第十四話 長い夜
今回はあまり話が進んでいませんが、わりと重要な話かもしれません。
更新遅れまして、申し訳ございません。
貴重な『醒石』を初めて見て、初めて会った人から貰うという不思議な体験に、アリゼは信じられなかった。『あの人』が『醒石』を求めない理由は分かったが、まだマナシィやイーグルがどんな人物なのか、全く分からない。
微笑む二人を見て、アリゼは奇妙な気持ちに襲われた。その気持ちを払うように「あの」と言うと「ん?」とマナシィが返してくる。
「冒険者さんについては、知りたいですけど…それよりこんなにも『醒石』を持っている、マナシィさん達の事が気になります」
「えっ」とイーグルが驚いたようにマナシィを見た。「マナシィ、言ってないの?」
「あー、そうね。アリゼちゃんには言ってないわ」
忘れてたわ、と呟くマナシィ。溜め息を吐いたイーグルに「ごめんなさいね」と言うと、青い『醒石』を鞄にしまい、彼に渡した。
「アリゼちゃん。あのね、驚かないで聞いてほしいの」
「はい。」
「私達ね、冒険者じゃないの」
「冒険者じゃない?」アリゼはまじまじと二人を見つめてしまう。「じゃあ、研究員とか?」
「やだ、違うわよ。私達はね、王都で監視員みたいな事してるの」
「お、王都!?」
『醒石』を持ち、ユニが警戒するような人物だ。並大抵の事では驚かない、と心構えしていたアリゼだったが、さすがに王都の人だとは思わなかった。唖然として二人の都会人を交互に見る。
「王都の人が、何でここに?」
マナシィは「やだ」ともう一度言うと、イーグルの顔を窺った。イーグルが顎をしゃくり、それに伴うようにマナシィが頷く。
今の行為に何の理由があるかは分からないが、アリゼは黙って待った。
「理由は、言えません」
口を開いたのはイーグルだった。そのまま敬語で続ける。「私達には、他に秘密があるのですが、言えません。とりあえず、冒険者さんとはマナシィが今回たまたま、一緒に行動していただけです」
言えない、と繰り返すイーグルに戸惑ったが「分かりました」と頷くしかない。アリゼは自分自身も敬語を使っているが、確実にマナシィより若く、自分より年上に見えるイーグルの敬語は、何だか嫌だ。ユニのような、おそらく歳の近い家族がいるからか、何度も敬語を聞くと違和感が強い。
イーグルはベッドに腰掛け、マナシィに言葉を促す。マナシィも同意して、眉を下げた。
「まあ、そんなところなんだけど。ごめんなさい、今はただ王都の人間だと思ってほしいわ」
都会人の女性は腕を組んで謝る。アリゼは顔の前で両手を振った。でも、まだ気になる事がある。
「いえ、良いです!分かりました……はい、マナシィさん達の事は分かりました」
「それじゃあ、赤目の」
「でも、その前にもう一つ!」
勢いよく遮り、机に手を置いて椅子から立ち上がった。マナシィとイーグルはぎょっとしてアリゼを眺める。
……つい、勢いで立ってしまった。「あっ、っと……し、失礼しました」頭を下げて、椅子に座り直す。決まらない、かなり恥ずかしい。
「えっと……良いわよ、アリゼちゃん。もう一つって?」
気まずい空気をすぐ流すマナシィ、とても有り難かった。
「はい。イーグルさんって、どうしてここに来たんですか?」
「……僕?」聞かれるのを予想していなかったのか、意表を突かれた表情をしている。「僕はマナシィに呼ばれたんだよ」
「呼ばれたんですか?」
「うん。あ、いや、そうです」
慌ててイーグルは口調を正した。しかし、言いにくそうに頬を掻くと「ごめん、敬語は慣れてなくて」とマナシィに話すような柔らかい口調になる。
「いえ、お気になさらず!そのままで良いですよ」
「……ありがとう。ところで、アリゼさんは何歳ですか?」
「歳ですか?」
んー、とアリゼは唸る。自分の年齢は、正直言って分かっていない。宿屋の主人やユニからは十代後半だと言われているが、詳しくは——
時間稼ぎのように答えないアリゼに、気を遣ったイーグルが「やっぱり良いよ。ごめんね」と逸れた話題を区切る。
「ありがとうございます……」
「良いよ、大丈夫。それで、僕がここに来た理由だよね?」
「はい。お願いします」と頭を下げた。
「僕は、マナシィに呼ばれてね。赤目の冒険者が行方不明になったと聞いて、駆けつけたんだよ」
「王都からですか?」
「いや、違うよ。あんなに遠いところからなんて間に合わない。僕は隣の村から来たんだ」
王都はここから遠いのか。それに、隣の村があるなんて初めて知った。
へえ、としか言えないアリゼを見て、イーグルが若干困ったように眉根を寄せた。
「森に滝があるのは知ってる?」
「あ、はい」
