第五話 いざ、帰省です!
帰省の日時をギリギリまで調整し、私とイェルハルドさま、そしてセレンは一路アクセーンへと向かいます。
ちなみに閣下の悪友であるアズラッドさんは、一連の事件に関与していると思われるアジフ国の過激派と、その証拠のあぶり出しに躍起になっています。
また、閣下の家庭教師であるレクター・スピリオさまは、その広い顔を活かして、各国にイェルハルドさまは健在であると喧伝して回ってくれています。
これらのアプローチは、本来ビタに状況を正しく理解して貰うために必要だと感じたことでした。
もっとも、全ては逆効果だったようですが。
なぜなら、アクセーン領内に入った途端、私たちは私兵団によって包囲され、実家に連行されてしまったからです。
……解っているのでしょうか。
これが表沙汰になると、アクセーン男爵家にとってはデメリットしかないということを……。
辿り着いた実家は、すっかり様変わりしていました。
内部には趣味の悪い彫像や絵画が増え、豪奢と放蕩の違いもわからないような飾り付けが随所になされており、一方で活けた花は枯れ、廊下の隅にうち捨てられているのでした。
「ようこそおいでくださった、ユングバリ辺境伯」
私を――いえ、閣下を出迎えたのは三人。
お父様と、お母様、そして、ビタ。
本来なら応接間に通すべき所を、玄関のエントランスで彼らは待ち受け、対応をはじめます。
ドウマお父様が両腕を広げながら、心底嬉しそうな表情で、閣下へ歩み寄ってきました。
「まさか、融資の増額を決めてくださるとは、辺境伯殿は太っ腹だ」
「なに?」
「おまけに、自分が没後も末代まで援助していただけると聞いたときには、歓喜したものだ。そんなに、その白い疫病神の褥が温かかったのかね?」
「貴様」
これまでにない殺気を漂わせ、没収されなかった腰の剣へ手をかけるイェルハルドさま。
私は、そっとその手を握ります。
握りかえされて、互いに意思を確認し。
今度は、私が口を開きました。
「お父様」
「おまえに発言を許可した覚えはない、黙れ」
「いいえ、黙りません。いまのお話は、どなたから聞かされたのですか?」
私が普段にもまして強気だったからでしょう。
彼は一瞬面食らったようになり、それから鼻白んで答えます。
「無論、儂の最愛の娘、ビタからだ。ビタはおまえなどより優秀だからな。随分と交渉を重ねてくれたと聞いている」
交渉。
あれを交渉と呼ぶのなら、口喧嘩も交渉の内になるでしょう。
妹を見遣ります。
彼女はニヤニヤと笑っていました。
……さすがに、私にも解ってしまっています。
ビタとはわかり合えません。
彼女は、この場で私と閣下が殺されて、男爵家と辺境伯家が戦争になっても構わないと、本気で思っているに違いないのですから――
「愚姉様」
妹が、嘲侮に染まった声音で、私に問います。
「辺境伯さまのお加減は大丈夫かしら? お顔の色が優れないように見えましてよぉ?」
――黯然としました。
まさか、ありえないと自分の中で否定しますが、それは上手く行きません。
馬鹿馬鹿しい話だと解っています。
けれど、もしやビタは。
まだ、イェルハルドさまが毒に侵されていると、信じ切っている?
そこで、連鎖的に、思いつきたくもない想像に囚われます。
もし、彼女の勘違いが家族の中で共有されているのなら?
あるいは、共有すらされていないのなら?
お父様は、お母様も、何も知らないまま、この蛮行を行っているとすれば?
私が領地を運営していたことを、ビタが全て自らの功績としてしまったように。
それは、最悪です。
ここまで終わりきった結論に辿り着くなど、想像だにしていませんでした。
けれど、いくつもの出来事が、私に仮説を裏付ける証拠を与えてくるのです。
私は。
それでなお、一縷の希望を見出すために、お父様へと質問します。
「お父様。ドウマお父様。どうか答えてください。ビタは、あなたになんと言って、融資の継続が約束されたと示したのですか?」
「なにをいまさら」
彼は鼻で笑いながら、自慢げに言いました。
「辺境伯殿は余命幾ばくもなく、おまえを経由して全財産を、我がアクセーン男爵家に与える。領地もそうだ。そのことを民に知らしめるべく出兵するべきと、ビタが教えてくれたのだ。だから今日も、療養に来た辺境伯殿を我が家に在宅させようと」
目眩がしました。
ふらりと傾ぐ身体。
そっと、背中を支えられます。
閣下が、ゆっくりと頷かれて。
「アクセーン男爵。このままでは対話にすらならないと断ずる。続行すれば、俺は、貴様を斬り殺してしまうだろう」
「おー、それが辺境流の冗句ですかな? なかなか趣深い、今後辺境を治める身分として、学んでおきましょうかな」
「貴様はいま、俺と対話を為すつもりがないな。人として同等とすら思ってはいまい?」
「あなたの養父、保護者が儂になるという話なのでな」
「ならば、対話の仲裁を頼むこととしよう。妻のたっての頼みだ、申し開きの用意をしておけ」
そこで、お父様は大笑いをしました。
「儂とあなたの仲介を? いったいどこの馬の骨が?」
「俺よりも偉いお方だ」
イェルハルドさまが苦笑し、その場に跪きます。
私もそれに倣います。
不思議そうに立ち尽くす私の家族の前で。
入り口のドアが、勢いよく開きました。
「うむ、赦す!」
お父様が、驚愕に目を見開きました。
なぜならそこにいたのは。
「余が自ら、そなたらの言い分を判定してやろう」
この国の最高権力者。
諸侯を収める長にして頂点。
国王リチャード陛下に、他ならなかったのですから。




