第六話 事実を陳列していきます!
「ま、ま、ま、まさか――陛下!? ははー!」
その場に平伏するお父様と、首をかしげるお母様にビタ。
「愚か者め!」
お父様は跳ね起きると、お母様たちの頭を押さえ、無理矢理に地へと伏せさせました。
「い、痛いわ! なにをしますのお父様!?」
「あなた、こんな見ず知らずのふとっちょに、何故私たちの頭を下げさせて」
「ええい、黙らんか! このお方は、この国の王であるぞ!」
「「っ!?」」
同時に息を呑むお母様とビタ。
ひれ伏す三名を興味深げに眺めながら、リチャード陛下は髭を撫でつつ告げます。
「さて、余が立ち会うことに異論はなさそうであるが……相違ないか、アクセーン男爵?」
「……おそれながら、なぜ陛下がこのようなところに」
「不思議なことを言う。臣下は皆、余を歓迎するものではないのか?」
「それは……もちろん」
「冗談である。答えは、そうよな……そなたらの仲裁に来た、といったところか。そこなアンリ辺境伯夫人には、褒美を取らせる用意があってな、肩入れしてやろうと思ったまでのこと」
「は?」
訳がわからないといった様子のお父様に、陛下は「よいよい、無知を赦す」と適当な返事をし、くるりとこちらを向かれました。
「さて、ユングバリ辺境伯。余は、ここで見聞きすることを一切外部に報せるつもりはない。部下たちも同じくである。思うさま、埒をあけ、陳述を行うがよい」
「ありがたく」
一度、深く頭を垂れたイェルハルドさまが、大きく息を吸い、そして語り出しはじめます。
「アクセーン男爵家次女ビタ・アクセーンは、かかる某日、ユングバリ辺境伯家夫人アンリ・ユングバリを毒殺しようとし、これをイェルハルド・ユングバリに妨害されたことで対象を変更。イェルハルドに対し刺突を企て、傷と毒を与えた事実がある」
「なにをいっているか辺境伯!?」
思わず顔を跳ね上げて、お父様が怒鳴ります。
「ビタがそのようなことをするわけがない! この子は大人しく、優しい娘なのだぞ! 何か証拠があるのか? なければ男爵家への名誉を毀損したとして陛下へ訴えを――」
「証拠か。まず第一に、俺とアンリ、そして当方のメイドがビタ嬢の蛮行を目撃している」
「貴様の側だけではないか、そのようなもの証拠になるか!」
「そうか。では、これがビタ嬢がアンリに向けて送りつけてきた密書だ。俺の身体を蝕んでいた毒の解毒薬は自分が持っている旨、俺の命が惜しければ男爵家の運営を無償で行う旨、一切を公言するなと言う念書が記されている」
閣下が懐から取り出された書類を、セレナさんがお父様へと運びます。
さらにはリチャード陛下にも。
二人はそれを読んで、正反対の表情をしました。
お父様は、目を血走らせて文章を追い、確かにその文字が妹のものだと理解して泡をふきました。
逆に陛下は、愉快そうに口元を歪めます。
「使用したものと同じ毒は、ここにある。これはアジフ国のみで作られているもので、もしもビタ嬢が解毒薬、或いは毒本体を所持していた場合、他国との密通も疑われる」
「……ビタ、これは、本当なのか?」
ありえないといわんばかりに、縋り付くような様子で妹を疑うお父様。
一方でビタは。
「卑怯ですわよ、愚姉様! 二人だけの密書を公開するなんて……!」
なんて、いまさらすぎることを口にします。
あのですね、ビタ。
相手から脅迫されているので情報を共有しない、などというのはよほど追い詰められている人の考えであって、一歩立ち止まって考えれば、しかるべき所、しかるべき方と一緒に問題解決へ動くのが当たり前ではありませんか?
「なんですの、その眼は? まるで、わたくしを、愚か者だというような……愚姉様はいつもそんな眼差しで! いいんですの、辺境伯さまが死んでしまいますわよ!」
……彼女は気が付かなかったのでしょうが、それは、自白と同義でした。
お父様が天を仰ぎ、お母様が蒼白な顔で震えながら、床に額を押しつけます。
ですが、残念ながら、イェルハルドさまは止まりません。
「また、アクセーン男爵家は、当辺境伯家より融資を受けるにいたって、領地運営能力を詐称していた」
「なんのこと……まさかっ」
寝耳に水といったありさまのお父様が、何かを悟りビタの方を向きます。
しかしビタは私を睨み付けているだけで、それにすら気が付きません。
閣下が、私でもたどり着けてしまった事実を、開陳してしまいます。
「アクセーン領の運営は実質的にアンリにより考案され、行われていた。だが、これをビタ嬢は自らの功績であると掠め取り、アクセーン男爵に対し、考案したのは己であると虚偽の申し立てを行った」
「証拠は……」
「アクセーン男爵、これについては同情するが、すでに貴様は察しているだろう。アンリがこの屋敷より離れて以降、領地の運営は滞り、税収も下がっていることを」
「それは、たまたま、偶然で……っ」
「このまま経営難が続くならば、辺境伯領よりの融資は契約不履行という形でいずれ打ち切られる。みれば、領地の運営よりも、妻と娘、屋敷の内装に金を注ぎ込んでいるようだ。随分と余裕がありそうであるから、そもそも援助の必要はないのではないか」
「ぐ、ぐううう……!」
お父様が、苦しい言い訳だと自分でも思っているらしく、歯がみをします。
彼はビタを守りたいのでしょうが、あまりにも状況証拠が整いすぎているのです。
疑わずにはおれない状況にまで、追い込まれてしまっているのです。
こうならないために、私は今日まで手を打ってきました。
イェルハルドさまは無事であると社交界を通じて示し、毒物とその解毒薬による脅迫懐柔行為が無意味であることを伝え。
軍事演習を行うことで、万が一の場合はこれが敵に回ってしまうのだから、今のうちに謝罪を行い、全てを身内のいざこざで終わらせるべきだと。
けれどその考えは、結局のところビタにも、それ以前にお父様にも届いてはいなかったのです。
「卑怯者」
妹が、言います。
私を、責め問うように。
両目に、涙まで浮かべて。
「わたくしから奪うつもりですの!? 生まれたときから全てを持っていた愚姉様が、何も与えられなかったわたくしから!?」
世間一般的に、ビタは多くのものを所有していたでしょう。
金銭も服も、宝飾品も。
学も、作法も、知識も。
身分も、両親からの愛情さえも。
けれど、彼女にとっては違ったのかも知れません。
ビタはただ、私が羨ましくて。
……ああ、そういう意味では、私たちは似ていたのでしょう。正しく姉妹だったのでしょう。
己の渇望を言葉にすることが下手で、人生が不器用な愚か者で。
「ビタ、いまからでも遅くはありません。イェルハルドさまへ謝罪を。そうすれば、まだ丸く収めることが」
「いいや、駄目だアンリ。俺のことなどどうでもいい。きみへ対して、妹君が心底より謝らなくては、何も解決しない」
「イェルハルドさま……」
彼は小さく頷くと、ビタを見遣りました。
「さあ、どうする? ビタ・アクセーン。男爵家の存亡は、その選択に委ねられた」
彼女は。
ビタは。
私の妹は。
「だったら簡単ですわ! この場で王様ごと、皆殺しにしてしまえばいいのでしてよ! さあ、いらっしゃい、アジフの暗殺者たち!」
立ち上がり、右手を掲げ、大声でそう言い放って――




