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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第一章 最後の日常
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第十八話 一人で頑張る事





 結局、アリゼは『醒石』を使い慣れる事が出来なかった。

 一週間という長いようで短いような特訓は、日が沈み始める直前にイーグルが言った「アリゼ、明日からは一人で頑張るんだ」という言葉で幕を閉じた。



 アリゼは溜め息を吐く。一週間教えてもらって使えたのが身体強化だけなのが、堪らなく残念だった。

 

 マナシィの鞄を利き手に持ち替えて、森の中を出た。

 イーグルは残念そうに頭を下げながらアリゼを宿屋のすぐ近くまで運び「用事があるから」と謝罪して先に行ってしまった。

 期待に添えなかったのも、落ち込む要因の一つだ。




 約束の一週間は終わった。

 一応シルトルの村まで行く道を聞き、情報の街と呼ばれるところで仲間を募集して見る事も勧められた。

 たくさん世話になった。次は一人で頑張るんだ、と気合を入れる。



 森を抜け、二階を見る。電気が点いているのは、マナシィ達の部屋だけのようだ。お客さんが減ったなと、また気持ちが重くなる。

 ノロノロとした足取りで、アリゼは正面玄関から宿屋に入った。



「ただいま」


「こんばんは!……ああ、アリゼか。おかえり」



 受付で本を読んでいたユニが、高い声でアリゼを迎え入れた。しかし、客ではなかったからか、露骨に声のトーンを下げる。



「ごめん、ややこしい事したね」


「いや、別に気にすんな。おかえりー!」



 本から目を離すと、ユニは元気よく二度目の挨拶をした。



 「あはは、ありがとう。ただいま。」アリゼもなるべく明るく振る舞い、厨房へ向かう廊下を通ろうとした。「ユニ、ご飯食べた?」



「ああ、もちろん。アリゼも早く食べて風呂入って寝ろよ」



 本に視線を戻しながら、ユニはアリゼに告げた。「明日、マナシィさん旅立つらしいからな」



「……うん」



 やはり気持ちが重い。明日、マナシィとイーグルが村をたつのは、一週間前に言っていた通りだ。マナシィが証拠を探り、イーグルに指導してもらった一週間は、時間の経ち方が早かった。

