第十七話 日常は終わる
「さあ始めるよ、準備は良い?」
「ごめんなさい、眠いです。すみません、足が、いや、何でもないですごめんなさい。舐めてました、許してください」
少女が離さない布団を青年が無理やり剥ぎ取るという、親子のような微笑ましい朝の光景がここにある。
だが、二人は赤の他人である。ましてや爽やかな笑顔の青年に、少女が謝り倒しているというのは、中々ないものではないだろうか。
少女アリゼは考える。村外に出る、という行為を舐めていたと。
些細な事でも謝る青年から教わる『醒石』の使い方は、彼の性格に似て、優しいものだと思っていた。
しかし、現実は無情である。アリゼが思っていた予想の、遥か斜め上を彼は突破した。つまり、とてつもなく厳しかったのだ。
初日から森の中を走らされ、次の日には筋トレだと言われたら、体力も貧弱な身体も追いつかない。
足が痛い、腕が上がらないと文句は溢れる程思い浮かぶ。だが、それでは駄目だ。口に出した事は責任を持ち、それを言う事で互いのやる気が削がれるのは決して良い事ではない。
青年イーグルは考える。村外に出る、という行為は平凡に暮らしていた少女にはキツイのではないかと。
無論初めは心配したが、彼女の決意はとても固く、また『醒石』の使い方を教えてくれと急かすものだから、余程の自信があるように見えた。
しかし、現実は予想を裏切る。マナシィが目利きした彼女は、全く体力がなかったのだ。
とりあえず走り込みだ、と走らせたら今でも筋肉痛に嘆いている。
『醒石』を使った特訓をする為にも、ある程度彼女自身の体力が必要だと思ったが、不可能だ。
もうやめようか、とは自分からは言わない。彼女が諦めた時にだけ、それを言う。だから、謝罪は多いが文句の一つも口に出さない彼女は、それだけでも立派だ。
結局、あれから一週間は呆気なく過ぎた。
マナシィは相変わらず忙しそうに宿を行ったり来たりし、イーグルはアリゼにほぼ付きっきりで『醒石』の使い方などを教えている。
宿屋の主人は時々宿を出て、何処かに行くようになった。ユニはアリゼが「個人的にやりたい事があるから、とりあえず一週間宿の仕事を休みたい」と勝手ながら言うと、二つ返事で了承してくれた。
宿全体で変わった事といえば、シルトルが死んでしまうという衝撃的な事件の後、宿に来るお客さんがかなり少なくなった。おそらく、シルトルの死は他の村や都に噂のような形で広まったのだと思う。
最終日の朝、アリゼの頭には走馬灯のように忙しい一週間が駆け巡っていた。
「アリゼ」
一日目、走り込み。アリゼはイーグルに森の中を追い回させる形で走らされた。そしてその後に、軽い筋トレのようなものを少々。
「起きて」
二日目、痛む足を引きずりながらまた森の中を走り回る。一日目と違うところと言えば、筋トレと柔軟を走る前に頑張ったところか。
「アリゼー、最終日だよ」
三日目、とうとう自力で動かなくなったアリゼをイーグルが森の奥まで運び、黄色の『醒石』の使い所を試してみた。しかし、ほとんど反応がなく、この日は休日のように穏やかに過ぎた。
「……」
四日目、また走った。だがいつもと違い、自分のペースでゆっくりと走る事になった。
鳥の鳴き声、風が木々を揺らす音、遠くで轟く滝の流れる音、自然を身体全体で感じながら一人で走る。
いや、イーグルが居なかった事を良い事に、いつもより休憩は長かったかもしれない。
「ねえ、起きてる?」
五日目、とうとうアリゼはイーグルに反抗した。アリゼはこれを反抗期と呼んだが、特に意味はない。
ただ部屋の鍵を閉めただけだが、イーグルはかなりショックを受けていた。本当に申し訳ない気持ちになりアリゼの良心の器は「ごめんなさい」で溢れ返った。
この日は暗い顔のイーグルから本格的に『醒石』の使い方を学んだ。赤い『醒石』を握り、高く跳んでみようとしたり、早く走ろうとしてみた。しかし、何故か出来ない。
