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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第二章 街での邂逅
28/35

第二十五話 魔物の正体


改めて全話修正しました。






 アリゼが使った『醒石』と呼ばれる鉱石は、様々な色が存在している。ぼんやりと発光し、不思議な力を与えるこの石は、今や冒険者、旅人には必要不可欠と言っても過言ではない程世に浸透している。アリゼはこの謎の石の事が詳しく分からなかったが、ユニが「生まれた時にはなかった。」と言っていたため、割と最近に流通し始めたようだった。

 そんな出所不明の醒石を握り締め、アリゼは一番初めに魔物に襲われた、倒木の近くに戻ってきていた。ユニは大きな木の前で待機し、アリゼはすぐ側の茂みに身を潜め、ユニの立てた作戦を実行する準備をしていた。



 魔物が過ぎ去った道を見て「これは勝ったも同然!」とユニは声高らかに叫んだ。アリゼが動揺しているのにも関わらず、ユニは胸を張ってふふふと怪し気に微笑んでいる。

 「何かあったの?」とアリゼがしつこい程訊くと「俺、閃いたよ」ユニはまたニヤリと口角を上げた。



「教えてよ」


「もちろん、だけど理由は後回しな」



 「うん」アリゼは半ば面倒臭そうに頷く。

 彼は自慢気にその「作戦」とやらを話し出した。聞いている間、その突拍子の無さにアリゼはあんぐりと口を開けてしまった。

 矛盾が生じているじゃない!

 何とかアリゼがそう言いたいのを堪える。

 彼が話した作戦はこうだ。まずユニが魔物に襲われた場所に戻り、巨人を待つ。巨人が姿を現したらアリゼの鞄に入っていた金属の棒を鳴らし、ユニが短剣で斬りつけ、よろめいたところをアリゼが蹴る、という至って単純なものに聞こえた。引っかかったのは、その後の「これは重要」というもので、これがかなりおかしく思案に暮れた。

 ユニが斬りつけるのは足、アリゼが蹴るのは胴体。まあ、これは良いだろう。一拍置いたユニの「これは重要」は蹴る時は必ず側面からで、力一杯蹴るように見せかけて寸止めしてほしいとの事だった。

 無論アリゼにそんな技術はない。「寸止めなんて無理だよ!」と首を振り続けたが「んだよ、臆病、弱虫」とユニから謎の挑発を受けてしまう。初めは流した。どうせ出来ないのだから、言われても仕方がないと思った。だが「アリゼさんは何も分からないし、何も出来ない役立たずなんだ!そっかー、残念だ!」と爽やかな笑顔で、声のトーンを気持ち悪いくらい目一杯上げて言われたらひとたまりもない。「ユニ、気持ち悪いよ」と全力で彼の女声を否定する。否定はしたもの、何も出来ないと言われたのはアリゼの癪に触った。



 ユニの安い挑発に乗っかり、とりあえず最初の場所に戻ったが、一体どうするのだろう。魔物は叫び声を上げて出てこないのに、どう待つのか。

 しかし頭を抱え、悶々とするアリゼの心配は無用だった。

 カーン、と何か硬いものを蹴り上げたような甲高い音が森の中に響き渡る。ユニの合図だとアリゼがあのバリケードを見ると、先程見たばかりの巨人がユニに武器を振り上げているところだった。

 巨人の正面、ユニの後ろの茂みに姿を忍ばせたアリゼにその巨体は気付いていない。対峙し、一つ目が見下ろしているのはユニだ。

 バレていないならとアリゼは気を引き締めた。ユニはまだ巨人の足を斬りつけていない。まだアリゼが飛び出してはいけないという事だろう。

 巨人の持つ焦げ茶の武器が振り下ろされ、ユニは身体を斜めに傾けて華麗に避けた。対象を失った巨人の武器は地面に穴を空け、地上が一瞬大きく揺れる。巨人は体格の通り動きは遅いようで、構えて持ち上げるまでの動作の中にかなりの隙がある。ユニはそれを利用し、恐れる事なく身体を縮めて、巨人の懐に入り込んだ。まるで元々ある動きを真似したかのような流れる動作に、アリゼは思わず感嘆の声を洩らす。



「アリゼ!」



 身を屈めたユニが短剣を振ると、銀の刀身は巨人の足を見事に捉え、右から左へ駆け抜けるように斬り裂いた。

 大きな叫び声。否、大きな悲鳴だ。

 低い声と高い声が重なっているように聞こえた悲鳴は、巨人の口から発せられている。

 アリゼは左の掌に醒石を乗せて軽く握り、茂みから出来るだけ勢いをつけて飛び出した。巨人の斜めの位置、ちょうど武器で隠れる位置で踏み留まり、地面を蹴って方向を転換する。

 ユニを見ていた一つの瞳は、アリゼへ視線を移そうとする。標的が変わる途中、素早く、素早くと自分に言い聞かせ、アリゼは息を止めて軽く跳び巨人の背後に回った。

 蹴りをかまそうと勢いづいた足は、思ったよりも言う事を聞かなかったが、ゴンッと鈍い音で巨人の脇腹に当たった。割と勢いを殺す事が出来たのだと自負したが、巨人は蹴りの勢いでぐらつくと、そのままゆっくり木に頭を突っ込ませる。



