第七話 審判の時です!
「さあ、いらっしゃい、アジフの暗殺者たち!」
言い放ち、殺意をこちらへと向けるビタ。
けれど。
一切何も。
変化は、起きなくて。
「……え? え? どういうことでして? 出番ですわよ、暗殺者の皆さん? いまなら陛下共々殺し尽くして、国を傾ける絶好の好機で――」
「愚かと断ずるよりほかない」
イェルハルドさまが、冷え切った声音で。
呆れ果てたように吐き捨てます。
「アジフにもガリューンにも、いまリチャード陛下を害して得することなどない。彼らの目的はあくまで、互いの領地争いであり、痛打を与え外交上有利に立つことだ。決して、この国を滅ぼすことではない。理がなく、得がなく、ましてそこに志すらないのなら、貴様に付き従うものなどいるはずもないだろう」
「――氷の、魔人」
勢いを失うビタ。
それほどまでに、閣下の眼光は研ぎ澄まされた刃のように鋭く。
「ぐ、ぐぬぬぬ……どうして、上手く行かないんですの……? わたくしはただ、愚姉様を愛して――」
「――それが〝愛〟であるものかっ」
イェルハルドさまの一喝を受け、ビタは、ひゅっと息をのみます。
彼女は何かを言いかけて、しかし真正面から閣下の表情を直視して、ブルブルと震えると。
ドサリ。
その場に崩れ落ちました。
慌てて支えるお父様。
お母様は、未だに額を床にこすりつけたままで。
その様子を見て、イェルハルドさまの瞳の温度は、さらに下がり。
「俺は、ヒトの心が解らない男だと言われてきた。自分の心さえ、言語化することが不得意だった。だが、貴様の抱く感情が愛でないことは解る。同時に、いまこの身を焼く感情が、〝憤怒〟と呼ばれるものであることもまた、解る」
彼が、お父様を、お母様を、ビタを睥睨し、聞き分けのない子どもへ叱りつけるように続けます。
「なぜ、誰も謝ろうとしない? これまでアンリを害してきた、その事実が明らかになってなお、なぜこの娘をぞんざいに扱う? 一方的に敵意を向け、それを愛と宣うのなら、まずは向き合おうと思わないのか? ただ一言謝れば済むと促されて、どうして頭の一つも下げられない? そこまで貴様らを愚かさに駆り立てるのはなんだ? 家の名誉か? 家を存続させる方がよほど重要だと言いたいのか。家族の方が、もっと重要ではないのか? それとも、アンリは家族ではないと言いたいのかっ」
彼は、怒っていました。
烈火のごとく怒り、嵐のようにまくし立てました。
私などのために。
「我が密偵に、この家のことは探らせた。そこで、アンリが受けてきた仕打ちも詳しく知った。貴様らがどれほどの残虐無道を働いたかも知悉している。それでもなお、形だけでも頭を下げる。それすらできぬほど、貴様らはアンリが憎いのか」
「なにをいって……こやつは、我が家の穀潰しで」
「ドウマ・アクセーン。すでに欺瞞は砕けた。この屋敷で最も働き者であったのはアンリだろう」
「だ、だが、家を出てからも領民から金を巻き上げ」
「そのようなことが出来るものか。もっと周囲を見ろ。貴様の両隣にいるものたちの服装は、その胸元で、首筋で、指で、髪の上で輝く宝飾品はなんだ? 真に資金を浪費していたのは誰だ?」
「儂は……儂は……なにも知らん……いや、そもそも儂は、聖者の血族の娘を嫁に取れと父に無理矢理に……儂は、けれどあの女を――」
ブツブツと呟き続け、そのまま、ぐったりと肩を落とすお父様。
「ふむ、大勢は決したようだのう」
髭を撫でながら、ずっと傍観者に徹していたリチャード陛下が、おもむろに口を開きます。
イェルハルドさまが改めて膝を突き、頭を垂れれば、陛下は頷かれました。
「互いに言うべきことは全て吐き出したな?」
「ま、待ってくださいまし! わたくしはまだ」
「余の暗殺を謀った時点で極刑、という事実を弁えた上で発言するがよい、アクセーンの末娘。余は、そなたに赦しを与えた覚えはない」
「――――」
絶句するビタ。
首肯する陛下。
「いま述べたとおり、アクセーンには余の暗殺、ユングバリ辺境伯の暗殺、その妻の暗殺を画策した咎がある。本来ならば家財没収、お家断絶の上、一族郎党に至るまで全員死刑とするべきであるが」
そこでチラリと、陛下がこちらを向かれました。
私は深く頭を垂れて、進言します。
「怖れながら陛下、発言をお許しください」
「うむ、赦す。存分に申せ」
「その罪をもってアクセーンを摘発しますことは、国にとってよろしくないと考えます」
「ほう?」
「アジフとの国交が悪化し、ガリューンがこの機に乗じて進出する可能性もあります。それは、どちらかに肩入れし、隙を晒す行為となるでしょう」
「しかし、罪は裁かねば再発を呼ぶ。獅子身中の虫を飼うほど、余は愚かではない」
「……どうか、寛大なご処置を」
私に出来るのは、ただ伏して同情を請うことだけです。
家族のために出来ることが、最早こんなことしかありません。
まったく、不出来な娘で、姉ですね。
本当に申し訳なく思います。
じっと頭を下げ続けていると、陛下は。
しばらく沈黙されたのち、思いついたようにこう口にされます。
「さて、そういえば社交界ではアンリ辺境伯夫人の話題で持ちきりだ。よき仕立て、よき材質のドレスをまとい、その麗しさと言えば、巷間の子女たちの模範であると」
「…………」
「いまこの場でアクセーンを罰すれば、系譜としてそなたを罰することとなる。ひいては、それは辺境伯家の利にならぬであろうと思うが、どうかなユングバリ辺境伯?」
「はっ。アンリがいなければ、国防に専念することはままなりません」
「で、あるか。ならば、赦す!」
豪放に、磊落に。
陛下がお笑いになります。
「先ほどまでの罪、前言の通り一切聞かなかったこととする。代わって、ここに提案だが……これ、アクセーン男爵」
「は、はい」
「そなた、一族郎党まとめて俗世へ戻れ」
「は?」
「爵位を放棄し、民草に戻れと言ったのだ」




