第九話 襲撃されました!?
突然、あたりが騒然となります。
「大義のために生贄となれェエエエエエエ……!!!」
叫び声を上げながら、眼前に駆け込んできたのは、強面の男性。
彼はスコップを持っており、それを私へと振り下ろそうとして――横合いから飛んできたセレスさんに蹴り飛ばされます。
ゴロゴロと転がる男性は、私たちの間を割って焚き火に突っ込み、絶叫しながら湖へと飛び込みました。
ああ、閣下が手ずから焼いてくださったお魚が台無しに……。
「ご無事ですか、お二人とも!?」
「大事ない。被害は魚だけだ。大義だな、セレス」
「もったいないお言葉です、主さま。セレス、名誉挽回!」
さらに現れた数人の男性を、セレスさんと閣下が、手分けして意識を刈りとっていきます。
……いったいぜんたい、なにが起きているのですか!?
「襲撃です、アンリさま」
メイド服の裾を直しながら、端的に答えてくださるセレスさん。
けれど、襲われる理由がわかりません。
ムムムと考え、ハッと気が付きます。
「この方々、見覚えがありますね」
「なに?」
襲いかかってくる数名を蹴っ飛ばして追い返しながら、閣下が疑問符を投げかけました。
これでも記憶力には自身があります。
いま、セレスさんに踏んづけられて手足を縛り上げられている強面の男性とは、一度出会っているのです。
アガメノンで、復興には生贄が必要だと交渉を持ちかけてきた一団のひとり。
間違いありません。
そのことを、手早く閣下に説明すると、
「……俺の領地にその文化はない。現地の民ではない可能性がある。きみは辺境伯家の妻で純潔だ、生贄としては確かに価値があるだろう。雇われものが利権を得るために暴走、目先に現れたきみを狙ったと考えれば得心は行くが……だが、俺にまで襲いかかる理由が不明だ。それは蛮勇だろう」
当然です。
私に怒りをぶつけるだけならともかく。
閣下にまで刃を向ければ、言い逃れの出来ない罪を背負うことになりますし、必然的に罰せられてしまうでしょう。
彼らが何故、こんな暴挙に及んだのか、ちっともわかりません。
「残りの曲者は?」
閣下が、短くセレスさんに問えば。
セレスさんも言葉少なに答えます。
「約二十名」
「ならば、これは防衛戦だ。アンリを守り切るために一命を賭せ」
「御意」
三度、木々の合間を抜けて現れる襲撃者。その雄叫び。
閣下とセレスさんは、これを迎え撃ちます。
私はただ、ふたりに守られているだけで。
……いえ、正直に言えば恐ろしかったのです。
繰り返しになりますが、本当に暴力は苦手です。
生き延びるためとはいえども、恐ろしいものは恐ろしいのです。
なんて独善的な、身勝手な思いでしょう。
ふたりがこんなにも必死に、私を守るため命を懸けてくれているのに。
だから、せめてなにかしなくてはと考えて。
考えてしまったことで、その悲劇の幕は、開くのです。
梢を盾にして、身を隠しながら、周囲を見渡し、状況を把握しようとつとめます。
倒れ、縛り上げられる暴漢たちは、それでもひっきりなしに現れ。
悲鳴と怒号が、先ほどまで穏やかなだった湖畔にこだまし。
私は。
「愚姉様」
小さな、小さな声を聞きました。
聞き知っている声音が聞こえた方を、ハッと振り向くと。
そこに、倒れている妹が――ビタがいて!
彼女に襲いかかろうとする男性。
私は、いつかのように、あるいはいつものように、反射的に飛び出してしまい。
「アンリ!」
「アンリさま!」
セレスさんたちが気が付いたときにはもう、暴漢へと精一杯の体当たりをして、振り下ろされる剣の向きを変えさせていたのです。
すんでのところで、刃はビタの横をかすめるだけで済みました。
安堵に胸を撫で下ろすよりも早く、彼女を助け起こします。
「ビタ、無事ですかっ? 早くこちらに避難を」
「ほーんと、愚姉様って愚かで愛おしいですわ」
「――え?」
ビタが、私に歪んだ笑みを向けて。
突き出されたのは、右手。
そこには、ナイフが握られていて。
「さあ、わたくしの思いの丈を、受け取ってくださいまし!」
衝撃。
ナイフが貫いたのは、私ではなく。
「……言ったはずだ。アンリに害意を向けるは、俺を敵に回すことだと」
閣下でした。
閣下が、咄嗟に私を抱き寄せ、翳した腕でナイフを受けたのです。
幸い、傷は浅く。
ビタも、抵抗するよりも早く、閣下に取り押さえられそうになって。
「余計な真似を、地位に胡座を掻く氷の魔人風情が……しかし、ええ、でしたら奪うだけでしてよ。愚姉様の、一番大切なものを」
「な、に……?」
冷たいビタの言葉。
ぐらりと傾ぐ閣下の身体。
「即効性の毒なのに。これだから図体が大きな男って嫌ねぇ。それじゃあ、愚姉様、またお会いしましょう? きちんと絶望したあとに、立場を弁えて頭を垂れるなら、助けて差し上げなくもありませんわよ? おーっほほほ!」
駆け寄ってきた暴漢のひとりが、ビタを抱きかかえて離脱していきます。
高笑いだけがあとに残り。
「閣下!」
ぐらりと傾ぐ彼を支えきれず、私はもろともに地面に倒れます。
閣下の顔は、土気色。
呼吸は荒く、冷や汗が噴き出していて、瞳は焦点が合っていなくて。
「イェルハルドさま!」
懸命に名前を呼びますが、彼の呼吸は浅く速くなり。
私は、私はどうすればいいか解らず。
「アンリさま、すぐに応援が来ます。まずは毒を!」
暴漢を撃退しきったセレスさんが、すぐに閣下に応急処置を施してくれました。
彼女は有能です。
事前に援軍を頼んでいたのでしょう。
それでも、到着まではずっと時間がかかります。
……間に合わない。
いま、ビタが使ったのは、なんらかの毒物。
言葉の通りなら、このままでは閣下は死に至る可能性もあって。
つまり、もう……。
「いいえ、いいえ」
私は彼へと身を寄せました。
「アンリさま?」
セレスさんが戸惑ったように声を出して。
それでも私は強行するのです。
ずっと記憶の彼方へ追いやっていたあの時のことを、再現するために。
幼き日、私の身体に宿っていた、あやふやな力に縋るように。
「申し訳ありません、イェルハルドさま」
謝罪の言葉を唱えながら。
私は、閣下に。
口づけをして。
刹那、白い光が瞬きました。
それは彼を包み、腕の傷が、時間が逆巻くように治って。
肌に血の色が戻り。
そして。そして。
青色の瞳が、輝きを取り戻して。
「――かはっ」
閣下が、息を吹き返したのです。
同時に、私の意識は遠くなって――
「アンリさま!」
最後に、心配そうにこちらを覗き込む、ふたりの姿を見た。
ような気がしました。




