第二話 聖人の血脈の秘密です!
「おうおう、昼間っからお盛んやのう。客人を待たせよってからに」
口を尖らせて悪態をつかれたのは、褐色の肌にサングラスの男性。
応接間のソファーにドカリと座り、民族衣装をまとった砂塵の国の使者。
「アズラッドさん!」
「よお、達者やったか、お姫さん」
「達者ではなかったのですが……」
真面目に答えると、アズラッドさんはウムウムと頷かれて、
「イェルハルドが刺されてお姫さんが意識不明。そう聞かされたもんでな、アジフでの地盤固めも投げ捨てて飛んできたって訳や」
「聞かされたというと……?」
「この家の家庭教師、レクターからや。あのジジイ、やたら顔が広くて敵わんわ。つぎはガリューンへゆくって、言うとったしな」
なるほど、レクターさんがあちこちに手を回してくれていたと。
もちろんそれは、イェルハルドさまの承諾あってのものなのでしょうが。
「ありがとうございます。ご心配をおかけしてしまって」
「ええねん、ええねん。それよか、もっと聞きたい話があるやろ。聖人の血脈、聖者の血族についてや」
「……!」
たしかに、いまは知らなくてはなりません。
またイェルハルドさまになにかあったとき。
或いは目の前で、誰かが倒れたとき。
私に出来ることはあるのかと。
「よっしゃ。せやったら話していくで。第一に、聖者の血族ってのは、大昔、この大陸を治めていた一族の末裔や」
……あの、初手からお話が、大きくありませんか……?
ちょっとその、いまのややこしい状況で壮大な陰謀や遠大な叙情詩みたいなお話は受け付けないと言いますか。
「そんな顔せんとええ。とっくに滅んだ一族の話やからな。いまのワイらの先祖があちこちから流入して、大陸は多民族が住む土地になった。そのときにはもう、姿を消し取ったらしい」
この時点で情報がワッと押し寄せてきているのですが、アズラッドさんの話は続きます。
「で、この一族は不思議な力を持っとった。……と、すくなくとも考古学者どもは考えとんのや。他人の傷を癒やしたり、自分の傷を治したり……御伽噺みたいな力や。ちゅーか、この一族をモデルにして、いまのワイらや子どもらが楽しむ寝物語は作られたんとちゃうか、というのが学説やな。つまり、魔女だの魔物だのと呼ばれるものの正体や」
「アズラッド」
厳しい声を、イェルハルドさまが差し込まれました。
アズラッドさんが、苦々しい顔で首を振ります。
「ワイはなにも、お姫さんが魔女や魔物や、つってるわけやない。そーゆー風に歪曲して伝えてきた事実があるってだけのことや。なにせ、魔女の前身は〝幸運を招く少女〟やで? それがいつの間にか不幸の象徴にすり替わりおった」
「情報の攪乱、後世に伝わる歴史の改竄、一定民族の功績の抹消。なるほど、この世界もなかなか腹黒さの上に成り立っているな」
拳をギリギリと鳴らすイェルハルドさま。
えーと、落ち着いてください? これ、私と直接関係のない話ですからね? たとえ関係があったとしても、まったく気にしてもいないので。
「まあ、この辺りは教会がうまいことやっとるんやろうが……重要なのは、聖者の一族が持っていた癒やしの力や。こんな便利なもん、時の為政者が求めんわけがない。ちゅーわけで、徹底的に調べた結果、資料が幾つか出てきた」
持ち出すことは、さすがにできんかったがなぁと彼が言えば。
閣下が無能めと罵ります。
これにはアズラッドさんも辟易したかと思いきや、ニヤリと笑い、
「ところがどっこい。ワイはその内容を覚えてきたちゅーわけや。あがめたてまつってもええんやで?」
「それで自分の立場を危うくしたのか。済まない、苦労をかけた」
腰を折り、頭を下げる閣下。
面食らったのはアズラッドさんです。
普段のイェルハルドさまからはとても想像が出来ない挙動に、サングラスの奥で目を白黒させて。
