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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第二章 街での邂逅
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第二十二話 三人のきょうだい


更新遅れてしまいました、申し訳ございません。






 情報屋のフリッツから受け取った地図は、今アリゼの鞄に仕舞われている手書きの地図とは全く違う絵面をしていた。

 とりあえず言えるのは、地図がとても見やすいという事だ。方向も分かり、解読する必要もないこれこそ地図と呼ぶべきだろう。古ぼけた地図は所々破れており、色も変色しているところから年季が感じられた。

 どうやら目的地は矢印で記されているようで、「ラミレス」と書かれた街の絵から少し離れた森の中を指している。



「ってか、アイツなんだろな」


「え?」



 地図をアリゼに渡し、ユニが伸びをした。「だってさ、もしレミテイルさんが新人でも、ありゃないぜ」


「ね、情報屋ってそんなに上下関係あるのかな?」


「こっわー。俺達だったら絶対あんな従業員クビにするよ」


「ユニん家は宿屋だからね……お客様に失礼がないようにしないといけないから、そういうの気にしちゃうの分かるよ」



 情報屋を出て、アリゼとユニは来た道を戻っていた。通りを歩いていてふと思ったのだが、見た限り、通行人が減っている気がする。

 「少ないね、人」と過ぎ行く人々を気にするアリゼとは違い、隣では「あー、メンド。別の情報屋行きてェ、もう歩きたくねェ」とユニが絶えず文句を垂らしていた。



「頑張ろうよ」


「引き受けちまったなー、やっちまったなー」


「……ちょっとおかしい」



 まるで今までの鬱憤を晴らすかのように言い放つ彼の頭へ手刀を振り下ろす。

 「った!? 」後ろから自分よりも身長の低いアリゼに叩かれた事を愕然と自覚したユニは、小麦色の髪を抑えた。「お前、すぐ手を出すようになったな。なんか変わった」



「えっ、そ、そうっ?」


「ああ。少なくとも出会った時の純粋さは消えたな」



 ぶつかりかけた女性を避け、きまりが悪くなったアリゼは両手で頬を覆う。そっか、暴力的か。良くないね。ぎゅっ、とアリゼが一度強く目を瞑り「良くないね」と目を開けると、隣で特徴的な動きをしていた金髪が視界から消えた。

 「えっ、嘘!?」立ち止まり、後ろを見てみるが、見当たらない。

 今の一瞬でどこに行ってしまったのだろう。アリゼは失望と自虐で身体が震えた。



「信じられない……」



 またユニを探すところから開始するのか。

 自虐気味に乾いた笑いを洩らし、通りを規則的に並んだ馬車の列を一つ一つ確認してみる。

 しかし、馬車の列にはユニはおろか、金髪の男性自体見当たらなかった。

 「どこ行ったんだろ」とアリゼがぼんやり立ち竦んでいると、ふわりと良い匂いが風に乗って漂ってきた。ふとその匂いの元を視線で辿ると、カフェらしきところにあるテラス席で、ユニと見知らぬ女性達がお茶をしている。



「なっ」



 アリゼは精一杯の驚きを一言で言い表し、今いるところから反対側に位置するカフェをじっくり見るために目を細めた。

 足を組んだユニはニコニコと笑い、その目の前で非常に楽しそうにテーブルを叩く女性の光景に、なんとなくもどかしさを感じたアリゼは素早くそのカフェへ移動する。



「いや、そんな事言われても」


「少年ー。命大事に、だぜ?」



 通りに沿って縦に歩く街の人々の前後を、邪魔するように横向きに歩いてくる彼女はさぞ邪魔なのだろう、知らない人達に何度かしかめ面を向けられて、アリゼは心が折れそうになる。

 だから、どこか男性じみた話し方をする女性の声と戸惑うユニの声を聞いてすぐ、近寄りたくなったのだった。



「ん?」


「おっ」



 二人が同時にアリゼを見上げ、ユニが



「なぁ、この人結構良い人だぜ?今回の事色々教えてくれてさあ!」



と、悪びれた様子もなく、屈託のない笑みを浮かべた。

 頭の中が冷めていくのが自分でもよく分かる。彼はこれだから怒れない。悪い事と良い事の区別は確実に出来るのに、わざとなのか天然なのか、良い事が勝ると途端に笑顔になるのだ。

