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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第一章 最後の日常
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第十三話 伝言








 マナシィの後ろにイーグル、その後ろにアリゼが続いてマナシィと『あの人』が案内されたらしい部屋に入る。

 途中で客達の笑い声が扉を隔てた向こう側から聞こえると、妙に気持ちがざわついた。きっと、ショックで笑った人を見るのが辛いだけだろうが。

 部屋に入ってすぐ、マナシィは後ろを振り返った。その目はアリゼではなく前にいるイーグルに向けられていた。



「イーグル。お願いがあるんだけど」


「お願い?良いよ、何?」


「ユニ君を見てきてもらっても良いかしら?」


「ユニ君……ああ、アメジストリーさん?」



 イーグルは僕でも大丈夫かなと続けたが、マナシィは何も答えない。肩を竦めるもイーグルは「分かったよ」と言って入ったばかりの部屋から出ていった。


 マナシィは足音が遠ざかるまで待ち、アリゼに二人分の椅子の片方を座るように進めた。「アリゼちゃん、どうぞ」



 「あっ、はい、ありがとうございます」遠慮がちにお礼すると、マナシィがクスッと笑う。



「どうかしましたか?」


「ふふ。いえ、何でもないわ」



 腑に落ちないが、別におかしいから笑ったというわけではなさそうだ。でも、大人の人と二人でいるのは、落ち着かないなあ。

 向かい合うように配置された椅子の片側で、リラックスした姿のマナシィと、もう一方でそわそわと身体を動かすマナシィが座る。



 アリゼがマナシィから何かを言われるのを待っていると、彼女は早速腕を組んだ。



「さてと。何から言おうかな。

……そうね、まず『あの人』の事ね」


「……はい」


「結論を言うとね、辛いかもしれないけど」マナシィが話の中身をもったいぶるように一拍置く。



 アリゼは大袈裟に唾を飲み込んだ。予想出来る内容だが、いざ聞くととても緊張しているようだ。

 もったいぶったマナシィが、改めて口を開くまで、五秒程待つ。聞く方も、言う方も覚悟がある話だから、心の準備をする時間がその五秒だった。すぅ、と息を吸う音。



「——彼は、生きていないわ」



 彼は生きていない。

 ずうん、と何かが重くのしかかった。身体が一気に重くなって、俯いたまま膝の上で拳を握りしめる。冒険者として、とても格好良かった『あの人』。お客様として、友人として関わってくれた『あの人』。そんな彼が、この世には居ない。会える会えないではなく、もう居ないのだ。

 アリゼがずっと黙っていると「続けるわね」とマナシィの声が聞こえた。こく、と微かに頷く。



「ええ、みんなは見つけれなかったかどうか……いえ、見つけれなかったから知らないのだと思うけど、そんなに身体の損傷が酷くなかったわ。ただ……ああ、ごめんなさい。あまり詳しく言わない方が良いわね。彼の周りには、乾いた血痕と『醒石』が落ちてたわ」


「『醒石』が?」顔を上げて、深刻な表情のマナシィを見た。


「そうよ。えっと、三個ぐらいだったと思うけど。これぐらいの大きさで」



 親指と人差し指の爪をギリギリに合わせて、マナシィは丸を作った。



「でも、私は彼が『醒石』を見つけようとしていたとは思わないの。だから、横取りとかは絶対ないはずよ。彼だったら、冒険者に声を掛けると思うわ」



 自信満々に首を何度か縦に振るマナシィ。



「ええと、根拠とかあるんですか?」


「根拠?……そうね」



 マナシィが椅子の音を出さないように静かに立ち、ベッド付近の鞄を机の上に置いた。簡易的な鞄だが、大きさ的にたくさん入りそうだと思った。

 ごそ、とマナシィはそれを取り出す。透き通るような青色で、細長く尖っている石だ。「これは?」



「これは『醒石』よ」



 隠す素振りを見せないで、マナシィは鞄の横に『醒石』を添えるように優しく置いた。



「これは、彼が今回の調査で手に入れたものなの。彼は最低限のものがあれば、他は必要ないって言うくらいの人だったから、ほぼ確実に横取りしたわけじゃない」



 人だった、という過去形に胸が締め付けられる。

 『醒石』、初めて見る。本当に実在するのかと色々な人が疑い、実際アリゼ自身も空想上の代物だと思っていたそれが、目の前にあるのは信じ難い。

 『あの人』への並ならぬ信頼があるらしいマナシィは続けた。



「別に、長い付き合いでも何でもないけど、彼の事は分かっているつもりだったのよね。まあ、今更嘆いても、仕方ないかな。……。うん、私だって気づくべきだったのよ」



 アリゼにはマナシィの言葉の意味が半分程理解出来なかった。「あの、じゃあどうして」



「普通に考えたら、分かるでしょ?」



 意味深な表情で見つめてくる。やましい事は何もないのに、誰もが目を逸らしてしまいそうな、そんな顔だ。アリゼは目を逸らし、認めたくない事実をあえて言わずに、そうですねとだけ相槌を打った。