「……怒るよ?」
六日目、また赤い『醒石』を使って身体能力の強化に臨んだ。出来ないアリゼにイーグルが「元々身体能力が低いから使えないのかな?」と天然と見せかけての皮肉を言った。
勿論悔しかった、だが出来ないのは事実なので何も言い返せなかった。
しかし、アリゼの体感でおよそ七時間、ようやく『醒石』を使って木の高さまで跳躍する事に成功した。力のコツは掴めたと自負しよう。
「はぁ、全く。よいしょ……っと!」
布団を剥ぎ取られて子鹿のように震えるアリゼの背中と腕に手を回し、イーグルは思い切りアリゼの身体を起き上がらせた。
アリゼの一週間の短い走馬灯もどきは、身体の勢いと共に外へ飛び出した。
この一週間を振り返っていた事で、アリゼの意識はすでに覚醒していたが、憂鬱な気持ちが優って起き上がれなかった。「ありがとう、イーグルさん」
「聞こえてたかな、今日が最終日だよ。体力作りで正直時間を潰しちゃったから……『醒石』を使いこなせるようにしないと」
「はい、そうですよね」アリゼは「時間を潰した」というとんでもない事実に耳を疑ったが、親しくなった彼との会話は楽しいので、空気を壊さないように堪える。「今日で最後なので、本気で行きます」
「いままで本気じゃなかったんですか?アリゼさん」
「こ、言葉の綾です」
アリゼが吹き出すと、イーグルも静かに微笑んだ。それは無表情の彼の、一週間経った変化の一つだ。
この一週間で、アリゼはイーグルと驚くほど仲良くなったと思う。
アリゼがしつこく彼に話し続けた事、彼が怒るような事をしてしまった事など、色々な要因が合わさって、イーグルは少しだけだがアリゼの前でも笑ったり怒ったりするようになった。
そんなイーグルは、今はアリゼの目の前で微笑を湛えている。
が、すぐに感情を消すと「僕は先に行くね。いつもの所に」とだけ残して部屋を立ち去った。
部屋に残されたアリゼはもう一度寝ようか、と考えるも叩き起こしにくるイーグルを想像して背筋が冷たくなり、急いで支度を始めた。
*
宿屋の裏には、深い森が多い茂っている。シルトルが見つからなかった時、宿屋の主人達が探していたのがこの森だ。また、『醒石』があると噂されている場所でもある。
アリゼはイーグルに、この森の奥で『醒石』の使い方を教わっている。初日は宿屋の近くだったが、日に日に森の奥へ奥へと入っているのは『醒石』の存在がバレないように気を付けているからだろう。
ほとんど変わらぬ景色を眺めながら奥まで歩を進めると、昨日と同じ木の下に『醒石』が入った袋が置かれていた。
今日は最終日なのに、イーグルはいないのかとアリゼは少しばかり残念に思った。「先に行っている」と聞いたが、もしかしたら何処かで見ているのかもしれない。
アリゼは辺りを二、三度見渡したが、誰の気配もない。イーグルが近くにいない事を把握し、誰もいない森の中に一人でいる寂しさを紛らわそうと、木の下の鞄を漁った。
手の平にひんやりとした感覚と色を確認して、アリゼは赤色の『醒石』を取り出した。
「よし」
一度『醒石』を宙に投げ、格好良く握り直す。決まった、と心の中で湧き上がった気持ちを表情に出してみる。おそらく、今の自分の顔は俗に言うドヤ顔になっているのではないか。
「さて、と」
もしかしたらイーグルが何処かから見ている、と仮定すると、今のも見られていた事になる。真面目な顔を取り繕い、『醒石』に力を込めた。
力を込める、といっても本当に握って「跳べ!」だったり「早く走れ!」だったり、簡易的な命令をするだけだ。
深呼吸をして、軽く足を曲げてみる。そして、ゆっくりと足を地面から離す。
低いジャンプ。
駄目だ、とアリゼは歯痒い気持ちになった。
もう一度、と『醒石』を握り締め、関節に力を入れた。足の裏を刺激されたような、ゾクッとした変な感覚が駆け回る。
——来た……!
