第十一話 芽生える懐疑心
更新遅れました、申し訳ございません。
今回は温度差が結構ありますが、どうか暖かい目でご覧ください。
目の前には、真っ黒い影。何かに覆われていく視界。ユニは、必死で叫んだ。お前達は——
「……誰だ!」
ガタンッ、と椅子が斜めを向く。えっ、と声を上げた時にはもう左半身を床にぶつけていた。
「おお……痛ェ」
左肩を摩りながら、ユニは受付に手を置き身体を起こした。部屋の中は薄暗く、夕焼けが差し込んでいる事で明かりを保っているようだった。ユニは倒れた椅子を戻し急いで窓に駆け寄って、窓へ顔をくっつけた。今は、夕方。ロビーを見渡すと、まだ誰も居ない。先程の二つの影も、ない。静かな空間に、いきなり厨房からガシャンと皿が割れる音と「あらまぁ!!」と母の驚く声が聞こえた。
やっと、現実に戻されて、さっきのは夢なのかと、ユニは夢で痛かった目を擦った。現実味がない状況だが現実的な痛みだった。幻覚か、何かなのだろう。
そういえば、ユニは階段の手すりを掴む。『あの人』についてアリゼに伝えなければいけないと思っていたのだが、いざ行こうとすると階段を上る足が重い。きっとユニ以上に傷付くのではないか。親しい人が消えた詳細を自分で口にするという行為は、現実を無条件に認めされるようで、伝える側も伝えられる側も精神的に厳しい。
重いユニの身体は、とうとうアリゼの部屋の前まで来てしまった。時間に限りがあるという事を知らないようなアリゼは、結局昼の騒動でも下りてこなかった。呆れつつ、コンコンと扉をノックする。
「アリゼ?俺、ユニだけど」
反応がない。もう一度、ノックする。「アリゼー、おーい」
無言で無音。少し強めに扉を叩いてみても、向こう側から音も反応も返ってこない。
寝ているだけだと妥協し、階下へ行こうとして、ユニはもしもの出来事を考える。『あの人』が消えたと聞く前に、マナシィはアリゼと『あの人』に限定して「マナシィが探していた」と伝えてと言われた。マナシィが探していたというのは、そんなに大切な事なのだろうか?
ユニは踵を返して、アリゼの部屋の扉を強く叩いた。「アリゼ!おい、アリゼ!!」
もし、アリゼにも何かあったら。今は、全ての仮定を悪い事で変換した方が良い気がする。違和感を感じるんだから、本能的に、勘に頼るしかない。
「アリゼ!アリゼ!!」
「アリゼ!おいってば!」
「は、はい!ちょっと待って!」
やっと返事がした。深い眠りで気付かなかったのだと自己完結して、ハッとする。『あの人』の事を伝える為に来たのに、まだ心の準備が出来ていない。何を言うのか、どう伝えるのか、全く頭に浮かんでいない。
——まず、『あの人』を見たかを聞いて……自然に、その後は。
ユニが話す順番を整理し終わる前に、アリゼは朝より整っていない髪を気にしながら、扉を開けた。
「お、おはようユニ。鍵、開いてるよ?」
どう伝えるべきかとユニがアリゼをじっと見ていると、アリゼは心配そうな表情になる。
早口でとりあえず何かを言う。そしてあまりマナシィの言葉は使いたくないが、
「おう、おはよう……って、寝てたのかよ。それに鍵は閉まってても開いてても勝手に扉は開けねえよ。いや、そんな事より!アリゼ、マナシィさんが『あの人』を捜しているんだけど、知らないか?」
何冷静に突っ込んでいるんだ、俺は。ユニの焦りを気にせず、アリゼは首を振った。
「朝見たっきり、見てないよ」
「朝?朝って部屋案内する前?」
「買い物からの帰りの時だけど……」
アリゼの買い物からの帰り、という事は部屋に着いてすぐではないか。
ユニは自身の口に手を添える。少しでも休めば良いのに、何故そんなに早く?そうだ、朝早くに出て行ったなら「冒険者さんを見たら」とマナシィが昼時に言う筈がない。つまり、昼前には帰ってくると思ってたのか?自分で探しに行くという手があるのに、ユニに聞いた。じゃあ、マナシィは何もしていない?
