第二十話 情報の街
色々と修正しました。
今まで、こんなにも多くの人が密集している光景を、アリゼは見た事がない。密集と言うほど人が多いわけではないが、全員合わせて五百人以下の人しか住んでいない村にいたアリゼにとって、多く感じるのは当たり前かもしれない。
ましてや隣で目をキラキラと輝かせて、無邪気な子供のように辺りを見渡す彼なんて、見た事がない。否、見たくなかったのが本音だろうか。
「なぁなぁ、これって食えるのかな?」
「売ってるんだから当たり前じゃないかな……」
「ってか、おおお!醒石まで置いてあるじゃねえか!!凄ェよ、これが都会か!」
「ユニ、それサンプル品だって書いてあるよ……」
「さんぷる?そんなもん分っかんねえ。おっ、こっちには武器、かぁ?見た事ねえな」
田舎人丸出しのユニは街で売られている商品に目を奪われては手に取り、反対側の商品に目を奪われては感嘆の声を上げ続けていた。
ユニと並んで歩いていたアリゼは、恐らく顔が羞恥心で赤くなっているだろうと思う。一歩後ろに下がっても「アリゼ、これも見てみろよ!」と罪悪感が全くない彼に名前を呼ばれたら他人のフリなど出来なかった。
「ユニ……もう良い?」
「あ?ああー、あと少し。叔母さま、こちらの商品はどう使うのでしょうか?」
妙な敬語を使うな馬鹿!と柄にもなく下唇を噛み締めてしまう。
アリゼがユニを見守っていると、そんな彼を近くの人々が一瞥して通り過ぎて行く。「お母さん、あのお兄ちゃん凄いねー!」「そうねえ、レイちゃんもあの人みたいにもっと素直になった方が良いわよ」と親子の微笑ましい会話が耳に嫌でも入ってきた。
「うう、穴があったら入りたい」
「え?アリゼなんか言ったか?」
「名前呼ばないでよぉ……」
胸の内から湧き上がる羞恥心を言葉に変えて、アリゼは顔を覆った。
*
あの緩やかな坂道を下り終えて数分後、アリゼとユニは情報の街の一歩手前、関所で降ろしてもらった。アリゼ達を相乗りさせた商人達は、入り口と客側から街へ入り、商品を届けると言っていた。逆側から入るにはどうやら許可証とやらが必要らしく、彼らにとっての逆側に降ろしてもらったのだった。
「うっわぁ、すっごく大きな道……!」
街へと続く関所の道は馬車が三列程並んでも余るくらいの幅で、とにかく広かった。
アリゼは「ね、見て見て!すっごく大きい!」と無言のユニの身体を突くが、ぼんやりとした彼の視線は街に釘付けになっている。
「早く入ろうよ!」
アリゼは無理矢理ユニの腕を引っ張り、広い道を挟むような形で整備させている旅人用の通路へ駆け出した。
近付くと、マントで身体を覆った如何にも旅人らしき人物や、高価な服を着こなす貴族が並んでいる。自分達の服も大丈夫だろうか、とアリゼは自身が身に付けている黒服を確認した。
良いね、と一人で納得し列に入った。前を見遣ると、受付だろうか、鎧を纏った男がアリゼ達の前に並ぶ旅人の服や鞄の中身を何かに記している。体格の良い男が街へと歓迎するなり、よく響く声で
「次の方ー」
後ろの旅人達にそう声を掛けていた。
「なあ、あれって検問ってやつか?」
「検問?」
「知らねえの?」暫く口を開いていなかったユニがアリゼの耳元で囁いた。「危ないものとか所持してないかっつー確認みたいなアレだよ」
「あ、危ないもの?」
醒石は、危ないものに含まれるのか?