 時間切れ、とでも言うべきだろうか。

 アリゼはロビーを離れ、厨房に向かう。


 今日はすぐに寝て、明日早く起きよう。そうしたら、マナシィ達にお礼を言おう。



「おばさん」


「ん?」



 ユニの母が振り返った時、アリゼの横を風が通り過ぎた気がした。

 髪が舞い上がったように見えて、髪の毛を掴むが、特に変化はなかった。



「アリゼちゃん、おかえりなさい」



 遅くまで帰ってこなかったアリゼを心配そう見るユニの母。

 アリゼは後ろを気に掛けながらも、にっこり笑った。



「おばさん。ただいま」



 きっと、明日は忙しいんだろう。

 なら、今出来る事をしよう。



 大きく息を吸ったアリゼは「お腹空いたな」と呟いて、ユニの母の元へ駆け寄った。










*









 チチチチチ、と鳥の鳴き声が森の奥から聞こえる、いつも通りの朝。

 早朝で日が昇り始めたばかりの時間帯に、寝ずに起きていたユニと宿屋の主人の二人がマナシィの旅立ちを見送ろうとしていた。



「マナシィさん、アリゼに会ってかなくて良いのか?」



 ユニが声を掛けると、見慣れた鞄と髪型で、服装を整えているマナシィが振り返る。「言いたい事があったんだけどね、寝てるなら良い、かしらね」


 「お客様の頼みなら、起こしますよ」と宿屋の主人は訊いたが、マナシィは首を振った。



「いえ、結構です」


「そうですか?」


「はい、ありがとうございます」



 丁寧に頭を下げたマナシィの髪の毛が、太陽の光に照らされて光を帯びる。髪の一本一本が輝くように煌めいた。

 宿屋の主人に向けていた、優しさを含む笑顔をユニにも返すと「ユニ君。お世話になったわね」と眉を下げた。



「こちらこそ。マナシィさんは取っつきにくかったけど、色々お世話になったのは変わんねえな。ありがとう」



 マナシィは苦笑を零した。



「ふふ、ごめんなさいね。ユニ君は根性があっても大雑把でイーグルとは……あっ、うん。ユニ君にはユニ君の良さがあるから、頑張ってね」



 ユニが不満げに身体を揺らすと、マナシィはまた笑った。「もう、ごめんねってば」



 「まあ、ええ。良いですよ、良いっす。大雑把なのは理解してます」開き直った口調でユニはポケットに手を突っ込む。「……でも、こんな俺だけど頑張るよ」



「ええ」



 マナシィは宿屋の主人をチラリと見、ユニの耳元に口を寄せた。「ユニ君。きっと大丈夫」



 そっと両肩に手を置いて、マナシィは膝を伸ばした。「きっと大丈夫」この一週間、マナシィが調べ物をしている合間に、ユニに言い続けた言葉だ。



「おう。マナシィさんも頑張れよ」



 「あら!」マナシィは立派になっちゃって、と裏声で言うと、頷いた。ふと宿屋と反対の方向に身体の向きを変え「ユニ君」とユニの名前を呼ぶ。



「ん?」


「ユニ君、早くアリゼちゃんの部屋に行くのよ」


「ああ」


「アメジストリーさん」


「はい。何でしょうか」


「一週間も、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ」



 「あと」マナシィは背中を向けたまま、考え込むように黙った。「この宿屋はとても良いところでした。絶対に、やめないでくださいね。必ず遠い未来、繁盛しますよ。根拠は何もないんですが、これだけは言っておきたくて」



 マナシィは断言する、と言わんばかりの勢いで呟いたが、それは本心ではない気がした。

 疑問に思ったユニとは違い、父は軽く頭を揺らす。



「ありがとうございます」



 宿屋の主人が深々とお辞儀し、ユニも続けて頭を下げた。


 「うん」という声とともに、マナシィは歩き始めた。下げた頭の向こうで、ブーツの踵がコツコツとなる音が、静かに遠くなってゆく。



 


 暫くその音を聞いた後、「ユニ、戻るぞ」と宿屋の主人が背中を叩いた事で頭を上げたが、もうマナシィの姿は見えなくなっていた。



「親父」


「ん?」


「良かったな、まだ宿屋続けた方が良いってよ」



 「ああ」嬉しそうに宿屋の主人は呟いた。「そうだな。頑張ろうか」



「おう」




 一通り話し終えて、二人は宿屋の中に戻った。入ってすぐにユニは階段まで向かい「親父、俺アリゼの部屋に行ってくる。あとは色々任せた」と独り言のように言って、階段を駆け上がった。












*












 チチチチチ、と鳥の鳴き声が森の奥から聞こえる、いつもの朝。

 アリゼは顔に射し込む光の眩しさに耐えられず、身体を起こした。

 ぼんやりと、静かだなと思う。



 朝、この部屋の、このベッドの上は丁度良い時間帯に朝日が射し込む。アリゼの目覚まし時計の代わりになるこの光は、確かに眩しいのは嫌だが割と感謝している。



 昨日は遅めの夕食と入浴、着替えを終えて身体を癒した。結局イーグルと別れた後、何もしないまま、一週間の最後の一日を終わらせてしまった。

 大きく欠伸をして、眠気で細くなった目を擦り、手探りで『醒石』の入った鞄を手に取る。


 そこで、今日はイーグルが起こしに来ず、自力で起きた事が静かさの原因だと気付いた。



「はぁ、腰が痛い……」



 この一週間を思い返した事で、ふと腰に痛みが降りてきた。くっ、と拳を握りながらベッドから足を下ろし、ドレッサーの前に向かおうとした。



 しかし、顔を上げた時、ドレッサーの前に座っている「彼」を見つけた。起きた時に全く気付かなかった、黒色の服を纏った「彼」が——



「イ、イーグルさん!?」



 ぽす、と軽い音を立てて鞄が床に落ちた。

 イーグルは結んでいる髪を肩から落として、顔を上げた。彼の手元には、筆と紙が握られている。戸惑うアリゼを気にしない様子で、じっとアリゼを見つめているイーグルは、筆を置いてベッドへ身体を向けた。


