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第八話 一件落着です!

 リチャード陛下は仰られます。


「爵位を放棄し、民草に戻れ。そうさな、畑と一軒家を与えてやろう。そこで手を泥にまみれさせながら、家族と毎日暮らすが良い」


 命は取らない。

 罪にも問わない。

 代わりに、これまでの生活を捨ててどこぞの村で生きて行きなさいと、陛下は道を示されて。


 監視はつくのでしょうし、これまで贅沢をしてきた家族の皆には辛い日々になるでしょうが、それでもこれが一番丸く収まることは、おそらく間違いありません。

 ホッと私が胸を撫で下ろしたときです。


「じょ、冗談ではありません! わたしは、楽で華麗(かれい)華美(かび)な生活を送るために家に入ったのですよ!?」


 それまでずっと伏していたお母様が、急に顔を上げ、大声を出しました。

 一堂がぽかーんとなるなか、彼女は続けます。


「おまえ、白の魔女! そこまで寵愛(ちょうあい)されているのなら、この場を取りなしなさい! その貧相な体付きでどうやって殿方を(たぶら)かしたか知りませんが、わたしを助けるのです! わかりますね? このままではアクセーン男爵家が消滅してしまうのですよっ!?」


 実家の消滅。

 それは確かに、私にとってはショッキングなことで。


「それに、わたしたちの身の安全だって保証されるとは限らないじゃない。寝首を掻かれるかも知れない。それでいいの!?」

「お義母様、それは……」

「わかった? わかったわねっ? なら――」

「いい加減にしろ……!」


 イェルハルドさまが、激発しました。

 その綺麗な御髪が、全て逆立つほどの怒り。

 舌鋒鋭く、彼は言い放ちます。


「貴様らは不器用すぎる! アンリ、きみもだ」

「私も……」

「全員がズレている。互いに向け合う感情がチグハグすぎる。それで話し合いなどできるものか。いま必要なのは時間だ。いつか互いが冷静に向き合えるようになるための、別離こそが必要なんだ。簡潔に言えば……頭を冷やしてから話し合え!」


 イェルハルドさまの言葉は、私の胸を打ちました。

 けれど、お義母様にとってはそうではなかったようで、きょとんとした顔をした後、すぐにお父様へと縋り付きます。


「あなた、離縁、離縁をしましょう、すぐしましょう! そうすればわたしは元の家に出戻りして、貴族を続けられます。そう、わたしはなにも知らされていませんでしたので、この辺境伯さまの仰っているとおり、別れるのが一番よ!」

「大嘘ですわ!」


 ビタが真っ赤な顔で叫びました。


「そもそも豪勢な暮らしがしたいからと、領民から搾り取って家に還元しない方法を持ちかけてきたのはお母様でございましてよ。わたくしはあくまで愚姉様(おねえさま)以外眼中にありませんでしたのに!」

「び、ビタ、おまえまでわたしを裏切るのですかっ? もとはといえばおまえが問題を――」

「ええい、黙れ黙れ!」


 そこで。

 ドウマお父様が、怒号を上げました。


 彼は眉間に青筋を立てると、最早無礼を忘れて立ち上がって罵り合うお母様とビタをまた無理矢理平伏させ、自らも地にひれ伏します。

 そうして、王様に向かって。


「……全てこの身の不徳のいたす限り。謹んで、ご厚情に甘えさせていただきたく存じます。……頭を、冷やすために。そして、いつかあれと……アンリと話し合うために」


 と、言い放ったのです。

 それは、全ての提案を受け容れるという発言に他なりませんでした。

 そして、嗚呼なんと言うことでしょう。

 初めて私は、お父様から名前を呼ばれて。


「赦す。(いさぎよ)きそなたに免じ、いまの会話も忘れる」

「有り難き幸せ」


 背後で未だに言い争っているお母様たちを無視して、お父様は床にめりこむほど頭を上げます。

 陛下が頷かれ、右手を掲げられると、外から数十名の兵士さんたちが入ってきました。

 そうして彼らはお父様たちを拘束すると、どこかへと連行していくのです。


「愚姉様! 覚えておいてくださいまし! わたくし、必ずまた愚姉様のすべてを奪いに来ますわ!」

「なんで、なんで私がこんなめに……わたしは無実よー!」


 喚き立てるビタたち。

 このいっときですっかりふけて、身体も小さくなったようなお父様だけが、私を真っ直ぐに見遣り、落ち着いた声音で。


「済まなかったな」


 と告げ、背を向けて。


「……いいえ、いいえ。ですが、お父様、一言だけよろしいですか?」

「なんだ。どんな言葉でも受け容れる」


 私は父の背中へと、ただひとこと言葉を投げかけるのでした。


「さようなら」


 またいつか、会うために。

 全てを聞き終えて、お父様は。


「…………」


 かすかに。

 けれど確かに。

 頷いてくれたのでした。


「さて」


 王様が、男爵家の一堂が引っ立てられていくのを眺めてから、口を開きます。


「ユングバリ辺境伯。この土地はそなたの親族から適当に治めるものを選定するがよい。無論、アンリ夫人に頼んでも良いのだぞ?」

「ありがたく」


 陛下の提案をあっさり受け容れるイェルハルドさま。

 そしてリチャード陛下は。


「うむうむ。では、これにて一件落着よな! はっはっは!」


 高笑いと供に、この事件に幕を下ろしたのでした。


「アンリ」


 まだ笑い続けている陛下の後ろで。

 イェルハルドさまが、私の手を取り、なにかを言おうとして、言葉に出来ず、口をパクパクとさせて。

 それでも最後に。


「辛い思いをさせたな」


 慰めの言葉を口にしてくださいました。

 私は。

 ……いいえ、私がなにかを言う前に、察してくださった閣下は、抱きしめてくれます。

 私は彼の腕の中で。

 家族との別れを思って、しばし声を殺して泣くのでした。


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