慣れない気持ちの悪い感覚だ、間違いない。『醒石』を握った手の平に更に力を込め、素早く地面を蹴ると、先程のただのジャンプではなく、一瞬で森を見渡せる位置まで高く跳躍していた。
「お、おおおお!」
凄い、昨日より圧倒的に高い。バサバサと髪の毛が唸っているが、それが気にならないくらい風が気持ち良い。
「おお……!」
アリゼは束の間の感動を味わうが、すぐにハッとする。落ち始めて気が付いた。自分が、着地出来ない事に。
昨日はイーグルが着地を手伝ってくれた。否、着地させてくれた。
「えっ、う、ひゃあぁ!」
急降下始める自分自身の身体に、アリゼの頭は「落ち着け」と繰り返し伝達する。そうだ、多分イーグルが拾ってくれるだろう。いや、楽観的過ぎるか。
アリゼは受け身の取り方さえ分からず、イーグルがヒーローのように颯爽と飛び出して来てくれる事を期待するしかなかった。
来ないかもしれない、なら自分は死ぬのか?
とてつもない死の恐怖に駆られ、自分の落下した姿が目に浮かぶ。落ちる感覚だけでも気持ちが悪いのに、恐怖で鳥肌が立った。諦めまいとアリゼは『醒石』を両手で包み込み、また力を込める。
「着地出来る脚力を」と願った瞬間、足の付け根から足の指先まで、あの変な感覚が訪れた。相変わらず「うわぁ」と言いたくなるようなゾクゾクとした感じだ。
しかし、とりあえず『醒石』の発動は出来たようだ。よし、とアリゼは空中で体勢を整える。正確にはそれほど綺麗ではないが、足から降りられる位置には固定出来た。
いつの間にか、もう少しで地面。落下、死、痛み、と嫌な単語が頭を過って行く。
あと、少し。緊張で跳ねる心臓を放置して覚悟を決める。アリゼが足を開いた時、木の陰から颯爽と黒い物体が飛び出してきた。
「イー……!」
彼が視界に入って、今までにない程の笑顔を浮かべたと思う。だが、イーグルは落ちてきたアリゼの背中と足に手を添えただけだった。
しかし、その一瞬、本当に瞬間的に足がとても軽くなった気がした。
軽い、という思いは次の着地で全て空中分散した。イーグルが出てきてすぐ、ずんっとアリゼの足は凄い勢いで地面にめり込む。
「っわはぁ……」
見事に足だけで着地したアリゼは、その場に尻餅をついた。まさか、着地出来る程『醒石』が強力だとは思わなかった。
衝撃を全て吸収し、凹んだ地面を一瞥してからイーグルはアリゼを見下ろした。
「危なかったね、アリゼ」
「いや、もう……死ぬ、かと思いましたよ。イーグルさんが拾ってくれるかなぁ、って期待したんですけど、ギリギリ一人で着地出来ました。っはあ、でも怖かった……」
「間に合わなくてごめん。でも、アリゼは高く跳び過ぎだよ」
少し抜けたヒーローはやれやれとアリゼに手を差し出す。「ありがとうございます」アリゼはその手を握り、立ち上がらせてもらった。足についた泥を払いつつ、アリゼは彼にこの感動を伝えようとする。
「でも、結構上手く使えましたよね!高く跳べる、着地もしっかり出来る!良い感じですよね!」
「うん、そうだね」
何か言いたげなイーグルは、渋々頷く。テンションの落差が酷い空気を変える為に、アリゼは「イーグルさん、何か駄目な事でも?」とテンションを落とした。
「いや、ジャンプより速く走れるようにした方が良いと思ってね」
「速く走る?」アリゼはうーん、と唸った。「速く走るって、基準が分からないんですよね」
「えっ、そこかあ……」
「あ、その、すみません」
「いや、良いよ」イーグルは何度か屈伸をし、腕を組んだ。「じゃあ、僕と競争しようか」
「えっ!?」
「えっ」
アリゼは顎に指先を添えた。『醒石』を使って勝つのは当たり前ではないか。それでは、あまり意味がない気がする。
そんなアリゼの思考を読み取ったのか、彼は自慢気に鼻を鳴らした。「僕、結構速いよ?」
*
イーグルの一言で、競争をする事になった。アリゼは森の奥のひらけた場所に案内され、そこで待機していた。
