第四話 閣下がやたら私の料理を褒めてきます!
その日の夕食は、もてなしの行き届いたものとなりました。
当然です。
閣下の家庭教師であったレクター・スピリオ老をお迎えしたのですから、英気を養っていただかなければなりません。
「よく戻ってくれた。落ち着いたら、各地の情勢も教えて欲しい。それを聞きながら、はじめて酒を酌み交わしたいものだ」
イェルハルド閣下はそんな風に、レクター老へ言葉を贈ります。
老賢者も眼を細め、
「成人する前に領地を離れてしまったからね。そんな日が来たら、ぼくも報われるよ」
嬉しそうに頷いていました。
「ところでレクター。これはアンリが作ったミートパイだ。食べて感想を聞かせてくれ。とても美味い」
「すでに結論が出ていないかい? もちろん頂くとも」
「ずっと自慢したいと考えていた逸品だ、すっかり好物になった」
「珍しい。食べ物の好き嫌いはなかっただろうにね」
「そうだな。味気なかった川魚も、いまでは御馳走だ。彼女がかかわるだけで、とても甘やかになる。味がではない。精神が甘く満たされるのだ」
彼は感慨深げにそう呟きます。
それから私を見遣り。
「アンリ、レクターは家庭教師としてだけでなく美食家としても一流だ。太鼓判をもらえれば、君の作るレシピを領地で売り出してもいい。信用できる」
……あの、どうしてそう壮大な話になるのですか?
これ、普通のミートパイですよ?
お屋敷のシェフのかたの方が、多分おいしいもの作りますよ……?
どう反応するのが正解か解らず、曖昧な表情をしていると閣下はハッと気が付いたような顔になり、
「それではアンリの料理を俺以外も毎日食べられるようになってしまうな……一考すべきか」
なんて、いつになく珍妙なことを言い出します。
おそらく、レクター老がご帰還なさって、うかれているのでしょう。
当の老賢者さんはといえば、私たちのやりとりを、不思議なものでも見るような顔で眺めているのでした。
さて、夕食を終え、翌朝には閣下へと提出する企画書の素案を練るべく、書斎へ取って返した私ですが、思わぬ訪問を受けました。
レクター老です。
「やぁ、少し、話をいいかな?」
もちろんと快諾し、私は彼と向き合います。
どことなく、レクター老は悄然としたような眼差しをしていました。
いったい、どうしたというのでしょうか?
「まずは、これまでのイェルハルドとの生活について教えてくれてありがとう。彼が幸せそうで、なによりだとぼくは感じた」
そういえば、話を聞かれましたね。
といっても、私が知っているのはこの半年ほどのこと。
付き合いで言えば、レクター老のほうが、ずっと閣下について存じ上げていると思います。
そうお答えすれば、
「そうでもないさ。いや、そうではなくなったと言うべきかな」
「どういうことでしょう?」
「……本当は、もっと器用な切り出しかたがあると思うのだけれどね。しかし、ぼくは今回、愚直に尋ねさせて貰いたいんだ」
「はい、なんでしょうか?」
「あなたは、氷の魔人の被害者では、ないのかな?」
言葉の意味を、はかりかねました。
いったい何を言われたのか、理解できなかったのです。
被害者?
氷の魔人は、閣下の異名で、ヒトの心が解らないとされる――待ってください。
「まさか、レクター老。あなたは」
「やはり、あなたは聡明だね。そう、なんら隠すことはない。イェルハルド・ユングバリを氷の魔人に仕立て上げたのは……ほかならない、ぼくだ」




