第六話 生け贄至上主義ですか!?
レクター老からの問い掛け。
私が本当にやりたいことについて、ここ数日悩んでいました。
それは、アガメノンの復興に携わっているときも同じです。
メイドのセレスさんや、護衛のかたに付き添って貰いながら、現地での土砂を撤去。
建物の再建や、畑の回復などを行っているときも、私は心の片隅で、これがやりたいことなのかと自問自答していました。
無論、言うまでもなく、やるべきことであるのは間違いありません。
閣下の妻としても、貴族としても確実に為すべき役目です。
だから、疑念がよぎるたびに頭を振り、私は仕事に打ち込みます。
そんな折りでした。
「橋を架けるならよぉ、生贄を埋めてくれよ、若い女がいいぜ」
「今どき人身御供だと?」
「おうよ。おれたちゃ生贄至上主義だからよぉ」
厳つい顔つきの方々と、作業員の方々が、何やら揉めている場面に遭遇しました。
事情を伺うと、強面の方々は、現地民の皆さんから工事を請け負ったと自称しているらしく。
なんでも、作業を安全に成し遂げるには生贄が必要だと強弁し、作業員の皆さんを足止めしているようでした。
むむ、生贄至上主義とは、古風な価値観です。
たしかに、数百年前の風習であれば、人柱を立てることで橋が安定する、なんて逸話もありました。
しかし、いまではすっかり廃れた考え方です。
人道的に問題がありますし、再現性がありません。
教会が奉る神さまとは別に、あちこちに宗教というのは残っていますが、その権能、顕す秘蹟というのは、どこも枯れて久しいものです。
端的に言うなら、神さまに祈って助けて貰おうという考え方は、現在では否定的にとらえられています。
もっと慎ましやかな、感謝や祈りを捧げる相手こそ神さまだと定義されているのです。
「みなさん、よろしいですか? まずは陳情をお願いします」
このような場所で言い争っていても仕方がないですし、陳情ならば受け付けられます。
書面にして要望として提出されたなら、それが多数派の意見でなくとも、ここ辺境伯領ではしっかりと審議されるのです。
なので、まずは対話の準備をしましょうと、私が願い出たときでした。
「……こいつか?」
「こいつだな、やっちまえ!」
生贄至上主義を語る彼らが突如、土木用具を手に襲いかかってきたのです。
思わず、身がすくみます。
暴力は、ふるうのもふるわれるのも苦手だからです。
そしてこの場に、閣下はいません。
私めがけて投げつけられるスコップ。
ギュッと目を閉じたとき、また脳裏を疑念がよぎります。
これが、私のやりたいことなのかと――
自分に吐き気がしました。
責務に対して、誰かのための行動に理由を求めるなんて、恥ずべきことです。
痛みや理不尽ごときを前にして、為すべき事を翻すなんて、あってはならないことなのです。
だから、このまま打ち据えられても仕方がないと考えて。
「ぎゃっ!」
悲鳴が上がりました。
おそるおそる目を開けると、強面の皆さんはセレスさんたちにたたき伏せられて、這々の体で逃げていくところで。
「アンリさま、お怪我はありませんか? セレス、一生の不覚。追い返しましたが、つぎに顔を見たら全員しょっ引いてやります」
「い、いえ、そこまでしていただかなくとも……」
過激な物言いをするセレスさん。
けれどすぐに、彼女が私を安堵させたくて、冗談を言ってくれているのだと解ります。
このひとは、とても優しいかたなのですから。
「彼らも雇われているだけのようでしたし、そこまで罪もないでしょうから」
「……アンリさまがそう仰るなら、致し方ありませんね。罪人、放免」
「罪人ではないですよっ!?」
なんてつっこみながらも、私の内心には、暗澹たるものがありました。
先ほど感じた邪念、妄念は、忌むべきもの。
その日の視察を終え、お屋敷に戻っても、私は深く、思い悩んでしまっていたのです。
まだまだ、領地全体の治水工事や、ダムの設計など、やるべきことは山積みなのに。
人々の暮らしがよくなるように、力を尽くしたいと思うのに。
石を投げられることに怯え、そんなことで立ち止まる自分に腹がたち。
葛藤に葛藤を重ねて、頭の中がぐしゃぐしゃになってしまって。
両目に、涙がにじんできたときのことです。
「アンリ、少し出かけないか。根を詰めすぎるのは、俺たちの悪いクセだ」
閣下が、そんな提案をしてくださったのは。




