第三話 閣下の武勇です!
砦の保管庫へ向かったところ、そこには大砲の魂のようなものが、ゴロゴロと箱につまって置かれていました。
書物でしか知らないものですが、おそらくこれが花火の玉なのでしょう。
閣下が書類で宛先を確認すると、確かに届け先はお屋敷になっており。
代金は先払い済みと記載されています。
「解せんな。買った覚えも、決済を許した覚えもない」
普段から険しい顔つきをさらに険しくされて、閣下が目を閉じ、額に指をあてます。
記憶をさらっているのでしょう。
けれど出てきた答えは、やはり身に覚え無し。
花火の玉を辺境伯家が購入した事実はないと落ち着きます。
「この件は、屋敷に戻り次第精査を行う」
「でしたら閣下、私もお手伝いします。書類整理と計算、帳尻あわせを見つけるのは得意なんです」
「……令嬢らしからぬ技能だが、そうだな。無理強いはしないが、力を貸して貰えると助かる。だが、いまはもっと別に重要なことがある」
「もっと、重要なことですか?」
真面目な顔で閣下が言われるので、私も思わず襟を正してしまいます。
彼はこくりと頷くと、こう仰いました。
「これより模擬戦の続きがある。個人の武勇をはかる試合のようなものだ。副官の横やりで君へ伝えるのが遅くなってしまったが……その」
「はい」
「その……俺が戦うところを、見ていてくれないか……?」
「……はい?」
§§
私は暴力が得意ではありません。
暴力をふるうことも、ふるわれることも疎ましく感じます。
それは過去に起因するものであって、誰かを責め立てるために利用するべき感情ではありません。
ただ、苦手なのです。
けれど、今日ばかりは、いまだけは、目を背けず網膜に焼き付けようと思いました。
閣下の武勇を。
訓練場の中に、十数名の兵士さんが整列。
その前方には、閣下のお姿。
部分鎧を身に纏った兵士さんとは異なり、閣下は全くの軽装、略式軍服のみ。
ただ、彼の周囲には無数の武具が置かれていて。
「いざ、はじめ!」
「いぃやぁあああああああ!!」
審判と思われる方のかけ声とともに、兵士さんのひとりが飛び出し、閣下に長剣で斬りかかります。
しかし、その刃は彼に届くことはありませんでした。
まるで御伽噺に出てくる魔法のように、刃だけが地面へ落ちて。
閣下の手には、いつの間にか木刀が。
「うへぇ、えぐいぜ、〝切り落とし〟だ」
横合いで、私の護衛を頼まれたオーガストさんが、身震いをします。
「相手の剣筋を、文字通り切って落とす。無防備になったところで、あれだよ」
オーガストさんがそういったときには、閣下が木刀を翻していました。
悲鳴を上げて吹っ飛んでいく兵士さん。
閣下が木刀を手放し、槍を拾います。刃の部分が布の塊に変わっているものです。
「ご指南を!」
別の兵士さんが同じく槍を持って突撃。
強烈な三段突きを放って。
「六合絶圏。まあ、大将の間合いには入れんわな」
閣下の手の中でぐるりと弧を描いた槍は、相手の突きを全てあらぬ方向へ受け流し、反動で上方へ。
相手が呆気にとられたところで、降ってきた槍が、ヘルメットを叩きます。
「次」
弓矢を手にする閣下。
あとはもう、彼の独壇場でした。
神業のような連射に誰も近づくことは出来ず、集団で押し寄せて懐に飛び込んだら、逆手に持たれた矢が容赦なく喉元に突きつけられるのです。
巨鎚、鎌、杖、刀子。
どの武器を持っても、閣下は本当にお強く。
集まった兵士の皆さんを、ひとりでほとんど叩きのめしてしまいました。
「以上、訓練終わり!」
審判の方が終了を告げると、それまでへたり込んでいた兵士さんたちが慌てて立ち上がり、直立不動の姿勢を取ると、閣下にお礼を告げます。
彼自身返礼を行って、こちらへと戻ってきました。
「イェルハルド閣下」
「感謝する」
タオルを差しだすと、彼は受け取って汗を拭います。
それから、硬い表情で私を見遣り、
「怖かったか?」
そう、問われました。
私は苦笑いします。
「正直に言えば」
「そうか」
……大型犬が尻尾と耳を垂れて俯いてしまいました。
だんだんわかってきましたが、このひとは落ち込むときだけはすごく簡単にわかります。
普段はあんなに凜としているのに、今は叱られた子どものようで。
「閣下は、私に自慢したかったのですか? 自分なこんなにも強く、マッチョイズムに満ちていると」
「違う。それは断じて違う。俺は」
あなたは?
「……君を守るだけの力があると、害意をはねのけることが出来るから安心して欲しいと、そう伝えたかっただけだ」
「閣下」
私は、彼の手を取ります。
汚れている、と身を躱そうとする彼を、それでも追ってまで掴んで、確信します。
ゴツゴツとした無骨な手。
けれど、熱いぐらいに血の通った手。
誰かを守る手。
「それが、感情を言葉にする、ということです。己が思っていることを、取りこぼさずに大事にすることです」
「……そうか。これが、俺の怠ってきたものか」
彼が私の手を、おずおずと掴み返します。
優しく、武具を扱うような強さではなく、愛でるように。
互いのぬくもりを、互いに握り合って、私たちは目を合わせ。
「これからも教えてくれ、アンリ嬢。俺の傍らで、俺自身にもわからない心を」
「もちろんです。私はイェルハルド閣下の妻ですから! それと……えっと……」
「なんだ? なにかまだ伝えたいことがあるならはっきり言ってくれ。政治的な腹芸ならばともかく、相手の心の繊細な機微を読み取ることは俺には難しい」
首をかしげる彼。
そうですよね、閣下にだけ内心を吐露して貰って、私だけだんまりというのは、フェアではありません。
なので、勇気を振り絞って、告げます。
「その……です」
「なに?」
「格好、よかった、です」
「――――」
「っ」
目を瞠り、それから頬を紅潮させる閣下と。
恥ずかしさが限界すぎて顔から火が出てしまいそうな私。
「おー、まったくお熱いこってですな。やめてくださいよ、火薬に火がつく」
そんなオーガストさんの茶々に。
私と閣下は。
「つくか!」
「つきません!」
声を合わせて、反論したのでした。
そうして物々しい訓練を終えて帰途についた私と閣下。
お屋敷に戻った私たちを待ち構えていたのは、
「おー、やっと戻ったか、新婚辺境伯。おんどれがドンだけ尻に敷かれとるか、見に来てやったで」
やけにギラギラしたサングラスを身につけた、南方風の格好をした褐色の肌の男性でした。
えっ……誰ですか?




