んでいるが、中々言い出せないようだった。しかし気持ちを落ち着かせて、アリゼをその焦茶色の瞳に映す。



「アリゼ。俺はこの名前を聞いた事があるんですけど、どこかでお会いした事ありましたか?」



 名前を、聞いた事がある。

 初めて言われた、その言葉にどう返せば良いのか。



「会った事、ですか?」



 確認するように繰り返すと、ヨハンは黙って頷く。

 名前、アリゼという名前を聞いた事がある。じゃあ私は彼に会った事があるのか?そしたら、自分の事について知る道が拓けたという事か。



「どこで聞いたとか、分かりませんか?」


「覚えてないですが、聞いた事あるんです」


「えっと、なら」



 アリゼは言いにくく、躊躇ってしまう。言うべきだ、言う必要がある。



「すみません、私小さい時の記憶が無くて」



 グリーンとヨハンは目を丸くした。当然だ、記憶をなくすなんて早々ないに決まっている。アリゼは下を向くが、ヨハンが「そうですか」と高い声を発した。



「俺は聞いた事がある、ずっと前に、気になってるんだよ、その名前。ミネルヴァも……いや、何でもない」



 女性らしき人物の名を口にして、ヨハンは首を振った。理解が追い付かないアリゼは小首を傾げたが、話を聞いていたらしいユニが机に頬杖をついた。怪我をしていた頭は、丁寧に処置が施されている。



「アリゼを知ってるのか?」



 いきなり話に入ってきたユニを訝しげに見るも、ヨハンは彼の問いに答えた。



「多分違う。この子は知らないというか、覚えていない。名前だけ知ってるんだ」


「じゃあ人違いじゃねえか?」


「そうとは限らない」



 アリゼは何故ユニが喧嘩腰なのだろうと思ったが、彼はいつもこんな感じだった。良く言えば砕けていて、悪く言えば馴れ馴れしい口調は初対面の人からした悪い印象を与える。



「違う、俺が聞きたいのはその名前の由来なんだよ」


「へえ」


「きっと彼女は知ってると思ったんだけど」



 ヨハンに悲しそうに見つめられ、アリゼは申し訳なくなる。アリゼが謝ろうと口を開き、ごめんと言い掛けたところで、情報屋の扉が勢いよく開けられた。騒いでいた人々も、話をしていたアリゼ達も、その音で全員が黙り、無言で扉の前の少女を見た。

 息を切らす少女は、レオンだった。

 レオンは額に汗を浮かべて、右へ左へ忙しく視線を遣る。ふとこちら側を向いた瞳が、一瞬で潤んだ。レオンはパトリシアを見つけ、彼女の胸に一直線に飛び込んだ。

 周りが狼狽えるように騒ついた。

 パトリシアは暫くきょとんとしていたが、何かに気付いて表情が険しくなる。



「レオ、どうした?」



 レオンは彼女の胸に埋めていた顔を上げ、潤む瞳と震える声で囁いた。



「リオンが見つからないの」



 小さな声だったが、この机にいた人には聞こえた。「えっ」とアリゼは素で驚愕する。



「レオなら探せるだろ?」


「今日ね、満月なの。だからもう無理……」



 ぎゅっとレオンはパトリシアの服を力一杯掴んだ。

 レオンが開けた扉を、誰かが閉める瞬間に見えた外はもう既に夜の闇に包まれていた。情報屋は天井からぶら下がる醒石の入った道具で、部屋全体が照らされている。だから、外の様子は少しも分からなかった。


 まだ幼い少年が、この安全ではない街の夜を彷徨っているという事態の深刻さに、誰もが気付いた。




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