第二話 辺境伯閣下のお仕事に同行します!
ユングバリ辺境伯領の立地を端的にあらわすなら、とても仲の悪い二つの国を隔てている防波堤ということになります。
南のアジフ国、北のガリューン帝国。
歴史的にもいがみ合っており、実際に国土が接している部分では紛争が絶えないこの二大国家の間に、ユングバリ家の領地は挟まっているのです。
「彼らはこの領地を〝道〟にしたいのだ」
閣下は、そのように話されたことがありました。
私も国の歴史の中で知っています。
〝道〟。
ようするに、辺境伯領を素通りできれば、アジフもガリューンも相手方の喉元に刃を肉薄させられるわけです。
また、アジフは乾燥した土地が多く、火薬の製造などに秀でる代わりとして、水資源や海産物を求めており。
ガリューンは海に面している一方で、人口が常に少ないという問題を抱えており、その解消のためにも外交と、延長線上としての紛争が過去にたびたび求められてきました。
なので、相手の国へと攻め入る要所であり、一挙に問題を解決しうるユングバリ領は、歴史上何度も圧力をかけられてきたわけです。
それでも領地を守ってこられたのは、両国が相手への嫌がらせを続けたことと、民草の国土を愛する声。
なによりも精強な軍事力があったからに他なりません。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
いま、勇壮な雄叫びを上げて、陣地から騎馬と兵士の一団が飛び出していきます。
お屋敷から一番近い砦で、模擬戦が行われていたのです。
「名乗りを上げて一騎打ちをする。騎士の時代ではよくあったことだが、いまでは隊列をいかに組めるか、伏兵を配備できるか、という大軍運用が主流となってきた。矢の雨を騎兵で駆け抜け、その騎兵を守勢側は長槍で止める」
観覧席に案内された私が目にしたのは、閣下が丁寧に説明してくださったことそのものでした。
突撃し、ぶつかり合い、勢いを殺され、散り散りになる一団。
門外漢すぎてよく解りませんが、戦場での状況は絶えず変化をしており、閣下のいう隊列を、いかにすばやく再編するか、というのがこの模擬戦の主眼であるように思えました。
「武器は全て非殺傷のものに切り替えている。それでも致命傷を受けたものは自主的に退場する。犠牲を最小にしつつ部隊としてのまとまりを失わず、いかにして敵方を相手取るかということが課題だ。よって、一方は寡兵、一方は大軍となっている」
「……わかったやもやもしれません」
「やもやも」
「あう」
繰り返されて、思わず顔を覆いました。
多分、耳まで真っ赤です。
いけません、変なところで茶目っ気を出しては!
「ご、ゴホン……それで、今はどちらが優勢なのですか?」
「中央の丘を手にした方が勝ちだ。順当に大軍側に勢いがある」
平野の真ん中には、確かに丘があり、両軍はそこへ自分の旗を立てようと奮戦しているようでした。
つまり、所有権の争奪ということでしょう。
「国土防衛の際には、彼らが先陣を切る。すくなくとも、アジフとガリューンが易々と領土へ踏み込むことは許すつもりはない」
心強いお言葉でしたが、閣下の表情は普段にもまして硬いものでした。
本質的に、この人は命が、あたら容易く散るのが好きではないのかもしれない。
ふと、そんなことを考えますが、口には出しません。
彼は軍人です。私の想像は、侮辱と捉えられても仕方がないものでしたから。
「それにしても、大勢ですね」
兵士の皆さんの数は、とても多いのがわかります。
閣下も小さく頷きました。
「私兵ではあるが、国防軍も兼ねる。それ以上に、ここしばらくは大きな戦がなかった。人口が増え、それにともない職を持たないものも増えた」
「それで軍隊で受け入れを?」
「窮余の策だ。体力のあるものを放置するよりはよいと考えた。だが、生産性を高めるほうがよほどよい。それについても考えてはいるが――」
なんて話をしていると、歓声が上がりました。
丘に旗が突き刺さっており、勝負がついたのだとわかります。
寡兵側がどうやら不意を突き、裏から回り込んだようで、いつの間にか大軍を包囲、そのまま決着へと流れていったようです。
「どんな強者も、いつかは油断する。その瞬間を作った寡兵側の戦略勝ちだ。さて、しばらく休憩の後、反省を踏まえた感想戦が行われる。俺たちは」
彼が何かを言いかけたところで、
「よぉ、大将。今日はえらい別嬪さんを連れてるな」
どこか荒っぽい、けれど人好きするような声がかかりました。
声がした方を見遣ると、そこにはガタイのいい、髭面の壮年男性が立っており。
「ひょっとして、それが大将の嫁さんってやつか? かー、あやかりたいねぇ」
「口を閉じろ、オーガスト。そして妻を拝むな、許可しない」
両手を合わせて私に祈りを捧げてきた髭面の男性、オーガストさんを、閣下が追い払おうとします。
「こんなところにご婦人を連れてくる方が悪いだろう。違うかい、大将? 兵士は常に色に餓えているぜ?」
ニヤリと、男臭い笑みを浮かべる彼。
めちゃくちゃ嫌そうに顔をしかめる閣下。
彼は長く息をつき、
「興が削がれた。アンリ嬢、説明はまたあとで」
オーガストさんに向き直り、表情を改めました。
「俺で遊びに来たわけではあるまい。報告か?」
「報告つーか……大将、もうちょい買い付けはちゃんとしてくれよ。そっちの屋敷で使うもんを、こっちに送られても困る」
「なに?」
「だから」
のちに、閣下の副官――つまり軍事面の右腕であることがわかる彼。
オーガスト・ギュレスさんは、非常に面倒くさそうな顔で、こう仰ったのです。
「届いてるんだよ、大量の花火が。大将の屋敷宛で、砦にな」