 『あの人』はとても強く、頼り甲斐のある人で、冒険者としてはベテランだったはずだ。だから、動物や魔物に殺されるのは、絶対にないと思う。考えたくもないが、考えられる事は、たった一つしかない。



「——うん、分かってしまうわよね。私も言いたくないもの。でもね、その可能性を考えると」



 マナシィがはあ、と溜め息に近い息を吐いた。



「誰なのか、が重要なんだけど」



 「そんな!」アリゼはマナシィと視線を合わせる。普通に考えたらそうなのかもしれないが、アリゼはそんな事信じられない。だって。



「だって、そしたら……。冒険者さんを殺した人が……この村にいるって事になりますよ」



「あくまで可能性よ」



 即答するマナシィ。その対応に深い意味があるかないかを、アリゼは気付かずに流す。



「でっ、ですよね」





 村の人か、村外の人か。まだ全く分からない。「じゃあ、犯人探しでもするんですか?」



「……そうね、私達がやろうと思う」


「何かお手伝いする事ってありますか?」



 アリゼはじっとマナシィを見つめ返す。きょとんとしたマナシィが口元に手を添えて、くす、と微笑んだ。



「アリゼちゃんは、強いのね」


「えっ。」アリゼは首を振った。「そんな事、ないですよ。私は『あの人』の話を聞かない事が、ものすごく嫌です。でも、私なんかよりずっとユニの方が辛いと思うから。……私が、しっかりとユニを支えるんです!」



 グッとマナシィに見えるように拳を握った。

 さっきよりも、笑顔が柔らかくなった気がする。マナシィは考え事をしてから「私ね、伝言を預かってるの。」と言った。



「伝言?私にですか?」


「んー……ええ」



 一瞬、上の空になるマナシィ。



「あのね、これは大切な選択なの。この言葉をどうとっても、彼は恨まないわ。それでも貴方は、聞きたい?」


「えっ……」アリゼは言葉を失った。伝言が、選択とは一体どういう事だろう。唇を強く結んだ。「聞きたいです」



「まあ、普通聞きたいわよね……彼は、貴方達に『醒石』の事が話せなくて、嫌だったのね。『醒石』の事が知りたければ、僕の故郷に来てごらん、って言ってたわ」


「冒険者さんの故郷?」



 今まで素性について一切話さなかった『あの人』が自分の事について言うなんて、珍しい。アリゼはえっと、と戸惑いながらマナシィに訊いた。



「……何故ですか?」


「んと、分からないわ。でも、確かにそうやって言ったの」


「落ちていた『醒石』の手掛かりがあるんですかね?」


 マナシィが眉間付近を押さえた。「それとは、多分別。そうね、貴方達には知ってもらいたいんじゃなかったかしら、『醒石』の秘密。」



 秘密?とアリゼは耳を疑った。『あの人』が話すと言っていた、『醒石』の秘密。それが何かは分からないが、何故だか胸に不快感が現れる。妙に気になる、『あの人』に聞けなかった『醒石』の事が。



「私、冒険者さんの故郷について知りたいです。いえ、実際に行って、この目で見たいです。」



 マナシィの目つきが鋭くなった。アリゼはたじろぎそうになりながらも、続けた。



「伝言、と言うほどです。それに、マナシィさんは選択と言っていました。行くか行かないかの選択肢なら、私は前者をとります」



 謎に理屈じみてしまった。アリゼは自分が放った言葉を呑みたくなったが、マナシィはそれを聞いて軽く頷いた。



「そう。じゃあ、貴方はこの村を出るのね?」



 マナシィが足を組んで、アリゼを見据えた。村を出る、という言葉が頭に響く。お世話になった主人を置いて、自分一人で行くのか?いや、主人にはユニがついている。大丈夫、ユニが居れば、主人は安心出来る。



「……それは。いえ、いつかは戻ります。しっかりと、ユニに伝える為に。自分で決めました。私は、冒険者さんの故郷に行きます」


「そう」



 同じようにアリゼを見つめて、マナシィは自分の髪を撫でた。そしてふっと笑顔になると「とっても、良いと思う」と呟いた。



「じゃあ、アリゼちゃん。貴方は村の外が安全じゃないって事を知ってるわよね?」


「ん!?あっ、はい……聞いた事は、あります」


「貴方は、ただの村人A。」


 「えっ」何処にでもいそうな名称に、複雑な気持ちになる。「こほん、そうですね」


「だから、何が必要?」



 必要?と心の中で質問してみる。村の外での過ごし方?それとも、地図?迷わないように?