 「うん、良いよ」とアリゼは返し、椅子に座る女性に頭を下げる。



「えっと、こんにちは」


「こんにちは、綺麗な髪をもつ少女よ」



 芝居かかった口調で女性は腕を組み「良い挨拶だね」と骨組みの細い椅子に(もた)れ掛かった。赤毛をアップにし、服に皺が一つもないところから、丁寧な女性だと見てとれた。



「いえ、そんな。っと、貴方のお名前は?」


「ああ、私かい?ちょっと待ってくれ、今妹達が飲み物を買いに行っているんだ」



 机の上に唯一置かれた淡い色の飲み物をストローで啜りながら、女性は「ふぅ」と一息ついた。

 マイペースだな、とアリゼは思う。きっとユニも思っているんだろうなと彼を見ると、カフェのメニューを食い入るように眺め「こ、紅茶?緑茶は……ねえし。な、なんだこの名前」と見た事もないメニューに戸惑っているようだった。

 助けてあげたいが、アリゼは文字が読めないので、前提が駄目だ。五つある席のうち、女性の両隣を空けてユニの隣に座る。



「ね、ね」


「んー?」


「知り合い?」


「いや」


「誰なの?」


「後で話す」


「う、ん。じゃあ、良いの?頼まれたとこ行かなくて」


「それも後で」



 メニューに目を奪われ、適当な返事しか返してこない相手に溜め息を吐き、アリゼは透明なテーブルに突っ伏した。

 何故シルトルの村に行く前に、この街で情報を聞く前に、頼まれた依頼を果たす前に、こんな事をしているのだろう。ぐてっ、と身体の力を抜くアリゼの上から「この少女の髪、少年の瞳並みに綺麗だねえ。お姉さん羨ましいよ」という笑い声と「いやー、俺の髪も負けてねえよ?」という強気な発言が行き交っている。

 仲良いな、と何となくユニを弟のように感じたアリゼは微笑ましくなった。

 暫くユニと女性の会話が続き、ふと座っている二人ではない鈴のような可愛らしい声が聞こえた。



「おまたせ、お姉ちゃん」



 上体を起こすと、女性と同じ色の髪をした少女がカップを乗せたオボンを持って、アリゼと女性の間の椅子に座った。



「リオンは?」


「うん、なんか知らない人がいるからって」



 どうやら、女性の言っていた妹らしい。アリゼとユニを見て「初めまして、こんにちは」と礼儀正しい挨拶をしてくれた。

 「こ、こんにちは」と謎に母性心をくすぐられたアリゼは首のペンダントを握って小さな声を返す。



「ごめんなさい、私、自分とリオンの分しか買ってなくて。」


「お、お気になさらず!」



 なんとなく照れ臭くさり、アリゼは髪の毛を弄った。先程から何度か呼ばれたリオンという名は、彼女達の弟だろうか。

 照れるアリゼをふっ、と鼻で笑ったユニは



「で、えーと。アンタは俺達に何の用?」



と、唐突に切り出し、女性を一瞥した。ユニも女性の名前を知らないのには驚いたが、アリゼは「は、はい。何か用事が?」と続ける。



「ああ、そうだね。大切な用事だ。が、その前に……リオン、こっちに来て」



 くい、と女性が顎をしゃくると、カフェのテラスと内部を区切る扉からタンポポの花のような黄っぽい髪色の少年がひょこりと顔を覗かせた。じっ、とアリゼを見つめるその少年は人見知りなのか、少しも動かない。

 睨みを利かせた女性の「座りなさい」という強い言葉に肩を揺らして、やっと少年はユニの隣に座った。



「では改めて。私の名はパトリシアだ。で、こっちの少女がレオン、こっちの少年をリオンという。下の子は格好良いが、私の名は似合わず可愛らしいだろう?ははっ、よく言われるんだ!でも、私はこの名が苦手でね、気軽にトリッシュとでも呼んでくれたら嬉しい!ん?呼びにくいか?じゃあパティでも良いさ!どちらかで呼ばないと返事しないぞ?」



 両隣の弟妹(ていまい)の背をバシバシ叩きながら、パトリシアと名乗った女性は豪快に笑う。「ははっ」とユニが空気を読むように笑ったが、失敗したらしく、隣のリオンという少年が椅子をずらして、ユニから少し離れた。

 あれはキツイ、とアリゼは眉間に皺を寄せた。ああやって直接的にではなく間接的に嫌がられるのが一番嫌だ。



——あれ。



 リオンの行動を特に気に留めないで話すユニをぼんやりと見つめていた時、アリゼは何か胸につっかえた様な気がした。



——何だろう、これ。変な気持ち。私は、誰かに、間接的に嫌がられた事があったっけ?



