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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第一章 最後の日常
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第十五話 それぞれの朝





 マナシィ達の部屋を出て、アリゼは特に何もしないで自室で眠った。

 自分の部屋に戻る前にユニに会おうとしたが、イーグルに止められた。どうしてと聞く前に「ユニ君は多分慰められたくないから」とイーグルが表情を変えたので、何か理由があるのだと判断してアリゼは早めに寝る事にした。



 ベッドに身体を預けると、今日一日起こった事を自然と思い起こしてしまう。また、今日こうするべきだったな、と改善点やらも頭に浮かぶ。

 宿屋のお客さんに昼ご飯も夜ご飯も配れなかった、イーグルが何故「イーグルと呼ばれている」と言ったのか聞き損ねた、ユニが何故マナシィ達を警戒しているかも聞けなかった。他にも色々ある。

 明日も忘れてしまうかもしれないけど、今日出来なかった事を明日出来ると良いなと思う。


 アリゼは身体を起こし、自分の下敷きになっていた布団を壁際に寄せて、また寝転がった。


 それより『あの人』——シルトルが亡くなったと聞いた時の虚無感。あれは何だったのだろう。身近で人が亡くなる、というのは初めてだ。記憶がある、ずっと小さい時に感じたことがある感覚という可能性もあり得るが、あの時重い気持ちが襲ってきた。

 もう、二度と感じたくない。

 誰だってそう思うような、そんな虚無感。知っているだけ、聞いた事があるだけという人ではなく、話した事があり、親しくなった人が亡くなるのはこんなにも、何とも言えない気持ちになるのか。

 この気持ちを、何と表そうか。


 壁を背に、アリゼは身体を横に傾けた。両腕を無造作に放り出し、考え事に集中する。


 『あの人』。来るたびに武勇伝を話してくれた、赤目の冒険者。密かに、記憶に残る少年と重ねていたシルトル・ビーストという名の彼。物腰が柔らかくも、しっかりとした佇まいで、年齢より大人びて見えた『あの人』。ああ、違う、シルトルさんだ。


 うつ伏せになり、頭上の枕に顔を埋める。すると、胸元辺りに何かが当たった。

 おもむろにそれを引き抜くと、橙色のペンダントだった。幼い頃貰ったと思われる、綺麗なアクセサリー。宿屋の主人に拾われた今でも、一番の宝物。

 ふと真っ暗な部屋でキラリと金具が光り、アリゼはおやっと思った。本物の『醒石』を見た今、ペンダントの先にある主役が橙色の『醒石』に見えたからだ。



——まさか、ね。



 マナシィ達と話していた時は、服の中にしまっていたから特に気にならなかったが、彼女達に見せていたら何か言われたのだろうか。

 いや、もう良い。

 すぐに『醒石』という単語を頭から放り出す。『醒石』の事は、明日から考えれば良い。




 シルトルさんは何故、捨てた故郷の事を教えてくれたのだろう。……分からない、それにあんなに寝たのに、 瞼が自然と下りてきて目を閉じてしまう。



「……おやすみ」



 目を完全に閉じ、アリゼは眠りに就いた。直前に、廊下を行ったり来たりする音が聞こえた気がした。










*










 昨日の夜は寝るのが遅かったが、朝は寝坊しないで起きる事が出来た。

 うつ伏せのまま眠ってしまったらしく、自分の前髪に寝癖がついていた。加えて、入浴なしご飯なし、服も着替えていないという何とも酷い状態で昨日を終えてしまった。


 ベット脇の引き出しを開けて、簡易的な服に着替えた。青い刺繍が縫い付けられた可愛らしい上着を上から羽織る事で、普段着ながらお客さんに失礼ではない服装になっていると思いたい。

 くる、と部屋内を全体的に見ると、片付けていない食器と食事に目を奪われた。


 これは……!忘れてはいけなかった!