 ベッドから下ろした脚を布団の中に引っ込め、アリゼは朝起きた時の位置に身体を戻した。



「イーグルさん、今日出発って……」


「うん」


「どうして、私の部屋に?」


「朝起きないと思ったからかな」



 淡々と話し、顎をしゃくるイーグルに開いた口が塞がらない。自分が気付く前に、せめて話しかけてほしかった。

 髪大丈夫かな、とアリゼは反射的に頭を抱える。



「あの、起こしてくれても良かったんですよ?」



 「うん、だね」気怠げにイーグルは首を回し、絡まった黒色の髪を撫でた。「疲れてると思って。でも、言っておきたい事があってね」



 昼に起きていたらどうするのか、と思わず言いそうになるが、心に留めておこう。イーグルはアリゼを見ながら、ゆったりとした口調で続ける。



「アリゼ、遅くなったけどおはよう。一週間お疲れ様」


「あっ、こちらこそお世話になりました」



 布団をめくり、頭を下げ合う。

 


「……もう村を出るつもり?」



 イーグルが深刻そうな顔で呟いた。「えと。」とアリゼは言葉に詰まってしまった。実を言うと、たった一週間だけの特訓だけで魔物やら盗賊やらに対応はできないのでは、と思っている。

 まだまだ未熟なのだ。アリゼはまだ村人Aを卒業しただけで、新米冒険者ではなく、物語的に、主人公の仲間として敵に一掃される無力なモブに過ぎないのだ。

 迷って下を向くアリゼに、イーグルは「だよね。」と妙に納得した顔つきになった。



「正しい判断だ。アリゼ、君はまだ村を出ちゃいけない」


「……ですね」


「だけど、まだ、だよ。近いうちにきっと成長すると思うよ。それまで努力して、自分の成長をしっかり感じてから、村を出るんだ。良い?人に褒められてからじゃなく、自分で判断するんだ」



 念を押すように、イーグルはアリゼを指差す。



「は、はい!分かりました!」



 未熟だが、シルトルの村には行きたいというアリゼの葛藤を、イーグルは簡単に打ち砕いた。

 自信をもらった気がして、身体が少し軽くなる。



 「良い返事だね」とイーグルは似合わない言葉を口にした。だが、彼は自分で変に感じたのか、軽く咳き込む。「まあ全部マナシィが言ってた事さ。一週間内も、今も、僕はマナシィが言った事を君に伝えただけ。じゃあ、またねアリゼ」



 最後に格好つけた黒色の青年は、立ち上がってアリゼの部屋の窓を開ける。



「えっ、イーグルさんも飛び降りるんですか?」


「飛び降りだなんて、大丈夫。死なないよ」


「そういう事じゃなくて……」



 マナシィのように軽々と飛び降りて着地し、森の中に入っていく様子が目に浮かぶ。

 王都の人は、みんな窓から飛び降りているのか。もしかしたら王都には、扉というものがないのかもしれない。



「……アリゼ、好き好んでここから降りるわけじゃないよ?」


「あっ、ハイ……」



 イーグルは困ったように口を結んだ。「扉から出たくないんだよ」と洩らして、彼は窓枠に足を掛けた。



 そこで、ふいにアリゼの頭に彼が「イーグルと呼ばれている」と言っていた記憶が下りてきた。

 何故このタイミングで思い出したかは分からないが、きっと聞かなければならない事なのだろう。



「イ、イーグルさん!」


「ん?」



 イーグルはもう準備万端です、と言いそうな格好で止まった。「何?」


 「あの」と発してアリゼは昨日もう彼には何も聞かない、と言った事も思い出す。

 どうしよう、とアリゼがまた迷っていると、イーグルは時間を気にしたように外の太陽を見た。「何かあった?」


 と、そこで扉がノックされる。「アリゼ、今良いか?」という声からユニと分かったが、イーグルは分かりにくいが、彼の表情的には、ユニが来るのを嫌がっているようだった。




 もう、聞いてしまおう!と開き直るように頷くと「イーグルさん。イーグルって、偽名なんですか?」

と勢いで尋ねる。

 イーグルは更に困ったように口をへの字に曲げた。アリゼがこの一週間でまだ見た事のない、彼が正直な気持ちを見事に映した表情である。



「アリゼ、聞かない方が良い事もある」



 迷っていたアリゼの心を見事に打ち抜く、的確な言葉だった。



「す、すみませ……!デ、デリカシーがないのは良くないです、はい」



 真っ白になった頭に「謝罪」の二文字が浮かんだ。もう行ってしまうのか、とイーグルを見送ろうと切り替えたかったが、中々動揺して出来ない。



「アリゼ」



 心なしか、目の前の彼は優しい声色になる。声は抑えているが、しっかりとアリゼを見据えて「いつか、僕らに逢いにおいで。その時には、きっと僕の名前だって分かってるよ。王都に来たら、僕らのやり方で歓迎してあげる。……またね」



 かなり迷惑そうな顔で、イーグルは窓から去っていった。

 彼の表情と、窓から吹き抜ける冷たい風が相まってアリゼの身体を芯から冷やす。



 ああ、やってしまったなと後悔しつつ「またね」という言葉が引っかかった。


 「またね」という事は、イーグルやマナシィにまた会うかもしれないのだ。つまり、自分達が行く道に、彼らがいるという事で間違いないのか?