「えっ!」



 意外にも早く倒れた巨人の呆気なさと目の前の光景にアリゼは面食らった。



「ちょっ、ちょっとこれ……」



 短剣を鞘に収めながら、ユニはあたふたと一人で焦るアリゼの側に寄る。アリゼは隣のユニを見「どど、どうなってんだか分かんない」と震える声で言った。

 巨人がで倒れた木は、少しも凹んでいない。また巨体が力を加えた木はもちろん、その周辺の地面も傷一つなかった。



——巨人の姿がブレている。



 アリゼはその事実が信じられなかった。まず、倒木に触れた部分が吸い込まれるように消えているのが理解出来ない。次に、揺れるならまだマシなもの、残像のように小刻みに震えている事が更に頭を混乱させられる。



「ね、ねえ」


「まあ、見とけって」



 隣のユニの服の袖を引っ張り、困惑しているのを示すが、ユニはしたり顔で震える巨人を見下ろしていた。

 それからすぐだろうか。

 ブレていた巨人の身体が霧のようになくなり、アリゼが蹴ったであろう箇所に頭をつけた生き物が出て来た。



「で、出た!!?」


「馬鹿!同じ人間だ!」



 逃げ出そうとしたアリゼの首根っこをユニがむんずと掴む。



「しっかり見ろよ、ビビってんじゃねえよ」



 ユニは軽々と元の位置に戻すと、取り乱すアリゼを「ふっ」と鼻で笑った。

 「だって」とアリゼは言い訳しそうになるが、実際しっかり見なくても巨人の代わりに現れた生き物は可憐な少女だと分かった。足を怪我しているようで、脛の辺りから出血している。

 「可愛い!」という言葉を呑み込んで、アリゼはユニに顔を向けた。「誰この子?」



「知らねえ」


「えっ」


「だって初めて見たし」



 「初めてって」とアリゼが呟いた隣でユニがしゃがみ、そっと少女の肩に触れようとしたところ、唐突に少女は目をかっと開いた。



「おっ」


「触るな!汚らわしい!!」



 ユニが一瞬手を引っ込めたにも関わらず叩くと、少女は地面に右手をつき、空中で一回転をするや否や倒木の上に降り立った。動きが軽やかで凄い。凄いが——第一声が悪過ぎる。

 顔立ちはとても可憐なのに、その小さな口から放たれた言葉でアリゼは顔を強張らせてしまう。ユニもショックを受けたようで、口を半開きにしている。



 少女は全体的に紫がかった髪を片手で(すく)い上げ、流れてきた風に乗せてユニとアリゼを見下ろした。



「低俗な人間が。私に触れるなんて十年早いわ」



 やけに大人びた口調で少女は腕を組んだ。

 なんだこの子とアリゼは唖然とした。魔物かと思って撃退した筈なのに、そこから出てきたのは少女で、それでいて口の悪い、印象が悪過ぎる子供だ。



「そこの女」



 不意に少女はアリゼを指差した。



「は、はい?」



 なんとなく敬語で答えると、少女はふんと鼻を鳴らす。



「貴様、よくも私の頭を蹴ってくれたな。万死に値する、処刑」


「んえっ!?」



 あんまりだとアリゼは眉を下げた。



「男」



 次いで少女はユニを指差す。「なんだコイツ」と言いたげにユニは恨めしそうに少女を見上げた。



「おまえのせいで足が二度も切れたではないか。おお、痛い痛い」



 見た限り痛そうだが、少女は言葉に合わない、わざとらしい動きで足を摩る。



「そんな傷舐めたら治るじゃねえか」



 チッと舌打ちを零したユニがアリゼを親指で指差した。



「アリゼ」


「うん」


「分かるよな」



 「やれ」と言わんばかりにユニは顎をしゃくった。アリゼも何となくユニの気持ちが分かった為「うん」と元気よく頷いて醒石を握り込む。

 軽く地面を蹴って少女の頭上に到達するのは簡単だった。少女が口を開けて驚き、倒木に着地したアリゼに呆気なく捕まって地面に降ろされた。



「触るんじゃない!や、やめて!貴様無礼だぞ!それにげ、下品だな!」



 言葉遣いが安定していないのか、お前と言ったり貴様と言ったり口調がブレブレだ。下品という単語はアリゼの胸にしっかり刺さったが、涙を堪えて少女を地面に押さえつける。



「よくやった!」



 ユニはここ一番嬉しそうに跳ねる。腰のベルトから縄を引っ張り出し、少女の身体をぐるぐると縛ってゆく。



「なんか見た事ある巻き方だね」


「ああ、木材とかよく縛ってたからな。それと一緒だ」



 「木材とは失敬だぞ!!」縛られている少女は耳まで真っ赤にした。「酷い、酷過ぎるぞ!私をこんな目に合わせるなんて後悔するべきだ!!」


「『後悔するぞ』の方が良いと思うぜ」


「無礼者!!」



 身体を縛られ、木材呼ばわりされた少女をユニが煽る。無論少女は言い返すが良い言葉が見当たらないのだろう、無礼者無礼者と繰り返すだけだった。



 両手を後ろに回して身体を縛り、少女が動げないように固定した後「こ、殺せ。こんな屈辱を受けたのは初めてじゃ」と彼女の更に語尾が崩れていく様子は少し可哀想だなとアリゼは思った。