しばらく呆けたあと、頭をガシガシとかきました。
「調子狂うわ。内容はふっかけてやるつもりやったけど、やめや。正直に話したる。だからまずは頭をあげぇや、このスットコドッコイ」
「うむ」
元の姿勢に戻り、腕を組むイェルハルドさま。
悪友であるアズラッドさんはため息を吐かれます。
「ま、こいつの奇行に参ってても仕方ないわな。端的にいくで。聖者の血族には、自分と他者を癒やす力がある。どんな傷も、どんな病状も、道理を蹴飛ばして奇跡のようにや。ただしこれは、非常に消耗が激しい。その代償は」
言いよどむ彼。
一方で、私はやはりと思います。
自分の怪我は自然に治るものでしたが、イェルハルドさまの解毒をするときには、身体の中の、とても大切なものが擦り切れていくような、手のひらから砂がこぼれ落ちていくような感覚を覚えました。
あれは、もしかすると。
「命や。もしくは魂とでも言うべきもの。自分に使うぶんには体内で循環するそれは、他人を治すちゅーと、外に出て消費してしまうんや。結果として、寿命が縮む。これも奇跡じみとるな。もしも瀕死の重症を治そうとしたら、最悪自分が死ぬ」
「アンリ、使用を禁ずる」
「閣下、また言葉が足りていません」
「こればかりは尽くす言葉の必要などない。そのままの意味だ」
イェルハルドさまが、普段にもまして厳しい表情と威圧感でそう仰います。
解ります。いまではすっかり解るようになりました。
このかたは、本当に、心の底から私を案じてくださっているのだと。
「問題があるのです、イェルハルドさま。私には、力を制御する術がありません」
「それについても文献には書かれ取ったで。聖者の血族は理性にして行動するものではないちゅー話や。感情が高ぶったとき、心が突き動かされたとき、最適な行動で、自然に力は解き放たれる……らしいで」
イェルハルドさまが手で顔を覆われました。
思い当たる節が沢山あるのでしょう。
ええ、我がことながら、いまちょっと反省しています。
しかし、これでようやく解ったやもしれません。
あのとき、閣下が毒を受けたとき。
私はやらなくてはいけないと思いました。
どうしても助けたいと願いました。
すると、身体が咄嗟に動いていたんです。
脳裏に、こうするべきだと思い浮かんだのです。
つまり、聖者の血族の力、癒やしの力は、私の感情と密接に結びついているのでしょう。
そして、だからこそお母様は、これをナイショにするように仕向けて。
「あれ? 待ってください? ひょっとして初めての社交界で閣下をお助けしたときの記憶が曖昧なのって……」
「十中八九、力の反動だろうな。魂というのは、命や記憶の混ざったものだとも言う。そこを消費すれば、物忘れのひとつもしよう」
「わぁ……」
だいぶ怖いですね、この力!
「さて、これでワイが手土産にしたものは全部や。おふたりさんが無事だと解った以上、とんぼ返りするつもりやが……」
席を立とうとするアズラッドさんを、閣下が手を翳して止めます。
「待て。まだ隠していることがあるな?」
「隠すなんて人聞きの悪い」
「レクターが東奔西走しているとは言え、二つ返事でおまえが顔を出すものか。おまけに、自分の立場を確定させようとする大事な時期だ。それを不意にしてまでこちらへ来る。理由があるな?」
「おんどれ、マジでこんなときばっかり勘がいいのは、どうかと思うで?」
盛大にため息を吐かれたアズラッドさんが、渋々と言った様子で語りはじめます。
「じつはな。おんどれの毒殺には、またもアジフの過激派が一枚噛んどるようなんや。つまり、お姫さんには酷な話なんやが」
アズラッドさんが。
サングラス越しに私を見詰め。
重苦しい調子で、仰いました。
「ワイとしては、その根を断たんとならん。つまり、お姫さんの実家ちゅー、アジフの協力者を取り除きたい訳や」