「その崖の上を暫く歩くと、村があるんだよ。ここの村より賑やかで、靴作りが有名なね」
靴が、とアリゼは自分の履いているブーツを見た。茶色をベースにした、黒いベルトが二つ付いている、宿屋の主人に貰った大切な靴だ。
「なるほど」
「まあ、そこでちょっと用事があってね。その帰りに、寄ったんだよ」
「そんなところよ」マナシィがイーグルに代わって続けた。「赤目の冒険者が……彼が居なくなってしまったのは驚いて、私より偉い立場のイーグルに助けを求めたの」
「そうだったんですね……マナシィさんより、イーグルさんのほうが偉いんですか」
「意外だよね」
イーグルは大袈裟に肩を上げた。そこですぐにマナシィが「さて、イーグルの事はもう良いわね。じゃあ、本題に入るわ」と切り替えると、マナシィよりも偉いという彼が情けなく「ちょっと、もう良いって」と小声で不満をぶつけたが、マナシィは聞こえない、と言わんばかりに腕を組んだ。
「赤目の、冒険者の事だけど」
しん、と不満を言っていたイーグルが一瞬で黙り、いつもの無表情に戻ってマナシィを見つめた。アリゼもまた、同じように気を引き締めてマナシィの言葉を待つ。
「まず彼の名前、ね。言っておくけど、彼の名前はアルベルトじゃないの」
「アルベルト?」アリゼは首を傾げた。そう言えば、ユニ達が名前を聞く時、言ってた気がする。
「あら、知らなかったのね」
「ごめんなさい、ユニ達が名前を伏せて呼んでいたので、無意識に聞かないようにしてたかもしれません」
「良いのよ、良い気遣いだと思う」肩を落としたアリゼに、マナシィは優しい声を掛けた。
「でね、彼の住んでいた村は、ビーストという名前らしいわ。ここの村の半分くらいの大きさかな。とても小さい村で」
ビースト、聞いたことがある。
確か、獣?
「彼、あそこの村長の息子だったらしいの。詳しい事は分からないけど、逃げたって言ってたわ。その逃げた少年の名前が、シルトル・ビースト——赤目の冒険者よ」
何故名前から村について話題が変わるのだろうと考えたが、その後のマナシィの言葉で更にアリゼは混乱した。
「ビースト、という姓が村の名前になるんですか?」
「えっ?ええ、ほとんどね」
マナシィが無知のアリゼに、色々と教えてくれた。村の多くは、そこの土地の持ち主である領主が名前を与えた、村長の姓がつけられるという事だった。ほとんどの場合、領主の子供が村長となり村をまとめるが、時折ここの村のように名前を与えられていない村長がまとめる事があるらしい。
領主が名前を与えるという行為は、 村長を信頼しているからであり、村長もまた領主を信頼しているから成り立つ、とマナシィは言った。だから、姓をもつ村長や人が貴族だとは限らないようだった。だが、美しい髪や瞳をもつユニ達のような人々は先入観で貴族、と思われる事が多いのだという事もマナシィは教えてくれた。
みんながみんなユニ達を貴族と言っていたから、アリゼは姓をもつ人はみんな貴族だと思っていた。
「へえ……!そんな風になってたんですね!」
「ええ、古くからずっとこんな感じ。逃げてからね、シルトルは王都に流れついて、大きな戦争に参加したらしいわ。そこで腕を認められて、色んなところで冒険者として活躍したわ。もちろん、その時には名前を捨てていたようだけど」
「シルトルから少しずつ聞いた事を繋げただけだから、記憶が間違っていたらごめんなさいね。詳しくは聞けなかったから」とマナシィは悔しげに言ったが、自分は何も知らないのだ、聞けるだけ有り難い。
「いえ、聞けるだけ有り難いです。今まで名前も知らなかった、あの冒険者さんの名前と生い立ちが聞けて」
「そう。」マナシィは本当に嬉しそうに笑った。「シルトルは、名前を嫌ってたから。とりあえず、アリゼちゃんが行こうとしているビーストって村までの地図は、一週間以内に渡すわ」
「あ、ありがとうございます!」
「良いの良いの。……本当はシルトルが伝えたかったと思うの。彼が『醒石』について何を言いたかったのかは知らないけど、知るべきだわ」
『あの人』もといシルトルが話してくれる予定だった『醒石』について、知るべき。
アリゼは彼が実質的に、最後に伝える事となった事実をしっかりと受け止めようと思った。
「はい」と元気よく返事をし、マナシィが椅子から立ち上がると同時にアリゼもイーグルも立ち上がった。
「じゃあ、アリゼちゃん。今日から一週間だけだけど、よろしくね。イーグルと私が、シルトルの死についてしっかりと調べるから」
アリゼは力強く頷く。二人も、大きく頷いた。
今日はまだ暗い。この長い夜が明けて、明日からの一週間は色々とやる事がある。人並みに旅に出れるような、そんな準備の出来る一週間にしたい。