アリゼの頭には素朴な疑問が浮かぶ。これは不味い、とユニに目配りすると「俺?俺は一応これだけだし、大丈夫だろ。」と腰のフックから下げている短剣らしきものを揺らした。
「武器って、セーフなの?」
「……旅人だったり冒険者だったりする人には必須だろ?」
一瞬間を空けたのが心配だったが、それより自分の方が検問とやらに引っ掛かってしまうとアリゼは怯えた。
まさか本命の村に行く前にゲームオーバーとは、とアリゼが天を仰ぐような気持ちでいるのに対して「うおお、この人凄ェデカい斧……カッケェ」と自分達の後ろに並んだ女性の武器をチラチラと見ている。目元に傷が残る女性はそんなユニに気付いているのか、迷惑そうな顔だ。
ああ、なんて呑気な。
「こんな能天気じゃなかったのに」
アリゼが文字通り頭を抱えた時「次の方ー」と呼ばれた。
「次、どうぞ」
先程より低い声で呼び掛けられ、前を見ると、既に前方には人が居らずアリゼ達で検問が詰まっているのが誰の目からしても分かる。
「あっ」アリゼはそこで後ろの女性が迷惑そうにしていた理由に気付く事が出来た。
ユニではなく、前に進まない自分達に迷惑していたのだ。
アリゼはなるべく大きな声で「す、すみません!」と謝ると、またユニの腕を引っ張りながら早足で入り口まで行く。
鎧を着た男性はじっとアリゼ達を見つめ「しっかり前見ててよ?」と言った。
「すみません……」
「次からは気を付けて。っと、その服、君達異民族?」
男性の冷ややかだった視線に、好奇心のような光が灯ったのをアリゼは見逃さなかった。異民族?とアリゼが戸惑っていると
「いえ、違います。これは村伝統の服ですよ」
と、ユニが応える。
アリゼとユニが着ている黄色の模様が入った黒服を、男性は興味深そうに眺める。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、異民族とかじゃない?」
「異民族がどの類いかどうかはよく分かりません」
「ほお、でも似たような服を着た人を一人知っているから……なるほどね」
ブツブツと独り言を呟いていた男性はおそらく納得がいったのだろう、手元の紙に何かを書き終えた後「服は問題ないっと。じゃあ、それ見せて」とアリゼの鞄を指差した。
アリゼは鞄の中を見せなければならないと予想はしていたが、顔を顰める。
「み、見せないと駄目ですか……?」
「もちろん。見せてくれなきゃこの街には入らせないよ」
アリゼが「えーっと」と鞄の持ち手を弄っていると隣でユニが「あのー」と遠慮気味に男へ近寄る。
「何か?」
「えっと、俺の知り合いの人はここに硬貨も何も要らないって言ってたんですが。ましてやこうやって荷物の中を見られるなんて聞いてないです」
聞いてないです、というのは勝手な言い分に違いない。ユニは男性がそう言うだろうと考えて覚悟していたが、彼は真剣な顔つきで口の端を結んだ。
「ああ、そうだね。こんな面倒な事本当だったらしないさ。ただ、ここ最近ちょっと物騒でね」
体格の良い男性が言いづらそうに間を空ける。
「この街は安心安全という肩書きで情報を得たり提供したりしていたんだが、今はほとんど毎日殺しがあって……って、こんな話今するんじゃなかった」
首を左右に振り、アリゼ達の後ろに並んでいた旅人達の向けていた冷たい目線に気付くとアリゼの鞄を半ば無理矢理に取って、素早く中身を確認し、何も言わずに返した。
アリゼは醒石について咎められなかったのが意外で首を傾げたが、特に何も言わないでおこうと思う。
「はい、問題なし。じゃ、それ見せて」
ユニの腰に掛けられた短剣のようなものを指差す。
「えっ、これですか」とユニはアリゼと同じような体勢で柄を弄りながら渋った。
