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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第二章 街での邂逅
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第二十三話 対峙


※誤字等修正しました。






 アリゼ達が去ったのを店の中で確認したパトリシアは、カフェの裏口からレオンとリオンを連れてそっと外へ出た。

 カフェの店員は昔ながらの友人で、色々とお世話になっているのだが、今回も手を借りてしまった。



「レオ」


「何、お姉ちゃん」



 薄暗い路地裏を歩いていた途中、パトリシアは正面を向いたまま斜め後ろを歩くレオンの名を呼ぶ。



「どうだった?何か分かった?」


「ん。探し物をしてたよ」


「探し物?」



 陽光が頭上から降り注ぐ通りを抜けた時、影から足を踏み出す前にレオンの足音がすぐ後ろで途絶える。



「そう。物というより、人かな。あの二人、別々の人を欲してるよ」


「……そうかぁ。じゃあ、次お姉さんは何すれば良いかな?」


「とりあえず男でも女でも、黒髪の人を探して」


「へえ、いっぱいいるねえ」



 「それっぽかったら言うよ。でも面白いよね」ふっ、と後ろでレオンが鼻で笑った。



「お互いに目的は一致してるのに、心の中では別々に探している人がいるんだから。言わないだけで、本当はものすごく居場所を知りたがってる。でも、本人に自覚がないのが嫌だね、見つかれば良いかなって、希望に賭けたように見せかけてる」



 「そういう事言うから、性格悪いって言われるんだよ」パトリシアはリオンの背を押し、建物の影から抜けた。そこでやっと、暗闇のせいで表情の見え辛いレオンを振り返る。レオンは、眉間を寄せて、怒ったような声色で続けた。



「トリッシュ。あの人達の事、心配だから止めたの?」



 「まぁ、うん」パトリシアはカツンとヒールの音を高らかに上げながら、影から出ないレオンへ顔を向ける。「『お医者さん』に頼まれた事、片っ端からしてるだけさ。お姉さんは素直なんだ」



「そっか、ふうん」



 納得がいかないであろうレオンがそっぽを向き、周りの風景がゆらりと揺れた。



「じゃあさっき、どうしていつもみたいに私をレオって呼んでくれなかったの?」



 パトリシアの横でフードを目深に被ったリオンを敵意ある眼で見つめ、レオンはゆっくりと首を回した。「私、そうやって呼ばれるの嫌」



「だって名前を似せた方が、姉弟っていう信憑性がね?なっ、リオン」


「そ、そうだね」



 会話が慣れないように語頭を毎度詰まらせるリオンに、レオンは「意気地なし」と言い放つ。



「私、トリッシュは、お姉ちゃんは好きだけど、弱虫な男の子って嫌いなの。リオンがどう思っているか分からないけど、お願いだからお姉ちゃんを困らせないで」



 ぐにゃりとレオンの姿が歪んだ。

 「うん」と消え入りそうな声で応え、リオンはパトリシアから数歩離れる。



「分かったよ、ごめんねレオ。でも次が詰まってるから急ごうか」



 目を合わせずにレオンは小さく頷くと、周りの景色に溶け込みながら、陽炎のように姿が見えなくなった。

 レオン以外の二人も、互いに相槌を打ちながら、散り散りになって街の中に消えた。








*









 本当に行くのか、パトリシアを信用して良いのか、地図は本物なのか、他人に指摘されて初めて、アリゼとユニはこの不明瞭な依頼を客観的に捉えてみた。



「やっぱり、危険かな」



 パトリシアの言葉を引きずっているのか、歩きながらもアリゼはそんな事ばかり繰り返し呟いている。

 情報屋と呼ばれるものが、情報を貰うための条件として相手側に依頼し、成功の報酬として望んだ情報を与える、というやり方なのは分かったが、そういうものに慣れていないユニはこのやり方の良さが全く理解出来ない。

 加えて、変な人に目を付けられて受けた初めての依頼が危険だという。あんまりじゃないか。



 不安に思うアリゼとは異なり、ユニはこの依頼の正当性の方が気に掛かった。



「でも、シルトルさんのためにも……」



 関所を越え、馬車で通った大きな道を逸れて、草原のようなところを突っ切る。



「情報屋って面倒なのかな、嫌んなるね」



 地図に沿って前進するにつれて、草の背丈がどんどん伸びている。初めは足で踏める程度の短さだったのに、今は腰あたりまでになった。この様子じゃあ、森と草原の区別がつかないのでは、とユニはふと考える。



