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第一話 何気ない朝食の時間です!

 日の出とともに活気づくお屋敷。

 時を同じくして、寝室のドアがノックされて、セレスさんがやってきます。


「おはようございますアンリさま」


 すでに起きて身なりを整えていた私が元気に「おはようございます」と返事をすると、彼女はなんだか残念そうにしました。


「なんということ……本日もアンリさまのキュートでビビットな寝顔を拝見できなかったなんて……セレス、不覚」

「いえ、私も寝顔を軽々(けいけい)に見られるの恥ずかしいので、できれば今後、そういったことはご遠慮願えれば」

「ですが、セレスはへこたれませんよ! アンリさまの御髪(おぐし)をさばくのは、セレスめの役目ですので!」

「……では、お願いしますね」


 幼い頃から大切に使ってきた(くし)を彼女に差しだせば、意気よい返事が返ってきます。

 母の形見であるそれが、するすると私の白髪を解き()かしていきます。


「まあ、アンリさまの髪の毛はまるで銀糸、櫛を通すたびにさらさらとほどける雪のよう。セレス、至福」


 このひとはときどき、詩人になるのですが、別段不快でもありません。


「不気味には思いませんか? 白髪ですよ?」

「どちらかといえば羨ましいかと。セレス、羨望(せんぼう)

「……閣下は、どう思われているのでしょうか」


 先日、恋愛をしましょうなんて持ちかけた相手のことだからこそ、私はほんのりと不安を抱えてしまいます。

 すると、セレスさんはそれ敏感に感じ取ったのか、ふんわりと背後から抱きしめて下さいました。


「ご安心下さい、アンリさま。主様はきっと(こころよ)く感じております。セレス、力説」

「力説ですか」

「はい」

「では……本人に聞いてみますね」

「それがよろしいかと」


 真面目くさった物言いをして、ふたり同時に噴き出します。

 とってもおかしな、毎朝の出来事。

 さて、邪魔にならないよう、髪をひとまとめにしてもらったら、ふたりで食堂へと向かいます。


「おはようございます」


 部屋を出て、中庭に出ると、庭師さんや侍従の皆さんとすれ違います。

 彼ら、彼女らはしっかりと挨拶をしてくれて、アクセーン家では体験したことがないことでしたから、私にはとても新鮮でした。


 なにより、奥様とは呼ばれないことが、感慨深くて。

 それというのも、初夜の失敗(?)以来イェルハルド閣下が、


「アンリ嬢と俺は正式に婚姻(こんいん)を結んだ。その上で、彼女は俺と同格として扱う。妻ではあるが、奥に押し込めておくべきひとではない。そのようにしてほしい」


 なんて、仰ったからです。

 もしもアクセーン家に婿殿がやってきてこんなことを口にしたら、お父様に激怒され、お義母さまからは礼儀がなっていないとひんしゅくを買ったことでしょう。


 閣下の言い方は、相変わらず(けん)が立つといいますか、とても不慣れなことをしようとしているのが伝わってきてもどかしくあるのですが……それでも、私は嬉しく感じました。

 だって彼は、私の立場を尊重したいと、そう言ってくださったのですから。

 そんなことを言ってくださる相手に、私は初めて出会ったのですから。


 朝露に濡れて輝く薔薇の花を見ながら、閣下のことを思うと、どことなく足取りが軽くなります。

 そのまま厨房へ入って、料理人の方々にもご挨拶。

 献立は前日に相談してあるので、変更がないかを確認。

 お互いに納得した上で、彼らには一番の仕事をしていただきます。


 命に直結する厨房に立ち入って指揮を()るなんて、まるで女主人のような振る舞いですが、これは閣下から許しを得ているから可能なこと。

 つまり、初日の私の大暴走は、本来お手討ちにあっても仕方がないものだったと再認識します。


 重ねていえば、報告連絡相談の体系が、使用人さんたちから閣下までしっかりと出来ているユングバリ家だから出来うる横車ということも加味すべきでしょう。

 さすが国防の要たる辺境伯家。先進的です。


 そんな思案をつらつらと重ねつつ、料理の準備を整え、テーブルへと向かえば、折良く彼が姿を現しました。

 イェルハルド閣下です。


「閣下、おはようございます」

「俺は普段通りだ。君こそ早い」

「主様。いまのは単なるご挨拶ですよ、ボケるならもっときちんとボケて」

「おまえは俺に何を求めているのだ、この駄メイド」


 セレスさんからの注文をうけて、顔をしかめる閣下。

 本日もいつもの軍装かと思いきや、略式の動きやすいものに代わっています。


「まあまあ。まずは食事にいたしましょう。閣下もお腹が空かれていますよね? 今日も、料理は私が少しだけお手伝いさせて頂きました」

「そうか、それは……楽しみだ」


 口元をほんのちょっぴり持ち上げた彼が席に着くと、料理が運ばれてきます。


「閣下の好物を、そろそろ教えて欲しいのですが」

「君が準備させたものならば、なべて間違いはないだろう。嫌いなものも、俺にはない」


 軍人としてはそうなのでしょうが、やはり好きなものを食べて欲しいと思ってしまいます。

 とりあえず、最初にお料理したとき不評とまでは行かなかった川魚を、今度はフライの形で出してみました。

 彼は優雅な振る舞いで、ナイフとフォークで魚を切り分け、黙々と口にしていきます。


 う、うう……表情が変わりません。

 美味しいのでしょうか? それともお口に合わない……?


「主様、ここでセレス的トピック」

「なんだその胡乱(うろん)な代物は」

「この魚の小骨は、事前にアンリさまが全て取り除かれています」

「よくぞ進言した、おまえを名誉忠臣とする」

「セレス、万感!」


 なんか小芝居をはじめましたね、この主従。

 と思っていると、閣下が私を真っ直ぐに見遣りました。

 透き通った清水のような、心地よい冷たさの瞳がわずかに細められます。


「気を遣ってくれたのだな、アンリ嬢。俺は普段、気にせず骨ごと食べてしまう」

「内臓に悪いですよ!?」

「この種類の魚は小骨が二股になっていて抜きづらいと厨房から言われていてな。君はどうやってこの難問を解いた?」

「普通に時間と根気ですが……」

「ふむ」


 腕を組み、目を閉じ、やや上を向いて、何かを考え込む閣下。

 これは、あれでしょうか。


「守るべき相手からの献身に胸を打たれ、心中が淡い感動に色づくこの感情は、なんだろうか」

「しいていえば……いじらしい、でしょうか」

「それだ」


 パチンと指を弾き、「いじらしい、いじらしいだな」と噛みしめるように呟く閣下。

 自分で言っておいてなんですが、とても恥ずかしいですね……。


 そんな私とは対照的に、彼はその後、黙々と食事を続けます。

 私も料理人さんたちの業前(わざまえ)に感動しつつ――だってこんなに美味しいご飯は、人生ではじめて食べますし!――閣下と食事の歩調を合わせていると。

 不意に思い出したように、彼がこくりと頷かれました。


「アンリ嬢。急なことだ、断ってくれても構わないのだが」

「火急のお仕事でしょうか?」

「ああ、辺境伯領は砦を幾つか有しているが、屋敷から一番近いもので模擬戦を行う。よければ観覧(かんらん)を」

「いきます」


 閣下が言い終えるよりも先に、私は身を乗り出していました。

 だって、それは。


「イェルハルド閣下のお仕事を体感できる、ということですよねっ?」


 私は、彼を知りたいと思いました。

 その第一歩が、今はじまったと、感じたのです。


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