第二十八話 気遣い
更新大変遅れました、申し訳ございません。
短めですが、少しでも一日一回更新をしてみようと思います。
アリゼはリオンの手を握ったまま暫く歩き「四の情報屋」の前に着いた。まだ夜は続いていて辺りは暗かったが、目が慣れたのかスムーズに帰路に着く事が出来た。複雑な道を戻って来れた事で、自分には記憶力が割とあるのかもしれないとアリゼは自負してみる。少しでも明るい事を考えようとした結果だったが、そう思って余計に虚しくなった。
「アリゼさん?」
落ち込むアリゼの様子に気付いたのか、リオンが不意に声を掛ける。
「大丈夫?ごめんね」
おそらくリオンは今、アリゼが外に出た事を後悔してると踏んで謝っているのだろう。しかし、今は自分の思考回路に悲しくなった事に落ち込んだ為、アリゼは首を振った。
「ううん、良いよ」
「……ありがとう」
「うん」
口や足が重い。あんな強引に飛び出したアリゼも気まずいのだが、それ以上に色んな人に心配を掛けたリオンの方が入りにくいに決まっている。
「……怒られるかな?」
消え入りそうな声でリオンが呟いた。もちろん怒られるだろう。
「怒られるなら、私もだから」
「……ごめんね」
「良いよ、一緒に怒られようね」
それはなるべく優しい言葉を今のうちに掛けて、怒られる準備をしておこうというアリゼの虚しい気遣いだった。細やかなものだったが、リオンは「うん」と笑う。
アリゼの中で、戻りたくないという気持ちと戻りたいという気持ちが渦巻く。ユニへの申し訳なさが更に濃くなって浮かび上がってきた。彼は醒石の力を使ってまで外に飛び出した自分をどう思うのだろうか。謝って許してくれるだろうか。どちらにしろ、彼は失望するだろうが。アリゼは直前に制止したユニの顔を思い出して、また泣きそうになった。
ふとリオンがアリゼの手を引いた。リオンを見ると、目で「中に入ろう」と合図をしている。アリゼは二、三度深呼吸し、頷いた。
「じゃあ、怒られよっか」
「……うん!」
リオンの返事と笑顔はとても輝いていた。きっと幼いリオンは怖かったのだ。それで自分が来たのだから、嬉しかったのだろうか。アリゼは気休めだろうと楽観したが、もし本当にそうなら、自分の頑張りで彼が安心してくれたのだと思いたい。
覚悟を決めて、アリゼは情報屋の扉を開けた
——のだが、目の前に広がったのは、そんな覚悟を吹き飛ばすくらいの衝撃だった。
出入り口からカウンターに続くまでに置かれていた机が全部退かされて、一直線の道になっていた。まるで出迎えるように開かれた道の両端には、冒険者が待機していた。
「アリゼ!リオン!!」
何事かとアリゼが驚いていると、カウンターから顔を出したパトリシアが軽々とそれを飛び越えて、アリゼに抱きついてきた。その勢いで、外に放り出される。
「アリゼー!!良かった、無事だったかっ!」
「わっ!?えっ、えっと……トリッシュさん?」
アリゼは混乱する頭でなんとか彼女の名を呼ぶ。リオンも二人に駆け寄り、不思議そうに首を傾げた。
「トリッシュ……」
暫くアリゼに頬擦りをしていたパトリシアは、驚く少女を抱えたまま身体を起こす。「ん」と小さな声を上げリオンを見て、パトリシアの顔から笑顔が消えた。
「ああ、リオン?良かった、無事だったんだね。うん、本当、ごめん。言いすぎたよ、お姉ちゃんが悪かった。……うん、本当、謝っても許してもらえないかもしれないけど」
いつになく弱気な口調でパトリシアは微笑む。悲しそうだ、とアリゼは思った。リオンとパトリシアの間に何か壁があるのかもしれない。でも、私から触れるべき話題ではないだろう。