「……で?さっきの魔物は何か説明してもらおうか」



 ぶつりと無限に出てくるではないかと思う程長く伸びた縄を切りながら、ユニは少女に尋ねた。当たり前だが、少女はそっぽを向いて無視に徹する。



「多分女の子ってのは分かったけど、なんでお前の姿が魔物に見えたんだ?」


「ん?」


「えっ、何だよアリゼ」



 「あの」ユニがさらりと言った「女の子と分かった」という言葉にアリゼは首を傾げた。「なんで女の子って分かったの?」



「あー……コイツに聞けば良いだろ」



 勿体ぶるように、また面倒くさそうにユニは首を回した。

 多分今のは面倒くさかったんだ。

 そう思い「だね」と同意する。



 アリゼは改めて可憐な少女の姿を確認した。ぶすっと不機嫌そうに頬を膨らませはいるが、可愛らしい顔立ちだ。森にいたにしては綺麗な服とリボンがとてもよく似合っている。



「可愛いリボンだね」



 とりあえず話を聞かなければ先に進めないと思い、アリゼは少女の横に腰を下ろした。



「私アリゼって名前なの。貴方は?」



 名乗るのは定番だが、相手の緊張を解くには良い方法だと思う。アリゼは顔を逸らす少女の顔を無理やりにでも覗き込んだ。



「ふん」



 心を許さない少女は「絶対に言うもんか」と呟いた。



「何を?」


「……」



 ユニは「無理だろ」と肩を竦め、イライラが募っているように見えた。

 アリゼは頬を掻き「じゃあ」と話を進める。



「私達ね、魔物退治の為にここに来たんだ。それでさっきの巨人らしきものが魔物だと思って、切ったり蹴ったりしちゃったんだけど、なんで貴方がこんな危ないところにいるの?」



 「魔物退治な」少女は何度も聞いたと続けて鼻を啜った。



「私はここに住んでおる。嫌な家族から逃げて来たのだ。魔物?そんなもの小さいのしかおらん。私はこの森の侵入者が許せんだけじゃ。私は、一人でも生きていけるんだから」



 それだけ言って、少女は膝に顔を埋めて喋るのを断固拒否するポーズをとった。

 「あそこの男の子の事殴ったよね?」や「小さい魔物はどこ?」と尋ねたが少女はもう一言も言葉を発しない。



「ユニ、もう駄目っぽい」



 「ああ、らしいな」頭の包帯を撫で、ユニは溜息を吐いた。「戻るか」



「情報の街に?」


「それしかないだろ?コイツを突き出せば魔物退治しましたって証拠になるだろ。まあコイツが話したらだけどな」


「う、うん。でも大丈夫?何か罪に問われたりとか」


「さあ。コイツが人を殺してなかったら問題ないんじゃねえか?とりあえずもう帰ろうぜ。宿もとってねえし、暗くなってきたし」



 確かにユニの言った通り、辺りは薄暗くなってきていた。空に広がる橙色の雲を眺め、アリゼは目を細める。



「戻った時には、夜かもよ?」


「そんなに早く日は暮れねえよ」



 ユニは少女を抱え「ほら立てよ」と促した。が、反応がない。



「えっ、マジ?こいつ寝てるぞ……」



 少女の顔を見たユニがまた溜息を吐いた。



「信じられねえ」


「う、うん」


「とりあえず戻るぞ」



 少女を背中に担ぎ、ユニはバリケードの前に立つ。そしてアリゼに目で合図を送った。



「うん、戻ろっか」



 アリゼは少女を担いだユニの踏み台になろうと手を組んだ。「さっ!ここから跳び越えて!私なら持ち上げられるから!」

 ひく、とユニの頬が引き攣った。暫く葛藤して「着地出来ねえかも」と自信なさげに眉を下げたが、言葉とは対照的に数歩後ろへ下がり、アリゼに向かって駆け足をした。



「大丈夫、頑張れ」



 倒木に背を向け、アリゼは腰を落とした。低くジャンプしたユニの足を両手で掬い取り、合わせて醒石に力を入れる。アリゼの腕を伝って邪魔な木を飛び越える事にユニは成功し、加減は出来たと満足げに笑みながら、アリゼは音を聞く。

 スタン、と綺麗な着地音が向こう側から聞こえ「次良いぜー」とユニののんびりした声が返ってきた。


 「はーい!」とアリゼも伸び伸びと返事をし、醒石を握った。

 まだよく分からない事だらけで、なんとなく終えてしまった魔物退治という依頼だが、アリゼは少し大人になった気がした。




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