 少し考えて、アリゼは「あっ」と声をあげた。



「……生き残る術、ですよね?」


「惜しい。いや、正解と言えば正解なのだけど」



 マナシィが話している途中で、コンコンコンと三度のノックが聞こえた。「どなた?」

 「僕だよマナシィ。イーグルだよ」とドア越しにくぐもった声がする。どうぞ、とマナシィが言ってすぐにイーグルは扉を開けた。



「ありがとう、イーグル。ユニ君はどうだった?」


「まあ、うん。仲良くなったよ。ユニ君は、とっても面白いんだね」



 友達のように話す二人に、アリゼはユニと自身を重ねていた。周りから見たら、自分達はこんなにも仲良しに見えるのかもしれない。ただ、笑顔の多いマナシィに比べて、イーグルの方はあまり表情が変わっていないが。



 「アリゼちゃん、シルトルの村へ行くそうよ」「えっ、彼の?」「ええ、彼女の決意は堅いわよ」と会話したところで、イーグルがマナシィからアリゼに視線を移した。シルトル、聞いた事のない名前が頭に乗っかる。



「アリゼさん、行くんですか?」



 しかしその名前は、その質問によって飛ばされた。目の前のイーグルの顔つきはとても真剣だ。急に声が低くなった相手の問いかけに、答えに詰まる。



「え、ええ」


「じゃあ、アリゼさんも魔物や悪人と少しでもやり合えるようにならないといけませんよ」



 ちょっと、とマナシィが小突く。「答え言ってどうすんのよ」



「えっ?ああ、ごめん?」



 情けない声を出したイーグルの真剣そうな表情が、柔らかくなった。



「あの。やり合うって、戦うって事ですか?」



 二人は想定外だ、と言うように驚きを隠せずにアリゼを見た。



「ええ、少なくとも、護身術ぐらい身につけておくべきよ」


「そうですね、僕らが一緒に行けるわけではないですし」



 交互に言う二人。俯きかけたアリゼだったが、ふとイーグルの顔を見ると、残念そうな、辛そうな、先程のアリゼの心境に似たような神妙な表情だった。マナシィもまた、残念そうに肩をすくめている。

 親身になってくれる二人を見ながら、ユニがマナシィを警戒している理由を訊く事について思い出した。が、訊くのはやめた。

 自己満足かもしれないが、マナシィは悪い人ではないから、聞きたくない。

 戦う術。村人Aの私に、出来る事があると良いな。



「あの」



 同時に正面のマナシィと斜め前に立つイーグルの二人がアリゼを見る。



「私に、色々教えてくれませんか。冒険者さんの……シ、ええと本当の名前と村の名前。それと、その戦う術について」



 アリゼはもう何と言われようと決心していた。出来るだけすぐに、『あの人』の故郷へ行きたい。



 マナシィとイーグルは顔を見合わせた。



「一週間」


「?」


「一週間だけなら、私達が調査している間に、アリゼちゃんに合った戦い方を教えてあげる。大丈夫、貴方はきっとすぐに覚えられる。とても簡単だと思うわ。」



 たったの一週間で、覚える?そんな無茶な、と言いたかったが二人の真剣な眼差しを見ると何も言えなくなった。



「アリゼちゃんが思っている程厳しくないわよ。貴方は、これを使えば良いのだから」



 マナシィは机の上の青い『醒石』をコツコツと叩いた。



「『醒石』を、ですか?」



 「はい」と今度はイーグルが変わって言った。「特別に、ですよ。本当にアリゼさんの選択が勇気あるものだったので、お教えするだけです」



 まるで始めからこの流れにもってきたかったような、変な流れを感じた気がしたが、多分気のせいだ。



「貴重な『醒石』をどう使うんですか?」



 無言でマナシィが鞄の中身をアリゼに見せた。そこには、赤と黄色の『醒石』が三個入っている。



「これを、あげるわ。ああ、特に意味なんてないの。貰い手を探してただけ。とても貴重よ。色んな人から貰ったの、昔……ね」



 唐突にマナシィが悲しげに笑った。「そんな大切なもの、受け取れません」とアリゼは思い切り拒否したが彼女は首を振った。



「これは使えないもの、私達じゃあ。研究に使ってもらう?嫌よ、何で大切なものをお偉いさんにあげないといけないのかしら。確かに、役職的には私達の方がしたかもしれないけど。……あのね、私は、アリゼちゃんが気に入ったの。赤目の冒険者と旅をしていたのも、貰い手を探してただけだから」



 「お願い」という顔で見られると耐えられない。ちら、とイーグルの様子を窺っても、にっこりと微笑むだけだった。



「じゃ、じゃあ」


「決まり!!貴方に、これの使い方を教えてあげる!誰にも言っちゃダメよ、秘密だからね?絶対に、ダメよ?」



 勢いで念を押され、何かを言う前に頷いた。



「でも、それは明日からですよ。アリゼさんが彼の故郷へ行くと言うなら、もちろん彼について知ってもらった方が良いですから」



 相変わらずの無表情だが、声は温かみを持っていた。敬語でアリゼと話す他人行儀のイーグルには、似合わない口調で、アリゼの気は一層引き締まった。





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