「リオン」



 レオンと紹介された少女が気づいたらしく、一喝する。



「ご、ごめん……なさい」



 訳の分からないと言いたげにユニは小首を傾げたが、リオンが席を元に戻すと「ああ!」と納得した。



「良いぜ良いぜ。気にすんな!んでまぁ、そろそろ自己紹介しねえとな。な、アリゼ?」


「う、うん」



 リオンの頭を小突きつつユニは自分の事を指差した。



「俺はユニトレイア。俺の事も気軽にユニ、とでも呼んでくれたら良い。」


「えっと、私は……」



 流れで名乗ろうとしたが、待てよとアリゼは言葉を切った。「どうした?」と不思議そうにアリゼを見るユニに「何で知らない人に名前を教えなきゃいけないの?」と耳打ちをする。

 正体不明の人に名前を教えるなんて、あまり良い事ではないと思う、と正直に囁くと



「アリゼ、聞いてなかったのか?」



とユニは呆れたように肩を竦めた。



「だから、この人冒険者なんだよ。シルトルさん並みの、有名な。俺達が引き受けた依頼の取り消しを求めてるんだよ。だから向こうが名前を教える代わりに、俺等の名前も言って欲しいんだと」


「う、うん?」


「まあ、怪しかったら別に名乗らなくても良いさ!とりあえず、お姉さんはなんて呼べば良いかな?」



 自分の事をお姉さんと呼ぶパトリシアもといトリッシュはその小さな顔に手を当てた。



「い、いえ!……やっぱ良いです、はい!私はアリゼって言います、その、よろしくお願いします!」



 アリゼはあたふたと慌てふためきながらも精一杯の自己紹介をしたつもりだった。それが届いたのか、パトリシアは「うん!」と満足げに頷いた。



「さてと、じゃあ一番言いたい事だね。繰り返すけど、私が一番言いたいのは、その依頼を取り消せという事だ」



 ううん、とユニが困ったように唸る。たしかに受けたくないが、情報を貰うためなら仕方ないという妥協だ。



「でも、何故ですか?」



 「ううん」今度は女性が唸る。ユニの「聞いてなかったのか」という視線が痛い程突き刺さるり「やっぱ何にもです」と語調を下げた。



「いや、良い。理解してもらった方が良いさ。たまたまレオンが四の情報屋にいて話を聞いてたんだ。少年少女が貰ったその地図の場所、縄張り意識の強い魔物がいるんだよ。情報によると、確か大きいのが一体、だけどまぁ、そこに人が寄る事なんて中々ないからね、放置していたんだけど」



 チッ、とパトリシアは舌打ちをし、アリゼは驚く。



「だけどさ、アイツ、フリッツとかいう性悪。アイツ傭兵のくせして盗賊もやっている。なんであそこはあんな奴を雇ったのかね、もう全く分からない」


「しょうわるって何?」


「性格悪いって事」



 ヒソヒソと話すアリゼとユニの前でパトリシアはまた舌打ちを繰り出した。

 機嫌が悪くなったのを察したのか、レオンが話を引き継ぐ。



「とにかく、行っても良い事ないと思います。情報屋で話を聞いていた私は心配になってしまって。ね、リオン」


「う、うん。きっと損しますよ。彼、よく約束破ってますから」



 「酷いですよね」ぎゅっ、と被っていたフードを摘み、リオンは顔を隠した。

 何かあったの?とアリゼが聞こうとした時、レオンが彼のフードを下に引っ張った。



「恥ずかしがり屋なんです、ごめんなさい」



と彼女は見た目とはかけ離れた丁寧な言葉遣いで、アリゼ達を気に掛ける。



「そういう事だ。お姉さんは若者が危険な事をする姿に耐えられない。だから取り消して欲しい」



 「でも」とアリゼが言い返せる状況ではなかった。きっと彼女等が言っている事は正しい。見ず知らずの自分達に声を掛けてくれるような人だから、優しいに決まっている。そんな人の忠告だ。聞かない方がおかしいだろう。

