第一章幕間 贈り物
第一章と第二章の間の話はどちらも短めです。
実を言うと、色素の薄い金髪はユニの自慢の髪だ。
彼にとっては瞳の色より髪の方が自慢らしい。確かに髪は毛先が傷んでいる以外は気にならない程綺麗で、羨ましいくらいピンと、真っ直ぐに伸びている。
瞳の事を褒めても「あっ、どもっす……」と流すように頭を掻くが、髪の事を褒めると「だろ?分かってんな」と背中を強く叩いてくる。
「いやー、髪なんて滅多に切らねえけど中々悪くねえかもな」
とまあ、こんな感じでユニの髪をアリゼが整えただけだが、それでもユニは無邪気に前髪を弄っている。
「枝毛切っただけだよ。そんなに大した事じゃないって」
ペシッ、とユニの頭に手刀を下ろす。
「でも、そんなに言うなら美容師になろうかな」
「なんだよ、それ。でもアリゼはポンコツだからなあ」
「んなっ」
「この間だって、何もないところで躓いて盛大に」
「あーもう!分かってるってば!やめて、恥ずかしい!!」
アリゼの叫びが響いた、宿屋一階の部屋。ユニ兼宿屋の主人の部屋であるこの場所で、アリゼとユニは村を出る支度を密かに始めていた。
お互いに村の外に出るのは初めてで、緊張はあるものの好奇心も確かに存在している。
しかし、一番の問題は、魔物や盗賊を対処する力がなかった事で、これは本当に困ってしまった。
マナシィとイーグルに教えられた一週間。アリゼとユニは別々で、自分達のペースで最低限対処出来るくらいの力はつけれたと思う。
アリゼはまだユニに『醒石』を使っている事を話していないし、ユニの戦い方も知らない。お互いに信じ合って、この日の為に努力した。
色々話し合って、寒さが遠のいたこの日に出発する事を決意した。
「ねえ、あのさ」
机の上の包みと足元に視線を移動させながらブツブツと何かを言っていたユニが、アリゼの方を向く。「どうした?」
「……おじさん達に、黙って出るの?」
「……あー」苦虫を噛み潰したような表情でユニは唸る。「外の世界を見たい!とか、明るく言っておけば良いだろ」
な?と、同意を求めてきて
親を信じられない、と言ったユニはあの事件の後から、アリゼ以外とほとんど話さなくなった。というより、二人の間にかなり気まずい空気を作り出している。話し掛けられても「おう」と流したり、「今忙しい」とあからさまに避けて約一カ月、大きな溝が出来てしまったのではないか。
「でも」
「良いんだよ」
立ち上がって前髪を払ったユニは「言ったろ?俺は大丈夫だって」と目を細めた。
「……うん。あんまり無理しないでね?」
「何を無理するんだよ。んじゃ、俺ちょっと出掛けてくる」
笑みを絶やさないユニの後ろで、「うん」と応えてアリゼは手を振った。
扉に手を掛けたユニの背は、何かを背負っているような重苦しい雰囲気を漂わせ、伸びていた背筋も曲がっているようだった。
きっと心の中では悩んでいるのだろうとアリゼは何度も考え、ユニにしつこい程悩みを尋ねたが「大丈夫」の一点張りで何も聞けなかった。
——ユニは、背負い過ぎだと思う。
アリゼがこの宿屋に来てから、唯の一度もアメジストリー家の三人家族の喧嘩を見た事がない。
抱え込んでいる事も、多いだろうに。
足元に視線を落としていると、扉を開く古びた音と「うおっ」と言うユニの驚きの声が突然上がった。
「何、どうしたの?」
見ると、扉の外には背筋を伸ばし、厳しい顔つきでユニを見下ろす宿屋の主人の姿があった。
固まったように暫く眺めていたユニは作り笑いを浮かべ「悪ィ、俺用事が」と横をすり抜けようとする。が、宿屋の主人はその肩を掴み「待つんだ」と低い声で言った。
「な、何?」
決して視線を合わせまいと、顔を背けたまま呟く。
仲が良かった時の二人を重ねる事で、家族という存在を覚えていないアリゼだが、その光景が不自然で悲しいものだと思ってしまう。
「聞こえたぞ。村を出ていくというのは本当なのか?」一瞬、宿屋の主人の瞳が潤んだ。「理由はあるのか?」
穏やかな口調で宿屋の主人は息子に話し掛けているが、当人は見向きもしない。勿論、答える事もしなかった。
ユニの顔は見えないが、きっと眉根を寄せ、唇を噛んで我慢しているに違いない。
答えないユニに代わって、宿屋の主人は戸惑うアリゼに話題を振った。「アリゼ、理由はあるのか?」
「理由なんて、特にないです。ただ、もういい歳になったから、村の外に出ようと思って……それに、新しいものを見たり聞いたりする事で記憶が戻るかもしれないから、ユニと話し合ってたんです」
アリゼは、我ながら上手い嘘をつけたものだと自画自賛してしまう。ユニも主人の後ろで首を上下に、云々と頷いている。
「そうか」と宿屋の主人は掴んでいたユニの肩から手を離した。頷いていたユニは姿勢を正すと「じゃ、じゃあ」と歩き出そうとするが、待て待てとまた主人に止められる。
背中を向けたユニとアリゼを視界に入れず、宿屋の主人は頭を掻いて
「……渡したいものがあるんだが」
と、先程よりもトーンを落とした声でそう言った。
「はぁ?」さすがのユニも振り返って驚きの感嘆詞を放った。アリゼも、宿屋の主人の言葉が意外過ぎて、声が出ない。
「いや、大したものじゃないんだがね。……ユニも話したくないなら別に良いんだ、無言で立ち去ってくれても構わん。……ただ、それだけは貰ってほしい」
一言話しては息を吐き、ゆっくりと言葉を紡ぐと、主人は机の真ん中に丁寧に置いてある、綺麗な包みを指差す。「これは何?」と訊き、アリゼとユニがそちらに視線を移すとすぐに無言で厨房へと足を進め、姿を消してしまった。
「……ん?」
ユニが扉を閉め、駆け足で机に近付いた。「おじさんは良いの?」とアリゼが尋ねると「ああ、良い」とユニは抑揚のない声で応える。
「朝から気にしてたけど、コレ何だろうな?」
「あ、そうだね」
机の上の包みは、白色の布で覆われていて、黒色のリボンがワンポイントの如く添えられている。中が透き通っていないその布に触れてみると、見た目とは違って布団のように柔らかい。
「開けてみるか」とユニは包みを手に取り、上に掲げて観察したり、下におろして中を確認しようと目を細めたりした。そしてリボンを解くと「何だろうな、コレ」ともう一度繰り返す。
黒色の中身が見えて、アリゼとユニは「おお」とほぼ同時に声を上げた。
それは、この村の思い出と伝統を具現化した、本当に素晴らしい贈り物で。
アリゼとユニにとって、今の村をいつでも身近に感じる事が出来るものだった。