 しかし、そんな心配は無用だった。森の入り口には「おいでませ!」となんとか読めるボロボロに朽ちた看板が立ててあり、緑の繁った木が道を作るように(そび)え立っていた。人が横に三人並んでも通れるような幅の、割と綺麗な道が作られている事から、昔はここが何かに使われていたように見られる。

 「ふーん」とユニは大きな木を見上げた。森というのは入り口がはっきりしていないらしいが、ここはまさに「おいでませ!」通りで、この道以外は蔦や木の枝に絡まるのではないか。

 「結構入りやすいな」と言った途端、隣でブツブツと呟いていたアリゼが急に腕にしがみ付いてきた。いきなりの事で驚き、ユニもアリゼの肩を掴む。



「な、なん……何!?なんかあったか!?」


「ユ、ユユユ、ユニ!む、虫が!!」


「虫ィ!?」



 虫ごときで何をそんなに驚いているのか。村にはもっとたくさんいただろう。と、ユニはそんな思いを込めてアリゼをじっとり見つめた。

 ユニの視線に気付いたアリゼがハッと察したように俯き「虫は平気だけど、今落ちてきた足のないのはちょっと。あんなにも小さいのに、気持ち悪さだけは百倍あって。」と言い訳しながら腕を解く。



「いや、じゃあ魔物とか無理じゃね……?」


「に、二足歩行だったよね。大丈夫。足があれば、大丈夫。大丈夫。」



 暗示するように、アリゼは何度も繰り返した。あまりにも真剣な顔で呟く彼女に、ユニは失笑しか返せない。



 「そういうところは、女子らしいやらなんやら……」強がったり、人に優しくしたりと常に明るいアリゼの意外な一面を、こんなところで知ってしまった。「宿屋ん時、どうしてた?」



「む、虫?この虫、ユニの村にはいなかったよ?だから平気だったよ。」



 頭上から落ちてきたらしい足元の虫から数歩下がり、自信満々に「うん。」と頷いた。

 若干頼りないが、アリゼのそういう噂はなかったのを知っているため、ユニは「ああ、そう。」と流す。



「で、まあ。今から中に入るわけですが、虫嫌いのアリゼさん。」



 恨めしそうに緑色の虫を見下ろすアリゼの横で、ユニは声を張る。

 「ですね」と合わせたアリゼが暫くして言葉の意味を理解し、今度はユニを恨めしそうに見た。こうなったらとことん煽ってしまおう、というユニの思考を読み取ろうとするが如く刺さる視線に、心からの笑顔で応える。



「さっ、行こう。ちゃちゃっと終わらせて、早くシルトルさんの村へ行かないとな」



 自分の中の爽やかさを精一杯引き出して、柔らかく話す。アリゼの顔が引き攣っていたが、それはそれで面白かった。

 「おいでませ!」という看板に一瞥をくれたアリゼが「ねえ、煽るの大好きなユニさん。これなんて書いてあるか読めますよね?」と、挑発的に指を指してきた。もう森の入り口への一歩を踏み出していたユニは「どう?」と何故かドヤ顔を浮かべている相手に、哀れみの目を向けてやる。



「無理すんな」


「してない!」



 ユニは鼻で笑った後「それ、おいでませって書いてあるぜ」と教え、慎重に木のゲートをくぐった。「早く来いよ。」

 うん、と返事をしたアリゼは中々森の中へ入ってこない。そんなに虫が怖いのだろうか。

 アリゼを気遣おうと、ユニは近くの木を観察する事にし、作られた道の側面に寄る。触らなくても分かる程、木は苔で覆われており、地面も雑草が生え放題だった。きっと魔物が出てから使われなくなったに違いない。