 アリゼが口を閉じていると「あのさ、トリッシュさん。」とユニが話し始めた。



「『さん』は、なしが良いかな。」


「……トリッシュ、気持ちは有り難いけど、俺達は行くよ。だって頼まれたんだ。どんなに嫌な奴から頼まれたとしても、一度引き受けた事を俺は断らない」



 「それが俺のモットーなんだ」とユニは恥ずかしそうに頬を掻いた。



「へえ、ユニのモットーね。で、アリゼはどうだい?」



 向けられた視線には言い様のない威圧が込められている。分かる、この女性が言っている事は間違いない。でも、とアリゼは生唾を呑み込んだ。



「私も、行きます。人がいないかもしれないけど、いつか困る人が出ると思うから」



 綺麗事かもしれないが、そうとしか言えなかった。「そうか」とパトリシアは呆れたように呟く。



「レオン。」


「なぁに?お姉ちゃん。」



 「私の忠告を聞かない者は久々だね、お姉さんとっても嬉しい」とパトリシアは先程の呆れを感じさせないような弾んだ声を上げた。



「そうか、分かった!じゃあ、少しだけ雑談をしようか!」



 特に意味はないさ、と続けたパトリシアは始めに飲んでいた飲み物を全て飲み干し、ペロリと唇を舐めた。



「雑談?」


「そそ!」


「今?」


「もちろんさ!」


「時間は」


「ああ、大丈夫。まだ平気だろう?」


「ま、まぁ。なあアリゼ?」



 グイグイと責めてくるパトリシアを押し返して縋るように、ユニがアリゼをキラキラとした純粋な瞳で助けを求めてきた。

 押しに弱いのか、とアリゼはユニを真似るようにやれやれと肩を竦める。



「どうぞ、聞きます」



 よし!とガッツポーズをしたパトリシアはレオンとリオンの肩を無理やり組んだ。



「お姉さんはねえ、三姉妹(きょうだい)なんだけど、君達には弟とか妹とかいる?いない?」



 予想の斜め上を越えた雑談にアリゼとユニは呆気に取られてしまう。

 とりあえず、パトリシアが「可愛いだろ?ん?」と脅すような目つきで睨んできたため、三人の顔をを見比べた。

 パトリシアはお姉さんと呼ぶには少し足りない年齢のように見え、レオンとリオンは同い年のように見える。目元は似ているように見えるが、ただリオンだけ髪の色が違う事が気になった。姉弟(してい)でこうも髪色が違うものなのか?

 「ねえ」とまたアリゼはユニの耳元で囁いた。「失礼な事なんだけど、気になって」



「おう。何?」


姉弟(きょうだい)であんなにも髪の色って違うものなのかな?」


「親によるだろ。実際、俺と姉ちゃんは髪の色が全く違ったからな」



 うーん、とユニが唸る。

 ユニはたまに亡くなった姉の事を無意識に話すが、真正面から聞くと黙ってしまう。アリゼもまた、聞かないという二人の中では暗黙の了解が成り立ち、今も特に気にしなかった。

 それより、髪の色が違うという事に違和感があった。アリゼは不服そうに言い返す。



「でも、私は……」



 あれ、とアリゼは口元に手を当てた。「私は」とはどういう事だろうか。



 アリゼの失った記憶には、家族のそれも含まれている。自分には兄、姉、弟、妹の誰かがいるのだろうか?



 突然黙り込んだアリゼの顔をユニは心配そうに覗き、レオンとリオンも不思議そうに首を傾げている。ただ一人、パトリシアがそんなアリゼの様子を興味深そうに見つめていた事は、誰も気が付かなかった。