 アリゼが時計を見ると、短い針は一番下より右側の位置で止まっている。いつもより早い。お客さんは、昨日夜遅かったから、もしかしたらまだ寝ているかもしれない。

 アリゼは部屋の扉を開けて、トレーごと一日前の食事を持ち上げる。誰もいない事を確認して早足で廊下を渡り、一段飛ばしで階段を下り、颯爽とロビーを通り過ぎ、換気扇の音がする厨房へトレーを運んだ。まだ朝早いのに、ユニの母はもう朝食を温めていた。



「おはようございます!すみません、これ、昨日の……!」


「あら、おはようアリゼちゃん。別に良いのよ?」



 勢いよく厨房に飛び込んだアリゼにあらら、という表情でユニの母は迎えてくれた。



「これ、今食べるので!」


「やめておいた方が良いんじゃない?」


「いえ、食べます。いただきます!」


「だって、一日前の、放置したご飯でしょ?」


「勿体ないですから、私は気にしません!」


「んもう、じゃあ、温めなおしましょうかね」



 アリゼからトレーを受け取り、電子レンジへそのまま突っ込む。ユニの母曰く「これ、何を温めても壊れないから、全部いっぺんに温めちゃうわ。……え?卵はダメ?んもう、気にしないの。何事も時間は大切にね!」というわけで。

 つまり何でもかんでも一気に温めるのが、ユニの母流レンジの使い方だ。

 電子レンジという便利なものを宿屋の主人が貰ってくる前は、冷たいものはそのまま食べていたと言っていた。だから、スイッチ一つで温められるのは、嬉しいのだろう。



「アリゼちゃん」


「はい?」


「昨日は……大変だったわね」



 いつもの笑顔を消し、真剣な眼差しでユニの母はアリゼを見つめた。

 ほとんど厨房に籠っているユニの母は、外にあまり興味がないらしく、お客さんへの関心も持っていなかった。だから、こうやってお客さんの話をするのは珍しい。



「……いえ。私は大丈夫です。それより、ユニとお客さんが気になります」


「本当に?」



 じっと瞬きをしない目がアリゼに向いている。

 本当に?大丈夫だ、自分は詳しい事情を把握していると言い聞かせて頷く。



「は、はい!本当に、大丈夫です」


 「なら、良いのだけど」アリゼからまな板の人参に視線を移し、ユニの母は料理を再開した。「無理はしちゃダメよ、アリゼちゃん」



「ん、ありがとうこざいます」



 お礼を言ってすぐ、チンと電子レンジの音が鳴った。ユニの母が温まったトレーを取り出し、アリゼに手渡す。



「ここで食べて良いですか?えっと、すぐ終わらせるので」



 ユニの母がうふふ、と嬉しそうに笑う。そうやって笑う時は、ユニの母の肯定ととれる。

 空いているスペースにトレーを置き、箸を手に取って「いただきます」と昨日の朝食を口に頬張った。立ち食いは嫌いだが、椅子がない厨房だから仕方がない。それに、いざ食べ物を口に入れると、自分が空腹だった事に気付いて箸が止まらなかった。

 ユニの母も、もくもくと食すアリゼに気を遣って話し掛けなかった。

 カチャカチャとアリゼが箸を動かす音と、起きてからずっと回る換気扇の音、ユ二の母の食器を洗う音以外は聞こえず、暫く静かな時間が流れた。



 白米を全て食べ、アリゼがおかずに手を伸ばした時に二階から物が落ちる大きな音がした。

 アリゼとユニの母が同時に天井を見上げる。



「アリゼちゃん、この上って何があったかしら」


「ええっと……何でしたっけ」



 おかずを口に含む。

 この上は、倉庫か何かだった気がする。もしくは、お客さんの使っている部屋、だと思う。

 残りの食事をを全て平らげて、アリゼは箸をトレーに置いた。パチン、と箸が重なる音が響く。



「ごちそうさまでした。私、見てきます」


 「あ、別に良いのよ。多分、お客さんだから。」天井から目を離すと、ユニの母は五人分のトレーを用意していた。「お客さん、今日みんな出て行くんですって」



「みんな!?」


「ええ、もう旅立つらしいわ。昨日主人に朝食は俺達プラス一人分で良いって言われちゃって。まあ、今日新しいお客さんが来ると思うわよ。最近は確かに客足が遠のいているようだけど、きっと大丈夫よ」



 「もともと、こんな辺境に人なんて来ないはずだから」と、ユニの母は乾いた笑いを浮かべた。まるで自分自身に言い聞かせるような言い方で、ユニの母もユニと同じで大分参ってるのではないか。