「アリゼ、誰かいるのか?」



 が、アリゼの未来を思い描く気持ちはすぐに消えた。

 ユニがノックしていたのを忘れていた。慌てて扉を開け「ごめんユニ。寝てた」と嘘をつく。いや、確かにさっきまで寝ていたから嘘ではないか。



 「へえ」とユニは目を細めた。「アリゼが寝てる間に、マナシィさんもう帰っちまったよ」



「えっ、なんで起こしてくれなかったの!?」


「いや、マナシィさんが別に起こさなくて良いって……」


「マナシィさんが良くても、私は良くないの!」



 マナシィに、お礼を言えてない。一週間は、ほとんどイーグルと一緒にいた為、マナシィには会えなかったのだ。アリゼは唇を噛む。



「どうしよう……まだ、お礼を言ってないのに」



 ユニを中に招き、扉を閉める。悔しがるアリゼを横目に、ユニは腰に手を当ててアリゼの部屋を見渡した。



「ま、いつか言えよ。それより、寒くないのか?」



 「えっ」とアリゼは後ろを振り返る。見るとイーグルが去った場所である窓が開けっ放しだった。


 あっ、とアリゼは声を上げる。



「寒いだろ?早く閉めろよ」



 一際強い風が部屋に侵入し、部屋内は凍えるような冷たい空気で満たされた。「待ってね」と窓へ寄るが、顔にかかった髪が邪魔で、前がよく見えない。マナシィから貰った鞄に躓くアリゼの横で、ユニは薄い金髪をなびかせながら窓を閉めた。



「ったく、寒いだろって。今日は風が強いらしいから気を付けろよ。何で開けたんだか……」



 ブツブツと文句を垂れるユニは、少し不機嫌そうに見える。



「ユニ?」


「おっ、地図じゃねえか」



 アリゼが声を掛けるが、ユニはドレッサーに近付いて何かを手に取る。

 地図?とアリゼは疑問に思うが、そういえば朝、イーグルが何か書いていたような。



「それ、何書いてあるの?」


「……」



 覗き込んだアリゼに、ユニは冷ややかな目線を送った。一瞬怯むアリゼの前で溜め息を吐くと「アリゼ、聞きたい事があるんだけど」と低い声で言った。



「うん、ごめんね」



 理由は分からないが、機嫌の悪い相手に反射的に謝る。しかしユニは不服そうに、身を引いた。



「いや、別に。……あのさアリゼ」


「うん。」


「困ったら、相談して欲しいんだけど」


「うん?」



 「だからさ」紙を持った手を震わせながら、ユニは黙る。何か自分の知らない事で、無意識に悪い事をしてしまったのかもしれない。「相談って?」と首を傾げた。



「お前、村を出てくんだろ?何で俺に言わなかったんだ?」



 キッ、とユニはアリゼを睨みつける。

 アリゼは不思議そうにユニを見つめる。







 そういえば、ユニに伝えてなかった。



「えと、ごめん。私、シルトルさんの村に行くの。いきなりごめんね。出て行く、って言っても一時的にだよ。帰ってこれるのはいつか分からないけど、私は彼の伝えたい事を知りたくて」



 「シルトルさんっていうのは『あの人』の名前ね」と付け足してアリゼがユニを見ると、更に嫌そうな顔をしている。

 今日はユニにもイーグルにもこんな顔をされる、と落ち込んでしまう。



「知ってる」


「えっ!?」


「名前がシルトルってのは聞いたよ。で、アリゼが出てく理由も聞いた。俺が言いたいのは、何で早く言わなかったのかって事だよ」



 はああ、とユニはまた盛大に溜め息を吐く。



「俺ずっと待ってたんだぜ?アリゼが村を出るって言う事。いつ言うのかハラハラしてたのにさあ……」



 「ったくよお」頭を掻いて、アリゼを一瞥する。「アリゼ、お前一人で何とかなると思ってんのか?」



 一人で、何とか?