「何かあったのかな?」


「いや、別に」



 一度アリゼをそのまま待機させておき、ユニが三人が似ている事を早口に述べた。いるいないの問いに、答えたくなかった。



「それより、三人ともそっくりだな。レオンとリオンは双子か?」


「いや、レオンの方が年上だよ。」


「です。」



 腕をブンブンと振り、無邪気にレオンは反抗の意思を示す。「私はちょっと成長が遅いんです。でも、リオンは成長が早いんです」



「へえ」


「ユニさん、信じてないんですか?私、これでも文字の読み書きは出来ますよ?」



 ぐっ、とレオンは誇らしげに胸を張る。

 レオンの頭を髪の毛が絡まる程撫で回したパトリシアは「リオンは文字書ける?」と訊いた。



 「う、うん。少し」自信なさげにリオンは目を伏せた。

 不服げなレオンを横目に「へえ!」とユニは感嘆の声を上げた。



「でも、凄いな。アリゼこう見えても文字の読み書き出来ないからさ、出来るだけ良いと思うぜ?」



 考え込んでいたアリゼはユニのその言葉で現実に戻された。



「そ、それは言わないでよ!」



 ぽかんした顔で幼い弟妹はアリゼを物珍しそうに見ている。恥ずかしい、とアリゼは俯いたが、透明なテーブルに映る自分の顔が羞恥で子供っぽくなっているのに気付き、嫌々顔を背けた。





 ふとアリゼが顔を背けた時、その方向にいた人物がやけに鮮明に視界に映った。

 男性らしき人は溜め息を吐きつつも、少女の顔についたクリームをタオルで拭っているように窺える。その後ろ姿に、何故か目を離せなかった。


 昔、あんな事があったような。なんだっけ、確か、私の、家族が——



「アリゼさん!」



 レオンの可愛らしい声でハッとすると、自分の靴に飲み物が滴り、濡れているのに気が付いた。



「わっ、わわわ!?」



 アリゼが勢いよく椅子から立ち上がった事で白色の細い椅子はカタン、と音を立てて後方へ倒れてしまう。一斉に、周りの目が自分に集中しているのが嫌でも分かる。



「ど、ど、どうしよ……!」


「ごめんなさい!ごめんなさい!」



 倒れた椅子を戻し、リオンが今にも泣きそうな顔でアリゼに抱きついてきた。



「ちょっ、えっ!?」


「リ、リオン!駄目だよ!」



 椅子を後ろに押して、レオンは立ち上がった。



「謝ったんだから、次は靴を拭いてあげるの」



 アリゼからリオンを引き剥がし、小さな姉は泣いている弟を(なだ)める。

 「ごめん、なさい。」とリオンは目に溜まった滴を払った。「すぐ、タオルもらってきます。」



 レオンに連れられてお店の中に歩み出したリオンの肩を掴み「大丈夫、中まで染みてないし、すぐ乾くよ。」とアリゼは頷いた。






 どうやら飲み物を零したのはリオンらしく、申し訳なさでつい抱きついてしまったらしい。

 弟を落ち着かせた長女とユニは笑っていたが、何が面白いのか分からない。だが、アリゼがそれを注意する前にレオンが「馬鹿!」と一喝し、笑っていた二人が同時に黙ったので、少しすっとした。



「ん、こほん。ごめんね、アリゼ」


「いえ、本当少ししか濡れてないですし、靴だから問題ないです」



 騒ぎを起こした本人は、フードに顔を埋めていてアリゼは表情を確認する事が出来なかった。

 参った、と頭を掻いたパトリシアは自身と弟妹の飲んだ飲み物のゴミを一つのオボンにまとめながら、



「私は君達の選択を間違っているとも思わないし、正しいとも思わない。未来ある少年少女がしっかり決めた事だから、何も言わないだけさ。まあ、死なない程度に頑張ってきて。あの変な依頼が終わった後は、お姉さんが奢ってあげる」



 大人びた笑顔を浮かべて、店の奥へと消えていった。

 レオンが「じゃあ、また」と後に続き、リオンも「あの、色々ありがとう」と照れつつ店の中に入った姉の二人を追った。



「うん、またね」



 アリゼは手を振り終え、椅子に身を委ねた。



「なんか、疲れちゃった」


「いや、でも良い事聞けたな」


「ん?良い事聞けたかな?」


「ああ、行くところが危険だって事」



 「そうだった……」アリゼは心底嫌そうな声を絞り出す。行きたくない、もう村に帰りたい。

 ユニがアリゼの心を読んだように「俺も帰りたい。けど、シルトルさんの遺言だろ?しっかり情報掴まねえと」



「遺言なんて言わないでよ、悲しくなるじゃない」



 はぁ、とひんやりとしたテーブルに頬をくっつけた。いつの間にか、先程見た男性と少女はいなくなっていた。



「それもそうだな。ふう、じゃ、行くぞ」



 ユニは乱れた椅子を整えて、羽織っている上着を綺麗に伸ばす。「うん」とアリゼも重い腰を持ち上げて、鞄を肩に掛けた。



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