「襲われた人の怪我は全て、剣のように鋭いもので切られてたんだ。だから、ほら見せなさい」
語尾を強めた男性の威圧に耐えられず、ユニは渋々それを渡した。
男性は慣れた手つきで短剣の柄を持ち、迷いなく鞘から剣を引き抜いた。しゃん、と金属を擦り合わせたような音を出して、銀色に輝く美しい刀身が姿を現わす。
本物の剣を見た事がないアリゼは目を見開き、ユニがそれを持っている事に驚いた。
「ユニ、あれって」
「おう」
男は片目を閉じ、刀身を回しながら何かを確認しているようだった。一通り見ると、短剣を鞘へ戻し、ユニに手渡した。
「君、この剣って……」と男は何かを言いかけたが、瞬時に口を閉じて「いや、良い。もう入って良いよ」と街の方へ顎をしゃくった。
「ありがとうございます!アリゼ、行くぞ!」
受け取ってすぐ腰に短剣を掛け直すと、ユニは子供のように走り出した。
「あっ、ちょっ……待って!」
ユニはアリゼの事を待たず、人にぶつかりそうになりながらも、地面で商品を売る商人達を見ながらも、関所の奥へ奥へ進んでしまった。
「え、ええ」
開いた口が塞がらない、というのはこういう事か。
歩き出したアリゼはユニを追おうと鞄を持ち直す。
アリゼを待たずに向かうへ行ってしまったユニは、まるで短剣の事に触れられるのが嫌だというように、アリゼからわざと離れているように見えた。
自分自身ユニに醒石の事を話していない為何も言えないが、あまりにも嫌がり方があからさま過ぎだ。
ああ、ユニはまた考え事をしてるんだ。
と結論付けてアリゼはユニを追った。
関所を越え、入り口から見てあまり人がいないように感じた情報の街は、街の反対方向へ向かうにつれて人集りが多くなり、馬車は路上に停止して商品を飾っていた。情報の街、と呼ばれるそこは全てが店という訳ではなく、広い道にも一軒家がちらほらと建っていた。
家と家の間から見えた路地の奥には家が普通に建っているようで、賑やかな通りに家があるのは珍しく感じた。
アリゼは感心して辺りを見渡す。こんなにも人が多く、賑わっているところに来たのは初めてで緊張しているらしい。自分ではよく分からないが、言いようのない不安はきっと緊張なのだろう。
「うわっ」
「す、すみません!」
横を見ていたせいで前から来た人と肩がぶつかってしまった。反射的に謝ったが大盾を背中に携えた男は「チッ」と明らかに自分に向けての舌打ちをかまし、アリゼは愕然とした。
ぶつかっただけで、怒られるのか。都会って怖い。
人が多いイコール都会に結びつけたアリゼは、その都会の怖さを知り、立ち止まっていては邪魔だと思い、流れに身を任せて歩き出した。
前を見ると紫色のローブを羽織った髪の長い女性が、後ろを見ると身長の高い男性が、左を見ると「魔獣の肉」と書かれた看板が、右を見るとアクセサリーを展示している馬車があり、色々なところに目移りしてしまう。
アクセサリーを見て、アリゼは首元のペンダントを服の上から握った。色んなものを見るとユニが探せない、と俯き気味に歩く。ペンダントを握っていたお陰か緊張していた身体がリラックスしたように軽くなった。
ホッとして前を向くと、丁度ユニのあの黒服が見えた。
有り難い事に、ユニの髪色は周りの人より薄く、見つけやすかった。それでいて、「宿屋の主人に貰った」黒色の服はよく目立っており、迷わず声を掛ける事が出来た。
「待って、速いよ」
人と人の間を早足で駆け抜け、アリゼはユニの肩を掴む。
「はい?……アリゼ!おい、この街凄いぜ!」
怪訝そうに振り返ったユニだったが、アリゼと分かるなり興奮したように腕を振った。
ぎょっとして笑えなかったアリゼの前で「情報の街とか言うから堅くて真面目な街かと思ったけど、かなり発展してるよな!」と早口で語るユニの目は眩しい程に輝いている。
「ほら、こっち来てみろよ」