「来ますよ、きっと」


「うふふ、そうだと良いわね」



 ユニの母がアリゼの食べ終わった朝食のトレーを流しへと運んでくれる。いつもこうやって全員の食事を用意し、片付けまでしてくれていて、とても有り難い。ありがとうこざいます、と頭を下げてアリゼは厨房を出た。


 ちょうどその時、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたボードが提げられた部屋から、ユニが姿を現した。ぼーっとしていて厨房から出てきたアリゼに気付かず、そのままロビーへと向かう背中に「ユニ?」と声を掛ける。

 振り向いたユニの前髪には変な寝癖がついていた。机の上で寝たような、そんな寝癖だ。

 昨日あんな事があったから、寝ようと思っても寝れなかったのだろう、ユニは大きく欠伸をした。



「おー、アリゼか。おはよう」


「うん、おはよう。寝癖ひどいよ?」



 「あー……」ユニがさっさっと軽く前髪を整えただけで、すぐ直った。なんと羨ましい。アリゼがそんな事を思っているとは知らないユニの視線が、アリゼの前髪に移る。「アリゼもひどいけど」



「まあ、ちょっとね。もう直そうと思えなくて。お腹が空いたし、髪の毛も引っかかるし」



 アリゼはふー、と大袈裟に溜め息を吐いた。



「風呂、入っとけよ。俺はそんな事より眠いんだ。昨日の夜親父に呼ばれて、必死に遅めの夕飯配ってさあ……。で、明日冒険者さん達全員出てくからって事で片付けやら色々と」



 寝みィ、と言ってユニはまた欠伸をした。



「まあ、仕方ねえよ。あんな事あったら、出てきたくなるわな」



 目を擦って先程誰もいなかったロビーへユニは移動しようとし、アリゼは追って並んだ。



「さっき、誰もいなかったよ?」


 「今日は親父がいねえんだ」重い足を動かして、ユニは嫌々受付に座る。「だから俺が全部やらねえと」



「どっか行っちゃったの?」


「ああ、明日は出掛けるってさ」


「何かする事である?」


「いや、良い。それよりさ」



 三度目の欠伸をし、椅子をずらした。ユニは両手で顔を覆い、小刻みに手を動かし、顔を洗う仕草をしている。



「あとこの宿いんの、マナシィさんとイーグルだけなんだよ。で、その二人以外に声掛けてきてくれ。朝起こしてね、って昨日五月蝿かったからさあ」



 アリゼは半分のお願い、半分の愚痴よりユニがイーグルと呼び捨てにしている事が気になった。仲良くなったよ、と言っていたがまさか呼び捨てで呼び合う仲とは。



「良いよ、起こしてくる。待ってて」



 余程眠いのだろう、ユニはビクッと身体を大きく揺らしてから「よろしく」と言った。



「うん」



 そっとユニから離れて、なるべく音を立てずに階段を上ろうとすると、二階から扉の開く音が不規則に聞こえた。キィ、と開き、パタンと閉まる音が何度も響く。

 「あれっ」アリゼが後ろを振り返ると、ユニも同じようにアリゼを見ていた。「タイミングって、難しいよな」











*











「お疲れ、ユニトレイア」


「ありがとうこざいます」


「ご苦労さん、結構良い宿だったぜ」


「ありがとうこざいます、今後ともよろしくお願いします」


「またねん、昨日は大変だったけど、ご飯美味しいし寝心地も良かったわ」


「恐縮です」


「お疲れ様です、アメジストリーさん、お父様は?」


「父は少し出掛けていまして。またのご利用、お待ちしております」


「じゃあ、金は置いておくぜ。ところでよォ、『醒石』はこの村にあんのか?」


「自分には分かりかねます。本日はありっ、んん。ありがとうこざいました」



 次々と階段から下りてきて、流れ作業のようにユニの前に立ち、何枚かの硬貨を摘んで机に置き、お客さんは玄関から出て行く。

 いや、もう宿から出たらお客さんではなく、冒険者さん達か。

 あんなに眠そうだったユニは笑顔を貼り付けて、精一杯対応していた。時々噛むが、人数が人数だ、舌が回らないのは仕方ないと思う。



「またな、ユニトレイア。アリゼもありがとさん!」


「はい、またのご利用をお待ちしています」


「はっ、はい!!ありがとうこざいました!」



 風呂に入っていない事を気にし、受付とは逆の壁際に寄っていたのだが、いきなり声を掛けられてドキッとした。慌てて挨拶を返したが、どうしてか大声で笑いながら大柄な冒険者は去っていった。