 それにしても、とユニはどこか怪しげな雰囲気を漂わせる、森の奥に視線を遣った。こんな森の中が、観光地等なのだろうか。

 特に目立ったものは眼前には見当たらない。

 目を細めて遠くを見ようとすると、ザクザクと雑草を踏み分けてアリゼが森の中へ入ってきた。



「やっと来たか。虫が怖かったか?」


「違うよ。あの看板の字さ、四文字でおいでませって読むの?」


「母音は普通一文字だろ?『おい』で一文字。」


「へえぇ。」



 アリゼは良く取れば感嘆の、悪く取れば間の抜けた声を上げる。興味がないのかあるのか、さっぱり分からない。

 「信じられねえ」とユニは笑いながらも、少しばかり危機感を抱いていた。気を引き締めていたはずなのに、呑気な会話ばかりで緩んでしまう。



「アリゼ、ここは何も分からない場所なんだ。構えとけよ?」


「うん、そうだね」



 腰に携えた短剣を鞘の上から握り、ユニは早足で森の奥へ向かう。アリゼも鞄に手を突っ込み、「石」を取り出して握り拳を作った。





 何事もなく作られた道を歩いていると、道の上に木が幾重にも重なって通れない場所に出た。特に分かれ道や崖といったものがなく、一直線に進んでいたのにも関わらず魔物に出会わなかったのは、きっとこの先にいるからなのだろう。



「これは……越えられないな」



 まるで前方へ進む事を阻むバリケードのような倒木に、アリゼとユニは開いた口が塞がらなかった。



「どうする?この木に沿って歩いてみる?」


「いや、道から外れるのは更に危ねえよ。帰り道が分からねえとか、そんなのは嫌だからな」



 うーん、とユニは顔を上げた。ここを通らなければ、何も始まらない。が、何と言っても大木が積み重ねられていて飛び越えるには高さがあり、容易ではない。登るとしたら低過ぎるくらいだが。

 「これを登るとかも危ないしな。壊すか?」とユニが悩んでいると、顔を覗き込んだアリゼが「私、これ飛び越えられるよ?」という衝撃な発言を簡単に言ってみせた。



「はっ?」


「いや、私これ跳び越えられるよ。これくらいの高さなら余裕で行けそう」



 確かに絶壁、という程ではないが、普通だったら飛び越えられないくらいの高さだろう。



「おま、これ身長の倍はあるだろ?ジャンプするより、俺が肩車してアリゼに登ってもらった方が楽だと思うんだけど」


「肩車したって、きっと私とユニじゃ届かないよ。届いても、指の力がなくって越えられないし」



 「はぁ?」飛び越える前提で話すアリゼの精神を疑ってしまう。「じゃあ、どうやって越えるんだよ」


「え。あーっと、ううん」


「えっ、もしかして適当に言ったりして?」


「違う違う!!」



 アリゼは何かを悩んでいるようだった。飛び越えられるが、方法は言いたくない、といったところだろうか。自分にも事情があるように、アリゼにも事情があるのだろうなと思うと、追及は必要事項ではない気がした。



「良いぜ、ここはアリゼに任せる」


「へっ?」


「だから方法は訊かねえっつーの。嫌なんだろ?なら別に無理して言わなくて良い」



 「う、うん。でも」アリゼは言葉を切り、まだ迷っているようだった。言いたくなければ言わなくても良いと伝えても迷うのは、つまり、何だろうか。



「んだよ。別に良いって」


「……じゃあ、無事魔物を倒せたら、言う」



 おずおずと遠慮がちにアリゼが倒木に近寄る。



「ね、ねえ」


「あん?」


「ちょっと怖いから、一緒に行かない?」



 「おっ、おう?」もわもわと頭の中にキリッとした勇ましい顔つきのアリゼと、女々しい顔をした自分の姿が浮かび上がった。「素敵」と言わんばかりの表情でアリゼに運ばれる自分の情け無い姿に、ユニは胸糞悪くなる。



「キモい」


「え!?」



 男の俺が、女の子に運ばれるなんて絵面が悪過ぎる。それに一生の恥ではないか?