ユニはアリゼの腕を引っ張り、とある店の前で止まった。
「いらっしゃい」
お婆さんが店員をしているそのお店は花の形をした茶色の菓子を置いていた。綺麗に花型に象られた菓子から香ばしい香りが漂い、アリゼは目を疑った。
これがクッキーだという事は分かるが、ユニと住んでいた村では見た事がなく、久々に実物を見たような気がした。
「これ美味しそうだよな、買ってくか?」
「良いね、私も欲しい!……けど、まだ必要最低限の事が出来てないから、それで余ったら買お?」
ユニは一瞬アリゼを恨めしそうに見たが「くっ、分かった。我慢する」と名残惜しそうに菓子を眺めて「すみません、少々宜しいでしょうか」といきなり目の前の老婆に話を切り出した。
今聞くのか、とアリゼは歯痒さを覚えて、歳を重ねているであろう女性を見遣った。
菓子を買っていないのに、老婆は優しく微笑む。
「ええ。良いですよ。何かご用事ですか?」
「はい、私達旅の者でして、この街の掲示板とやらを探しているのですが、どこにあるのかを教えて頂きたくて」
掲示板?とアリゼは眉を顰める。マナシィからあまり詳しい事は聞いていないが、そんなものがあるのかと驚いた。
この街に来てから、驚いてばかりだとアリゼは苦笑する。
「ああ、あれですね。ここから真っ直ぐ行くとすぐ右手にありますよ」
アリゼ達が歩いていた方向を指差して老婆は頷いた。
「ありがとうございます」
ユニは丁寧に頭を下げ「次はこれ、買いに来ます」と伝えてその場を去る。アリゼもつられてお礼を言い「美味しそうなクッキーですね、また来ます」と、きょとんとした老婆に伝えた。
アリゼはユニの背中を追い、横に並んだ。
「早くしようぜ」
「だね」
真面目な顔つきで前を進むユニは、頼り甲斐のある一人の男性に見えた。
これなら、すぐに着きそうだ。
アリゼは、掲示板へすぐに着くと信じて歩いていた。
*
「信じてたのに、なんで」
「は?」
結局すぐに道を外れてユニは一つ一つ店の商品を確認していった。
無邪気な笑顔に何も言えない。
アリゼは周りの目を改めて認識して拳を握った。
「ユニ。もう見えた、早く行くよ」
「え?見えてるってホントって、痛い痛い!!腕をつまむな!」
こちらの気も知らないで、とアリゼはずんずんと足を進める。文句を垂れていたユニも、申し訳なく感じたのか静かになった。
「後で見るから、まず用事済ませようよ」
「すんません」
「私もいっぱい見たかったけどさあ、見たかったけどさあ!我慢したんだから」
悔しげに拳を震わすアリゼに、若干頬が引き攣ったがユニは「お、おう」と一応返事だけした。
「とにかく!」何故か困ったような表情で停止するユニの腕を離す。「きっと掲示板ってあそこだよ。ほら」
一際大きな家の看板には、何らかの文字が書かれている。その家を出入りする人々は武器や紙を手にしている為、かなりの確率でここが掲示板やらだと分かった。
「『情報屋・四』かぁ。」
「四?そうやって書かれてるの?」
「おう、まあな。」
という事は、とアリゼは腕を組む。一から三まで他にもあるのだろうか。情報屋なら掲示板とは違うのか?
「ねえ、掲示板じゃないよ」
「いや合ってる。掲示板は情報屋の中だってマナシィさんに聞いた」
目の前の家を見ると、それは砦のようにどっしり構えていて大きい。
冒険の熟練者からアリゼ達のような未熟者までを相手にしているであろうこの砦に、アリゼは中々入れる気がしなかった。また緊張しているのかもしれない。
しかし、ユニは軽い足取りで近寄ると、扉を押して中へ入っていった。
えっ、とアリゼは思わず声を上げた。意外にも大きな声だったらしく、周りの人から視線を浴びているのを感じる。
気まずさが緊張に勝り、アリゼも急いで扉を開けた。