分からない、何がどうなっているのか。ユニは唇を噛む。
そんなユニを見て、心配そうに見ていたアリゼは恐る恐る言った。
「『あの人』に、何かあった?」
核心に触れる言葉をいきなりアリゼが発して、ユニはぽかんと口を開く。自分が知らず識らずの内に自分が思っていた事を口にしているのに気付いていないユニは、なんて鋭いのかと心底驚いた。
正直に、言うべきなのだろうとアリゼを見るが、良い言葉が出てこない。視線を落とし、覚悟を決める。
——『あの人』が行方不明になった、死んでしまっているかもしれないという仮定は、言わなくても良いじゃねえか。ただ一つだけ、言える事がある。
ユニは乾いた口を動かした。
「『あの人』の、血がついた服が発見された」
これで、良い筈だ。アリゼがどう捉えるかだが、真実しか言っていない。
ユニは足が震えるのを必死に耐える為に、キッと強気でアリゼを見つめた。
*
ユニの言葉は、確かにアリゼに伝わった。アリゼは「えっ、えっ」と戸惑いを隠せず冷や汗をかいた。
「ユニ、それって?」
「そのままの意味だぜ。今、大人が『あの人』を探してる」
「えっ」アリゼはまた目を丸くする。「もう、探してるの?いつから?」
「……昼から」
「まだ、消えたとかじゃないよね?何で、そんな……。それに、何で『あの人』の血だって分かるの?」
うっ、とユニはあからさまに言葉を詰めた。髪の毛を掻いて、頭を押さえて唸る。「言い方が悪かったな」と言って、ユニは言い直した。
「『あの人』のかは分かんねえけど、森の中に血溜まりがあってその中?近く?……まあ、そこに『あの人』の服のカケラっつーか、切れ端っつーか、落ちてたらしい。しかもまだ、見つかっていないようで」
「ね、ねえ!だからって、分かんないよね?」
堪え切れないアリゼは、ユニの説明が終わる前に否定した。どくん、と心臓が動揺で暴れているのが分かる。アリゼは胸元のペンダントを握って、ユニに詰め寄った。
「それって、見つかったのいつ?もしかしたら、動物を捕まえた時に破れたのかも。うん、そうよ。それに、それに……!」
アリゼが色々言っていても、ユニは何も言わなかった。むしろ、全て理解していて、もう何も言えないようにも見える。怯えを含んだ紫の瞳をこちらに向けない彼に、アリゼはハッとした。ユニだって辛いのだ。それに、こうやって責めるような言っても、彼は何も悪くないのに。
彼は、よく考え事をしていた。出会った時から知っているユニの考察癖は、普通の人が見たら変かもしれないが、アリゼにはそれが日常で、彼の逃げ道にも見えていた。普段はアリゼの事をいじってきて意地悪な彼だが、深刻な時だけ別人のように悩む。
いつもそうだ。アリゼが何か失敗した時も、困った時も真剣に考えて、寄り添ってくれている。それなのに、『あの人』との交流がアリゼよりも長くて辛いはずのユニにこんな事を聞いても駄目だ。自分で判断しないと。
「ユニ!!」よく考え事をする彼に、アリゼやユニの父親はこうやって大きな声で名前を呼んで話し掛けている。暗い瞳が、こちらを向いた。両肩を掴み、ゆっくりと心を落ち着かせて言った。
「『あの人』は、よく迷子になってたよね。だから、大丈夫かな?……うん!ごめんねユニ、私一人で勝手に焦っちゃって。そうだ、大丈夫。うんうん!はー、びっくりしたー。まだ分かんないもの、一緒に待たなきゃね」
ね?とアリゼは微笑んでみせる。一瞬躊躇うもの、暗かったユニの顔は明るさを取り戻し「そうだな」と元気のない声で言った。
「じゃあ、ユニ。下で待ってよ?私こんな時間まで寝ちゃってたけど、目は覚めたし!お腹もあんまり空いてないから!」
「……おう」
「後で食べれなかったご飯は運ぶとして……。あ、そうそう、私今日何も食べてないんだよ?いやー、空腹って寝ると消えちゃうよね。」
「ああ、分かる気が」
「一日中寝て過ごすとか、私結構ノロマかも」
「……おい、アリゼ?」
部屋を出て、廊下を進みながら口を動かし続けるたが、明るい話をしようとしても、空回りばかりしてしまう。ユニに少しでも明るくなってもらう為にと、アリゼはわざとらしい笑いを零した。
「もう、ユニにノロマって言われても言い返せないよ」
「自分で自覚したら、もう終わりじゃ」
「もうさ、しっかりと時間見て起きたいものよねえ。それが出来たら苦労しないんだけど」
「……」
「ユニのお父さんの本借りよっかな!」
一通り言いたい事を話して、ちらりとユニの横顔を伺うとユニは肩を揺らして静かに笑っていた。ひひひ、と小馬鹿にしたような独特な笑い声を上げている。
「ちょっと」とアリゼは分からず聞いた。「何かおかしかった?」
「いや、ははっ!アリゼさあ、会話続けようと必死過ぎだろ!俺が何か言おうとしても、無視して続けやがって!聞こえてねえのかよ!」
バシバシとアリゼの背中を叩き、ユニはキツい口調ながら、砕けた態度で言い返した。「っはー、笑えた!」
良かった、すっかりもとの調子に戻っている。アリゼは一時的に胸を撫で下ろし、声を並べて笑った。
階段を下り、誰も居ないロビーの椅子に腰かけた。
「じゃあ、待とっか」
「おお、夜までに帰ってくるって言ってたしな」
とりあえず、見た限りユニは元気になってくれた。アリゼもまた、『あの人』の帰りを待つ。宿屋の主人含む冒険者達が帰ってきて、そこでやっと安心できる。
アリゼとユニは徐々に傾く、窓と自分達の影を眺めた。




