第一話 復活の私たちです!
夢を見ています。
明確に、夢だと解ります。
実家のベッドがそこにはあって、私はそのそばに腰掛け、寝ているかたの手を握っています。
私の姿は今のままで。
けれど横たわっているそのひとは、幼少期以来二度と会えないはずで。
私と同じ、白い髪。
私と同じ、赤い瞳。
お母様が、そこにいて。
「大きくなりましたね、アンリ?」
優しくも凜とした声音で、お母様は語りかけてきます。
晩年の彼女はぼろぼろで、ずっと寝たきりだったのに。
だから、ああ、これは夢なのです。
とっくに私たちは、死に別れているのですから。
「もっとずっと、あなたは成長を続けるでしょう。精神的なことです。むしろ、いまはまだ幼い」
「そんなことはありません。これでも私、淑女なんです」
「淑女は頬を膨らませて拗ねたりなんてしないわ」
クスクスと笑って。
ゴホゴホと咳き込んで。
私はお母様の手をギュッと握って。
「いいですか、アンリ? あなたの人生は、きっと艱難辛苦に満ち満ちているでしょう」
「そんなにですか」
「そんなによ。理不尽なこと。つらいこと。かなしいこと。罪と障害と試練が、幾度となくあなたの前に現れるはず」
なんだか、嫌ですね、それは。
「ええ、ほんと。嫌になる。でもね、人生とはそういうもの。そしてその苦難と同じぐらい、あなたには幸せになる権利がある」
幸せ、ですか。
それは、きっとほど遠いもので。
「いいえ、アンリ。幸せはいつだって、すぐ近くにあるのよ」
すぐ、近く?
「あなたは生涯を通じて、多くの困難と出会うでしょう。同じぐらい、多くの人々と出会うでしょう。そのなかには、悪い人もいるだろうけれど……でもね、信じなさい。あなたが大切に思った人々は、あなたを大切に思ってくれる、よき人々なのだと」
私は。
「大丈夫。あなたはきっとひとりでも平気だけど、みんなでいれば、ずっともっと素敵な日々が待っているから。だから、ね?」
ベッドに深く横たわり。
いまにも消え失せてしまいそうなほど蒼白な顔色で。
なのに美しく微笑んで、お母様は言うのでした。
「いつまでも、眠っていては駄目。起きて、あなたのやりたいことと、向き合いなさい?」
§§
眼が、覚めました。
ゆっくりと、目蓋を開けば、そこは辺境伯領のお屋敷。
私の部屋で。
どうやらベッドに、横たわっているようでした。
身じろぎをしようとして、左手に重さとぬくもりを感じます。
視線を向けると、そこには、祈るように突っ伏した、ひとりの男性が、私の手を握っていて。
「閣下?」
「――む」
ゆっくりと上げられる彼の顔。
「まあ、酷い顔ですよ? どうかされたのですか?」
「――俺は、いまは初めて、神に感謝する」
目元を真っ赤にして。
頬は痩けて。
肌色も悪い彼が。
それでも嬉しそうに。痛いぐらいに私の手を握って。
それから。
「よく、目を覚ましてくれた」
「わっ、わっ」
ぐいっと身を引き寄せられ、盛大に抱きしめられます。
え? え? なんです、なにが起きたのですか!?
「……あっ」
思い出したやもしれません。
たしか、閣下は毒に倒れられて。
私はそれをなんとかするために、ずっと忘れていた癒やしの力を使って。
「あの、閣下」
「イェルハルドでいい……」
「……で、では、イェルハルドさま。じつは、思いだしたことがありまして、お話をしたく」
「このまま聞く」
「はぁ」
何やら抱きしめられたままではありましたが、私は正直に、自分のことを説明します。
「閣下はすでにお気づきだと思いますが」
「イェルハルド」
「……イェルハルドさまはすでにお気づきでしょうが、私にはちょっとした怪我を癒やす力があります。どうやらお母様から受け継がれたものらしいのですが、詳細は知りません。不確実性がすごいと言いますか、なにかこう、感情が高まっているときだけ、妙に上手くいくようなものでして。自分自身にはちゃんと効果が出るのですが、相手にとなると未知数で」
つまり、毎度成功するものではないですし、イェルハルドさまの毒を打ち消せない可能性もあったと言うことです。
「まずはその点を、謹んで謝罪させていただきます」
「謝罪の必要はない。いつでも使えるものなら、きみはもう少し楽な生き方をしていただろう」
それは本当にそうなんですが。
「ところで、アンリ。感情が高まったときとは、つまり口づけをするようなときなのか」
「ひゅっ」
呼吸が止まりそうになりました。
イェルハルドさまを解毒したときは、ノリと勢いで、命を助けるなら口づけだろうと思って行動したので……ああ、我ながらすごく支離滅裂です。
彼の腕の中から、そっと上目遣いで弁明します。
「……イェルハルドさまに助かって欲しかったのは、本当ですよ?」
「いまほど自分の感情の名前がわからないことをもどかしく思うことはない」
ブルブルと震える彼。
えっと、大丈夫ですか?
ひょっとして、まだ毒が?
「大丈夫だ。それよりもアンリ、大切なことを、ひとつ言わせて欲しい」
「……力を使うな、ですか?」
じつは、今回のように倒れたの初めてのことで、どうやら癒やす相手の状態によって、大きく消耗するらしいと言うことが判明しました。
普通に自分でも吃驚です。
「それもあるが。もっと大事な、一番に言わなければならないことだ」
それは?
「生きていてくれて、ありがとう」
彼の腕が、再び優しく、私を抱きしめました。
……わたしも、ゆっくりと彼の背を抱き、こう返します。
「こちらこそ、助かってくださって、ありがとうございました」
そのまま、私たちはしばらく抱き合って。
互いの熱を、無事を理解し合って。
「こほん」
わざとらしい咳払い。
ハッと見遣れば、入り口にメイドのセレスさんがいて。
慌てて離れようとする私。
「わっ、わっ、違うんですこれは! 私たちはその!」
「ご安心くださいアンリさま。何度ノックしても聞こえないほど夢中であったこと、存じております。解って、おりますので。セレス、空気の読めるメイド」
読まなくていいですよそんな空気!
「ところで主さま、さっさとアンリさまを解放してください」
「なぜだセレス。俺はもっと抱擁していたい」
「なんっ」
なんですがさっきから?
今日のイェルハルドさまは、その、積極的すぎます……!
などと、真っ赤にゆだって慌てていたら。
セレスさんが、真面目な顔つきで、こう言われました。
「そうはいきません、お客様がおいでですから」
お客様?
「そう、アンリさまの体質。聖者の血族について、情報をお持ちのかたです」




