第四話 夜会に軍事演習にてんてこまいです!
「おお、ご無事でしたかユングバリ卿。流言飛語はあてになりませんな」
「アンリ様も大変麗しく、本日の夜会は楽しんでいってくださいましね」
主催者である伯爵家のご夫妻が、お気遣いの言葉をかけてくださいます。
ここは王都。
私とイェルハルドさまは、連日貴族や商人の皆様が開催しているパーティーに参加していました。
辺境伯領の防衛を、副官のオーガストさんに任せてです。
「みてくださいな、夜に咲く太陽のよう」
「銀糸の髪、ルビーの瞳、ユングバリ様の隣であれほど耀ける女性もおりますまい」
「本日の太陽のようなお召し物も素敵だけど、わたしとしては、先日の藍色の落ち着いたものも魅力的で……やはり御用商人に買い付けへと行かせましょうかしら?」
などなど、周囲では私たちを肴にした談笑が耐えません。
よい傾向でした。
もはや、誰も閣下が刺されたことを話題にしはしません。
むしろ、彼はこの状況下でも優雅に振る舞うことが出来る、風雅の解る武人として評価されつつありました。
無論、これも狙いの一つです。
「ごきげんようアンリ様。この絹は、やはりご自身の領地で生産を?」
「はい! よろしければ試供品もありますが、試されますか?」
「よろしいのでっ?」
「ところで、そんな上質な絹を作れる環境を守るためには色々と工事が必要でして」
「融資ですか? ですが、わたしの一存では……」
「いまならなんと、治水施設や橋、護岸工事に出資してくださったかたの名前を刻んだ碑を当地へ設置、将来にわたって栄誉をたたえていくキャンペーンが実施中で」
「もちろん、我が家も支援いたしますわ!」
「ありがとうございます!」
とまあ、もうひとつの狙いは、資金の調達です。
辺境伯領における水害対策の徹底は、そのまま産業の安全性を担保しますし、なによりこの国に住む人々にとっては、仮想敵をせき止める防波堤を補強するようなもの。
加えて、碑文に名前が刻まれるとなれば、お金で国へ貢献した栄誉が買える状態になります。
広告塔としても、出し惜しみする理由がありません。
なにせ、現地民からは有り難がれ、今後来訪する人々からは讃えられるわけですから、貴族としては儲け話より飛びつきたくなるわけです。
そういうわけで、私と閣下の、パーティー列席はしばらく続きました。
……もちろん、この間も妹からの手紙はたくさん届きます。
全てに目を通した上で、私が返信できることは多くありませんでした。
ビタは、私に生涯をかけて男爵領の経営を行い、その業績を全て自分へ明け渡すように望んでいます。
辺境伯の命も長くはないだろう、解毒剤が欲しければ言うことを聞け、という具合です。
彼女は知りません。
イェルハルドさまがすっかり完治してしまっていることを。
ビタの視点からでは、いま私たちは強がりでパーティーに参加し、寿命をすり減らしている道化に見えるのでしょう。
だから、私はお願いするのです。
領地運営のノウハウは教えるので、ビタが自分で行うことを。
そして、イェルハルドさまはすでに無事なので、一度だけでいいから、命を奪おうとしたことを謝罪して欲しいと。
それだけを望むのです。
けれど、返信はいつも、苛烈な怒りに満ちた、連れないものでした。
パーティー行脚を終えた私たちは、その足で辺境伯領へ。
副官さんからおおよその報告を受けた閣下は、国境近くで大規模な防衛訓練を数度にわたり実施。
他国に対して、強い圧力をかけていきます。
この費用も、社交界での金策が実ったものでした。
……けれど、これは哀しい契機にもなってしまいます。
アクセーン男爵領が、武装をはじめたと言うんです。
お父様が、内戦を企てている……そんな噂も流れてきます。
手元に届くビタの手紙は、過激さを増すばかり。
もう何度目になるかも知れない話し合いの提案を、私は行います。
こちらは水に流す用意があって、ただアクセーン家には自分の領地を守って欲しいだけだと告げます。
ですが、アクセーンの軍備増強は続きます。
民草の生活が難しくなっているだろうことは、傍目にも明らかで。
「アンリ」
閣下が、心配そうに私へ声をかけてくださいますが、大丈夫ですと頷きを返します。
「きみは十分に譲歩した。相手のメンツも立てた。これ以上は」
「イェルハルドさま。私は思うのです。それでもと」
あるいは、こんなにも諦めが悪かったからなのでしょうか?
ついに、そのときはやってきました。
お父様が、私に実家へ戻れと通告してきたのです。
辺境伯領を明け渡し、自分の領地に組み込むよう取り計らえ。
でなければ、挙兵も辞さないと。
ゆえに。
「……行きましょう、アクセーンへ。はじめての……帰省です!」