「アリゼ。準備は良い?」
何とも走りにくそうなイーグルの服を見てから、絶対に勝利を掴み取ろうと自分自身に言い聞かせる。
アリゼは命を救ってくれた『醒石』を握り締め、息を長く吐いた。
「はい、行けます」
「じゃあ、三、二、一——」
「ゴー」という軽い掛け声とともにイーグルの両手からパンッと大きな音が響く。
「これで出発だ。僕が不利かと思うかもしれないけど、問題ない。アリゼは『醒石』を使うタイミングも学べるね。一石二鳥だよ」
イーグルは、まるで先程跳躍する前にしたアリゼのしたり顔を再現したような、嫌らしい表情を浮かべた。
「了解です」
アリゼとイーグルは、正面のひらけた土地を見据えた。暫く進むと森に入るが、避ければ問題はないのだ。
「じゃあ、行くよ」
アリゼは『醒石』を力強く握り締めた。
「三」
「速く走れる足に」と考えると、身体全体にゾクゾクとした感覚が広がった。
「二」
足の裏に力を入れる。
「一」
次で、身体を前に突き出す。
イーグルが胸の前に両手を持っていくのを視界に捉えた。さあ、飛び出せ。
「ゴ——」
アリゼは地面を強く蹴った。しかし、まだイーグル側から手を鳴らした音は聞こえていなかった。
「あっ」とアリゼが声を漏らし、三歩程度進んだところで急停止した。「あの!フライングですよね!」
ところが、アリゼが振り返った時に強い風が横を通り過ぎた。目を開けて見た後方には、イーグルはもういない。
嘘だと思い前を見ると、すでにイーグルの姿はなかった。
「えぇ……」
速過ぎだ。情けない声しか出せない。
また諦めまいと、アリゼは『醒石』を手の平で包む。
身体中を巡る感覚を最低限に感じて、また走り出す。地面を力一杯蹴り、腕を振った。
自分がフライングをしたのに、イーグルはとてつもなく速かった。
早く追いつこうと、慣れない速さで森の木々の間を走り抜ける。
風が頬を掠めて行く。身体の前にだけ強い風圧を感じる。これが、速く走る事か。
暫く気持ちの良い感覚を味わうが、一向にイーグルの姿を捉えられない。このままだと森を出てしまう、とアリゼは一際大きな木の幹を掴んで、減速した。
が、やはり上手くいかない。腕に強烈な痛みを感じた直後、急にスピードを失ったアリゼの身体は前方に投げ出され、そのまま背中が地面に激突した。
「っ、いったあ……」
最低限の被害で済んだのだろうか。腰を押さえつつ、擦れた服の腕の部分を見た。服の一部は破れてしまったが、怪我はしていなかった。背中も痛むが、多分怪我はしていないだろう。
強力な『醒石』に有り難みを感じながら、腰を押さえて立ち上がる。
「イーグルさん、ほんっと何者……」
悔しみを噛み締め、アリゼは腰をさすった。
足の速さに加えて、反射速度の異常な速さ。『醒石』を使っても勝てないイーグル。
「もう、これじゃあイーグルさんが醒者みたいじゃない」と、口に出してハッとした。
盛大に転んだ痛みによる汗とは違った、嫌な汗が突然噴き出す。「秘密があるが言えない」と言った二人。マナシィとイーグルの異常な程の身体能力の高さ。醒者だとしたら、合点が行く。
冷静になった頭に、次々と二人が醒者だったらという仮定を埋め込むと、本当によく当てはまる。
醒者という存在を、実際に見た事がない。言い伝えのよう存在で、誰もその姿が分からないのだ。もし、もしその特殊な人達が普通の人と変わらなかったら?
アリゼは、生唾を呑み込んだ。
「だとしたら、本当に凄い人達だ……!!」
凄さに身震いした。おそらく、彼らは醒者だ、いや、間違いない。かなり『醒石』を使いこなしている人達だ。
「うっわあ……凄い」と好奇心に満たされた頭に、ふと「今の自分の状態はどうなるの?」と疑問が浮かんだ。
彼らは手に『醒石』を握っていなかった。なら、どうやって使っているのか。
それ以前に、醒者は『醒石』を使った人間の事を言うのだ。では、自分もその扱いになるのか?
