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お家存亡のため、ヒトの心が解らない辺境伯さまとやらに無理矢理嫁がされましたが、毎日一緒に過ごしていたら情緒が未完成なだけだと解ったので一緒に外交内政を頑張ります。ところで実家、私が居なくても大丈夫?  作者: 雪車町地蔵
第四章 治水を行いつつ、将来について考えましょう!

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第七話 閣下とキャンプに出かけます!

野営(キャンプ)をしよう。余人の介在しない場所で、二人だけで」


 イェルハルド閣下からの突然の提案。

 とても嬉しいことのはずなのに、私はうまく頷けずにいました。

 だって、やるべきことが。

 いえ、そのやるべきことに対する妄念が、私にはあって。


「閣下……ですが私たちは、私は、もっと頑張らないと……」

「ああ、その通りだろうと、以前の俺ならば、いちにもなく同意した。だが……そうだな、人間には、息抜きが必要らしい」

「けれど」

「では、俺の供回(ともまわ)りとして同伴してくれ。これに否やはあるか?」


 ……ちょっぴり意地悪な物言いをされました。

 閣下が出かけて、それについてきて欲しいと言われて、私が断れるわけがないのですから。


 というわけで押し切られ、訪れたのはお屋敷から半日ほど行ったところにある森でした。

 ここ数日は天候も悪くなかったこともあって、地面も乾いています。

 木々は色鮮やかに揺れており、ここには災禍(さいか)爪痕(あと)もありません。

 森の中央には湖があって、私たちはそこでキャンプをすることとなりました。


 手際よく簡易テントを組み立てる閣下。

 惚れ惚れする手際なので素直にお伝えすると「軍でなれているからな」とお答えが。

 そうですよね。

 有事でなくとも、野営はよく行うわけで。


「だが、きみに褒められると胸が弾む。この感情はなんだ?」

「嬉しい、でしょうか」

「それだ。嬉しい、嬉しい」


 パチンと指を鳴らして、子どものように言葉を繰り返す彼。

 なんだか、不思議な気持ちになって、私も頬を緩めてしまいました。

 それを見て取ってか、閣下が微笑まれます。


「少し散策しよう。(まき)はあるが、()()けが欲しい」

「お伴します」

「きみが普段より遠いな」

「……はい?」

「いや、なんでもない。行こう」


 こちらに差しだされる手。

 戸惑いながらも握ると、彼はゆっくり歩き出します。


 私と閣下の歩幅は、大人と子どもぐらいの違いがあって、とくに森の中ともなれば、その差は顕著(けんちょ)なものになります。

 けれど、彼は私を置き去りにすることもなく、ペースを合わせて、のんびりと歩いてくれました。


「アンリ、きみの知恵を借りたい。焚き付けは何を用いればいい? ここに枯れ葉は少ない」

「そうですね……」


 こんなとき、書物ではどう書かれていたでしょうか。

 あ、いえ、そういえばお母様から、なにか昔話の折に聞いたことがあります。


「松ぼっくりであるとか、乾燥した鳥の巣、乾いた(こけ)などが、よく火のつくものだと」

「なるほど。針葉樹林ではないので松ぼっくりは難しいが、鳥の巣はあるだろう。手頃なものを探そう」


 そう言っている間に、彼は目星をつけたらしく「待っていてくれ」というと、近くにあった木をするする登っていかれてしまいました。

 改めて、この方のフィジカルの強さを感じます。


「これでいいだろう」


 降りてきた閣下の手の中には、古ぼけてボロボロになった鳥の巣が。

 元が木の枝や産毛なので、とても火のつきが良さそうです。


「他にも探してみるか。む。アンリ、あちらを見てくれ」


 言われるがまま案内された先に行くと、そこには赤色の木イチゴが実っていました。

 彼はそれをひとつとり、私の前に(かざ)して、


「きみの瞳と同じ色だ。キラキラと輝いて、とても美しい」


 なんてことを仰います。


「えっと、木イチゴですよね? 木イチゴが美しいと」

「きみの方が綺麗だ。そう言えることが嬉しい」

「あう……」


 いきなりのお誉めの言葉は、パンチが強いです!

 思わず赤面していると、唇に何かを押し当てられました。

 それは、木イチゴで。


「甘酸っぱいぞ?」

「――――」


 甘酸っぱいというか、甘すぎませんかっ?