「……さっ、危ないから中に入ろうか!」
立ち上がり、パトリシアは室内を一瞥した。アリゼを起こし、情報屋内部に作られた道を堂々と歩く。
「ごめんね、アリゼ。大丈夫だったかい?」
「ま、まあ」
アリゼは心配になって後ろのリオンに目を遣る。今回一番罪悪感を感じているのは、きっと彼なのだろう。ふと見たリオンは喫茶店で見た時より、無機質な瞳でアリゼ達の後に続いていた。まるで正気の抜けた人のように、足取りが重そうだ。しかし、今彼を心配する程、アリゼの心は強く出来ていなかった。一応は元気付けれたもの、あの路地裏の出来事が頭を離れない。
いつの間にか、アリゼは椅子に座っていた。アリゼを椅子に着席させたであろうパトリシアは、冒険者の人達に大声で言った。
「みんな、わざわざありがとう!良い再会が出来たよ!机を元に戻してくれ!」
端に膝をついていた冒険者達は口々に納得の言葉を言って、机やら椅子やらを定位置に戻し始めた。パトリシアは冒険者達にとってのなんなのだろう、とアリゼは疑問に思った。従順、という程ではないがこんなにも盛大に歓迎してくれるなんて「驚いた」としか言い表せない。
「あの、ありがとうございます」
「ん?なーに、お礼なんて要らないよ」
綺麗な歯を見せてパトリシアは笑った。アリゼも固まった口角を上げて、気がかりだった彼の事を尋ねる。
「その」
「うん?」
「……ユニは?」
パトリシアはああ、と納得したように頷き、親指を立てた。そしてカウンターの奥を親指で指す。
「ユニトレイア」
パトリシアが小声で名を呼ぶと、カウンターからユニがひょっこりと顔を覗かせた。ユニはじっとアリゼを見つめ、ズカズカとわざとらしく足音を立てて彼女達の机に近付いた。
「アリゼ」
「……はい」
アリゼは、彼の顔を見る事が出来なかった。私はどんな顔でユニを見れば良いのだろう、なんて言葉を掛ければ良いのだろう。どんな酷い言葉でもしっかり聴こうとアリゼは目を瞑った。
「こっち、見れねえの?」
ユニの張った声。
「アリゼ」と、言い負かされそうな強い口調で、ユニはもう一度アリゼの名を呼んだ。
彼の働く宿屋で客が何かしらトラブルを起こすと、ユニはよく制止する為に、低い声を出した。何やってんだ、あんたら同じ冒険者だろと叫んで喧嘩を止めに入るユニは、とても頼り甲斐があった。だが、こんなにも——
アリゼは唇を噛んだ。
こんなにも、自分に向けられると怖いのか、いや痛いのか。胸が締め付けられる。結果的にはアリゼ自身も殺されず、リオンを連れ戻す事が出来たが、殴ってまでユニを止めたのは間違った選択たった。
「アリゼ!」
「う、うん!!」
泣きそうになってユニを見ると、ユニは悔しげに眉を寄せていた。怒っていない、とアリゼはぽかんと呆気に取られる。そんなアリゼを抱き締めてユニは「ふざけんな!なんで勝手に行くんだよ!馬鹿野郎!」と耳元で怒鳴った。
「ご、ごめんなさい……」
頭が追いつかずアリゼはパトリシアを見つめた。正面に立っているパトリシアはにやにやと笑み、周りからは「ひゅ〜熱いねえ」と冷やかしの声が上がる。
それに気付いたのかユニがアリゼを押し、数歩後ろに下がった。
「ばっ、馬鹿な事すんなよ!」
耳まで真っ赤になって、微塵も怒っているように見えないユニに、思わずアリゼは噴き出した。
「もう、嘘でしょ?なんで?そんな、あははっ!」
「こんの……っ」ユニは笑い転げるアリゼからパトリシアに視線を移した。「トリッシュ!!ああやってやれば良いって勧めたくせになんで笑ってんだよ!?おい!」
「いやあ、お姉さんびっくりだよお。まさかユニトレイアがこん……っなにも情熱的なんて!」