 声変だったのかな。アリゼは「ありがとうこざいました」と繰り返して、喉の調子を確認した。

 ……よし、良いだろう。



「ユニトレイアさん、昨日の夕食、遅かったのにありがとうこざいました。対応が丁寧で、アメジストリーさんにも負けないくらいでしたよ」


「自分はまだまだですが、嬉しいお言葉ありがとうこざいます。これからも精進します」



 斧を担いだ小柄な冒険者が、出て行く途中でアリゼを見て、クスッと笑った気がした。その後も何度か見られるが、笑われるのは気分が良くはなかった。

 あと数人でマナシィとイーグルを除いた冒険者達が宿屋を出る。笑われるたびにむっとしていると、他の人と比べて割と長めにユニと話していた女性が受付で硬貨を六枚置き、鍵を預けてアリゼに近づいてきた。

 アリゼは彼女の服を見て、ぎょっとした。



「はあい、どうも」


「ど、どうも」


「あなた、ここの従業員さんでしょ?」


「え、ええ。そんなところです」



 狼狽えたように声が詰まった。目の前の相手はかなり露出の多い服を着ている。恥ずかしくないのかとアリゼは目のやりどころに困った。

 そんなアリゼを気にも留めず、若干胸を寄せて眼帯の女性は目線を合わせる。



「ね、ユニトレイアって不思議じゃない?」


「どういう事でしょうか?」



 質問の意図が全く分からず、食い気味に返してしまった。



「あの瞳。綺麗よねえ」



 最後の一人から硬貨を受け取るユニを一瞥し、ね?と同意を求めてきた。

 綺麗な瞳。初めてユニを見た時、アリゼもそう思った。見慣れない紫。昔見た、アメシストという石に似ている瞳。



「ええ、そうですね。とっても美しいと思います」


「よね!私、紫色が大好きなの。彼、良いわあ」



 ひく、と頬が痙攣した。失礼だがユニより一回りは年上に見える女性だ、ユニがオッケーするとは到底思えなかった。

 ユニは常に自分より二、三歳年上の人に声を掛ける。良く言えば親切に、悪く言えば口説くように。だがそれ以上年上の人に声を掛けたところは一度も見た事がない。

 恍惚とした表情で、頬を両手で挟む眼帯の女性は恋する乙女のようだ。

 そこでふと、アリゼは変な感覚に陥った。何故、この眼帯の女性は自分に聞くのか。それよりも、どうしてこの人達は——



「あの」



 ハッとして、アリゼと眼帯の女性は声の聞こえた方を見る。そこには「もう寝させてくれ」と言わんばかりに細目になっているユニが立っていた。



「すみません、そちらのアリゼに用事があるのですが」



 気が付くと、もうロビーにはアリゼとユニ、眼帯の女性以外いなかった。



「そう。じゃあ、ユニトレイア。この良い宿屋をやめないでね」



 ひらひらと片手を振り、眼帯の冒険者は宿屋を去った。「ありがとうこざいます」とユニは彼女が出て行った扉が閉まるまで頭を下げていた。



「アリゼ」


「ん?」


「俺は、寝る。お客さん来たら頼んでも良いか?」


「良いけど、起きたら私と代わってね」


「何で?」


「えっ、何でって……」


 「ああ、そうだったな」ユニは前髪を整えて、思い出したらしい。アリゼが見た内で四回目の欠伸をして、ユニはアリゼの前髪を見た。



「待っててやるよ。先に終わらせてきて良いぜ」



 ふっ、と鼻で笑ってユニは受付の位置に戻った。

 そうか、前髪。

 お客さん達が笑っていたのは、前髪が変だったからだ。急に恥ずかしくなり、アリゼはそそくさとロビーの奥に向かった。

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