 ぱくりと食べれば、彼はとても満足そうに頷いて。


「うむ。嬉しい」

「多分、それは嬉しいじゃないです……」


 そんなこんなで焚き付けを集めて、キャンプに戻ります。

 閣下は焚き付けの上に、テキパキと枯れ木を積み上げ、火打ち石を使ってあっさりと着火。

 火種は順調に、焚き火へと変わりました。

 さすが、なれていると仰っていた通りでの手際です。


 それから、とても穏やかで楽しい時間が流れました。

 閣下は、


「次は釣りをしよう。なに、やり方が解らない? 俺が教えるとも。これでも領内の巨大淡水魚釣り大会で優勝したことがある」


 とか、


「川魚の骨を抜く手練手管、是非教えてくれ。いつか俺が、君に手の込んだ料理を振る舞いたい」


 とか、


「少し水遊びをしよう。着替えは持ってきている。ああ、だから(すそ)はまくらなくていい。君の白い肌は、俺の脳を麻痺させる」


 とか、ずっと楽しそうで。

 夕暮れが近くなってきた頃、彼はようやく落ち着いて。


「蜂蜜をいっぱいにしよう。疲れたときは、これが抜群に効く」


 魚の串焼きを作りつつ、お茶を入れてくれました。

 手渡されたカップは、熱く。

 一口啜ると、甘さとぬくもりと、茶葉の良い香りが体中に駆け巡って元気がわいてきます。

 これまでの疲れが、まるで吹き飛んでしまうようで。


 パチパチと炎の爆ぜる音。

 あたたかなぬくもり。

 閣下と過ごす、なんでもない時間。


 私にとって、それは酷く掛け替えのないものだと思えるものでした。


 ……本当は、もっと思い悩まなければならないのでしょう。

 領地のことを考え。

 災害への対策を考え。

 辺境伯夫人としての立ち振る舞いを考え。

 何もかも完璧な閣下にふさわしい妻であるべく、精一杯の努力をしなくてはいけないと、そう思うのです。

 けれど。

 私は。

 いま、ひどく満たされて。


「何もかも背負わなくていい。好きにして構わない」

「閣下?」


 魚の焼き加減をみながら、彼が語りかけてきます。


「ユングバリに来てから、きみは本当によくやってくれている。三角貿易で、雇用の問題は一つ解決を見た。産業も増えつつある。治水工事も前向きに検討できている。俺ひとりではなしえなかったことだ」

「そんなことはありません。閣下なら、きっと」

「で、あるかもしれないな。だが、途方もない時間がかかったはずだ。つまり、きみはよくやっている」


 ……いいえ、いいえ。

 私は、もっと頑張らなくてはいけません。

 それこそ、アンリ・アクセーンだったときから、何も変わらないのです。

 誰も満足させることが出来ず、責務を果たすことも出来ず。


「きみは、何がやりたいんだ?」


 まるで相似形の問い掛け。

 ()しくも、レクター老が私に訊ねたのと同じ質問が、閣下から飛び出します。

 胸が苦しくなります。

 頭が締め付けられるような感覚を覚えます。


 私は、なにも出来ていません。


「辺境伯領に住まう皆さんの幸せを作りたいです」

「君にとっては、ほとんど他人だとしてもか?」

「っ」


 思わぬ一言に、言葉がつまります。

 たしかに、私と領民さんたちの接点は、閣下という一点しかありません。

 ですが、本当に力になりたくて。


「アンリは、素晴らしい女性だ。善性と言ってもいいだろう。見知らぬ誰かのために命を燃やすことが出来る特筆すべき献身。だが、結局相手は見ず知らずの相手だ。なんら(むく)いられることはあるまい。時には逆恨みさえされるだろう。例えば治水工事は、税金と交換でしか成立しない。税は民より搾り取られるものだ。やり過ぎれば恨みを買う」

「私は、閣下の妻です。それは為政者としての当たり前で」

「望んでなったわけではあるまい?」

「……つまり、私は妻にふさわしくないと……?」

「待て、違う、そうではない。くっ、ここまで自分の不器用さを祟るのは初めてだっ」


 慌てた様子で否定してくる閣下に、私も胸を撫で下ろします。

 このひとに必要ないと言われてしまったら、私は――あれ? 私は、なんなのでしょう? あくまで私たちは政略結婚。その過程で、恋愛を……。


「為政者だとか、貴族の責務であるとか、そういった全てを忘れた上で、きみにはやりたいことはあるのかと……いや、やりたいことをして欲しいと、俺は望むのだ」


 悩んだ末に、閣下が紡がれたのは、ふわふわとした言葉で。

 けれど、確かに彼の心は、私に伝わってきました。


「どうして」

「なに?」

「どうして閣下は、こんなにも私を大切にしてくださるのですか……? ただの男爵令嬢、それも世間知らずな未熟者に」

「……いい機会かも知れないな」


 彼が、こちらへお茶を差し出してきます。


「アンリ、きみは覚えていないだろうが」


 イェルハルド・ユングバリが。

 碧玉の眼を真っ直ぐにこちらへ向け。

 穏やかに、告げました。


「俺たちは、昔、一度出会っているんだ」


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