第三話 私は話し合いを望みます!
アジフ国のお偉いさんにして保守派の諜報員。
アズラッドさんは、仰いました。
私やイェルハルドさまを害し、ユングバリ辺境伯領を弱体化させ、そこを〝通り道〟にしたい勢力を打倒したいと。
そして、私の実家たるアクセーン男爵家には、アジフの過激派と繋がっている可能性が非常に高いと。
「一応は疑惑や。いまワイの部下が総当たりで証拠を探し取る。オンドレに使われた毒、賊の出自、その他諸々……それが出揃うまでが」
「おまえの待てる期限ということだな」
イェルハルドさまが口を挟むと。
アズラッドさんは困ったように口元を歪めました。
「本来ならこれは、他国への干渉の類いや。一喝されるかと思う取ったが」
「我が領地の話だ、俺にはその裁量をふるう責任がある」
彼は長く細い息をつくと。
私を、真っ直ぐに見遣りました。
碧玉の瞳の中で、明確な感情が轟々と燃えているのが解ります。
「アンリ、きみはどうしたい?」
「……本来なら、私の意見など判断材料に入れてはいけないのではありませんか?」
だって、そうでしょう?
私はアクセーン家の身内で。
「イェルハルドさまは、殺されかけたのです。であるなら、私がなんと言おうが、為すべき事は定まってしまっているのでは?」
「本来ならばそうだ」
押し殺した調子で、彼は応じます。
「ビタ・アクセーン。君の妹は、俺ではなく、そもそもきみを殺そうとしていた。そんなこと、断じて許せない」
「イェルハルドさま……」
「きみが殺せというのなら、一木一草ことごとく、基幹たる男爵家から、草の根の領民まで全て誅戮する用意が俺にはあるが」
「戦争ですか!?」
「……あくまで、出来るという話だ」
悲鳴のような声を上げてしまうと、閣下は少しだけ激情を抑えてくださいました。
それでも、怨嗟のような、もっと違う灼熱した感情が、彼の口元からは溢れます。
「きみが寝込んでいる間に、セレスを使った。あれは、きみがこれまでアクセーン家でどのように扱われてきたかを、事細かく、腹立たしいほど正確に情報収集して見せた。俺が表面上聞き知っていた知識よりも、よほど正確にだ。あれほど不当な処遇におかれていたきみが、今度は命を狙われただと? なんら落ち度がないにもかかわらず? 俺は、それが許せない」
許せないのだと、イェルハルドさまは繰り返します。
「この感情の名前はなんだ? いや、俺にとて解る。怒りだ。大切なものをぞんざいに扱われた怒り。大切な人が喪われるかもしれなかった恐怖。愚かしきものを呪う憎しみ。これほどまでに自分の感情をしっかりと言葉に出来たことは初めてだ。それほどまでに、俺は……きみを失いたくない」
「イェルハルドさま……」
「相手方はきみ宛に無茶苦茶な密書を送ってきている。俺の命を助けたくば、男爵領に尽くし、もはや社交界など望まず、朽ちて死ね。おおよそそのような内容だ。到底受け入れることはできない。それとも、きみはそれを望むのか?」
「いいえ、閣下。私は今でも男爵領の領民たちを大切に思いますし、繁栄して欲しいと望んでいますが、それは領主自らの手で行われるべきことです」
ならば、滅ぼすかと。
本気の眼差しで、辺境伯閣下は言います。
この国で、最も精強な軍事力を持つ彼が。
私は、ゆっくりと頭を振りました。
「いいえ、いいえ。イェルハルドさま、私たちがいまなすべきことは、そうではありません」
「…………」
「閣下が倒れ、私が倒れ、おそらく国の中も、外も、この領地を巡る算段をつけているでしょう。たとえばアジフやガリューンは、このままではいつか、実質的な辺境伯領の支配に乗り出してくるでしょう。まずは、それを撥ね除けなくてはなりません」
「では、どうすると?」
純粋な彼の問い掛けに。
私もまた、まっすぐ。
笑顔で答えるのです。
「それを、一緒に考えてはくれませんか? イェルハルドさまを頼らせてください」
「――――」
彼が目を見開き。
鼻息も荒く、身を乗り出します。
「もちろんだ! 必要なのは、依然として領地の強靱化だと俺は思う」
「はい、治水工事の資金集めもしたいですし、そのためにも閣下の健在をアピールしたいのです」
「ならば」
「でしたら」
私たちは、同時にその答えへと辿り着きました。
「「パーティーに参加する」」
社交界とは、きっとこういうとき活用するための場所なのでしょう。
そうです。
これまで積み重ねてきたものが、ともに過ごしてきた閣下との時間が、答えを導いてくれるのです。
「見せつけていきましょう、不死身の防人ここにありと、イェルハルドさまの無事を」
「見せつけてやろう、きみの美しさと、知恵働きの鮮やかさを、アンリこそ辺境伯領の至宝、投資の価値ありと」
「……ですから、閣下」
どうか、お願いします。
「その間、アクセーンのことは待っていただけませんか? 私はお父様やお義母様。なによりも妹と、話し合ってみたいのです。まずは、密書に返事をさせてください」