「一緒にって、ぐ、具体的にどう?」



 何度も瞥見するユニを、アリゼは訝しげに目を細めた。

 何を焦っているの、とでも言いたげに哀れみの視線が送られる。入り口の時のやり返しか、この、と文句を言いたくなった。



「こう」



 アリゼは掌を上に向けて、ユニに差し出した。



「手?」


「うん。握って」



 ずいっ、と目の辺りまでアリゼはしつこく手を伸ばしてくる。



「んなもんで越えれるか?」


「行けるけど、肩が外れるかも」


「っはーマジかー、誰の?」


「ユニの」


「嘘だろ」



 無理だ。久々に心の声が洩れた気がする。

 嫌だ嫌だと渋ったものの、結果的にアリゼの手を握り、魔物と対峙する前なのに肩が外れる心配をしなくてはいけなくなった。

 仕方ない、とユニは自分に言い聞かせる。戸惑った挙句の留めが「じゃあおんぶする」では、さすがに断れなかった。



「えー、肩外れるとかハジメテー」


「私も嫌だよ。だからおんぶにしようって!私平気だから!」


「いや、平気じゃない。俺的にはそっちの方が厳しいぜ?アリゼに侮辱されるくらいなら、肩が外れた方がマシだ」



 断固譲らないユニに、アリゼは申し訳なさそうに眉を下げた。

 だがすぐに「ごめんね、じゃあ、跳ぶ」と決意したように、キリッと真面目な顔をつくった。



 アリゼが右手でユニの手を握り、ユニは覚悟して目をぎゅっと瞑る。

 「よし」という言葉と同時に、左手に拳を作っていたはずのアリゼの手から、何かを擦り付けたような音がした。

 その一瞬、音のした直後に左腕に力が加わって、思い切り頭上に引き上げられた。ユニは痛いというより、上に引っ張られた事に驚く。

 衝撃で目を開けた時、倒木を軽々と飛び越え、真剣な眼差しで正面を見据えるアリゼと、すれすれの位置で越えられた木の枝だけを視界に捉える事が出来た。



 静かに着地するのかと思いきや、結構な音を立ててアリゼは地面へと下りた。その後に受け身の取れなかったユニが、腰から地面に着地する。



「っ、いっ!」



 悲鳴に近い声を上げ、アリゼと繋いだ手を離してユニは腰を押さえた。

 「くうう」と唸るユニの横で、アリゼはオロオロと慌てふためき、背中をさすった。



「ご、ごめん!あんまり着地した時の事考えてなくて!あっ、か、肩!肩は大丈夫!?」


「すげえ痛いけど、こんなの平気だ。肩も、うん、大丈夫」



 腰を押さえながら、ユニはゆっくりと立ち上がる。軽く首と肩を回し、問題ないとアリゼに向けて親指を立てるが、アリゼは「ほ、本当に?頑丈過ぎない?」と何度も呟いた。



「問題ないっての。それより、こっち側さ」



 倒木を越えた前方には、明らかに人が通った形跡のない、荒れた道が続いていた。



「うっわあ」



 折られたような枝が道全体に広がり、葉や実が無残に散らばっている。荒らされたと言っても過言ではない程の酷さに、ユニは後退りをしてしまった。



「これ、ひっどいな。アリゼ、大丈夫か?」



 軽々と倒木を飛び越えた少女は、目の前の光景を特に気にする事なく「うん。見慣れてるから」とよく分からない事を言った。

 しかし、アリゼ自身も「ん?」と首を捻り「何だろ、ごめん」と服の砂を払った。



「別に良いけど。それより、お前すっごいな!よく越えれたな、これ!」



 後ろの木をバシバシと叩きながら、ユニは鼻息を荒くしてはしゃぐ。本当に「素敵」と言っても良いくらいの凄さだった。



「えへへ。でも、理由があってね」



 頬を掻いたアリゼは、恥ずかしそうに下を向いて拳を見つめた。彼女は褒められて非常に嬉しいのか、ペンダントを弄り、どことなく夢心地だ。






 村を出て以来一番格好良かっただろう。

 それに、アリゼは跳んだ時も手を離さなかった。

 ユニが「最高だよ」と言おうと、口を開いた瞬間、側頭部に強い衝撃が走った。



「っ、ユニ!!」



 ユニの足が傾き、すぐさま顔を上げたアリゼの表情が強張った。

 地面に倒れ込んだユニの目には、黒ずんだ人間ような姿が映る。

 ああ、これが魔物か。

 真後ろに立つ正体を把握しながらも、ユニは冷静に物事を考える事が出来た。アリゼと魔物らしきものは、向かい合うような位置にいる。



——このままだと、次はアリゼが。



 思考と同時に、身体が動く。ユニは素早く短剣を抜き、黒色の「それ」の足を切り裂いた。自分の感覚的には、しっかりと斬れたように感じる。

 大した自信はないが、とりあえず「それ」から跳びのき、アリゼを後ろへ押しながら、少しでも距離を取った。


 そこで、ユニは初めて「それ」を認識した。

 大きさは自分の倍ぐらいはあるだろうか。全体的に黒ずんだ身体に、防具のようなものを付けており、龍のような鋭い目をしていた。


 ギラギラと輝く瞳は、アリゼとユニを捉えているようだった。



「これが魔物かよ」



 本当に信じられない状況だと笑ってしまうと聞いた事があったが、どうやら本当らしい。

 ユニはアリゼを守るように立ちながら、苦笑いを浮かべた。










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