「はあ!?ち、違う!」
パトリシアとユニはそれから言い合いをし始めた。どうやらユニに抱きつけと勧めたのはパトリシアらしい。女性を口説く事までは出来ても、手を繋ぐやら、抱きつくやら、触れる事はあまりしないユニを口車に乗せるのは、かなり簡単だったのではないだろうか。
アリゼは緊張が吹き飛んでしまった。そして一瞬だけ、あの殺人鬼の事を忘れる事が出来た。
*
なんとか笑いを収めたユニは、ぶすっと頬を膨らませて拗ねてしまった。「なんで俺がこんな目に」と言いたげにアリゼ達の机から離れたユニは、少し離れたところで頬杖をつき、不貞腐れている。
「あれでも、アリゼの事心配してたんだよ」
「ですね、嬉しいです」
「まあ、起きた時はふざけんなって叫んで荒れてたけど」
机の上に用意された水を口に含みアリゼは苦笑いを浮かべた。パトリシアはユニと同じように頬杖をついて、意味深な表情で微笑むと、
「ウブだねえ、彼。女性と付き合った事ないんじゃないの?」
いきなりで喉を詰まらせ、アリゼは咳き込んだ。それを見て、年上の女性はけたけたとおかしそうに声を上げた。
「つ、付き合った事はないですけど、結構女性の客とは親しげでしたよ」
「ふーん、女ったらし?」
「いえ、そういうわけではないと思いますが……」
「ふーん」パトリシアは背を向けたユニを見て「なるほどね」と呟いた。アリゼもつられて彼を見たが、いつも通り、見慣れた猫背のユニだ。
「ユニトレイアは優しいし、許してくれると思うよ。それに今回はお姉さん達がものすごく悪い。アリゼとユニトレイアが気に病むことじゃあないさ」
「後は二人でゆっくりと、ね」パトリシアが立ち上がり、座っていたリオンと、いつの間にか後ろで佇んでいたレオの二人を連れて、別のテーブルに行ってしまった。
そこで、アリゼはやっとこの情報屋にいた人が減っている事に気が付いた。情報屋の中にいた冒険者が、少なからず何人か減っている。アリゼという名に覚えがあるといったヨハンもいなくなっていた。
「あれ……」
「どうした?」
ぬっと肩の上から顔を覗かせ、ユニはアリゼの耳元で、今度は囁いた。
「ひぃ!?あ、ユ、ユニ?」
「なんだよ、化け物でも見たかのように」
溜め息を吐きながら、ユニは頭を掻いた。不意にアリゼの視線がその頭に巻かれた包帯に目が行き、怪我人に手を出してしまったと実感する。目を見開いて、アリゼは彼から目を背けた。
「その、ごめん」
「何が?」
「勝手に、外に出たり。殴ったりした事」
やっと謝れた。アリゼは少しだけホッとする。
「あぁ、許してやらねえよ」
「……うん」
「でもさ、アリゼ」
ユニは突如アリゼの肩に腕を回し、ギリギリ聞き取れる音量で呟いた。
「なんかあったんだろ?」
「えっ」
「顔に出てんだよ」
ユニはよく気遣いが出来る、いわゆるイケメンというやつだろう。普段は弄ってくるはずなのに、今日の森の魔物退治の時や本当に困った時は、こうやって声を掛けてくれる。アリゼにとって、ユニは「あの少年」と同じくらい大切な存在だった。
自分の事より他人を心配するのか、とアリゼは彼に感謝の言葉を放った。
「うん、でも、大丈夫。ありがとう、助かる」
ユニは不服そうだったが、アリゼには彼への感謝しかないのだ。寛大で、明るく、元気付けてくれる。側にいてくれるだけでも有り難い存在というのは、こういう人の事を言うのだろう。別席のパトリシアに視線を送ると、大きく頷いてリオンとレオをアリゼ達と同席させた。ここで大人の対応をしたパトリシアにも感謝をしなければ、とアリゼは思った。