アリゼが考え込んでいると「アリゼ。」と柔らかな声が聞こえた。顔を上げると、涼しい顔で佇むイーグルの姿が目の前にあった。
「イーグルさん……」
「大丈夫?腰でも打った?」
腰をさするアリゼを見て、イーグルは首を傾げた。
大胆にこけたなんて言えない。アリゼは「あ、ちょっとだけ」と言って両手を振った。
「ごめん、少し速かった?」
心配しているのかしていないのか、読み取れない無表情のままイーグルは続けた。
「速過ぎでした」と即答して、彼が口を開く前にアリゼは聞きたい事を口にした。「イーグルさん。醒者って、知ってますか?」
「えっ」
イーグルは眉を顰める。「突然何を」やはり、イーグルの表情の変化は無表情とそれ以外なので分かりやすい。何か言われる前に、アリゼは質問を重ねた。
「実は、醒者って『醒石』を使う人の事を言うんですけど、今の私の状態ってそれなのかなって思って」
アリゼがイーグルを見つめると、意外な事にイーグルは冷たい視線を返してきた。「はっ?何言ってんのお前」と言いそうなくらいの顔だ。
「えっ、あっ……!ち、違いましたか」
頭が真っ白になって、言葉に詰まる。勘違い?いや、違う?アリゼは穴があったら入りたい気分になる。
「違わないんじゃないかな」
冷ややかな目で、突き放すようにイーグルは発した。
何故彼がこんなにも態度が変わったのか分からなかった。自分の発言が、そんなに悪かったのか。
罪悪感で覆われそうになるが、突如イーグルは大きく頭を横に振った。
「いや、ごめん。違う。君はそんなものじゃない。もっと純粋な人だ」と言い直して、アリゼに視線を向けた。「違うんだ、アリゼ。ただ『醒石』を使う人と醒者は別物なんだよ。」
「えっと、『醒石』を使う人全員が醒者というわけじゃないんですか?」
「……うん、そういう事だよ。ごめん、取り乱した」
イーグルは一息吐いて無愛想な表情に、笑顔を浮かべた。
だが、アリゼには自然の笑顔ではなく、自分を安心させるような無理に作った笑顔に見えた。
「いえ、この話はもうしないようにします。あの、最後に一つだけ言いですか」
チラ、とイーグルはアリゼを流すように見た。「……うん」とやる気のない返事が返される。
「気分を害してしまったら、ごめんなさい。……マナシィさんとイーグルさんは醒者何ですか?」
ビクッとイーグルの身体が揺れた。口を開こうとして閉じ、目を伏せてイーグルは黙ってしまった。
まるでこの場所だけ時間が止まったように、滝や鳥の声を運んでいた風の音が止んだ。だが、イーグルの言葉をよく聞こえるようになる瞬間でもあった。
「……うん」
ざあっと風が強く吹いてアリゼの長い栗色の髪と、イーグルの漆黒の髪が風に吹かれた。チチチ、と小鳥が羽ばたく羽音も聞こえる。
小声ながらも確かに彼は肯定した。
このまま『醒石』をただ使う人と、醒者の違いを訊きたかったが、嫌がる相手を問いただすのは、常識的に考えてアリゼは最低な人間なってしまう。
「そうですか。いえ、ありがとうございます!スッキリしました。ごめんなさい、イーグルさん!」
パン、と両手を合わせてアリゼは頭を下げた。仮定は、間違っていなかった。
「いや、良いよ。それよりアリゼ、あと少ししか時間がない」
イーグルが空を見上げる。アリゼもつられて空を見ると、朝日がすでに真上に到達して立派な太陽になっていた。
「で、ですね」
まだまだ未熟なアリゼの頭に、イーグルは手を置いた。「アリゼ、今日は昼食なしだ。さあさあ、本気を出して!」
「うえぇ……」
ポンポンとイーグルに頭を撫でられたアリゼの悲痛な叫びが漏れた。
第一章、次で終了です。