 冷静になり、改めて考えると難しい事が分かった。一人で行動するという事は、全て自分の判断に委ねられる。失敗しても、魔物に襲われても、誰も助けてはくれないのだ。

 それにしても、ユニは何故このタイミングで。



 ハッとして、ユニの輝く目を見つめる。紫色の瞳がアリゼの心を見透かすように、透き通っていた。



「私、ユニにお願いしたい事があるだけど」


「……おう」


「いきなりで、本当に困ると思う。それに、ユニは宿屋の仕事があって」



 「良いよ」ユニが手元の紙をヒラヒラと揺らす。「いいから、早く言ってくれ」



——もう、私が言いたい事分かってるくせに、何で言わせたいのかなあ。



 素直じゃないね、と気を紛らわしているユニを見る。



「ユニ、私と一緒に村を出て、シルトルさんの故郷までついてきてほしいの」



 言った瞬間、待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、ユニは苦笑を零すアリゼの肩を掴んだ。



「おお、勿論だ!しょうがねえから手伝ってやるよ!」



 ユニは年相応の輝く笑顔で答えると「さて、じゃあ支度しないとな!」とノリノリで鼻唄を紡ぎ始めた。



「でも、ユニ。村の外は危険がいっぱいだって……」


「ああ、だからこの一週間、俺も頑張ってきた」



 アリゼはそれだけでもぎょっとしたが、次に彼が言った言葉には更に驚いた。



「アリゼと違って、マナシィさんと一緒にな」


「マナシィさんと!?」


「おう。だからシルトルさんの事も聞いたし、一緒に証拠探しもした……本当は殺されたなんて信じたくなかったけどな。」



 ユニは暗い事を言いながらも、その顔からは笑顔は消えなかった。



「……そうだね。でもこの宿屋はどうするの?おじさん困るんじゃ」


 「ああ、そうだな」とユニは分かっている、と頷いた。笑顔を貼り付けたまま、目を伏せるとユニは恐る恐る、と言ったように口を開く。



「……俺はな、今親父達を信じられねえ」


「どうして?」


「冷静に考えてみろよ。マナシィさんは、多分イーグルと同じでシルトルさんが殺されたと言ったんだろ?」


「……うん」



 「でもさ」ユニが首を鳴らす。「覚えてるか?親父達は、動物の血だと言ったんだ。マナシィさん達と言ってる事が、全く違うんだよ」



 伏せられた紫色の瞳が、アリゼを映した。



「初めはイーグルが嘘をついていると思ったんだよ、あの親父が嘘をつくとは思えなかったしな。でも、俺はマナシィさんと一緒に証拠を探したんだ……分かるだろ?」



 「言わせんなよ」と威圧の込められた視線を向けられるが、アリゼはしっかりと見つめ返す。


 言われるまで気付かなかったが、確かにおかしい。

 信じたくないが、きっと嘘つきは宿屋の主人達なのだろう。どういう理由で、どう思って嘘をついたのかは分からないのは、ユニも同じ気持ちだと思う。父親である宿屋の主人と親しく、信頼している仲なら尚更だ。



「うん。分かるよ。だって、その目で見たんだもんね」



 悲しげにユニの口元が歪んだが「ああ、だからさ、俺はアリゼについてくよ」と力強く呟いた。



「アリゼ、俺だって頑張ってきた。記憶がないお前の事だって、会った時から支えてるだろ?大船に乗った気持ちで、ドーンと構えてろよ?……俺は大丈夫だからさ、大丈夫、もう決めたんだ」



 ユニもアリゼと同じで一週間しか戦い方を学んでいないのに、どうしてそんなにも楽観的なのか。

 いや、とアリゼは首を振った。



 本当に、ユニのこの自信は有り難い。心に引っかかっていたものが取れた気がした。



「ありがとう。一緒に、頑張ろうね」



 まだシルトルの事はマナシィからほとんど言われなかった。だが、一緒に行動していたユニは知っているはずだ。

 ユニが話してくれるのを、アリゼも彼と同じように、自分から話す事を待とうと思う。とても気になるが、待つのも成長の一つだ。



「ね、ユニ」


「ん?」


「色々と、教えてね」



 ユニが言葉の意味を悟ったのか否か、分からなかったが「おう」という逞しい返事が聞けたので、覚悟しながら待つとしよう。






 更新非常に遅れました……申し訳ございません!

 第一章はこれで完結です。後は幕間を一話入れて、第二章に移ります。幕間と言っても補足みたいなものですが。

 ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます!




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